VCが口をそろえる「一般ユーザーのエンタープライズ化」とは?
Off Topicの前回はIPOとダイレクトリスティングを扱いました。そのテーマは、草野さんがTwitterで4つの候補からリクエストを募った投票で2位でした。
今回取り上げるのは、僅差で1位だった「米国VCのトレンド領域とサービス」です。宮武さんによると、最近アメリカのスタートアップの資金調達やVCのブログで、似たようなバズワードがよく流れているといいます。
宮武さんが挙げたバズワードは2つです。1つ目は「Enterprization of Consumers」で、一般ユーザーがエンタープライズ化、つまりビジネス化されていくことを指す造語だと説明しています。
Enterprisationっていうのは普通に存在する言葉ではなくて、いわゆるEnterprise化するっていう、ビジネス化するっていう言葉ですね。
宮武さんは、この分類に入るのはクリエイターツールだと話します。昔ならWixのようなサイトビルダー、今の代表例はShopify ── カナダ発のEコマースプラットフォーム。専門知識がなくてもオンラインストアを開設・運営でき、個人から大企業まで幅広く使われていますです。
Shopifyなら、一般ユーザーが簡単にECサイトを作り、マネタイズを始め、やがて個人でビジネスを成り立たせられます。宮武さんは、こうしたツールは昔からあったものの、以前は中小企業(SMB)向けで、今は本当に個人レベルにまでリーチしている会社が多いと指摘しています。
メディア就職から自分のニュースレターへ、何が変わった?
個人向けの事例として宮武さんが最初に挙げたのが、有料メルマガを簡単に配信できるSubstack ── 有料ニュースレターを誰でも発行・課金できるアメリカのサービス。書き手が読者から直接購読料を受け取れる点が特徴ですです。Off Topic自身が使っている配信ツールのAnchorも、この流れに入ると話しています。
宮武さんによると、Substackにはアンドリーセン・ホロウィッツが投資していて、トップクリエイターは毎年5000万円ほどを売り上げているといいます。
本当に個人でやってそこまでいっていて。で、多分昔だと多分そういう人って何やってたかって言いますと、普通に多分メディアで就職してたんですよね。
宮武さんは、ライターがメディアに勤めて給料をもらう形から、自分で発信したほうが稼げる時代に移ってきたと見ています。インフルエンサー文化と似た流れで、個人がビジネスを作るのを手伝うツールが伸びているという整理です。
メディアに就職し、ライターとして給料をもらいながら書く
Substackなどのツールで自分で配信し、個人として売上を立てる
もう1つの事例は、Instagram向けの無料サイズ調整アプリInstaSizeです。宮武さんによると、今はインフルエンサー向けにフィルター機能や編集ツールも提供していて、これも同じ分類に入るといいます。
草野さんは、日本にも一昔前に有料メルマガのサービスがあったと振り返り、アメリカのニュースレター文化はSubstack以前からあったのかを尋ねます。宮武さんは、メルマガ自体は昔からあり、ここ3、4年でもう一度流行り始めたと答えています。無料の例としては、10代・20代に読まれていたニュース系のtheSkimm ── 若い世代向けにニュースを要約して届けるアメリカの無料ニュースレター。手軽にニュースを把握できる形式で人気を集めましたを挙げています。
宮武さんは、アメリカではキュレーションメディアがあまり成功しておらず、Diggのような例を除けば少ないため、メルマガがキュレーションメディアの役割を担ってきた面もあると話します。
どちらかというと、なんか会社を信じるのではなくて、この人を信じるっていう文化でもあるので。なのでこの人のメルマガだったら登録しますみたいな。
宮武さんはさらに、TikTokをインフルエンサー文化が主流になってから初めてブレイクアウトしたSNSだと位置づけます。それに合わせた新しいツールのスタートアップが出てきて、VCが注目しているという見立てです。
SquarespaceとShopifyの買収が示す次の一手
草野さんは、サイトビルダーのSquarespaceもEnterprization of Consumersの例だと付け加えます。Squarespaceは、Instagramのストーリーを編集できる画像加工アプリのUnfoldを買収していて、草野さんはその動きを面白いと感じたといいます。
確かに個人のメディアができていく中で、そこ(ストーリー編集アプリ)を取り込むのは確かに。
宮武さんは、Squarespaceはもともとサイトビルダーだったものの、個人がマーケティングまで自分でこなす必要があるため、そこを見据えていると分析します。Shopifyも最近、Mailchimp ── メールマーケティングの代表的なサービス。ニュースレター配信や顧客リストの管理などを中小企業や個人に提供していますの競合となる企業を買収し、メルマガ配信やメールのCRMを取り込んだといいます。
草野さんが「SquarespaceはMailchimpのようなサービスを買収しないのか」と尋ねると、宮武さんは、そういうことはすごく考えているはずだと応じます。
そこは結構うまくいくと思うので、そこの多分M&Aを狙って結構スタートアップが出てくるんじゃないかなと思いますね。
宮武さんの見立てでは、ShopifyやSquarespaceのような大手が今後も買収を重ね、その買収を出口として狙う個人向けツールのスタートアップが増えていくということです。
2つ目の言葉「Prosumerization of the Enterprise」
宮武さんが挙げた2つ目のバズワードは「Prosumerization of the Enterprise」です。コンシューマーがプロのようになることを「プロシューマー」と呼び、会社で使われてきたBtoBのツールを、一般のユーザーがプロのスキルを持って使えるようになることを指すと説明しています。
宮武さんはわかりやすい例として、まずC向けの話をします。Instagramでは一般のユーザーでもフィルターを使えばプロの写真家のように見えます。これはC向けツールで一般の人がプロになる「Prosumerization of the Consumer」で、今はそれがB向けのツールで起きているという整理です。
一般ユーザーがビジネス化される。ShopifyやSubstackのように、個人が自分で事業を作れるようにするツール
一般ユーザーがプロのように働ける。会社向けのツールを、個人が圧倒的なパフォーマンスで使えるようにする
背景として宮武さんは、B向けツールはC向けツールからラグの年数年ほど遅れて流行る傾向があると話します。C向けで流行ったものが、後からB向けに適用されるという流れです。
| C向け | B向け |
|---|---|
| Slack | |
| FaceTime | Zoom |
| Yik Yak | Blind |
| Yammer |
宮武さんは確実な法則ではないとしつつ、全体としてこの傾向があると見ています。そのうえで、Twitchのようなサービスがどうやって B 向けになるのかが気になると話し、草野さんも事業を考えるヒントになると応じています。
月30ドルのメールアプリSuperhumanはなぜ話題なのか?
Prosumerization of the Enterpriseの代表例として宮武さんが挙げたのが、メールサービスのSuperhumanです。一時期アメリカのVC業界で非常に流行ったといいます。
Superhumanは月30ドルという高い料金で知られています。宮武さんによると、直近で約33億円を調達し、時価総額は約260億円、アンドリーセン・ホロウィッツやFirst Roundも投資しているとのことです。ただ、VC業界でも良い会社か悪い会社かは評価が分かれるといいます。
草野さんは、Superhumanが招待ベースで広がっていて、VCやStripe ── オンライン決済のインフラを提供するアメリカのフィンテック企業。開発者向けの使いやすさで知られ、多くのスタートアップに採用されていますなどの有名起業家をインフルエンサーとして使うのがうまいと感じていたといいます。
宮武さんは、リモートワーク向けツールのTandemも同じ流れに入るとしています。どちらもアンドリーセン・ホロウィッツが投資していて、Superhumanならメールを圧倒的なスピードで処理でき、Tandemならリモートワークを簡単にできる。個人のユーザーが圧倒的なパフォーマンスを出せるツールが流行っているという見立てです。
それ以上にスーパーヒューマンってなぜいいサービスかっていう話をすると、そこのエンゲージメントのループの組み方がめちゃくちゃうまくて。
宮武さんは実際に3、4ヶ月ほどSuperhumanを使っています。機能面の特徴としては、まず圧倒的なデザインとUI・UXがあり、すべてのアクションが0.1秒以内に実行されるといいます。
宮武さんによると、この0.1秒のルールは、Gmailを作ったポール・ブックハイト ── GoogleでGmailの開発を主導したエンジニア。のちにY Combinatorのパートナーとしてスタートアップ投資にも携わりましたさんがもともと作ったものです。今のGmailではそれ以上の時間がかかる場面もある一方、Superhumanは必ず0.1秒で実行するのだといいます。
草野さんは、Superhumanがスピードのために情報をローカルに置いていることに触れます。宮武さんは、そのためオフラインでもかなり使える点も良いと話し、さらにショートカットを強制的に覚えさせる仕組みがうまいと付け加えています。
あえて「お断り」するウェイトリストと手厚いオンボーディング
宮武さんがとくに評価するのは、Superhumanの導入時の仕組みです。サインアップにはまずウェイトリストに入る必要があり、その人数は今2万人以上と見られ、なかなか入れないといいます。
宮武さん自身もウェイトリストの1人でした。Superhumanからメールでアンケートが届き、回答によっては「今は提供できません」と返事が来ます。宮武さんも最初は断られたそうです。
宮武さんによると、モバイル中心かデスクトップ中心か、必ず連携したいツールがあるか、といった回答次第で「今は合わない」と判断されます。
逆にそこのハードルを結構上げるからこそ、みんなコミットしてくれるんですよね。実際使う時に。
宮武さんは3ヶ月ほど後にもう一度アンケートに答え、違う回答をしたところ、すぐにオンボーディングの案内が来たといいます。そこからの流れは次のとおりです。
その時に昔は社長が自ら全部やってたんで、オフィスに連れてきて。
宮武さんは、今後のスタートアップが参考にしていいほどのオンボーディングだと評価しています。Superhumanの目的は、すべてのメールをアーカイブかリマインドに回して受信箱を空にする「インボックスゼロ」です。
メールを溜め込んでアーカイブしない人だった宮武さんの場合は、許可を取ったうえでSuperhumanの側がいったんすべてをアーカイブし、少しだけ残したメールで使い方を教わったといいます。宮武さんによると、この説明がうまいため、その後は問い合わせなしで使いこなせる人が多いそうです。
メール処理を「ゲーム」に変える設計
草野さんは、Superhumanでインボックスゼロになると背景画像が毎回変わる点に触れ、TwitterではSuperhumanでインボックスゼロになったというツイートをよく見ると話します。宮武さんによると、Superhumanの社長はゲームを意識してサービスを作ったと語っているといいます。
宮武さんは、ふつうのゲーミフィケーションはリワードやポイント制を入れるものが多いのに対し、Superhumanはゲームの要素をきちんと分解して自社のサービスに当てはめていると説明します。
| ゲームの要素 | Superhumanでの中身 |
|---|---|
| 目標 | インボックスゼロを達成する |
| ルール | オンボーディングでチュートリアルのように紹介する |
| コントローラー | キーボードのショートカット |
| ペース | サービスのスピード |
| 敵 | メール。複雑なものはボス、簡単なものは普通の敵 |
| 武器・アクション | 返信やリマインドなどをショートカットで実行する |
| フィードバック | 処理したメールが消える |
| ご褒美 | インボックスゼロで現れる美しい背景画像 |
で、えっと、プレイするモチベーションとすると、メールが常に来るので、常に敵を倒さないといけないですと。
でもなんかその画像って結構綺麗な開放感のある。
宮武さんは、敵を倒したあとの開放感や達成感があるからこそ、そのことを呟く人が多いと見ています。Prosumerizationの文脈に入るサービスは、こうしたサービス設計の部分が非常にうまいというのが宮武さんの評価です。
Superhumanへの疑問と、「個人」を軸にした大きな流れ
草野さんは、Superhumanを微妙だと見る人はどこが引っかかっているのかを尋ねます。宮武さんは、疑問は大きく2つあると答えています。
結局これってメールと同じじゃないっていう話と、この30ドルで全員スケールできるビジネスでしたっけっていう話で。
宮武さんによると、そこまで大量のメールをさばく人は多くなく、わざわざ月30ドルを払うかという疑問があります。Superhumanは今、別の料金設定でうまくいくかを試していて、確かディスカウントの価格になっているはずだといいます。宮武さんはその結果を見てみたいと話しています。
草野さんは、2つのトレンドを通して、企業に勤めるより個人で働くことがベースにあり、個人が稼げる仕組みや個人をプロフェッショナルにする流れがあると感じたといいます。
宮武さんは、その背景として作り手の経歴を挙げます。今B向けツールを作っている人たちの多くは、2007年から2012年ごろにC向けツールを作っていた人たちで、だからこそSuperhumanのようにUI・UXや一般ユーザーのことを深く考えるのだろうという見方です。
草野さんは、コンシューマーの定義も変わってきていると話します。企業に勤める会社員だけでなく、フリーランスやノマドのように、コンシューマーでありながらビジネス側でもある中間のペルソナに向けたサービスが増えていくかもしれない、という見通しです。
Bもどんどん定義が変わってきますからね。
まとめ
この回では、米国VCが注目する2つのバズワードを手がかりに、個人を事業者やプロに変えるツールの潮流が語られました。代表例のSuperhumanは、機能だけでなく、入りにくいウェイトリストや手厚いオンボーディング、ゲームのような設計で利用者を惹きつけている一方、価格とスケールには疑問も残るとされています。
- Enterprization of Consumersは、ShopifyやSubstackのように個人が自分でビジネスを作れるようにするツールの潮流
- Prosumerization of the Enterpriseは、会社向けツールを個人がプロのように使いこなせるようにする潮流で、C向けの流行がB向けに遅れて来る傾向が背景にある
- Superhumanは0.1秒の操作速度に加え、あえて断るウェイトリストと個別オンボーディングで利用者のコミットを高めている
- インボックスゼロを目標に、メールを敵、ショートカットを武器に見立てたゲーム的な設計が達成感を生んでいる
- 月30ドルで広くスケールできるかは評価が分かれ、フリーランスなど「CでありBでもある」層に向けたサービスが増えていくと見られている


