本棚はなぜRetroの文化を表すのか?
このインタビューは、写真共有アプリRetroの創業者ネイサン・シャープ氏の自宅オフィスで収録されています。宮武さんはまず、部屋に並ぶ本のコレクションについて尋ねました。
シャープ氏によると、本の集め方に厳密なルールはありません。面白いと思った本は、その気持ちが冷める前に買い、手元に置いておくといいます。
シャープ氏は本を最初から最後まで読み通すより、蔵書を「道具箱」のように使っています。アプリの伸ばし方を知りたいときは『The Cold Start Problem ── Andreessen Horowitzのアンドリュー・チェン氏による本。ネットワーク効果を持つプロダクトが、ユーザーの少ない立ち上げ期をどう乗り越えるかを論じています』、関心が移ればチャーリー・マンガー ── ウォーレン・バフェット氏の長年のパートナーとして知られた投資家。多分野の思考モデルを組み合わせる考え方で有名ですの思想の本、という具合に参照するそうです。
シャープ氏は、本がRetroの文化の大事な一部である理由を2つ挙げます。1つ目は、Retroが写真という記憶を通じて友人と近づき、自分の人生を味わうためのアプリだという点です。物理的なモノは目に見え、手で触れ、時には足の指をぶつけることもあり、そのぶん記憶に強く残るといいます。
Retroのチームは本を読むのも贈るのも好きで、入社1年目の記念品はたいてい本だそうです。2つ目の理由は、Retroがシンプルに見えて細部まで考え抜かれたアプリであることで、そのために外の世界についてもよく読み、考えているとシャープ氏は話しています。
Instagramストーリーズの「公開前の1か月」から生まれたアプリ
シャープ氏はRetroを「まったく新しいタイプのソーシャルメディア」と説明します。友人と近づき、自分の人生を味わえて、しかも時間や注意を奪わないアプリを目指したといいます。
その答えとしてRetroが選んだ形が、友人と共有する週1回の写真日記です。1週間のうちにすでに撮った写真や動画から、自分が覚えておきたいものを選ぶだけなので、新しい行動はほとんど求められません。選んだ写真は、結果的に家族や友人に近況を伝える一番いい写真にもなります。
Retroのプロダクトチームは、多くが元Instagramのメンバーです。シャープ氏と共同創業者のライアン氏は、Instagramストーリーズ ── 24時間で消える写真や動画を投稿できるInstagramの機能。2016年に公開され、短期間で非常に多くの人に使われるようになりましたが公開されたとき、それぞれプロダクトとiOSのリードを務めていました。
ストーリーズは大きく普及しましたが、二人が一番好きだったのは一般公開の前の1か月だったといいます。その時期は、開発版を入れた社内の同僚だけが使える状態でした。
一緒に働いていても私生活を知らなかった同僚が、2年ほどInstagramに投稿していなかったのに、初めてストーリーを投稿します。すると「家が隣だったのか」と気づいたり、ライアン氏がロッククライマーだと知ったりしたそうです。シャープ氏は、同僚の人生をのぞく窓ができたこの体験が、ずっと記憶に残っていたと振り返ります。
その後、二人はMeta社内で別々の仕事に進みました。シャープ氏はFacebook Dating、Facebook Groups、短期間のVRを経験し、ライアン氏はInstagram Innovations Labを率いました。二人はその期間を「コンシューマーソーシャルの大学院」のように捉えていたといいます。
二人はサンフランシスコの小さなバーでときどき会い、もっといいプロダクトとチームの作り方があると話していました。2022年ごろに本格的に動き出してMetaを離れ、現在のLone Palm Labsというコンシューマーアプリスタジオを立ち上げます。Retroは、二人が一緒に取り組むのが一番好きなテーマだったことから、その最初のプロダクトになりました。
SNSでもメッセージでもないRetroは、何が違うのか
宮武さんは実際にRetroを使ってみて、ソーシャルメディアなのかメッセージアプリなのか、その中間のように感じたと話します。シャープ氏も、Retroはどちらとも呼びにくいと認めたうえで、大きな違いを3つ挙げました。
Retroとほかのアプリとの1つ目の違いは、友人限定であることです。知らない人の投稿は流れてこず、お互いに友達になって初めて投稿が見えるという、フォローモデルよりもFacebookに近い仕組みです。
2つ目の違いは写真中心であることです。「今何を考えていますか」と文章を促す欄はありません。写真や動画は瞬間や感情を残す身近な手段で、自分の生活の写真を共有するときに愚痴や否定的な考えを吐き出すことは少なく、ポジティブになりやすいとシャープ氏は話します。
シャープ氏は、言論の自由やつながりのためのアプリは大切だとしつつ、振り子がエンタメや一斉配信、グループスレッドに振れすぎたと感じていました。どれも「今週自分がしていたことを、気負わず投稿する」という欲求は満たしていなかったといいます。
3つ目の違いは、新しいフォーマットが「週1の写真日記」そのものだという点です。多くの人は毎日写真を撮るわけではなく、毎日面白いことに出会うわけでもありません。ただ、週末を含めれば1週間に一度はそうした瞬間があるはずです。
Retroには、1週間で何も残したいものがなかったなら、もう少し意識してみるべきだという考え方も込められています。週単位にしたことで共有のプレッシャーも下がり、平凡なコーヒーの写真を見た友人も「シャープさんが覚えておきたい瞬間なんだろう」と受け取れるといいます。
| 特徴 | 内容 | シャープ氏が挙げた理由 |
|---|---|---|
| 友人限定 | 互いに友達になった人の投稿だけが見える | 見てくれる人と見る人を一致させるため |
| 写真・動画中心 | 文章投稿を促す欄がない | 瞬間を残す身近な手段で、ポジティブになりやすい |
| 週1の写真日記 | 1週間の写真から選んで投稿する | 毎日でなくても週に一度は残したい瞬間がある |
宮武さんは、写真を中心にした理由に強く共感していました。
(写真が)ポジティブになりやすいなんて考えたこともなかったです。でも考えてみると本当にそうですね。普通、ネガティブな写真を撮って誰かに送ったりはしないので。
シャープ氏によると、Retroでは動画も共有できます。シャープ氏自身は子どものホームビデオに使っており、両親がVHSで撮っていた家族の記録の役割を、今はRetroが担っているそうです。
Z世代がRetroを選ぶ理由と、グループチャットとの違い
宮武さんがどんな人がRetroを使っているかを尋ねると、シャープ氏は3つのグループを挙げました。立ち上げ直後のアメリカでは、シンプルだった頃のSNSを思わせる存在として、美意識やクラフトを大事にするクリエイティブ職やデザイナーに受け入れられたといいます。
Retroの2つ目のユーザー層は、子どもの成長を記録したい若い親たちです。そして、いま利用が大きく伸びているのは、16〜24歳ほどのZ世代だといいます。
Z世代は、Retroを自分の生活を記録し、友人に「元気でやっている」と伝える手段として使っています。シャープ氏によれば、友人とつながるための既存アプリはエンタメの要素も強く、友人からのDMを見に行ったのにリール動画に引き込まれ、40分後に「なんでアプリを開いたんだっけ」となる、という声をよく聞くそうです。
シャープ氏は、エンタメ中心になったアプリに自分の動画を載せるのは「Netflixに個人の動画を投稿するような感覚」になっていると表現します。一方で、WhatsAppやSignal、iMessageのグループチャットに写真を送るのも、自分の写真日記を作るのとは違う体験だといいます。
グループ(チャット)に投稿すると、すごく宣言っぽく感じますよね。「なんでこれをここに投稿したの?」みたいな。
シャープ氏のチームが出した結論は、メッセージアプリには即時性と返信への期待がある、というものです。グループチャットに写真を送って24時間誰も反応しないと不安になり、相手の邪魔をしたくないという気持ちも生まれます。Retroなら、すぐに反応がなくても「翌日か翌週に見てくれるだろう」と思える設計になっています。
リアルタイムのやり取りの場で、即時性と返信への期待がある。反応がないと不安になり、相手の邪魔になることも気にかかる
すぐに見られなくても、翌日や翌週に見てもらえればよい設計。気負わずに近況を置いておける
宮武さんも、Retroはあえてゆっくりしたペースで設計されていて、ほかのアプリのような妙な切迫感を生まないところが魅力だと応じています。
Retroの成長について、シャープ氏はインフルエンサーを呼び込まない「難しい道」を選んでいると話します。Vine ── Twitterが運営していた6秒動画アプリ。2017年に終了し、人気クリエイターの多くがほかのプラットフォームへ移りましたのクリエイターがInstagramに人を連れてきたように、1万人や100万人のフォロワーを持つ人を呼べば早く伸びるかもしれません。ただ、それではまた別のエンタメアプリになってしまうといいます。
その代わりにRetroのチームが重視しているのは、日々のアクティブユーザーのうち投稿もする人の割合です。シャープ氏によると、ほぼ毎日、アクティブユーザーの半分近くが投稿しており、ほかのSNSと比べると桁外れの数字だそうです。
投稿が怖くなるのは「エンタメのオリンピック」のせい?
宮武さんは、Instagramではすごくいい写真を載せなければというイメージがあり、ユーザーがだんだん投稿を怖がるようになる、という話をよく聞くと切り出しました。Retroはその逆で、気楽に選んで投稿できると感じたといいます。
シャープ氏は、SNSの投稿には常にプレッシャーがあり、友人やフォローしている人だけでなく、おすすめのコンテンツが流れてくるようになってから高まったと話します。おすすめやFor Youページが、最高のエンターテイナーたちによる世界規模のオリンピックを作り出した、というのがシャープ氏の見立てです。
そうした場所でコーヒーの写真や子どもの写真を載せると、「最高のエンタメを見ている途中だけど、今週40枚目の子どもの写真を見て」と暗に言っているような違和感が生まれます。シャープ氏は、エンタメ寄りのアプリに投稿すると「この投稿は時間を使う価値がある」と宣言することになり、ほとんどの人や写真はその基準を満たせないと説明します。
宮武さんは、多くのSNSは友人や家族から始まり、ある時点でいいねやフォロワーを求めるステータスゲームに変わると指摘しました。以前はランチの写真を載せていた人が、チェーン店で食べていると思われたくなくて載せなくなる、という例も挙げています。
将来もエンタメ寄りにはしないのかという問いに、シャープ氏はうなずきます。知らない人のコンテンツを扱うアプリにはしない、と答えました。友人と近づくこと、自分の人生を味わうこと、注意を奪わないことの3つがRetroの土台で、エンタメやクリエイター向けのアプリは本質的に時間と注意を奪わざるをえないと考えているそうです。
カップルや家族が使う「Albums」とは?
宮武さんは、日本ではカップルが日々の気持ちや出来事を共有するためにRetroを使う姿をよく見かけると話しました。シャープ氏によると、初期のユーザーインタビューでも、友達の輪は気に入っているけれど人数を増やしたくない、むしろパートナーや親友だけの小さな場がほしい、という声が多く聞かれたそうです。
その声から生まれたのが、Retroのアプリの真ん中のタブにある「Albums」です。もとは「Journals」という名前でした。Appleの共有アルバムは一度きりの用途には向いていますが、時間とともに育っていくものに写真や動画を足していく場所はなかった、とシャープ氏は説明します。
シャープ氏は妻とのアルバムにデートの夜の写真を入れる習慣があり、毎年の結婚記念日にはまとめてプリントできるといいます。子ども用のアルバムでは成長の様子を記録しているほか、別のアルバムで子どもの絵も撮りためているそうです。なぐり書きから始まった絵が、だんだん上手になっていく様子が残るといいます。
今は(自分のアイデンティティが)1つの友達グループにあるわけじゃないですよね。バスケの話だけする友達もいれば、仕事の話だけする友達もいます。
シャープ氏によると、Retroは今まさに急成長の時期にあります。その一因は、高校生が高校3〜4年の始めや大学入学時に、後で振り返るためのアルバムを作るようになったことだと考えているそうです。
ユーザーが最も集中した都市は東京、最大の市場は台湾
宮武さんがRetroの成長について尋ねると、シャープ氏は国ごとの広がりを振り返りました。Retroは2023年夏、まだ開発の早い段階で公開しています。アメリカの会社で報道もアメリカが中心だったため、ユーザー数は当初からアメリカが最多でした。ただ、ユーザーが最も集中していた都市は、初日からずっと東京だったといいます。
2024年後半には台湾の台北でRetroが話題になり、一時はApp StoreでChatGPTを上回る1位になりました。そのユーザーの多くが定着し、今では台湾がユーザー数で最大の市場になっているそうです。
台湾のユーザーがどうやってRetroを見つけたのかは、探偵のような調査が必要だったとシャープ氏は話します。現在は、ユーザーが集中する地域でRetroの価値観やセンスに共感する人を探し、魅力を語ってもらうマーケティングをしています。台北でもそうした人の投稿が反響を呼びましたが、一番の理由は、1人が5人ほどの友人を招待し、それが繰り返されてグループごと移ってくるという、プロダクト本来の広がり方だったと考えているそうです。
約1年間は台湾、香港、日本、韓国などアジアでの伸びが目立ち、チームは「文化的な理由なのか」と考えていました。ユーザーに聞いてみると、美しいデザインや、プロフィールが生活を俯瞰して整理して見せてくれる点が評価されていたといいます。
直近の1か月ほどで、Retroはカナダ、アイルランド、ノルウェー、デンマークで1位になり、アメリカでも一時は写真アプリの8位に入りました。シャープ氏はこれを見て、文化の違いによるものではないだろうと考えています。誰もがプライベートなアプリを求め、自分の写真や生活がきれいに見えることを望んでいる、というのがシャープ氏の見方です。
Retroのユーザーは、1か月分の記録から3〜30枚ほどの写真を選び、コラージュやスライドショーにしてInstagramに「リキャップ」として投稿することも多いそうです。この使い方も、台北や東京に限ったものではないといいます。
宮武さんは、InstagramやThreadsではいつも文化差がありました。日本は自撮りが少なく食べ物の写真が多いこと、日本のThreadsは主婦層から広がったことを例に挙げます。そのうえで、Retroに文化差が見られないこと自体が、プロダクトの力を示しているのではないかと話しました。
2年分さかのぼって投稿?予想外の使い方とサブスクリプション
予想外だった使い方について、シャープ氏は日本と台湾で始まった現象を挙げます。Retroのプロフィールは、過去の週にさかのぼって後から埋められる設計になっています。今日できなくても後でできるので、プロフィールへのプレッシャーが下がり、後から参加した人も追いつきやすくなるという考え方です。
アメリカのユーザーは2〜3か月分さかのぼる程度でしたが、日本と台湾では2年ほど前までさかのぼる人がいたそうです。投稿画面ではその週に撮った30〜60枚の写真だけが表示されるので、1年分を一度にまとめるような負担を感じずに、少しずつ埋められます。
一方で、写真や動画を保存して配信するコストは、小さなスタートアップには重い負担でした。シャープ氏のチームは、成長の途中で資金をすべて使い切らないように、予定より早くサブスクリプションを始めたといいます。
マネタイズの方針について、シャープ氏は透明なビジネスモデルを好むと話します。ユーザーが何にお金を払っているのか、会社がどう稼いでいるのかがわかり、注意やデータが最高値で売られていると感じさせない形です。現在はアプリ内課金とサブスクリプションが計画の中心で、今の焦点はあくまで成長と、友人とのつながりにあるといいます。
なぜ1つのアプリに詰め込まないのか?
Retroを運営するLone Palm Labsは、友人、家族、ノスタルジー、写真、動画に関連するアプリを今後も作る予定です。Retroに入れたくなる機能があっても「シンプルに保とう」と見送り、将来は独立したアプリとして出す方針だといいます。
シャープ氏によると、今後1年ほどはRetroに近い領域のアプリを考えています。写真をきれいにする、カメラロールからお気に入りを探す、古い写真を消す、友人や家族と共有する、といった写真・動画まわりのアプリです。
宮武さんは、ByteDance ── TikTokを運営する中国のIT企業。目的別に多数のアプリを展開することで知られていますのようなマルチアプリ戦略を引き合いに出し、なぜ複数のアプリに分けるのかを尋ねました。シャープ氏の1つ目の理由は、多様なユーザーや広告主に応えようとするうちに、かつての名アプリも複雑になっていったことです。複雑さはユーザーにも伝わるので、Retroは家族と友人、写真と動画だけに絞り、少しずつ完成度を上げていきたいといいます。
シャープ氏の2つ目の理由は、Retroがシンプルで落ち着いた、友人限定という強い価値観を持っていることです。チームには個性的なメンバーが多く、落ち着いたものばかりではないアイデアも、別ブランドのアプリなら思い切り表現できるといいます。次に作るアプリの候補リストは、すでにあるそうです。
Metaから持ち帰った「インセンティブ」の教訓
宮武さんは、Metaは0→1は苦手と言われることもある一方で、SNSを1→100に育てる手法は科学の域に達していると述べ、Metaでの学びを尋ねました。
シャープ氏が最も重要な学びとして挙げたのは、インセンティブの力です。社員に与えた目標が、良くも悪くもそのままプロダクトに表れるといいます。昇進や評価を利用時間の指標で決めれば、続く6か月でアプリに現れるのは利用時間を伸ばす機能になる、という例を挙げています。
目標の設定
評価や昇進を、たとえば利用時間の指標と結びつける
優秀なチームが動く
賢く有能な人は、与えられた目標を達成しようとする
プロダクトに表れる
その後の6か月で、利用時間を伸ばす機能がアプリに並ぶ
シャープ氏は、優秀な人に目標を与えればおそらく達成されるので、本当にそれをアプリで実現したいのかを確かめる必要があると話します。
シャープ氏の2つ目の学びは、定性・定量のデータやリサーチとビジョンのバランスです。最初期はビジョン、つまり世界に何があってほしいかが何より大事だといいます。大企業に戻る道もあったメンバーが起業したのは、まだ存在しないアプリや人のつながり方を自分たちで作らなければ誰も作らない、と考えたからだそうです。
ただし、ビジョンは人がどう関わり、何が人を豊かにするかという前提に支えられています。その前提を確かめる段階でデータとリサーチを使う、というのがシャープ氏の考え方です。
村上春樹の3冊から学ぶ、熱意と創造の働き方
何度も読み返す本を聞かれたシャープ氏は、村上春樹の3冊を挙げました。『走ることについて語るときに僕の語ること』『職業としての小説家』『ねじまき鳥クロニクル』です。社内の働き方をライアン氏と考えるときに、よく思い出すといいます。
シャープ氏によると、作家の中には、執筆は苦行で一番の道具は椅子に自分を貼りつける「接着剤」だと考える人もいます。村上春樹も決まった時間に座る規律正しい人ですが、インスピレーションを感じて楽しめるまで本格的には書き始めず、楽しめるルーティンとして生活に組み込んでいる点が面白いと話します。
Retroのチームでも、実行中心の仕事には「接着剤」が必要な一方で、創造性は無理に引き出せないと考えています。社内には、プロジェクトにその時いちばん熱意のある人を割り当てる「熱意をマッピングする」という言葉があるそうです。シャープ氏は、『ねじまき鳥クロニクル』の水が再び流れ出すという比喩にも触れ、熱意やインスピレーションが流れ出すまでは進められないことがあると話しています。
『走ることについて語るときに僕の語ること』からは、走ることと小説を書くことが表裏一体だという考え方を学んだといいます。毎朝4時に起きて書くには強い脚、肺、心臓が必要で、走ることは仕事の妨げではなく、デスクで知的労働をするための体づくりの一部だとシャープ氏は捉えています。
日本の職人文化とわびさび、そして写真を紙で贈る理由
最後に日本の好きなところを聞かれたシャープ氏は、最後に日本を訪れたのは2009年で、秋か冬に再訪する予定だと明かしました。好きな点の1つ目として挙げたのは、ものづくりの豊かな文化です。イタリア料理でもフランス料理でも紙やペンでも、日本人は本質を見抜き、理想の形まで磨き上げているように見えるといいます。
シャープ氏が挙げた2つ目はわびさび ── 簡素なものや、古びて不完全なものの中に美しさを見いだす日本の美意識。時間を経た風合いや経年変化を味わう感覚とも結びついていますです。以前は本に書き込むのをためらっていましたが、今振り返ると、17歳や27歳の自分が何を考えていたかがわかるメモこそが価値になっているといいます。
シャープ氏の木の机にも、子どもがつけた傷や油性ペンの跡が残っています。最初は「買ったばかりなのに」と思ったそうですが、子どもが成長してもうそういう描き方をしなくなった今では、その跡が机をより意味のあるものにしていると話します。
シャープ氏は話を本や物理的なモノに戻し、写真をデジタルで送るのと同じくらい簡単に紙で送れるようにしたかったとも話しました。娘の写真をメッセージで送るのもいい体験ですが、郵便で届いた写真を手に取る体験は格別で、角が丸くなったり折り目がついたりすること自体も特別に感じられるといいます。
(紙の写真は)それが辿ってきた旅を物語るんですよね。デジタルで見る完璧な写真からは、それはわからない。
宮武さんは、本を選ぶことも送る写真を選ぶことも、アルゴリズム任せではない意図的な、職人的な行為だとまとめました。そのうえで、日本のRetroユーザーが待っていると伝えてインタビューを締めくくっています。
まとめ
Retroは、エンタメ化と注意の奪い合いが進むSNSとは逆に、友人限定の週1写真日記という形で、投稿の気負いを減らすことを目指したアプリです。元Instagramのチームが、ストーリーズ公開前に同僚の生活をのぞけた体験を原点に、インフルエンサーに頼らない成長、透明な収益モデル、シンプルさを守るためのマルチアプリ戦略を選んでいることが語られました。
- Retroの特徴は友人限定・写真中心・週1の写真日記の3点で、ほぼ毎日アクティブユーザーの半分近くが投稿しているといいます
- シャープ氏は、おすすめ表示が生んだ「エンタメのオリンピック」が、普通の写真を投稿しにくくしていると見ています
- 最も集中した都市は東京、最大の市場は台湾で、欧米でもランキング上位に入ったことから、文化差ではない普遍的な需要があると考えています
- Metaからの学びとして、インセンティブがプロダクトを形づくること、ビジョンとデータのバランスが大切なことを挙げています
- 村上春樹の働き方やわびさびの考え方が、熱意を軸にしたチーム運営や、写真を物理的に残す発想につながっています





