公開収録をあとから聴き直す、コメンタリーという試み
今回のOff Topicは、12月6日に開催したトークイベント「Off Topic Talk」の公開収録音声を、草野美木さんと宮武徹郎さんが聴き直しながら語るコメンタリー形式の回です。イベント当日は草野さんが出演できず、宮武さんがゲストのデーヴィッド・マークスさんと対談しました。
イベントのフルバージョンはおよそ70分あり、オーディエンスとの質疑応答も含めてOff Topicのメンバーシップで限定公開されています。この回で流れるのは、その一部を切り出した断片です。
今回はその(イベントで)私たちが気になったポイントをちょこちょこお話ししつつ、なのでフルじゃないので、まあ断片的になっちゃうんですけど。
草野さんによると、デーヴィッド・マークスさんはファッションや音楽の領域でカルチャーに非常に詳しい人物で、最近『ステータス&カルチャー』という本を出版しました。イベントでも、宮武さんはこの本の内容を中心に話を聞いています。
『ステータス&カルチャー』の日本語版はまだありません。そのため草野さんは、日本語で読めるマークスさんの本として『アメトラ』をすすめ、宮武さんは日本の出版社に新刊の日本語版を出してほしいと呼びかけました。
デイビッドさんはそのカルチャーがどういうふうに生まれたのかっていうのをすごい研究されてる方なので、彼のいろんな考え方とかを聞くのはすごい楽しかったですね。
草野さんも、ファッションの話からTikTokのようなレコメンドメディアの話まで幅広く出てきて、Off Topicらしさとマークスさんらしさの両方がある対談だったと振り返っています。
そもそも「ステータス」とは何を指すのか
宮武さんが対談全体のキーワードとして挙げたのが「ステータス」です。イベントの中でマークスさんは、まずステータスという言葉の定義から話を始めました。
マークスさんの説明では、組織やグループには必ずヒエラルキーがあり、ヒエラルキーのないグループは存在しないといいます。例として挙げたのは日本の会社の肩書きで、社長や部長だけでなく、課長と課長補佐のような細かい区別にインターン時代に驚いたそうです。
マークスさんによれば、グループの中には高いステータスの人、一般の人、ステータスが低い人がいて、位置が上がるほどベネフィットが得られます。宮武さんが「お金とそれ以外か」と確かめると、マークスさんはほとんどがお金以外だと答えました。
お金以外のベネフィットの例としてマークスさんが挙げたのは尊敬です。上の人が何か言うとみんながきちんと聞き、上の人の冗談は面白がられるのに、下の人が同じ冗談を言っても面白くないといいます。
自分のより上の人の行動をして上に見られたいみたいな、人間のなんか欲求みたいなのがあって面白いなって思いました。
宮武さんは、ステータスが曖昧で、お金だけでなくソーシャルなものも含み、しかも数字で決まっていない点に注目します。自分が今どの位置にいるのかが「なんとなくしかわからない」ことが面白いと話しています。
草野さんはさらに、組織の中でトップにいても、その組織自体がイケていなければ業界ごと引き上げなければならないと指摘しました。宮武さんはこれを、自分のステータスと所属するグループのステータスの両方を上げたいという話だと整理しています。
新しい文化は「一番上」か「一番下」から生まれる
宮武さんが次に取り上げたのは、ステータスが上がるほど行動が自由になるという話です。有名人なら変わったことをしても許され、それがイケていると見なされる一方、同じことをステータスの低い人がすると変人扱いされるといいます。
セレブとかがそのファッショントレンドを作るっていうのも、ステータスが高いと、その違いを作りたがるので、だからより変なことをするっていう。
宮武さんは、パジャマを外で着ることがファッショナブルになった例を挙げました。草野さんは、レディー・ガガの生肉のドレスを例に、普通の人がやれば引いてしまうことでも、レディー・ガガなら表現やアートとして受け入れてしまうと応じています。
イベント音声の中でマークスさんは、上に行くほど行動が自由になると同時に、下と差をつけなければエリートだと思われないため、あえて変わったことをするのだと説明しました。その結果、上の層では個人主義がより極端になるといいます。
マークスさんは「変なこと」を「規範に逆らうこと」と言い直しています。みんながやっていることと違うことをして差をつけ、しかも高いステータスがあるから規範を破ることが許される、という二重の構造です。
ここからマークスさんは、新しいことがどこから生まれるかという話へ進みます。答えは真ん中ではなく、一番上か一番下です。下の人は失うステータスがないので自由になり、サブカルチャーはわざとみんなと真逆のことをやるといいます。
ステータスが高いので規範を破っても許され、下と差をつけるためにあえて変わったことをする
失うステータスがないので自由に振る舞え、サブカルチャーとしてみんなと真逆のことをやる
マークスさんの整理では、文化はほとんどの場合、この一番上か一番下のどちらかから始まります。規範を守る真ん中の層からは、新しいものは生まれにくいという見方です。
田園調布の住人はなぜランボルギーニに乗らないのか
草野さんが印象に残ったと話すのは、ステータスシンボルは高価だから価値があるわけではない、という話です。その人の生活の延長に自然に出てくるものが、本当のシンボルになるという考え方です。
宮武さんは、マークスさんが一つの事例として挙げた話を紹介しました。田園調布に住んでいる人は、基本的にはランボルギーニに乗っていないというものです。宮武さん自身も、あくまで一事例であり、本当かどうかは別だと断っています。
イベント音声の中でマークスさんは、渋谷で19歳くらいの若者が黄色のランボルギーニに乗っているのを見ても、人は「すごいお金持ちだ」とは思わないだろうと話します。むしろ悪いお金で買ったのではないかと疑い、アメリカでも麻薬の売人に対して同じような見方があるといいます。
マークスさんの結論は、人はそこまでバカではないので、車が高いというだけではお金持ちの証明にならない、ということです。ある人たちの自然な行動から出てくるブランドや物ややり方が、そのグループのシンボルになると説明しました。
そのためマークスさんは、本当の金持ちである田園調布の住人が黄色のランボルギーニに乗っていないからこそ、乗っている人を見れば田園調布の人ではないとわかる、とまで言います。
宮武さんは、本の中にもお金の使い方の違いが書かれていると補足しました。お金を使ってステータスを作る人がいる一方で、非常に裕福な人ほど古い車に乗っていたり、大きな家に住んでいなかったりと、別の形のステータスを持っているといいます。
お金を使って高級車などでステータスを作ろうとする
古い車に乗る、大きな家に住まないなど、高さとは別の形でステータスを示す
さらにマークスさんは、物の価値はどんな人たちと結びついているかで決まると話します。いま藤原ヒロシさんが着ているからかっこいいものも、20年後に「ダサい人」が同じものを着ていれば、もうかっこよくないといいます。
宮武さんはこれを、誰が着ているか、どんな人たちが求めるかというソーシャルなコンテキストによってステータスが決まる話だとまとめ、マークスさんも、その価値は完全に社会的な価値だと答えています。
コム デ ギャルソンの「思考の摩擦」と、人工的につくる希少性
草野さんが個人的に面白かったのは「摩擦」の話です。Off Topicでは以前、コマースの中であえてハードルを作り、労力をかけた本当に好きな人だけがアクセスできるようにする、という話をしていました。
マークスさんがその例に挙げたのがコム デ ギャルソン ── デザイナーの川久保玲が率いる日本のファッションブランド。1980年代に黒を基調とした前衛的な服で世界のファッション界に衝撃を与えましたです。草野さんは、スタイリングが難しく、取り入れるには考える必要があることや、店員の冷たい態度に立ち向かえるかといったハードルに注目しました。
特にそのコーディネートを組むみたいなのって自分で考えることなので、Pinterestとか見てできるかもしれないんですけど、もう少し能動的なアクションなので、確かになって思いましたね。
イベント音声の中でマークスさんは、コム デ ギャルソンが80年代に非常に変わった服を作り、『オリーブ』や『メンズノンノ』に載っても、若者は買ってよいのか、本当に着てよいのか迷ったと話しています。これが「思考の障壁」です。
マークスさんによると、店に行っても、ブランドのイメージが「本当にわかっている大人のアーティストたち」のためのものだったため、地方から来たわかっていない若者には店員の態度がとても悪く、出て行ってくれという雰囲気だったといいます。
一方でストリートファッションは、Tシャツとジーパンとスニーカーです。マークスさんは、4歳の子でも普通に着ているもので、スタイル自体にまったく摩擦がないと指摘しました。
だからステータス性をつけたければ、人工的に摩擦を作らなければならない、とマークスさんは続けます。1日で1000枚売れるTシャツを100枚しか作らず、「どうやって買ったの?」という喜びを生むやり方です。
スタイルに摩擦がない
Tシャツとジーパンとスニーカーは誰でも着られる
人工的な摩擦
1日1000枚売れるものを100枚しか作らず、手に入れる喜びを作る
手法の広がり
[[裏原::東京・原宿の裏通りエリアを中心に1990年代に広がったストリートファッションの潮流。藤原ヒロシらが中心人物として知られます]]のブランドが確立し、NIKEなど多くのブランドが追随する
ステータスが曖昧に
どのブランドも同じことをやり、人工的だと知られて新鮮さを失う
マークスさんは、藤原ヒロシさんがNIKEのアドバイザーになったことにも触れつつ、今ではどのブランドも同じことをやっていてつまらないと話します。人工的だとみんながわかっているので、それで本当にステータスが作られているかはよくわからない、という見方です。
宮武さんはコメンタリーで、ストリートウェアにはもともと思考の摩擦が少ないからこそ、スタートアップやブランドは自分たちに適した摩擦の作り方を考える必要があると話しました。誰でもアクセスできる環境になり、ステータスシンボル自体が弱くなっていることにもつながると見ています。
マーケターが戦略を一般化し、モノカルチャーが進む
宮武さんは、良い摩擦の戦略が広まってつまらなくなる現象を、マーケターの宿命だと表現しました。自身もマーケターだと前置きしたうえでの発言です。
宮武さんの説明では、誰かが良い戦略を考えるとみんなが同じことをやり始め、一般化してステータスがなくなります。例えば最初に送料無料を始めたECサイトは「この会社はすごい」と思われたはずですが、今ではそれが完全に当たり前になっています。
宮武さんはさらに、イベントで出たモノカルチャー ── 本来は単一作物の栽培を指す言葉。文化の文脈では、多くの人が同じ作品や話題ばかりを消費し、文化が画一化する状態を指しますのパラドックスにも触れます。インターネットでさまざまなニッチが可能になったのに、みんなが同じ話題について話している、という矛盾です。
宮武さんがイベントでマークスさんに尋ねたのは、今の社会はモノカルチャー的になっているのか、という問いでした。マークスさんの答えは「ちょっとパラドックスだと思う」というものです。
マークスさんによれば、インターネットのおかげでどんな趣味にもグループが存在し、Spotifyには何億曲もあります。本来なら一人ひとりが他人とまったく違うライフスタイルを送れるはずなのに、逆にみんなが話す話題は全部同じになっているといいます。
マークスさんは自身の若い頃を振り返り、ニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックやジョージ・マイケルのような主流が嫌いで、インディーズ音楽が好きだったと話します。当時は「あれは最悪で、こっちのほうがいい」という反抗的な価値観があったそうです。
主流のポップスを嫌い、インディーズ音楽を好む反抗的な価値観がかっこよかった
サブカル的な人でもドレイクのアルバムを聴き、ビヨンセを褒め、ポップスターを批判しにくい
今のアメリカについてマークスさんは、リアリティ番組を見ている人に「最近インディーズのアート映画を見ている」と言うと、スノッブ扱いされてしまうと話しました。一般の人がマス文化を消費するのは理解できても、かつてインディーズ系だった人までそればかり考えているのは驚きだといいます。
マークスさんが本で書いた考察は、ステータス価値がだんだんなくなり、ロングテール ── クリス・アンダーソンが提唱した概念。ネット上では売れ筋の「ヘッド」だけでなく、少数しか売れないニッチ商品の「テール」の総和も大きな市場になるという考え方のテールにあるものが価値も意味も持たなくなった、というものです。自分しか聴かない音楽の話をしても何も通じず、「お前はこういう人だ」という意味づけも生まれないといいます。
マークスさんの結論は、ものがありすぎるために、ヘッドにあるマス文化にしか意味がない状態になっているというものでした。草野さんも、パラドックスになっているという話は本当にそうだと共感しています。
雑誌の文化人とレコメンドエンジン、すすめる方向はなぜ逆なのか
宮武さんは、テクノロジーによって消費行動も変わったと指摘します。ものを選ぶ時代から、アルゴリズムによってものが与えられる時代になったという見方です。
結局そういうアルゴリズムって、そのいいねが多いほどものを出してくれるので、なんでより人気なものがより人気になって、人気じゃないものが人気にならないっていうのもありますよね。
マークスさんはこれを受けて、日本のすごかった点として雑誌文化を挙げました。『リラックス』や『ポパイ』のような雑誌では、文化人が「絶対に聞いたことのないこのアルバムを聴いたほうがいい」とすすめていたといいます。
マークスさんは、先生や兄のような身近な人の影響も例に出します。ニルヴァーナが好きならダイナソーJr.を聴いたほうがいい、さらにマイ・ブラッディ・ヴァレンタインを聴いたほうがいい、というように、もっとコアなものへすすめていく流れです。
一方でアルゴリズムは逆だとマークスさんは言います。グレート・ピレニーズの由来の歴史の動画を見たら、次は「かわいい子犬がいるよ」という動画が出てくるように、より単純なほうへ進んでいくという例えです。
知られていない、よりコアなものへすすめる
みんなが好きな、より単純なものへすすめる
マークスさんは、これはスノッブとして言っているだけではなく、本当にそうなってしまうと話します。イノベーションは規範を破ることですが、普通の人は規範を破るのが怖く、よく知っているものを欲しがるため、新しいものも商品化される段階で単純化されていくといいます。
宮武さんは、アメリカの映画のトップ10を見ても続編やマーベル・シネマティック・ユニバースなど、みんなが知っているIPばかりが並ぶのはそのためだと補足しました。マークスさんも、みんなが好きなものは自分が好きなものより単純なのかもしれない、と応じています。
宮武さんはコメンタリーで、本来もっと議論したかった点として、下から生まれる文化にも上の力が必要なのではないかという問いを挙げました。雑誌の編集者は、編集者というステータスを使って、あまり知られていないボトムアップの文化を引き上げているのではないか、という見立てです。
時間とオーセンティックさの時代に、カルチャーアイコンは作れるのか
宮武さんがもう一つ気になった点として挙げたのは、ステータス作りには時間とオーセンティックさが重要だという話です。それに納得しつつも、宮武さんはトレンドサイクルがどんどん速くなる今、カルチャーアイコンのような存在は作れるのかと疑問を投げかけました。
その新しいビヨンセって今だと作れるのかなとか。エアジョーダンっていうブランド、あれだけ世界中に浸透したブランドって作れるのかなっていうのはすごい疑問に思ってますね。
対話の中では、宮武さんにとってのカルチャーアイコンの定義を問われる場面もありました。宮武さんは、言葉の定義はあまり考えたことがなかったと認めつつ、例としてエアジョーダンやビヨンセを挙げています。
宮武さんの考えでは、カルチャーアイコンは人でなくてもかまいません。エアジョーダンはスニーカーの枠を超え、ヒップホップでも使われ、アメリカンカルチャーを象徴するものにもなっているといいます。
何におけるアイコンなのか、大衆文化のことなのかと問いが重ねられると、宮武さんは全世界的な認知度のようなものだとしつつも、マーベルはカルチャーアイコンなのかと考えると、その違いは難しいと話しました。シンボルである以上、人もいればものもあるのではないか、というのが宮武さんの答えです。
このカルチャーアイコンをめぐるやり取りは結論が出ないまま、「確かに難しい」という言葉で締めくくられました。番組の最後には、フルバージョンがメンバーシップで聴けることと、マークスさんのSNSのチェックが呼びかけられています。
まとめ
デーヴィッド・マークスさんとの対談から見えてきたのは、ステータスがお金だけでは測れない社会的な価値であり、文化や流行を生む原動力になっているということです。同時に、人工的な摩擦の一般化やアルゴリズムの普及によって、その仕組み自体が弱まり、マス文化に意味が集中するパラドックスが起きていることも語られました。
- ステータスは曖昧で数字にならず、尊敬などお金以外のベネフィットが大きい
- 新しい文化は、規範を破れる一番上か、失うものがない一番下から生まれやすい
- ステータスシンボルは高価さではなく、どんな人たちの自然な生活と結びついているかで価値が決まる
- 人工的な摩擦はマーケターによって一般化し、ステータスを生む力を失っていく
- 雑誌の文化人はコアなものへ、アルゴリズムは単純なものへすすめ、ネット時代にモノカルチャーが進んでいる





