「場所を作るだけ」ではなぜ何も起きないのか
Off Topicのベル研究所シリーズは、1回目でベル研究所とは何かを紹介し、2回目でイノベーションのサプライチェーンと、今の企業がベル研究所を再現する難しさを扱ってきました。
最終回となる今回は、「もしOff Topicがベル研究所のような研究組織を作るなら、どう設計するか」という仮説を語る回です。宮武さんは、関心のある企業や大学がいればぜひ話したいと、半分宣伝を兼ねて切り出しています。
ただし前提として、宮武さんは「まずめちゃくちゃ儲かっている会社を作らないといけない」と強調します。前回も、ベル研究所は巨額の売上を持つ会社だからこそ成り立ったという話になっていました。
(Off Topicが)やった場合、まずめちゃくちゃ儲かってる会社を作らないといけない。
そのうえで宮武さんが最初に否定するのが、「カルチャーと科学とテックと社会が混ざり合うスペースを作りましょう」という発想です。草野さんも、インキュベーションセンターやスタジオがその例になりがちだと応じます。
宮武さんによれば、場所を作ること自体は悪くありません。大事なのはインセンティブ設計、いい人材を集める要因、そして人が集まる「きっかけや理由」であり、場所づくりはそれらがあって初めて意味を持つという考えです。
そこで今回の議論は、場所の話をいったん置き、全体の目的、組織に必要な人、研究者への資金提供、そしてマネタイズの4点で進められます。宮武さんは、なかでもお金儲けの部分を一番厚く話すつもりだと語っています。
ただの研究施設ではない、10年から20年後の商業化
宮武さんが目的として最初に掲げるのは、研究所を「商業的な利用のため」に置くことです。会社のため、お金を儲けるためにやるという前提が、研究内容の絞り込みに大きく効くと考えています。
多くのインキュベーション施設はこの前提をあまり気にしていない、と宮武さんは指摘します。それも1つのやり方としつつ、長期的でもいいからお金儲けを視野に入れていないと研究内容がかなり変わってくる、というのが宮武さんの見方です。
草野さんが時間軸を尋ねると、宮武さんはベンチャー投資の5〜10年という目線と比べ、この研究所は10〜20年のスパンで見るべきだと答えます。目安は「10年後に商業化できる感じ」で、何百年単位になると商業の領域を超えてしまうといいます。
宮武さんは、大学の研究も以前は商業利用ではないものが中心だったと振り返ります。その後、アメリカ政府が法律を変え、大学が発明を特許化して他社にライセンスし、お金儲けをしてよいことになりました。
研究者のインセンティブについては、大学ごとに違いはあるものの、大学が得た資金の一部が研究者にも渡る仕組みが基本だそうです。ただ宮武さんは、これによってベンチャー業界に大きなインパクトが生まれたとは正直言えない、と付け加えています。
プラットフォームは「乗っている人」が一番儲かるべき
宮武さんは、この研究所をプラットフォームにしたいと語ります。参考にしているのは、ビル・ゲイツによるプラットフォームの定義です。
プラットフォームを提供してる会社とか人、組織よりも、そこに乗っかってる人たちの方が最終的に儲かんないといけない。
草野さんは「プラットフォームが一番儲かるような」イメージがあったと驚きます。宮武さんも、実際にはそうなりがちだが、本来はそうではないはずだと応じます。
研究所に当てはめると、より多く儲かるべきなのは研究している本人たちです。宮武さんは配分の例として、研究者に8割、運営側に2割という比率を挙げ、50対50は違うし、7対3にもならないだろうと話します。
一方で宮武さんは、運営側のアップサイドも必ず必要だと念を押します。草野さんが「ベルラボみたいになっちゃいますもんね」と返すように、研究をして終わる組織にしないための条件です。
ちなみにベル研究所の研究者へのインセンティブは、基本的に給料だったといいます。当時はエクイティの概念があまりなく、高い所得と研究の自由度が研究者にとっての主なベネフィットでした。
高い給料と研究の自由度。権利は会社側に帰属
研究者に8割程度を配分しつつ、運営側も一定のアップサイドを確保
ベル研究所の研究者は全体の1〜2割だった
組織面で宮武さんが面白かったと語るのは、ベル研究所の組織図です。研究所という名前から研究者が多いと思いきや、研究者は全体の1〜2割ほどだったそうです。
最も多かった時期の人員が約1500人とすると、研究者は150人程度になります。宮武さんは、すごい研究者を150人集めるだけでも大変だったはずだと見ています。
残りを占めたのは、今風に言えばPM的な人たちや、発明をどう商品化し、自社のコア事業にどう展開するかを理解して実現する人たちでした。草野さんも、自由度が高い組織だからこそマネジメントする人が必要そうだと納得します。
もう1つ重要だったのが、新しい素材などの発明を検証するテスティング部隊です。各研究者の下に人を付けるより1つの組織にまとめたほうが効率的で、予算が付けばよりいい機材も使える、と宮武さんは説明します。
草野さんはこの分業を、作品を練り上げるアーティストと、それを複製・生産する助手がいる大きなスタジオになぞらえます。宮武さんも、研究は職人文化であり、没頭したい人が没頭できる分業が望ましいと応じます。
企業の例として宮武さんが挙げたのがAppleです。専属のテスティング部隊を持ち、パッケージングも別部門で、箱を開ける瞬間の「マジックモーメント」を作るためのプロトタイプが部屋に大量にあるといいます。
プロセスを「プロダクト」として改善するシステムエンジニア
ベル研究所でもう1つ重要だった職種として、宮武さんはシステムエンジニアを挙げます。ここでのシステムエンジニアの仕事は発明ではなく、ベル研究所そのものをどう効率化するかでした。
具体的には、社内プロセスの改善や、新しいナレッジを既存のシステムにどう組み込むかといった役割です。草野さんが例として経費精算を挙げ、宮武さんは定例ミーティングなども含まれると補います。
プロセス自体をもっとプロダクトとして見ないといけない。
宮武さんによれば、会社のプロセスは導入して終わりになりがちです。プロダクトのようにKPIを持ち、何が成功して何が成功していないかを決め、改善し続ける担当者がもっと必要だと考えています。
うまくやっている例として宮武さんが挙げたのが、法人カードのスタートアップRamp ── アメリカの法人向けカード・経費管理サービスのスタートアップ。経費精算の自動化などを強みに急成長した企業として知られていますです。Rampには営業チームに専属で付く「グロース何とかチーム」があり、営業しやすいシステム作りをひたすら担うそうです。
そのチームは、微妙なツールの入れ替えを提案したり、ワークフローのどこを自動化できるか切り分けて実際に自動化まで行ったりします。結果として、営業チームは営業に使える時間が増えるといいます。
宮武さんは、AIの時代はツールが毎日のように新しくなる一方、ワークフローは一度導入するとチームが劇的に変わらない限り変わらないと指摘します。だからこそ、プロセスを知りながら一緒に動き、改善してくれる人がいると組織はだいぶ変わる、という主張です。
研究者の資金調達は「プロジェクト」ではなく「人」に
次のテーマは研究資金です。大学研究や独立研究で政府から資金を得る場合、従来はプロジェクトの提案書を出し、それに対してお金が出るかどうかが決まる流れでした。
宮武さんはここにベンチャー的な考えを入れ、プロジェクトではなく人に投資すべきだと語ります。スタートアップ業界では普通の発想ですが、研究業界では逆になっているといいます。
例として挙がったのが、Stripeの創業者兄弟が関わるArc Institute ── Stripe共同創業者パトリック・コリソンらの支援で設立された米国の非営利研究機関。研究者に長期的で柔軟な資金を提供する仕組みで知られていますです。宮武さんによれば、Arcは研究者が研究する際のさまざまな障壁をなくすことを目標にしています。
障壁の代表が、助成金や補助金の申請にかかる時間です。宮武さんは、9割ほどの研究者が資金調達に時間をかけすぎていると言われ、場合によっては自分の時間の半分を提案書づくりに使う研究者もいると話します。
さらに、資金を受け取る研究者の年齢も上がり続けています。NIH ── アメリカ国立衛生研究所。医学・生命科学研究を担う米国政府機関で、大学などの外部研究者への研究助成も大規模に行っていますから初めて独立研究の資金を受け取る研究者の年齢の中央値は42歳だといいます。
草野さんは、大学院を経て30歳で研究を始め、ようやく40歳でお金がもらえる感覚かと確認します。宮武さんは、しかも最初の提案書は9割のケースで拒否されると付け加えています。
CRISPRもmRNAワクチンも断られた、変えられない研究テーマ
宮武さんは、政府機関がリスクのある研究に資金を出しにくい理由として、税金を使っている点を挙げます。変なプロジェクトに資金を出すと、市民から「我々のお金だぞ」と言われてしまうからです。
その裏付けとして宮武さんが紹介したのが、遺伝子編集ツールのCRISPR ── DNAの狙った場所を切断・改変できる遺伝子編集技術。開発者らは2020年にノーベル化学賞を受賞しましたと、コロナのワクチンにも使われたRNAワクチンの技術です。どちらも最初はNIHに提案書を断られたといいます。
草野さんが「クレイジーだから?」と尋ねると、宮武さんは理由は述べられていないとしたうえで、おそらくリスクの問題だったのだろうと答えます。何らかの不備があった可能性もある、と留保も付けています。
もう1つの課題は、プロジェクトに対して資金が出る以上、途中で「このプロジェクトじゃなかった」と気づいても研究テーマを変えにくいことです。
これじゃないと思っているけど進まなければならない。誰もハッピーじゃないですね、それは。
宮武さんは、スタートアップにピボットがつきものであるように、研究にもピボットを許す資金の仕組みが必要だと語ります。Arc Instituteはそれを実践していて、資金の範囲内なら違う研究に移れるため、好奇心ドリブンな研究がしやすくなるそうです。
草野さんは、テーマ変更もリスクのある研究も認めると候補が膨大になり、選定が難しそうだと疑問を投げます。宮武さんの答えは、シード投資のように人ベースで、10〜50人程度に絞って一定期間の資金を出し、その間は自由にしてもらうというものです。
提案書単位で審査。リスクの高い研究は通りにくく、途中でテーマを変えにくい
10〜50人程度に一定期間の資金を提供。商業目的の範囲で自由に研究し、ピボットも可能
マネタイズの柱はライセンスとエクイティ、Google特許の場合
研究所のマネタイズについて、宮武さんは、コア事業が十分に儲かっていて研究所が一切マネタイズしなくても成り立つ状態を前提にしたいと話します。そのうえで、最初からマネタイズを視野に入れるべきだと考えています。
理由は、ベル研究所やXerox PARC ── ゼロックスのパロアルト研究所。GUIやイーサネットなどを生んだ一方、親会社がそれらを十分に事業化できなかった例としてよく語られますのように、イノベーションは多いのに会社にとって価値を提供できない状態に陥る可能性があるからです。研究所が利益を出せば、そのお金を研究に張り続けられます。
方法は大きく2つで、技術のライセンスとエクイティだと宮武さんは整理します。大学の特許や技術のライセンス売上の大半は医薬品から来ていますが、テック寄りやCPG系の事例もあるといいます。
テクノロジーで最も有名な例がGoogleです。ラリー・ペイジさんとセルゲイ・ブリンさんはスタンフォード大学の学生で、1996年に参加していた研究プロジェクトの中で、関連度ベースでウェブサイトをランキングするアルゴリズムを設計しました。
それはラリー・ペイジさんの博士論文でもあり、学生として出した特許はスタンフォードのものになりました。スタンフォードはGoogleに独占ライセンスを提供する代わりに、ロイヤリティ売上とGoogleの株を受け取ったそうです。
ただし宮武さんによれば、スタンフォードがGoogleから得たロイヤリティ売上はあまり多くありません。特許は20年で切れるうえ、売上が特許から直接生まれたわけではないからです。
儲かったのは株のほうでした。スタンフォードは180万株を受け取り、2004年のGoogleのIPO時に約10%を売って15.6ミリオンドルを得て、その1年後ぐらいに残りを売却して335ミリオンドルを得たといいます。
宮武さんは、もし売却していなければ、今の時価総額から見て10ビリオンドルほどの評価になっていたかもしれないと話します。それでも、どこかで流動化しないと次のプロジェクトの資金が出せない、とも補足しています。
スタンフォード全体では、1970〜2015年に1万以上の発明、5000以上の特許、2500以上のライセンス契約があり、そのうち1ミリオンドル以上になったのは77件、100ミリオンドル以上はたった3件だそうです。草野さんは「ほんとVCみたいですね」と反応し、宮武さんもそういう考え方だと同意します。
特許の使い方次第で、ITの勢力図は変わっていた?
宮武さんは、ライセンスには独占契約だけでなく、複数の会社にオープンに提供するやり方もあると説明します。そこで草野さんが、Googleの検索特許を他社にも提供していたらどうなったかと問いかけます。
だいぶ変わってますよね。例えばYahooがそれ(特許)持ってたら。
宮武さんは、Googleが存在しなかったかもしれないとまで話します。特許の契約の設計が、業界の勢力図を左右し得るという見方です。
ライセンスの価格設計も自由度が高いといいます。使うための前払いのアップフロントフィーを取り、その後の使用には別途料金を取る形もあり、特にバイオ系で多いそうです。
宮武さんの記憶では、ある特許では1万ドル(約150万円)の初期費用に73社が支払い、その後さらにライセンス売上を得たケースもあったといいます。スタンフォードは過去40年ほどで約1ビリオンドルを稼ぎ、年間では27ミリオンドルほどの売上があるそうです。
話の流れで、草野さんは宮武さんが通っていたバブソン大学にも研究者がいたかを尋ねます。宮武さんは、バブソンには研究施設もサイエンスの学部もないと答え、研究所を作るには政府の承認なども必要だと説明します。
ちょっと今、大学がこう、キャッシュマシンのように見えてるし。全然大学が教育機関だとだんだん見えなくなってきました。
教育はコンテンツですから、彼ら(大学)にとって。人を引き寄せるコンテンツですから。すごい悪い言い方をすると。
ゲータレードはフロリダ大学の研究室から生まれた
CPG系の商品で大学発の分かりやすい例として、宮武さんはスポーツドリンクのゲータレードを紹介します。アメリカ人には普通でも、日本人にはネオンブルーなどの変わった色の飲み物に見えるかもしれない、と前置きしています。
ゲータレードを作ったのはフロリダ大学で、名前は造語です。「ゲイター」はアリゲーター、つまりワニから来ていて、フロリダ大学のマスコットに由来し、「エイド」はレモネードのように飲み物を表すといいます。
誕生は1965年です。フロリダ大学のアメフトチームのアシスタントコーチが、医療関連の教授に「試合の後半になるほどみんながバテている」と相談したのが始まりでした。
当時は、試合中や練習中に水分を取ると筋肉の痙攣を起こすと考えられ、アスリートは水分補給を一切していなかったそうです。草野さんは、昭和の日本の野球部みたいだと反応します。
教授が練習前後の選手の体を調べると、水分だけでなくナトリウムや血糖値も大きく落ちていました。最初に作ったドリンクは塩、ブドウ糖、リン酸塩を入れたものでしたが、教授と同僚が試すと飲めないほどまずかったといいます。
そこで教授の奥さんが「レモンジュースを入れたら?」と提案し、ほぼ今のゲータレードのようなものができたそうです。草野さんの「レモンジュースすご」に、宮武さんは「レモンジュース強い」と返しています。
翌日の練習試合では、一方のチームにだけドリンクを渡すABテストを行い、飲んだチームが後半も元気で勝ちました。驚いたコーチは翌日の大きな試合のために100リットル分を頼み、教授たちは徹夜で作ってオレンジ色のバケツで運んだそうです。
その試合でもチームは後半にエネルギーを保って逆転勝利しました。宮武さんは、今のゲータレードがオレンジ色のバケツで登場するのはここに由来しているのではないかと話しています。
ブランドで勝ったゲータレードと、大学との訴訟
ゲータレードと似たドリンクは、ほかの大学も作っていたといいます。フロリダ州立大学はマスコットにちなむ「セミノールウォーター」、ネブラスカ大学は「ハスカレード」を作っていたそうです。
それでもゲータレードが有名になったのは、フロリダ大学のアメフトチームが勝ち始め、その秘訣としてフロリダの新聞社が取り上げ、全米に広まったからでした。宮武さんは、中身は他校とそれほど違わなかったかもしれないが、ディストリビューションとブランディングで認知度を得たことが大きいと見ています。
当時の大学には研究で儲けるという概念が薄く、教授が資金提供を頼みに行くと大学に断られました。教授は自ら500ドルのローンを組んでボトリングし、試しに販売すると売れたといいます。
1967年、教授たちは飲料会社とライセンス契約を結び、オペレーションを企業に任せました。発明者たちは「ゲータレードトラスト」という信託を作り、利益の一部がそこに流れて分配される仕組みにしました。
ところが信託が稼ぎ始めると、大学は自分たちが入っていないことに気づき、発明者を訴えます。宮武さんは「すごい良くない話」としつつ、最終的に大学は信託の一部に入り、今は8割が発明者、2割が大学に配分されていると説明します。
訴訟について、発明者側は戦いたかったものの、時間とお金がかかりすぎると言われて諦めたそうです。全員がお金儲けはできているので、最終的に受け入れた形だといいます。
契約の結び方で明暗が分かれる、特許と商標の教訓
宮武さんがゲータレードから引き出す学びは、ライセンス契約を最初からうまく設定することの大切さです。
草野さんは、低カロリーのお茶ブランド「オネストティー」の創業物語を思い出します。大学の教授とMBAの学生がアイデアを考えて一緒に起業した例で、大学で出会って開発する点が似ていると感じたそうです。
宮武さんは、ゲータレードは材料の組み合わせが特許化された「技術」だったため、誰かがクレームを出せた点がオネストティーとは違うかもしれないと答えます。
交渉の仕方も重要でした。発明者たちは最初、企業に一括1ミリオンドルでの譲渡を持ちかけましたが断られ、結果的にロイヤリティ型のライセンスになったことが、発明者たちにとって大きな幸運になったといいます。
対照的なのがインディアナ大学の例です。インディアナ大学は発明したフッ化物をP&Gにライセンスし、それは歯磨き粉「クレスト」に使われましたが、ロイヤリティ契約からの売上は5ミリオンドルほどにとどまったそうです。
一括1ミリオンドルは断られ、売上に連動するロイヤリティ型に。長期で大きな利益に
使用量ベースの契約。歯磨き粉には微量しか使われず、売上は5ミリオンドルほど
原因は、契約がフッ化物の使用量をベースにしていたことです。歯磨き粉には微量しか入らず、量が減らされることもあったため、売上ベースで結べばよかったと宮武さんは見ています。ただし、多くの商品に使われるなら量ベースが有利なこともあり、どちらが正しいとは言い切れないとも話しています。
さらに宮武さんは、ゲータレードの発明者たちが特許だけでなく商標のオーナーシップも取りに行ったことを「すごく正しかった」と評価します。フッ化物の場合はブランドになるのはクレストで、それはP&Gのものです。
ゲータレードは今ペプシコの傘下にあり、特許はすでに切れています。それでもペプシが発明者側にお金を払い続けているのは、商標をキープするためだといいます。
宮武さんは、真偽はわからないとしつつ、ペプシが一時期「G」というブランディングを試みたのは、ゲータレードという言葉を使うと利益の一部を持っていかれるからではないかと推測します。草野さんは、名前を奪われる『千と千尋の神隠し』みたいだと笑い、「お前はGだ」と返しています。
ライセンスした先に「早めに投資する」仕組み
フロリダ大学は今、年間140件ほどの発明を特許化し、2008〜2018年に500万ドルほどの売上を出しているそうです。宮武さんは、こうしたライセンスを1つ目のマネタイズの方法とします。
2つ目は投資です。宮武さんは、ライセンス契約を結んだ企業に早めに投資できる仕組みを、契約に組み込めたらいいと考えています。
シナリオ1は、Googleのように発明者自身が特許を使って起業したい場合です。特許は永久に提供する代わりに、スタンフォードのように少しのエクイティと、投資する権利をもらいます。投資するかどうかはベンチャー部門が判断します。
シナリオ2は、研究者が会社を作りたいわけではない場合です。オープンソースにするなど、より多くの人に使ってもらう道を選んでよく、その技術を使って起業する人が出たときに投資する権利だけをもらいます。
このシナリオ2では、投資で得た株の一部を発明者に渡すか、EXITのタイミングで渡します。技術をある程度オープンにしても、発明者が追加投資なしで儲けられる仕組みにしたい、というのが宮武さんの狙いです。
特許を永久に提供し、代わりに少しのエクイティと投資する権利を得る
技術を広く公開し、それを使った起業に投資する権利を得る。株の一部は発明者へ
草野さんは「すごい現実的で、実現しそう」と評価します。宮武さんは、研究者が必ずしも自分で会社を作りたいわけではないからこそ、そうした人にもアップサイドが届く仕組みが大事だと語ります。
大学は閉じ、大企業はムーンショットを手放している
宮武さんは、こうした仕組みの結果として生まれるのは、コーポレートとVCモデルのハイブリッドのようなものだと考えています。これまでは大学が担ってきた役割ですが、その大学が揺らいでいます。
宮武さんによれば、アメリカでは過去10年間で500以上の大学が閉校し、10年前と比べて閉校数は3倍ほどに増えています。進学者の減少、学費の高さ、政府や州からの研究予算の比率低下やカット、特許やライセンス周りのプロセスの難しさもあるといいます。
大手テック企業も、金利が低かった時期には「20年後のアイデア」に大きく投資していました。宮武さんは、GoogleがWaymoに投資していた時期などを例に挙げています。
しかし今は、Googleがムーンショットプロジェクトをスピンアウトさせたり、外部から資金調達するよう求めたりしていて、切り離されたりシャットダウンされたりする研究が増えているそうです。
そこから生まれた会社の例として、宮武さんは香りをデジタル化するOSMOを挙げます。OSMOはGoogleの研究から生まれた会社です。
もう1つの例が、AI×バイオのスタートアップEvolutionaryScaleです。元はMetaのチームの研究で、Metaがコストカットの一環でチームを切ったあと、そのメンバーがスピンアウトして研究を続けているといいます。
大企業が幅広く投資
金利が低い時期に、遠い将来のムーンショット研究を抱える
リーン経営へ転換
AIやAR・VRなど重点分野以外をカット
研究チームが切り離される
スピンアウトやシャットダウンが増える
拾うチャンス
商業化できそうな研究と人材を外部が受け止められる
草野さんは、何年か投資しても商業化できなかったものに、また投資するのかと疑問を向けます。宮武さんは、カットはプロジェクトの出来よりも会社の状況による面が大きいと答えます。
たとえばMetaならAIやAR・VR系はキープし、それ以外はフォーカスできないのでカットする、という判断です。宮武さんは、大企業が幅広く広げてきたからこそ、今は短期的にいい人材を拾える大きなチャンスだと見ています。
Off Topic版ベル研究所は「若干分散化された」形に
議論の結論として宮武さんは、Off Topic版ベル研究所を作るなら、ベル研究所を完璧に再現すべきではないと語ります。
若干分散化されたもの。
いい人材や資本、インフラを集める集権的な場所は必要ですが、スタートアップにすべて任せるとできないこともあります。そのため、ある程度集権化しつつ、企業や起業家が入ってこられるインセンティブ設計にするのが宮武さんの構想です。
運営側が得られるアップサイドは、いい会社が出てきても100%や80%ではなく、10〜20%ほどかもしれません。それでも成り立つと宮武さんは考えています。
さらに宮武さんは、Off Topicだからこそできる部分として、メディアとしてのプレゼンスとリスナーのネットワークを挙げます。研究するだけでなく、成果を広げたり、いい人同士をつないだりするところまで持っていければ、他社にはできないものになれるという見方です。
足りないのはお金。
お金。あとめっちゃ儲かる事業。そこ一番大事ですけどね。
宮武さんは、イノベーションを加速するにはスタートアップに頼るだけでは足りないと語ります。最終的には、自分たちから積極的にそれを作りに行ける立ち位置になれたらいい、という思いで締めくくっています。
「研究者」ではない肩書きと、リスナーへの呼びかけ
最後に草野さんが持ち出したのは、肩書きの話です。前回の収録後に宮武さんと話したこととして、「リサーチャー」「研究者」とは別の名前があってもいいのではないかと提案します。
草野さんが参考にするのは、ディズニーのイマジニア ── ディズニーのテーマパークやアトラクションを企画・設計するクリエイター集団の呼称。イマジネーションとエンジニアを組み合わせた造語ですです。ゲストを楽しませるという共通のミッションのもと、イラストレーター、建築家、エンジニアなど多様な人が集まっていると話します。
そういう名前を別でつけるっていうのは、もしOff Topicでやるならやっても面白いのかなとは思いました。
宮武さんは、ここで名前を発表するのかと思ったと笑いつつ、名前の力に同意します。イマジニアという名前だけで、ただのハードウェアエンジニアではないと伝わるのはすごい、と語ります。
なんか役職にもビジョンが込められてますもんね。それってすごいですよね。無機質な感じがしないっていうか。
宮武さんが名前をリスナーから募集するか尋ねると、草野さんは、やりたい側の自分たちで意図を込めて考えたほうがいいと答えます。2人は、いつかこの名前が出てくる日に向けて頑張ろうと話しています。
草野さんは、今回の構想は規模が大きいため、まずは企業や既存の大学とのコラボレーションなど、実現しやすい形も考えたいと語ります。大学や企業の方、研究部門を作りたい方とぜひ意見交換したいと呼びかけています。
宮武さんも、これはあくまで構想であり、検証もしていきたいと話します。お金を十分に持っていれば自分たちで進めるが、今は興味のあるリスナーと一緒に何かできればと語り、シリーズを締めくくりました。
まとめ
ベル研究所シリーズの最終回で宮武さんと草野さんが描いたのは、ベル研究所の再現ではなく、商業化を前提にしながら研究者に大きく報いる、分散型でハイブリッドな研究組織でした。Googleやゲータレード、インディアナ大学の事例は、成果の多くが契約や権利の設計で決まることを示しています。
- 研究所は「場所」ではなく、商業化という目的、インセンティブ設計、人が集まる理由から作る
- 研究者は全体の1〜2割でも、PM・テスティング・社内プロセス改善の専門家が研究を支える
- 研究資金はプロジェクトではなく人に出し、ピボットを許すことで好奇心ドリブンな研究を可能にする
- マネタイズはライセンスとエクイティの2本柱。契約の基準や商標の扱いで、得られる利益は大きく変わる
- 大企業が手放す研究チームを拾える今こそ、コーポレートとVCのハイブリッド型研究所のチャンスと考えられる





