3年ぶりのシーズン2、セヴェランスとはどんな物語?
草野ミキさんが最初に『Severance(セヴェランス)』を番組で紹介したのは2022年の雑談回でした。当時は『テッド・ラッソ』をきっかけにApple TV+ ── Appleが提供する動画配信サービス。2019年に始まり、オリジナル作品のみを配信する方針で知られていますにハマり、「謎の数字を打っている」「よくわからない仕事をしている」ドラマとして話していたといいます。
それから3年待ってシーズン2が配信され、先週フィナーレを迎えました。宮武テツローさんも見たということで、前半は未見の人でも楽しめるマーケティングの話、後半はネタバレを含む最終話の話という二部構成で進みます。
なんか多分ほとんどの方々の期待値以上(の)作品が出来上がったので、ほんとすごいなっていうのを思いましたね。
宮武さんによると、シーズン1から2の間はコロナやストライキなどで撮影が難航し、3年空くと内容を忘れる人や、面白さを保てるのかという懸念もありました。それでもApple TV+史上で最も人気の番組になり、『テッド・ラッソ』を超えたといいます。
あらすじは、謎めいた製薬企業ルーモン・インダストリーで、仕事と私生活の記憶を分離する「セヴェランス」という手術を受けた社員たちの物語です。主人公のマークを中心に、主に4人の社員と社内の不可解な人々、そして家族が、会社の中と外の世界を行き来します。
草野さんは、仕事のストレスを私生活に引きずる経験は誰にでもあると話します。その身近な発想をシンプルなコンセプトにし、複雑なストーリー、映像、グラフィック、演技まで含めて世界観を確立している点が、このドラマのすごさだと見ています。
グランドセントラル駅に現れた「オフィス」の衝撃
草野さんが一番面白いと挙げたのは、シーズン2のマーケティングです。配信開始前、ニューヨークのグランドセントラル駅に、作中で最もアイコニックなオフィスフロアが透明なボックスの中に再現されました。
このインスタレーションでは実際のキャストが中で「よくわからない仕事」をし、観客はそれを外から眺めます。演者は観客に反応せず、外の声も聞こえないという設定自体が、ドラマの世界観を表していました。
ポップアップでもないし、本当にアートみたいな。(実際の役者が)生きてる人が演じてるっていうところの面白さ。
宮武さんによると、中のコンピューターは実際に動く仕様でしたが途中で壊れてしまい、役者たちは紙飛行機を作ったり掃除をしたり、怒られているような場面を演じたりしたそうです。声が観客に届かないため、演技はアクションだけで見せる形でした。
悪役的なキャラクターであるコーベルとミルチックが入ってくると、観客全員が静かになったという話も紹介されます。さらに、役者がまた戻ってくるのかと尋ねた観客に、警備員はこう答えたといいます。
(警備員が答えたのが)「ルーモンインダストリーは役者を雇いません」と。「もっと会社について知りたければ、このパンフレットを読んでください」っていう。
草野さんは、制作者でもあり俳優として有名なベン・スティラーが現地に来ていたのに、観客がインスタレーションに集中していた点に、ファンコミュニティの強さを感じたと話します。宮武さんは、仕事で人が行き交う駅という場所が、中に入る人と外にいる人の対比を言葉なしで表現していたと評価しています。
B向け企業とコラボできたのはなぜか
マーケティングは駅だけではありません。草野さんは、作中アイテムを扱ったApple Storeの展開も挙げます。都市ごとに個性を出すApple Storeだからこそ、Amazonの店舗でAmazonの作品を紹介するのとは違う表現ができたのではないか、という見方です。
さらにオフィスが舞台の作品であることから、LinkedInでの展開や、Atlassian ── Jiraなど業務向けのプロジェクト管理ツールで知られるオーストラリアのソフトウェア企業です、ZipRecruiterといったB向けサービスとのポッドキャストでのタイアップも行われました。
宮武さんが驚いたのは、AppleがApple TV+の公式アカウントで済ませず、外部の番組に作品のポッドキャストを作らせ、他社の広告まで入れた点です。Atlassianの広告もルーモンと比べる形で、ストーリーに絡めて作られていたといいます。
その中であえて、ちょっとファンタジーとか、ちょっとフィクションなIPでも、そのBtoBの広告を出すっていうのって今後増えてくると思います?
草野さんは、増えるとは思うものの作品を選ぶと答えます。『サクセッション』や金融街を描くイギリスのドラマ『The Industry』もオフィスドラマですが、現実に引っ張られる感じがあります。対してセヴェランスは扱う内容がリアルでありながら、強いフィクション感があることがコラボのしやすさにつながっているという考えです。
宮武さんも、『サクセッション』は富裕層の話でキャラクターの多くが嫌われ役のため、ブランドが関わりにくいと話します。フィクション性があるからこそ、ブランド側が変な色付けをされずに済むという点を利点として挙げています。
| 施策 | 内容 | 2人が注目した点 |
|---|---|---|
| グランドセントラル駅のインスタレーション | 実際のキャストがガラス越しにオフィスで働く姿を演じる | メインキャストの活用と、世界観を崩さない運営 |
| Apple Store | 作中に登場するアイテムを店舗で展開 | 都市ごとに個性のある店舗で作品を表現 |
| ポッドキャストとB向け広告 | 外部の番組が振り返りポッドキャストを制作し、AtlassianやZipRecruiterが広告を出稿 | フィクション作品とBtoB広告の珍しいタイアップ |
Appleが一つの番組をここまで推す異例さ
宮武さんは、Appleがホームページで番組を推すのを初めて見た気がすると話します。TED Talkなども宣伝してきたものの、今回はそれ以上の投資に見え、ティム・クックがキャンペーン動画に出演したことにも触れています。
ほかにも、ルーモンの風船を作るサイト、作中PC画面を再現したもの、8時間のBGMのようなコンテンツ、eBookなどが公開されました。ファンはeBookにも物語のヒントがあるのではと必死に読んでいたといいます。
草野さんは、ベン・スティラーが語っていた話を紹介します。企画当時はApple TV+自体がまだなく、誰も知らないプラットフォームだったため期待値がゼロで、ある意味自由にやれたというものです。
新しいところでチャレンジするっていうのは、こういうところにいい理由があるのかなと思いますよね。
ヒットドラマに欠かせない「ミーム力」
話題はニュースレターでも書いた、ミーム化やUGC化のしやすさに移ります。草野さんは、一時的なトレンドではなく長く愛されるヒットのためには、ミーム力の高さが重要だと考えています。
セヴェランスで代表的なのは、ミルチックが無表情のまま、ディスコのようなカラフルな照明のオフィスで踊るシーンです。空間もやっていることも面白く、踊るミームはシチュエーションとして使いやすいため広がりやすいと草野さんは話します。
宮武さんは、仕事中の自分を指す「イニー」と、社外の自分を指す「アウティー」という言葉を作ったこともミーム化のポイントだと指摘します。役者がパパラッチに撮られると「アウティーのキャラクターだ」と言われるほど、言葉自体が浸透しているといいます。
草野さんは伏線が予想できない点にも触れます。宮武さんも、シーズン1では全10話中7〜8話あたりで、あるキャラクターの重要さがようやく見える衝撃があったと振り返ります。
脚本のダン・エリックソンは、いくつものパートタイム ── 正社員ではなく短時間で働く雇用形態。ここでは脚本家が下積み時代に掛け持ちしていた仕事を指していますの仕事をしていた時期に、自分の仕事を忘れたいという思いからパイロット版を書いたそうです。原作のない完全オリジナル作品だけに、宮武さんはベン・スティラーに渡した時点でどこまで先を描いていたのかが気になると話しています。
ベン・スティラーが持ち込んだ「哀愁のあるコメディ」
草野さんは、作品のベースにあるコメディ要素はベン・スティラーによるものではないかと考えています。宮武さんは代表作として『ナイト ミュージアム』や『トロピック・サンダー』を挙げ、草野さんは『リアリティ・バイツ』などの監督作にも触れます。
草野さんが記事か本で読んだところによると、ベン・スティラーが演じる役には共通点があります。悪気はなく真面目なのに悪い印象を持たれ、それを回復しようとしてうまくいかない、過去の過ちを恥じている男というものです。
めちゃくちゃポジティブ、人生楽しいっていうよりは、ちょっと自信がなさげで。だけど、まあ、より良い人間になろうと思っている。
草野さんは、うまくやろうとしてもうまくいかない人間らしさは、コメディとして面白く、同時に勇気づけられる部分もあると話します。セヴェランスにもその風味を感じたというのが、この日の草野さんの発見でした。
『ウェンズデー』と共通する即興ダンスの魔力
宮武さんはミルチックのダンスの話に戻り、Netflixの『ウェンズデー』との共通点を挙げます。ジェナ・オルテガが踊ったシーンもYouTubeで大きく再生されましたが、どちらも細かい指示なしに役者自身が考えたダンスだったといいます。
それってなんか偶然なのか、そこで何か共通点があったのかっていうのは、個人的に気になってるポイントですね。
草野さんは、振り付けのあるダンスより自由に踊るほうがバズりやすく、真顔で面白い動きをする姿や、誰でも真似できる点が人気の理由ではないかと答えます。宮武さんは、2つのダンスには違いもあると見ています。
オフィスに不釣り合いな動きそのものの違和感が魅力
作品のトーンに合わせ、当時のダンスをオマージュして作られた。彼女が踊ること自体に違和感がある
「ながら見」できない作品が長く愛される理由
宮武さんが個人的に良かったと話すのは、セヴェランスがカジュアルに見られない作品であることです。ここ3〜5年で、スマホを触りながら見る「カジュアルビューイング」向けの作品が増えていると指摘します。
そうした作品では、キャラクターが各シーンで何をしているかをセリフで説明します。宮武さんによると、Netflix側からそうした指示が出ることもあるそうです。
スマホを見ながらでも追えるよう、キャラクターが行動をセリフで説明する
色、セリフ、撮り方のすべてに伏線があり、集中しないと追えない
そこを完全集中しないといけないっていうのって、今の時代だと珍しいと思うので。でもだからこそ、多分よりハマると本当にハマるものだと思う。
草野さんは長期的なヒットの要素として、若手とプロのバランスが取れたキャスト、ヒーローではない人間らしさ、プラットフォームとの関係、終了後も発信を続けるコミュニティを挙げ、宮武さんに意見を求めます。
宮武さんは、映画には続編なしで長く記憶される作品がある一方、短いシーズンのドラマで同じことができるかは難しいと答えます。繰り返し見たくなるのは『ビッグバン★セオリー』や『ザ・オフィス』のような、何かをしながら見られる軽い笑いのある作品だといいます。
それでもセヴェランスは、何度見返すとしても「ちゃんと見たい」作品だという点で2人の意見が分かれつつ重なります。宮武さんは、『ゴッドファーザー』や『インターステラー』のように、腰を据えて見る映画のヒット作に近い存在になるかもしれないと話しています。
【ネタバレ】子ども時代から思春期へ、自我に目覚めるイニーたち
ここからはネタバレありの話です。草野さんは、監督が「シーズン1は子ども時代、シーズン2は思春期」と語っていたことを紹介します。イニーは生まれて数カ月から数年しか経っておらず、見た目は大人でも考え方は子どもっぽいのです。
シーズン2ではイニーたちが少しずつ大人になり、自我が目覚めていきます。全員がイニーかアウティーかという単純な構図から、一人だけ別の側の人がいる場面も生まれ、ワークライフバランスとは別の複雑さが増していったと草野さんは話します。
外にいる自分、手術を選んだ自分の方が偉いと思ってたのに、中にいる方がちょっと幸せだったり(する)。
宮武さんは、シーズン2の評価が分かれる理由も整理します。シーズン2の最大の変化は複雑さが一気に増したことで、草野さんもダークさが増したと応じます。
子ども時代のイニーたち。シンプルなワークライフバランスの話で、リアリティがある
思春期を迎え自我に目覚めるイニーたち。複雑さとダークさが増し、リアリティは減る
オープニング映像の細部もファンセオリーの対象です。アーヴィングの顔が入ったコップの中身はペーパークリップかと思いきやトランペット風の楽器で、最終の第10話につながっていました。映像の制作陣は、ストーリーを知らされずにヒントだけをもとに作ったそうです。
5カ月かけた撮影と、細部まで統一された世界観
宮武さんはインタビューを多く見たそうで、シーズン2第1話の走るシーンは5カ月かかったと紹介します。廊下のセットを毎回作り替えるため、スタッフが迷子になり助けを呼ぶこともあったといいます。
草野さんは、ロゴからポスター、家具までルーモン・インダストリーの世界観で統一されている点を評価します。コーベルの冷蔵庫にまでルーモンの食べ物が置いてあるほどの徹底ぶりです。
宮武さんが最もすごいと感じるのは撮影です。イニーとアウティーが切り替わる瞬間をCGIなしのドリーズーム ── カメラを前後に動かしながら逆方向にズームする撮影技法。背景だけが伸び縮みして見え、不安や衝撃の演出に使われますで表現し、草野さんは『羊たちの沈黙』でも使われていたと話します。
草野さんはNetflixの『マニアック』と同じクリエイターが関わったとみられるストップモーションや、PC画面の達成アニメーションを好きな要素に挙げます。ストップモーションで話すルーモン創業者の声はクレジットされていませんが、キアヌ・リーブスが担当し、当初はオバマ元大統領に依頼したそうです。
宮武さんは、被写体を中央に置かないネガティブスペース ── 画面の中で被写体の周りに残す何もない空間。孤立感や緊張感を生む構図として使われますの使い方や、社内外で変わるカメラワークにも触れます。撮影監督のジェシカ・リー・ガグネは回想シーンの家に実際に住んでいて、デリバリーの車のライトにヒントを得て一つのシーンを作ったといいます。
好きなシーンとして宮武さんは、マークが「コールドハーバー」を完了した祝いの場面を挙げます。ミルチックが呼び出される場面の曲は、マイケル・ジョーダン時代のシカゴ・ブルズの入場曲で、バスケ好きなら思わず反応するそうです。
草野さんは、同じ場所で4パターンほど撮った再統合のシーンや、オフィスの中に丘があるヤギの飼育スペースを挙げます。使われる素材は1分にも満たないのに手間をかけていることに、パワーを感じると話しています。
最終話、マークはなぜヘリーを選んだのか
宮武さんがどうしても話したかったのは、最終話の最後の5分ほどです。マークとジェマのイニーとアウティーがほぼリアルタイムで入れ替わり、その組み合わせごとに感情が目まぐるしく変化します。
めっちゃ一瞬でしたよね。あの二人が、本物の二人が交わるのって本当に一瞬で感動しましたね。
宮武さんは、視聴者は最初アウティーのマークを応援し「ジェマと行け」と思うはずだと話します。それでもイニーのマークがヘリーを選ぶ理由はわかると言い、草野さんもジェマを外に送り出したうえでの選択はフェアだと受け止めています。
最後の10分間なのか1時間なのかわかんないですけど、最後は自分が好きな人と一緒にいたいと。
いろいろなトラウマを抱え、それを乗り越えてきた愛
そこでの世界しか知らない、無邪気で始まりつつある恋
宮武さんは、ベン・スティラーが語っていたという赤の使い方にも触れます。シーズン中、本当の愛が表れる場面にだけ赤が使われていたそうで、見返したくなる要素の一つだと話します。
草野さんは、一番地獄なのはジェマかもしれないと言います。24人分の人格を勝手に作られ、歯医者や飛行機に何度も行かされ、やっと会えたと思えば選ばれなかったからです。
シーズン3について宮武さんは、MDRによる本当の革命が起きるのかと予想します。草野さんは、医師がジェマに告げた「全員死ぬ」という言葉の意味や、ミルチックの今後が気になると話しています。
好きなキャラクターと、シーズン2が爆発した理由
シーズン3の制作は発表済みで、3年はかからないと言われていることに宮武さんは安堵します。好きなキャラクターを聞かれた草野さんは、子どもっぽいイニーと妻を亡くしたアウティーの対比が絶妙なマークを挙げます。
宮武さんは、イニーのマークが「アウティーは自分を利用しているだけだ」と気づく会話を、自我がはっきり見える場面として評価します。好きなキャラクターは特にいないとしつつ、もっと見たかったドラモンドや、アーヴィングとバート、ヤギを扱うキャラクターやヤギのエミールに触れます。
宮武さんは、役者たちが人気になったことでシーズン3の制作費が気になると話します。今回は200ミリオンほどかかったと言われているそうです。
草野さんの疑問は、魅力はシーズン1からあったのに、なぜシーズン2で爆発したのかという点です。宮武さんは、ポッドキャストがファンセオリーを後押ししたことに加え、謎が深まったことがUGCを生みやすくしたと答えます。
Redditのチャンネルがやばいじゃないですか。ベン・スティラーとかダン・エリックソンとかが考えなかった伏線を考えたりとか。
一方で草野さんは、人に勧めても「暗すぎる」「謎が多すぎる」と言われることがあると明かします。宮武さんも、特にシーズン1は7〜8話まで見ないと衝撃が伝わりにくいと認めています。
2人はエミー賞の受賞を確信し、宮武さんはベン・スティラーのアイデアだという60〜70年代映画風の最後のフリーズフレームを称えます。締めくくりに語られたのは、セヴェランスの良さは「深さ」だという点でした。
草野さんは、3年待たずにシーズン1と2を一気に見られる今からの視聴者はむしろラッキーだと話します。ネタバレなしの導入としては、2022年の雑談回も勧めています。
まとめ
この回では、『Severance』シーズン2を軸に、Appleの異例のマーケティングから長く愛されるドラマの条件、最終話の考察までが語られました。シンプルな設定を徹底的な作り込みで支え、ながら見を許さない深さが熱狂的なファンを生んでいる、という見方が2人に共通しています。
- グランドセントラル駅のインスタレーションは、世界観を崩さない運営とメインキャストの活用で話題を集めた
- フィクション性の強いオフィスドラマだからこそ、AtlassianなどB向け企業とのタイアップが成立した
- ミルチックの即興ダンスや「イニー」「アウティー」という言葉など、ミーム力の高さがカルチャーへの浸透を支えた
- シーズン2は自我に目覚めるイニーを描き、複雑さとダークさが増したことで評価が分かれる面もある
- 最終話のマークの選択は、トラウマを越えた愛と無邪気な恋という2つの愛の対比として語られた





