Nikeの問題はNikeだけの話ではない?
今回のテーマは、Nikeが抱える経営課題と、その背景にあるD2Cブランド全体の課題です。宮武さんは、Nikeの問題をリテール業界、特にD2Cコミュニティに共通する課題として捉えています。
宮武さんは、番組で最近扱ったスターバックスやマクドナルドの話ともつながると話します。2社ともスケールや自動化、効率化に寄りすぎた結果、ストーリーテリングやブランディングが弱まったという話で、それと似た現象がNikeやD2C業界でも起きているという見立てです。
これはなんかNikeだけの問題っていうよりも、もうちょっと大きくリテール業界、特にそのD2Cブランド、D2Cコミュニティの課題だなと思っていて。
番組の進め方としては、まずD2Cブランドがなぜ顧客との深いつながりを作りにくくなっているのかを話し、そのうえでNikeの具体的な話に入る構成です。草野さんは、Off TopicでD2Cという言葉を口にするのは久しぶりだと反応しています。
Z世代はなぜ新しいブランドを試したがるのか
宮武さんがまず注目するのは、D2C時代と呼ばれた2010年代以降に育ったミレニアル世代やZ世代の消費行動です。特にZ世代には、新しいブランドを試したい欲求が強いことを示す調査結果があるといいます。
宮武さんは、この数字は一見よいことに見えるものの、裏返せばZ世代は他の世代よりブランドへのロイヤリティが低いのかもしれない、と指摘します。
若い世代の時は、なんかいろんなものを試してみたいみたいな、だんだんいいものが分かってきてみたいなことなのかなっていうのもちょっと思ったんですけど、どう思いますか。
草野さんの「若いから色々試すだけでは」という問いに、宮武さんは一部はそうだと認めます。そのうえで、X世代やベビーブーマーの若い頃と比べても、今の若い世代はブランドを乗り換えやすくなっていると考えています。
宮武さんが挙げる理由は、年齢の問題に加えて、ブランドの数自体がものすごく増えて選択肢が大量にあること、そしてハイプサイクルのトレンドがどんどん早くなっていることです。
ステータスはお金から「知っていること」へ
ハイプサイクルが早くなることで大きく変わったものとして、宮武さんはステータスを挙げます。ステータスやラグジュアリーという言葉からはお金を連想しがちで、Z世代の本では「サステナビリティが新しいラグジュアリーだ」と書かれることもありますが、宮武さんはそれをミスリードだと感じています。
サステナビリティ自体が、ラグジュアリーじゃないと思っていて。アクセスがステータスにつながるものだと思っていて。
宮武さんの考えでは、お金がステータスになるのも、大金にアクセスできる人とできない人がいるからです。ところが二次流通市場 ── 新品として一度販売された商品が、中古品として売買される市場。フリマアプリやリセールサイトなどが代表例ですやレンタル市場の広がりで、ラグジュアリーアイテム自体にはアクセスしやすくなりました。
草野さんは、多くのブランドの中からサステナブルなものを選べるという「選択の自由」とも言えるのでは、と応じます。宮武さんはさらに、お金へのアクセスに加えて「ナレッジへのアクセス」が重要になっていると話します。
宮武さんが例に挙げるのが、ロゴでブランドがわかるラグジュアリー品ではなく、知っている人だけが知っているテルファーやロロ・ピアーナ ── イタリアの高級ブランド。上質なカシミヤなどの素材で知られ、ロゴを目立たせない「静かなラグジュアリー」の代表格とされますを選ぶ消費です。そこでは、お金よりも「知っているかどうか」というアクセス権がステータスを左右しています。
エッフェル塔の前で写真を撮り、フランスに行けたこと、つまりお金へのアクセスを証明する
誰も知らないヴィンテージショップやサンドイッチ店を撮り、「ここってどこ?」とコメントで聞かれるユニークさを見せる
宮武さんは、パリでオリンピックが開かれている時期の例として、旅行者の写真の変化を挙げます。エッフェル塔イコールフランスなので、以前はそこで撮る写真がフランス訪問の証明になりましたが、今は特にTikTokで、誰も知らない場所を見せることが求められているといいます。
なんかその現象を理解すると、なんとなくこの新しいブランドを試したいっていう欲求ってわかるのかなと思っていて。
宮武さんによれば、昨日出たばかりの新しいブランドを先に知っていると示したい、という欲求も同じ構造です。インフルエンサーとして活躍するには自分のユニークさを出さなければならないというプレッシャーも、その背景にあると話しています。
宮武さんは、この傾向がここ1年ほどで特に強まったと見ています。アメリカでは、TikTokで「この商品を買うな」と発信するディインフルエンシング ── インフルエンサーや一般ユーザーが、特定の商品を買わないよう勧めたり、過剰消費を戒めたりする発信の流れも一時期広がり、これまで買っていたブランドから別のものへ移るきっかけになったといいます。
パフォーマンス広告で育ったD2Cブランドの弱点
若い世代のブランド行動にもう一つ大きな影響を与えたのが、D2Cブランドの流れだと宮武さんは話します。ミレニアル世代とZ世代はD2C時代の中で育っており、そのマーケティングはパフォーマンス広告が圧倒的に多かったからです。
宮武さんによると、2012年から2019年あたりは、InstagramやGoogle、Facebookの広告に予算を入れればある程度のリターンが返ってくる時代でした。草野さんも、初期のD2Cブランドはそれで成長したとして、グロシエやワービーパーカー ── オンライン販売を軸に成長したアメリカのメガネブランド。D2Cの代表的な成功例としてよく挙げられますの名前を挙げています。
ブラウジング
Instagramを見ている
広告接触
きれいな商品写真の広告が出る
購入
クリックしてそのまま購入する
離脱
Instagramに戻り、また別のブランドの広告をクリックする
宮武さんは、この流れではブランドへのロイヤリティが生まれにくく、ブランドが広告ありきで育ってしまったと指摘します。広告を出すこと自体が悪いのではなく、パフォーマンスマーケティングに寄せすぎたのが問題だという立場です。
宮武さんはこの構図を、クリエイター業界のショートフォーム動画とロングフォーム動画の使い分けにたとえます。広告もショート動画も、フォロワーやリーチを稼ぐのは得意でも、コアな顧客になってもらうという意味のコンバージョンにはなかなかつながりません。
当時のD2C広告には、ミニマルな構図で商品を中央に置き、背景色は1〜2色程度という定番のクリエイティブがありました。草野さんが「フラットでシンプルな感じ」と表すこのスタイルについて、宮武さんはクリックには強かったものの、ストーリー性が足りなかったと見ています。
結局何のブランドかっていうのは商品ではわかるんですけど、何の意味合いがあるのかっていうのが多分後々調べないと出てこない。
では当時のD2Cはどうすべきだったのかという草野さんの問いに、宮武さんはグロシエを別格として挙げます。グロシエは広告を出しながらも、コミュニティ作りとストーリー性をしっかり作り出しており、今も伸びているブランドにはそれがあると話しています。
ROASは今の需要しか見ていない
宮武さんは、広告だけではストーリーテリングの時間が足りないと強調します。コンテンツを出せば見ている間にストーリーを理解してもらえますが、ハイプサイクルが早いなかで広告ベースのストーリーテリングに頼った結果、ブランドの発信は「営業」になってしまったといいます。
その背景にあるのが、ROAS ── Return On Ad Spendの略で、広告費に対してどれだけ売上が返ってきたかを示す指標。広告の費用対効果を測る代表的な数字ですに過度に集中したブランドの世代です。宮武さんは、ROASにフォーカスした会社の最大の課題を次のように語ります。
今日届いた人に買ってもらい、今現在の需要を最大化する
短期的なリターンは出にくいが、将来の顧客のために需要を作る
宮武さんは、どちらか一方だけでは失敗すると考えています。ストーリーテリングしかやらないブランドもうまくいかないため、今現在の需要と将来の需要の両方を見る必要があるという立場です。
今の需要しか見ていないブランドは、商品をコピーされた時点で終わってしまうと宮武さんは指摘します。似た商品と似たクリエイティブを出されると、ブランドエクイティ ── ブランド名そのものが持つ資産価値。認知度や信頼、愛着などによって、同じ商品でも選ばれやすくなる力を指しますがないために自分たちを守れないからです。
似たような商品が出てきて、例えばそれが50パー安くなった場合、そっち選んじゃうんですよね。
商品での差別化は難しいため、ブランドはユーザーにどれだけ好かれているかという感情的な守りを固める必要がある、と宮武さんは話します。その成功の指標として紹介するのが、売上が上がるかではなく、同じ商品を値上げしても買ってもらえるかどうかという考え方です。
草野さんは、円安や素材の高騰で値上げが続くなかでも、信頼できるから、ファンだから買うという動きはあると応じます。宮武さんは、新興ブランドのなかでストーリーテリングがうまいのはクリエイターブランドで、クリエイター自身がストーリーテラーとしてライフスタイルを売り込めていると話しています。
Nikeほどのブランドにも課題はあるのか
ここから話はNikeに移ります。宮武さんによれば、Nikeはスタートアップ時代からストーリーを固め、上場後にさらに強化してスケールしてきましたが、最近になって課題が出てきています。
宮武さんは、これをスターバックスの事例と重ねます。スターバックスでは創業者のハワード・シュルツ氏がLinkedInで会社を指摘し、経営陣に店舗の緑のエプロンをもう一度着て顧客体験を考えるよう促しました。モバイルアプリやテイクアウトなどのスケールに注力しすぎ、ブランド価値を犠牲にしたのではないかという話です。
宮武さんは、Nikeが世界トップレベルのブランドであり「ダメになった」という話ではないと断ったうえで、課題は明らかに出てきていると話します。アスリートやランニング文化に根ざしたアイコニックな広告、スニーカーのカスタマイズやランニングアプリ、ウェアラブルといったテクノロジーの早期導入で知られてきたブランドだからこそ、今のリスクが目立つという見方です。
今回の議論のベースになっているのは、Nikeに20年以上在籍し2022年に退職した元シニアブランドディレクター、マッシモ・ジュンコ氏のLinkedIn投稿です。長文でNikeを厳しく指摘した内容が、業界で話題になりました。
最近はLinkedInで指摘するのが流行ってるんですか。
宮武さんは、最近はLinkedInへの投稿自体が流行っており、ビジネス界隈が注目しているぶん話題性が高くなると答えます。草野さんは、まだ社内で働いている人からすると大変だと笑っています。
時価総額の急落と、指摘された「あの日」
マッシモ氏の投稿は、まずNikeの直近の業績から始まっています。宮武さんの説明では、Nikeの四半期決算が想定を下回り、次の四半期も売上減少の見通しが発表されたことで、株価が大きく落ちました。
宮武さんによれば、株価は2018年以降で最も低い水準になっています。アディダスも下がってはいるものの、Nikeほどではないといいます。
草野さんは、ここ数年はNikeとアディダスの2強以外のスニーカーブランドをよく見かけ、ニューバランスもまたイケている感じが出てきたと話します。宮武さんも、アロヨガやルルレモンなどアスレジャー全般で多くのブランドが登場し、競合が増えていると応じています。
そのうえで、マッシモ氏は明確な日付を挙げて「この日から変わった」と指摘しているといいます。それが2020年1月13日、現在のNike CEOが就任した日です。
うわぁ、もう日付っていうか、その人。
マッシモ氏は、CEOとともにコンシューマー・プロダクト・ブランドのプレジデントに就いたハイディ・オニール氏の名前も挙げています。宮武さんは、新CEOが方向性を調整すること自体は悪くないかもしれないとしつつ、その結果がNikeにとって悪い方向に働いたというのがマッシモ氏の主張だと説明します。
マッシモ氏が指摘した判断は3つです。宮武さんはまず全体を示してから、1つずつ解説していきます。
- スポーツごとのカテゴリーをなくしたこと
- 卸をやめてD2C化したこと
- デジタルマーケティングを優先したこと
指摘①カテゴリー廃止で失った「数千年分」の経験
1つ目の判断はカテゴリーの廃止です。宮武さんによると、噂ベースでは戦略コンサルティング会社のマッキンゼーがアドバイザーとして推奨したとされています。
ナイキランニング、ナイキバスケットボール、ナイキサッカーなどスポーツごとに分かれていた
ウィメンズ、メンズ、キッズの3つに再編された
マッシモ氏は、この再編によってNikeがZARAやGAP、H&Mのようなジェネリックなファッションブランドと同じ扱いになってしまうと指摘しています。一方でNike側には、カテゴリーごとに分かれていたマーケティングなどの機能を統一してコストを削り、顧客データを横断的に共有して効率的なデジタルマーケティングをするという狙いがありました。
Nikeにはもう一つの狙いもありました。各カテゴリーには長年在籍するベテランがいて、高い専門性を持っていた反面、その人がいなくなると何も動けなくなるという依存がありました。そこで、顧客データありきで動くデータセントリックな会社を目指したのです。
まあなんか理論上全然間違ってないですよね、これって。
しかし実装の過程で、多くのエキスパートが解雇やレイオフの対象になりました。マッシモ氏はその結果について、Nikeは重要な社内プロセスと「数千年分」の専門性や経験を失ったと書いています。
宮武さんは、この「数千年」という単位を面白がります。勤続20年の人が5人辞めるだけで100年分になるという計算で、長い歴史を持つNikeならではの重さを表しています。
マッシモ氏は、プロダクト作りのイノベーションやエネルギーが変わったと述べていますが、宮武さんはそれ以上に、Nikeがコアのコミュニティから離れてしまったことが大きいと考えています。
ニューヨークのランニングコミュニティで何が起きたのか
宮武さんが具体例として挙げるのが、ニューヨークのランニングコミュニティです。アメリカではランニンググループという概念が人気で、20年ほど前からありましたが、以前は本格的にマラソンを走る人たちが中心でした。
流れを変えたのがコロナ禍です。アメリカでは外出が制限されるなかでランニングは許されていたため、走る人が増えました。宮武さんによれば、ニールセンの調査でアメリカのランナーの13%がコロナ期間中に走り始め、もともと走っていた人の22%がより多く走るようになったといいます。
草野さんは、ランニングクラブはコロナ明けも人気で出会いの場にもなっていると話します。宮武さんも、ニューヨークには5人組から100人規模のグループまであり、カジュアルになりつつも、人が集まる「言い訳」としてしっかりしたコミュニティになっていると説明します。
こうしたコミュニティの盛り上がりに気づいたランニング系ブランドは、関わりを強めていきました。宮武さんによると、ニューバランスやHOKA、アシックスは、ランニンググループのスポンサーとして次のような支援をしています。
- ランニングのタイミングで最新のスニーカーを試せるようにする
- 無料のグッズを配る
- ランニング後のドリンク代を支払う
Nikeも多少は関わっているものの、他のブランドのほうが積極的だという声がランニングコミュニティから上がっているといいます。宮武さんは、Nikeが過去4〜5年、限定版スニーカーやコラボの市場に注力してきたことが背景にあると見ています。
限定スニーカーやコラボの領域は成功した一方で、誰とコラボするかで勝負するためコピーされやすい領域でもありました。宮武さんは、そこに集中しすぎたうえにエキスパートもレイオフしたことで、未来のカルチャーが生まれつつあったランニングコミュニティの変化を把握できなかったのではないかと考えています。
ちょうどそのタイミングでCEO変わってるんですよ。
草野さんの「コロナでランニングの盛り上がりはわかりそうなのに」という疑問に、宮武さんはそう答えます。限定スニーカーの熱も、Diorとのコラボシューズが出た頃と比べると今は鈍化しているといいます。
Nikeはスポーツ別のカテゴリーを2023年末に復活させています。ただ、それはマッシモ氏の投稿より前のことで、彼の指摘のポイントは、長く続けた後で急に戻しても、辞めた人は戻らないという点にあります。
数百年は戻ったかもしれないけどみたいな、そういうことだと思うので。
会社が「魂を失う」とはどういうことか
草野さんは、スポーツのコミュニティは深く、各カテゴリーに「四天王」のような人がいたはずで、そのハブになる人がいなくなるのは残念だと話します。宮武さんはこの話を重要だとし、エキスパートの喪失はハブがいなくなるだけでなく、そのスポーツへの愛情を薄めたと指摘します。
なん、会社がなんか魂を失うっていう表現ってあると思うんですよね。なんかそれっていわゆる愛情表現だと思うんですよ。
草野さんは、2人がかつて勤めたVCでの経験を重ねます。新しく人を採用するときも、優秀さや学歴より、スタートアップや起業が好きな人を求めたといいます。
なんかその愛情に勝るものはないっていうのはやっぱり思いますよね。
宮武さんによれば、Nikeはもともと特にランニングコミュニティへの愛情が強いブランドでした。最初のプロダクトがランニングシューズだったことに加え、創業者のフィル・ナイト氏がランニングを語る動画を見ると「ロマンチスト」だとわかるといいます。
宮武さんは、自身は確認できていないと断ったうえで、Nikeの社内の人たちが話していたという非公開の映画の存在にも触れます。ランニングをテーマにフィル・ナイト氏がナレーションを務めた作品で、そのナレーションを「めちゃくちゃ美しい」と表現する人が多いそうです。
ランニングとNikeの深い関係
草野さんは、ランニングには哲学を持つ人が多いと話し、走ることについての本を書いた村上春樹さんを例に挙げます。宮武さんは、Nikeのランニングへの愛情が創業期から一貫していたことを、いくつかのエピソードで説明します。
草野さんは、ランニングをしない一般層にとってNikeのイメージはバスケやエアジョーダン、限定スニーカーが強く、最初はランニングシューズだったと聞いてはっとしたと話します。宮武さんは、Nikeはライフスタイル化し、バスケはマイケル・ジョーダンの存在で強化されてきたと説明します。
宮武さんによれば、ランニングへの愛情は今、バンディット・ランニング ── ニューヨーク発のランニングブランド。ランニングコミュニティとの近さやカルチャー性の高い発信で注目されていますやトラックスミス ── アメリカ・ボストン発のランニングブランド。ランナーのための製品とランニング文化を強く打ち出したブランディングで知られますといったブランドに受け継がれています。
なぜランニングには哲学が生まれやすいのかという話題では、宮武さんは各スポーツに哲学があるとしつつ、走ることは誰でもでき、自分との闘いでもあると話します。フィットネス目的の人と本気でレースに挑む人では、哲学も変わってくるといいます。
トラックスミスの動画が示す「好き」の伝わり方
自分は走らない宮武さんが、なぜブランドの愛情を感じ取れるのか。宮武さんは、コンテンツを見ればわかると答えます。
その例が、トラックスミスがYouTubeで公開している「Church of the Long Run」という約1時間20分の動画です。内容は、音楽を付けて複数のカメラアングルから、ある女性のランニングをひたすら追うだけのものです。
それって多分普通のブランドじゃできないことですし、それをコンテンツ化するっていうところと。
宮武さんが個人的に好きなトラックスミスのコンテンツには、「アマチュア」という言葉を強く語るものもあります。アマチュアのラテン語の語源は「愛すること」であり、ランニングにおいては全員がアマチュアだ、というモノローグです。
宮武さんは、こうした長い語りでランニングへの愛情を表現する姿勢は、今のNikeとは違う方向性だと話します。草野さんも、流行りに乗るのではない純粋な熱量は見る人にすぐ伝わると共感しています。
宮武さんは、それこそがもともとのNikeのポジションであり、今はバンディット・ランニングやトラックスミスに取られつつあるのではないかと見ています。一方でNikeも課題に気づいており、直近の決算発表ではコンシューマー向けのアクティビティに1ビリオンほど投資すると表明しています。
草野さんの「1ビリオンあったら何をするか」という問いに、宮武さんは巨大なキャンペーンより、小さな賭けを多く積み重ねるべきだと答えます。コミュニティのスポンサーのように、グラスルーツ ── 「草の根」を意味する英語。大規模な宣伝ではなく、地域や個人のレベルから地道に広げていく活動を指しますの活動を再びやる必要があるという考えです。
指摘②卸をやめたら、消費者はNikeを追ってきたのか
2つ目の判断は、卸をやめたことです。宮武さんによると、2021年から2022年にかけてNikeは特にD2Cという言葉を多用し、卸チャネルを絞って自社ECと自社店舗に客を誘導する方針を打ち出しました。
草野さんは、D2C体験が作れて顧客情報も取れるので、良い方向転換に思えると話します。宮武さんも理論上はそうだと認めます。
フットロッカーはスニーカーなどを扱う小売チェーンで、宮武さんによると2021年の売上の6割がNikeでした。Nikeの撤退はフットロッカーにとって大きな痛手だったといいます。
コロナ禍ではこの戦略もうまくいき、あれだけの規模のブランドが年14%成長したのはすごいことだと宮武さんは評価します。それでも宮武さんが最大の課題と見るのは、消費者の購買行動が思ったほど変わらなかったことです。
例えばフットロッカーに行ってた人たちが、「ナイキがない、ナイキに行かなきゃ」ってならなかったと思うんですよ。
草野さんは、お店で「ないな」と思ったら、この機会に気になっていた別のブランドを買ってしまう気持ちはよくわかると共感します。宮武さんも、わざわざnike.comやNikeの店舗を調べる人はいても、大半の人は調べないと話します。
アメリカではもともとNikeの店舗が多くなく、フットロッカーで買うのが当たり前でした。宮武さんは、あれほどのブランドでも、いなくなったことに気づかれなかった点を課題として挙げます。卸からの撤退は、利益率の改善と引き換えに大きなリスクを伴うということです。
宮武さんは、業界ニュースを読んでいる人なら撤退を知っていても、それは一般的な情報ではなく、消費者に気づくことを求めるのは間違いだと結論づけています。
指摘③パフォーマンス広告が変えたNikeのカルチャー
3つ目の指摘は、パフォーマンス広告とデジタルマーケティングへの傾斜です。宮武さんは、これは2つ目の判断と連動していたと説明します。
卸を閉じる
フットロッカーなどの卸アカウントを減らす
予測が失われる
卸を通じた毎年の安定した売上の見通しがなくなる
自ら獲得する
自社ECや店舗にトラフィックを集めるため、ユーザーを自分で獲得しに行く
広告に予算が寄る
デジタル広告とパフォーマンスマーケティングの比重が高まる
組織も変わりました。宮武さんによると、ブランドマーケティングのチームはデジタルマーケティングと営業のアクティベーションを担う形に変わり、さらにブランドデザインとブランドコミュニケーションの部隊が統合されました。
マッシモ氏は、ブランドデザインは見た目やスタイルを重視するチームであり、統合によって深みを担うブランドコミュニケーションの重要度が下がったと指摘しています。nike.comをすべての中心に置いたことで、デジタルへのシフトは「やばいほど」進んだといいます。
マッシモ氏によれば、社内ではファストファッションブランドのASOS ── イギリス発のオンラインファッション小売。手頃な価格帯の商品を大量に扱うECとして知られますと同じデジタルマーケティング戦略を取るべきだという話まであったそうです。Nikeのポジショニングに誇りを持つ彼にとって、それはありえない比較でした。
だから最終的にはやっぱりブランドはパフォーマンスマーケティングで作られないので、まあだからこそD2C企業の上がり下がりって見えたと思うので。
草野さんは、表面的にかっこいいクリエイティブよりオーディエンスとのコミュニケーションを大事にしろ、ということだと受け止めます。Nikeは最近、ブランドデザインとブランドコミュニケーションのチームを再び分けているといいます。
需要創出から需要維持へ、何が失われたのか
宮武さんは過去のシェアトークのイベントで、デマンドクリエーション ── まだ存在しない需要を新たに生み出すマーケティング活動。日本語では「需要創出」とも呼ばれますが重要だと話したことがあります。マッシモ氏も同じことを、さらに踏み込んで指摘していたといいます。
デマンドクリエーション。売上の少なくとも10%をデマンドクリエーションとスポーツマーケティングに投じ、未来の需要を作る
デマンドリテンション。パフォーマンス広告の予算が増え、今の既存客を喜ばせることが中心になる
マッシモ氏は、この未来の需要を作っていない状態こそがNikeのコアの課題だと述べています。宮武さんは、デマンドクリエーションを重視した例としてマテルを挙げます。
マテルはバービー人形を売るために映画『バービー』を作り、1ビリオンを超える興行収入で大成功しました。映画以外にも、1230万人以上の登録者を持つYouTubeチャンネルや、バービーのスタイルを発信するInstagramアカウント「バービースタイル」を立ち上げています。宮武さんは、その核にあるのはストーリーテリングの力だと話します。
ジョーダンブランドだけが伸びた理由
宮武さんは、苦しむNikeのなかで最も好調だった事業部がジョーダンブランドだったと指摘します。選手を通してストーリーテリングをしているブランドだからこそ、数字に差が出ているという見方です。
年2%の売上減少
年6%の売上増加
宮武さんは、D2Cの課題は本来の意味での課題ではないとまとめます。顧客と直接接点を持ち、より深いつながりを作るというD2Cの概念自体は正しく、間違っていたのはそれを広告を通じて実行しようとしたことだという考えです。
草野さんは、原宿にあるジョーダンブランドの店舗が通常のNike店舗とは違う体験になっており、組織やマーケティングも独立しているのではと話します。宮武さんは、ジョーダンブランドは今マイケル・ジョーダン本人を推しているわけではなく、若手のNBAスーパースターを何人も起用できていることが強みだと答えています。
宮武さんは、ストーリーテリングの課題が新興のD2Cブランドだけでなく、Nikeほど成功した企業にも影響し、スターバックスやマクドナルドも同じ課題を抱えているのかもしれないと話します。そのうえで、Nikeはカムバックできる会社であり、むしろそれが得意な会社だと見ています。
逆境から生まれた「Find Your Greatness」
Nikeは今も優れたクリエイティブを作る会社で、宮武さんはパリオリンピックのキャンペーンも良かったと話します。そのうえで個人的に好きな広告として挙げるのが、2012年のロンドンオリンピックの時期に出た「Find Your Greatness」キャンペーンです。
広告は道を映すところから始まり、徐々に走る足音が聞こえてきます。ナレーションが「凄さはスーパースターだけでなく全員に宿っている」と語るなか、姿を現すのはウサイン・ボルトのような有名アスリートではなく、少し太った普通の子どもです。
そこの誰でもその凄さをちゃんとありますよっていう、全員がアスリートですよみたいなことをしっかり伝えてるキャンペーンって、なかなか多分表現ってすごい難しい中で、NIKEはすごいうまくやったなと思うんですけど。
このキャンペーンには厳しい制約がありました。ロンドン大会ではアディダスがメインスポンサーだったため、スポンサーではないNikeはオリンピックアスリートやロンドンという場所、オリンピック関連のキーワードを基本的に使えなかったのです。
宮武さんは、その制約のなかでこれだけのストーリーを作れることこそNikeの凄さだと話します。今回の課題や指摘があるなかでも、ブランドの魔法を取り戻せるのはNikeだと期待を寄せています。
逆境を逆手に取るみたいな。めちゃくちゃうまいから、逆に今が、あの、「これから来るぞ」ってピークの前かもしれないですね。
次回は引き続きブランド作りとストーリーテリングをテーマに、より特定の領域に絞った話をする予定だと宮武さんは予告しています。
まとめ
Nikeの不振は、効率化とデータ、パフォーマンス広告に寄りすぎた結果、未来の需要を作るストーリーテリングとコミュニティへの愛情が弱まったことに根があると、この回では整理されています。D2Cという考え方そのものではなく、その実行方法が問われているという見方です。
- Z世代はブランドの乗り換えが多く、ステータスはお金から「知っていること」へとシフトしている
- ROASに偏ったブランドは今の需要しか見ておらず、商品をコピーされると守りにくい
- 元幹部マッシモ氏は、カテゴリー廃止、卸からの撤退、デジタルマーケティング優先の3つの判断を指摘した
- ランニングコミュニティから離れたNikeに対し、トラックスミスなどが愛情あるコンテンツでコア層をつかんでいる
- 選手を通じたストーリーテリングを続けるジョーダンブランドは成長しており、Nikeの復活にも期待が寄せられている


