いいヒーローの裏には、いいヴィランがいる?
この回のテーマは、スタートアップやブランドのストーリーテリングの中でも、特に「悪役」の作り方です。宮武さんは、前回のナイキの話を受けて、ストーリーテリングの重要性そのものより、その中の悪役という一部分を深掘りしたいと切り出します。
宮武さんがまず挙げたのは、会社ではなく映画のヴィランです。好きなオープニングとして、バットマンシリーズの『ザ・ダークナイト』を紹介しました。
(『ザ・ダークナイト』のオープニングは)バックストーリーがなくて、音楽から、ズームインの仕方から、アクションが最初から入っている。最初から悪役の方を見せに行くっていう判断をしたのは、すごい個人的に面白くて。
宮武さんによれば、アメリカでは「いいヒーローの裏には、いいヴィランがいる」とよく言われ、代表例としてジョーカーやダース・ベイダーが挙がるといいます。
宮武さんは『ザ・ダークナイト』を、複数のヴィランが存在する特殊な映画だと見ています。クリストファー・ノーラン ── イギリス出身の映画監督。『ダークナイト』三部作や『インセプション』『インターステラー』などで知られ、緻密な構成の作品が多いことで有名です監督の作品で、バットマン、ジョーカー、そしてその間にいるハービー・デントの3人を軸に物語が進みます。
宮武さんの整理では、この映画はバットマンとジョーカーがハービー・デントの未来をかけて戦う話です。両者ともハービー・デントを、自分のビジョンを成し遂げるためのツールだと考えています。
ハービー・デントを活用して平和を作り、バットマンが必要ない街にしたい
ハービー・デントですらカオスに陥ることを証明したい
結果的にジョーカーが勝ち、ハービー・デントはツー・フェイスというヴィランに変わります。その後、バットマンとゴードンはハービー・デントの行いを庇うたびに嘘をつき、今までやらないと誓っていたことをやってしまう、と宮武さんは説明します。
宮武さんは、こうしたヴィランの作り方の上手さが『ザ・ダークナイト』をスーパーヒーロー映画のトップ級にしていると考えています。そして同じことが、スタートアップやブランド作りにも言えるのではないかと話を広げました。
複雑な悪役はなぜ面白くなったのか
草野さんは、登場人物全員に悪い一面がある『サクセッション』のような作品や、逆に全員がいい人で、それぞれの正義が少しずつ違う作品も好きだと話します。悪役になるまでの過去を描く物語も、いいヴィランの一つの形だといいます。
ディズニーとかもそうですけど、「悪役になるまでの過程にはこういう過去がある」みたいなのって、それもやっぱ面白い、いいヴィランっていう感じもしますよね。
宮武さんはこれを、完全な悪ではなくニュアンスのこもった人物が、理由があって悪の存在になった、という描き方だと受け止めます。草野さんは『ウィキッド』を、宮武さんはダース・ベイダーを同じ例として挙げました。
完全な善と完全な悪に分け、悪役が悪い理由はあまり描かれない
悪役になった理由や過去に言及し、想定以上に複雑なキャラクターを作る
宮武さんは、悪役を主人公にした作品も増えていると指摘します。草野さんが観ている『ザ・ボーイズ』は、マーベルのようなスーパーヒーローを抱える会社が舞台で、所属するヒーローがとても悪い、いけ好かないやつとして描かれる作品です。
草野さんによれば、『ザ・ボーイズ』の悪役にも理由はあるものの、「かわいそうに」と強く共感させる作りではないといいます。宮武さんは、いい悪役を作ることがエンタメ業界で今まで以上に重視されているのかもしれないと話しました。
起業家はなぜストーリーテラーでなければならないのか
宮武さんは、ストーリーテリングは書き言葉より前から存在し、昔は人を動かすためにストーリーが語られていたと話します。ファクトだけでなく感情で人を動かすことが、ストーリーの意味合いの一つだといいます。
そこから宮武さんは、起業家もストーリーテラーにならなければいけないと続けます。初期の信者を説得するために、「このスタートアップで人生が変わる」という物語を作る必要があるからです。
でもそれイコール今の既存の、現状に課題があるとか、こういう不満があるんですよっていうストーリーも作らないといけない。
宮武さんの整理では、スタートアップの物語には3つの要素があります。現状の課題、それを乗り越えるための何か、そしてその先にある世界です。
現状の課題
今の既存の状態に不満や課題がある
乗り越える手段
その課題を乗り越えるための何かがある
その先の世界
使うことで人生や世界が変わる
AirbnbはなぜCEOが白雪姫に学んだのか
ストーリーテリングを活用した会社として、テック業界で必ず出てくるのがAirbnbだと宮武さんは言います。2011年、Airbnbは伸び始めてシェアを取り、海外展開とともに次の大きなステップを社内で議論していました。
候補は、既存プラットフォームにより多くの宿泊先を載せるか、車やオフィススペースなど他のP2P ── Peer to Peerの略。企業を介さず、個人同士が直接モノやサービスをやり取りする仕組みのことですのレンタル市場に入るか、といったものだったそうです。
2011年のクリスマス休暇中、ウォルト・ディズニーが大好きなCEOのブライアン・チェスキーさんは、ディズニーの伝記を読んでいました。そこで知ったのが、現代のストーリーボード ── 映像作品の各場面を絵とメモで順に並べた絵コンテのようなもの。制作前に全体の流れを関係者で共有するために使われますを作ったのはウォルト・ディズニーだという話です。
宮武さんによれば、その手法が最初に使われた映画が『白雪姫』です。1935年に制作を始め、公開は1938年と約3年かかり、制作は難航したといいます。
宮武さんは、それまで数分から10分程度の短いアニメを出していたディズニーが、観客と深いつながりを作るために長編へ挑んだと説明します。ただアニメは関わる人が多く、1つのビジョンにまとめるのが難しい。そのためにストーリーボードが作られたのだといいます。
ピクサーのアニメーターが描いたAirbnbの顧客体験
伝記を読んで休暇明けにテンションが上がったチェスキーさんは、Airbnbの顧客体験をストーリーボード化する社内プロジェクトを立ち上げました。コードネームは、もちろん「白雪姫」です。
プロジェクトでは、宿泊に関わる各ステークホルダーが最も感情的になる瞬間をリストアップし、その中から選んだ場面をストーリーボード化しました。本格的にやるため、チェスキーさんはピクサーのアニメーターであるニック・サングさんをわざわざ採用したそうです。
最終的にストーリーボード化されたのは、ホストのプロセス、ゲスト体験、採用プロセスの3つだったと宮武さんは紹介します。草野さんは見てみたいと言いますが、宮武さんによればおそらく社内だけの公開です。
ホスト側では、稼いだお金で何ができるかが物語に組み込まれました。ゲスト側では、宿泊先に到着した瞬間に「いいアイデアだったか、悪いアイデアだったか」を決める場面が描かれたといいます。
ストーリーボードから得た気づきは、Airbnbはサイトだけではなく、オンラインとオフラインをどうつなぐかが重要だということでした。その結果、モバイルを強化する判断につながったそうです。
なんかカスタマージャーニーとちょっと似てるのかなって思ったんですけど、ストーリーボードの方がより立体的というか、もうちょっとビジュアライズされてるから分かりやすそうですね。
宮武さんも、カスタマージャーニー ── 顧客が商品やサービスを知り、利用し、継続するまでの行動や感情の流れを時系列で整理する考え方ですとほぼ同じだと認めます。経営者によってテキストと絵のどちらが分かりやすいかは違い、チェスキーさんには絵が合っていたのだろうと話しました。
フォースとライトセーバーが教えるインサイトとプロダクト
宮武さんは、スタートアップの物語に重要な2つの要素としてインサイトとプロダクトを挙げます。インサイトは「これが課題だった」「こういうやり方が可能だ」と起業家が気づいた瞬間で、それに対していいプロダクトを提供する流れは、エンタメにも多いといいます。
例として宮武さんが挙げたのが『スター・ウォーズ』です。フォースというインサイトがあり、それを使ってライトセーバーというプロダクトで帝国を倒しに行ける、という構図です。
うんうんうん。スターウォーズファン以外の方ついてこれてますか?
草野さんのツッコミを受け、宮武さんはフォースを「自然のエネルギーのようなもの」と説明します。ほとんどの人は存在を知らず、ジェダイだけがそこにアクセスでき、フォースがあるとライトセーバーなどの武器がより使いやすくなるといいます。
宮武さんが重視するのは、ビフォーアフターがはっきりしていることです。フォースとライトセーバーを知る前は倒せないと思っていた帝国軍を、知った後は倒せると思える。
今の既存の世界だと何もできないのが、それがスタートアップなのか、例えばこのフォースとライトセーバーなのか、でもいいんですけど、それがあると世の中を変えられる。そう思わせるっていうのがすごい重要になってくる。
「あなたはマジシャンです」と言われたら人は動くのか
草野さんは、宮武さんと以前雑談したApple TV+のドラマ『ビッグプレジャー』を紹介します。普通の街に、自分の情報を入れるとポテンシャルを示す機械が現れる物語です。
機械に「あなたはマジシャンです」「あなたはダンサーです」と言われた人々は、今まで考えてもいなかったのに、その道を目指し始めます。草野さんは、ランダムな情報でもバイアスがかかってモチベーションが上がる様子が不思議だと話しました。
宮武さんはこれを、目標を口にすることや、期待されることに近いのかもしれないと受け止めます。そのうえで、スタートアップの初期ユーザーも同じ構図だと指摘しました。
基本的にほとんどのスタートアップの初期、例えば10人とか100人のユーザーって、そのユーザーが自らそのスタートアップを探しに行ってるわけじゃないじゃないですか。
草野さんは、ユーザーヒアリングで「この機能欲しいですよね?」と聞くと「欲しいかもしれない」と答えてしまうため、そうした聞き方は避けたほうがいいと言われる話を挙げます。答えはユーザーが持っていない、という見方です。宮武さんも、ヒアリングでは課題の側を聞くのが基本だと応じました。
スタートアップにとって最初のヴィランは何か
初期の信者を作るにはいいストーリーテリングが必要だとしたうえで、宮武さんはスタートアップにとっての最初のヴィランは「課題」、簡単に言えば「現状」だと話します。それは顧客の明確なペインポイントかもしれないし、既存の会社が作っている環境かもしれません。
分かりやすい例として宮武さんが挙げたのが、Salesforce ── クラウド型の顧客管理・営業支援ソフトで知られるアメリカの企業。インストール不要のソフトウェアを売りに成長しましたです。ローンチ時に競合のイベントへ乗り込み、「Noソフトウェア」という嘘のデモを起こしてニュースを作ったといいます。
宮武さんは、新サービスを作るとき多くの人が営業ファネルや広告チャネルを考えるのは大事だとしつつ、イノベーションのある会社では、その前に「いかにムーブメントを作るか」が重要だと話します。
マイノリティの苦しみがあって、それが、いわゆる暴虐的なマジョリティをやっつけるような設計にしないといけないんですよね。
宮武さんによれば、この設計は世界を2つに分けます。今の既存の世界を信じる人と、未来を信じる人です。
このテンションを作ることで差分が分かりやすくなり、新しい世界を描きやすくなる、と宮武さんは説明します。そこからマーケットシェアを取っていくと、当初は異端とされたスタートアップの考えが徐々に一般化していくといいます。
なんでもかんでも逆張りは違う
スタートアップやVCの世界では「コントラリアン ── 多数派と逆の考えや行動をとる人。投資やスタートアップの世界では、常識に反する賭けで大きな成果を狙う姿勢を指すことが多いですにならなければいけない」とよく言われます。宮武さんは、これは若干ミスリードだと考えています。
宮武さんの懸念は、コントラリアンが単なる「今の世の中への反応」になってしまうことです。今このサービスが成功しているから、その逆をやろう、というだけのケースです。
宮武さんは、反抗期の子どもが髪を染める例えで違いを説明します。自分がイケていると思って染めるのか、親が嫌いだから染めるのか。親の意志が先に来るなら、それは同調と同じだといいます。
今成功しているものの逆をやる。親が嫌いだから髪を染めるのと同じで、実は同調に近い
「こういう世界を作りたい」「こういう世界が可能だ」と自分で気づくことから始まる
宮武さんは、ノンコンセンサスという言葉の方が近いかもしれないとしつつ、インサイトは今の世の中への反応ではなく自ら得たものでなければいけないと話します。まだ探検されていない未来を見つけ、その後にムーブメントを作るためにストーリーテリングが重要になるという順番です。
その違いを見せるっていうのが重要になってきていて、最初から違いのところに行くのは間違いだと思うんですよ。
草野さんがカウンターカルチャーとメインストリームの関係を持ち出すと、宮武さんはジャズを例に挙げます。今の音楽が嫌いで新しい音楽を作りたい人が、自ら面白いと思ったのがジャズだったのであって、世の中の逆張りでジャズが生まれたわけではないといいます。
トレンドサイクルについても、宮武さんは10年前のものが決まって10年後に流行るわけではないと話します。自ら作りに行ったり、ひねって出したりする人がきっかけになる、という見方です。
宮武さんは、ストーリーありきで始める人と、プロダクトから始めてそれをストーリー化する人の違いを強調しました。
「反体制は金になる」とマトリックスの世界観
草野さんは、昔読んだ海外の本『反逆の神話』を紹介します。サブタイトルは「反体制は金になる」で、ルールに縛られた世の中から解放されたいという人間のニーズは高く、それがお金になる、という内容だといいます。
草野さんによれば、同書は『マトリックス』の赤と青の薬にも触れていました。マトリックスというシステムこそが敵で、今のビジネスマンや人々もシステムの一部で敵だ、と世界を2つに分ける物語の作り方です。
宮武さんは、こうした二分法は分かりやすいと応じます。悪役を作るときに「この会社にもいいところはある」と言っても、信者は「どうすればいいのか」と迷ってしまうからです。
Appleの「1984」は何を悪役にしたのか
悪役作りが上手いテック企業として、宮武さんはAppleを取り上げ、3つの事例を紹介します。1つ目が、広告業界でトップレベルと呼ばれる「1984」のCMです。
このCMはディストピア風の世界で、画面上のビッグブラザーが一般市民を洗脳する場面を描きます。ビッグブラザーはIBMを表しています。そこにAppleを代表する女性が走り込み、ハンマーを投げてスクリーンを壊し、Macintoshが世界を変えると示す内容です。
草野さんは、今のAppleでは考えられないほど尖ったクリエイティブだと話します。宮武さんは、当時のAppleはIBMと比べて圧倒的に小さかったからこそ、尖ったポジショニングが取れたと見ています。
宮武さんによれば、白黒中心の映像の中で唯一カラー、しかも赤が入っているのがヒーローの女性です。そしてこのCMはプロダクトを一切見せず、ストーリーの中心にヴィランがいます。草野さんは、ジョージ・オーウェルの『1984』のオマージュだと補足しました。
予算は約1ミリオンで、当時のAppleにとってはかなり大きな額だったと宮武さんは言います。約60秒の広告をスーパーボウルで流し、最初の100日間で7.2万台のパソコンが売れました。
宮武さんは、このCMをきっかけにスーパーボウルの広告で画期的なことをやるべきだという空気が生まれ、今の形になったとよく言われると紹介します。ただし、実際のところはわからない、とも付け加えています。
2回しか流れなかったCMと、売られなかった1分の枠
宮武さんは「1984」の裏話を続けます。このCMが正式にテレビで流れたのは2回だけで、1回はスーパーボウル、もう1回は1983年12月です。
もともと1回だけの予定でしたが、2回目を流した理由は、カンヌの広告賞のノミネート条件が「2回以上放映」だったからだといいます。草野さんは「そんな理由か」と驚き、実際に受賞して再び話題になったそうです。
当時の反応は複雑でした。宮武さんによれば、有名な広告代理店オギルビーのシニアVPが、公開された記事で「気取っている」とコメントしています。商品を出さずに上から語っている、という意味合いだろうと宮武さんは解釈しています。
CMを作ったのは広告代理店のChiat/Dayですが、Apple社内でも意見は割れていました。まずスティーブ・ジョブズに、スーパーボウルの視聴者がパソコンを買う人なのかという疑いを解いて説得する必要がありました。
取締役会でCMを見せた後、場はとても静かになりました。最初に発言したのは、Appleの最初の投資家でジョブズと仲の良いマイク・マークラさんで、「こんな広告を見せようと思っているのか」と言ったといいます。
ミーティングは一気にネガティブになり、枠を売って広告は出さない、という指示が出ます。宮武さんの話では、1分は売れたものの、もう1分は「売れなかった」と報告されました。噂では、担当者は本気で売ろうとしなかったそうです。
「Get a Mac」はなぜPCを悪役にしすぎなかったのか
Appleの2つ目の事例は、2006年から2009年にかけて展開された「Get a Mac」キャンペーンです。宮武さんによれば、アメリカでは66本のCMが作られました。
内容は、Macを代表する人とPCを代表する人が並び、互いにできることを話して分かりやすく比較するものです。草野さんは、日本ではラーメンズの2人が同じ台本と思われる形で演じ、有名だったと紹介しました。
スマートで優しい、おしゃれでいいやつ
スーツを着たザ・ビジネスマン。少しオタクっぽく、途中でフリーズしてしまう
宮武さんは、人間として表すことで、性格やライフスタイル、パーソナリティを表現できたのが上手かったと話します。
なんかそれもMacずるいですよね。なんかめっちゃ悪役にはしないけど、めっちゃどんくさそうな風に見せるっていう。
宮武さんも、PCを完全な悪役にせず「クールではない、イケてない」と感じさせるのが上手かったと同意します。キャンペーン期間中、ほかの理由もあったとしつつ、Macのシェアは5%から23%まで上がったといいます。
アメリカでは、このCMを元にしたパロディやポップカルチャーでの言及も多く、宮武さんは学生時代に非公式の曲「Mac or PC」を聞いていたそうです。草野さんは、日本ではそうしたものはなかったかもしれないと話しました。
誰もが応援できる「見えない敵」を作る
3つ目の事例の前に、宮武さんは悪役作りの課題を指摘します。敵を作るのは気分的によくないうえ、敵対視したブランドや人のファンから嫌われてしまいます。特に日本ではやりづらい会社も多いだろうといいます。
一方で、敵を作らなければ全員にアピールすることになり、本当に好かれるブランドになりにくい。そこで宮武さんが示す答えが、ほとんどの人が応援できるヴィランを作ることです。
宮武さんは、2019年にAppleのティム・クックさんがTime誌に寄せた公開書簡を挙げます。オンライン広告業界や大手テック企業によってユーザーのプライバシーが侵害されており、それを解決するのがAppleだ、という内容です。
いわゆるプライバシーをヴィランにしたんですよ。
宮武さんは、Appleがどこまで本気でプライバシーを考えているのか、自社の広告事業のためなのかという議論は、過去の回に譲るとしています。草野さんは、プライバシーの名のもとで小さな会社やスタートアップを潰す面もあると指摘しつつ、プライバシーは大事だと付け加えました。
宮武さんが評価するのは、ほとんどの人が侵害されたくないと共感できるプライバシーの危険性を、敵として形にした点です。意図的かどうかはともかく、見えない敵をしっかり形づけたことが上手かったと話します。
草野さんは、プライバシーは実体がなく、どう対処すればいいか分からないことが多いからこそ、代わりにやってくれるヒーロー感があると応じました。
宮武さんは過去に紹介したRequestDeskも例に挙げます。同社のマニフェストページでは、コーポレートマーケティングを「みんなと同じように嫌いだ」と明言しているそうです。草野さんは「めっちゃマーケティングうまい会社ですけどね」と笑いました。
宮武さんのまとめは、悪役は人や特定の会社、既存の競合でなくても設定できる、ということです。
ユーザーに比較させず、判断を強制させる
宮武さんはもう一つのポイントとして、ヴィランを作ると比較対象になりやすいものの、ユーザーに比較させるのは間違いだと話します。比較に時間をかけると、リソースのある既存の大手の方が、BtoBソフトウェアなどでは細かな機能で勝っている可能性があるからです。
草野さんは、LPに自社と他社の機能を丸とバツで並べる比較表が一時期多かったと振り返り、全部丸になってしまうケースもあると話しました。
宮武さんは、ストーリーテリングでは判断を強制させることが重要だと述べます。AかBかで、Bは完全に新しい世界を作ると示した方が、一般的にユーザーは選びやすくなるといいます。
特にその新しいものを作ろうとしてるとか、そのイノベーティブなものを作ろうとしている中で、全員が理解するっていうことを期待してはいけないと思うんですよ。
宮武さんによれば、最初に大事なのは信者を集めることで、問うべきは今の現状に納得しているかどうかです。納得していないならサービスを使ってもらい、使った後に見える世界が明確に変わる体験を作っておく必要があります。
その例として宮武さんはUberを挙げます。降りるときに支払わなくていいと知った瞬間、それまでの交通手段の考え方がすべて変わる、いわゆるマジックモーメント ── ユーザーがサービスの価値を初めて実感し、使い続けたいと感じる決定的な瞬間を指すプロダクト開発の用語ですです。
これはあるVCの言葉として紹介されたものです。全員がバナナを好きでなくても、徐々に信者を増やして市場そのものを作りに行く方がいい、という考え方です。
宮武さんは、MacとPCのCMも一見比較に見えて、実はAppleが作ろうとする世界観が違いすぎることを見せていたと解釈します。100ほどの競合ブランドがあっても、AかBかしか出さなければ2つの世界しかないように見え、どちら派に行くかという話になるといいます。
宮武さんは、この手法は政治については個人的に嫌いだが、プロダクト作りにはいいと考えています。草野さんは、新しいブランドのオリポップとコカ・コーラが対比され、ペプシではなくそこが二強なのかと思わされる例を挙げました。
Appleは自らをヴィランに見せない?
宮武さんは、Appleが自分たちをヴィランに見せないよう慎重に振る舞っている点も面白いと話します。根拠として挙げたのが、『スター・ウォーズ』エピソード8を手がけたライアン・ジョンソン監督の発言です。
ライアン・ジョンソン監督は『ナイブズ・アウト』を撮っていた頃、Appleはヴィランに自社製品を使わせない、と話したといいます。宮武さんによれば、2002年にもWiredの記事が、あるテレビ番組でヒーローはMac、ヴィランはWindowsしか使っていないと指摘していたそうです。
宮武さんは、真偽は正直わからないとしつつ、ストーリーテリングの重要性を知るAppleらしく、ヴィラン側に出ないよう慎重に扱っているのだろうと受け止めています。
草野さんが、昔の「1984」のように明確な敵を名指しする広告はもうしないのかと尋ねると、宮武さんは今のAppleにはできないと答えます。
自分たち(Apple)がビッグブラザー的なポジションに入っちゃってるので。なので、逆にその明確に、この人がとか、この会社がっていうと、しかもいじめにしか見えなくなっちゃうっていう。
IBMより圧倒的に小さい挑戦者として、ビッグブラザーを悪役に名指しできた
自らトップに立ち、特定の相手を叩くといじめに見えるため、プライバシーのような上位の敵を置く
敵を作るマーケティングで訴訟は起きるのか
宮武さんは、次回はヴィラン作りの具体的なテクニックを話す予定だと予告します。スタートアップの悪役は社会問題や特定の会社として捉えられがちですが、世の中の優れたIPやストーリーから、もっとニュアンスのある作り方を学べると考えています。
草野さんは、日本では敵を作るマーケティングは少ないとしたうえで、名指しされた大手企業は怒るのか、訴訟は起きるのかと尋ねます。宮武さんの答えは、訴訟は全然起きるし、タイミングの問題だというものでした。
例えばですけど、Googleとかであれば、最初は「あ、とりあえずこんな小さいスタートアップがあるんだ」みたいな感じを思ってきて、それが徐々にファンが集まってくると、「こら」って。
宮武さんは、規模が大きくなるほど言い方に気をつけないと本気の訴訟になると注意します。一方で「そういう会社が作る世界観はよくない」と示唆する程度なら問題ないだろうとし、日米で法律が違うため日本ではより難しいかもしれない、とも付け加えました。
最後に宮武さんは、どの会社も課題を解決しようとしている以上、何かしらのヴィランは作れるはずだと話します。スケールに応じてヴィランの役割も変わるので、それを考えながら取り組むのがいいという結論です。
まとめ
この回では、映画のヴィランからAppleの広告まで、悪役がストーリーを動かし、人を動かす仕組みが語られました。宮武さんの主張は、自ら得たインサイトとプロダクトがまずあり、そのうえで現状をヴィランとして描き、ユーザーに比較ではなく判断を迫ることが、初期の信者を集めるストーリーテリングになるというものです。
- スタートアップにとって最初のヴィランは課題、つまり「現状」であり、ストーリーは課題・解決手段・その先の世界で組み立てる
- 逆張りは今の世の中への反応ではなく、自ら得たインサイトから始まるべきで、ストーリーテリングはその後に来る
- Appleは「1984」でIBM、「Get a Mac」でPC、トップに立った後はプライバシーと、立場に応じて悪役を変えてきた
- 誰もが応援できる「見えない敵」を形にすれば、特定の相手のファンを敵に回さずに済む
- ユーザーに機能比較をさせるより、AかBかの選択を迫り、全員の理解ではなく信者を集めることを優先する


