SAP超えは通過点?ベニオフが本当に見ている相手
この回のきっかけは、SalesforceがドイツのソフトウェアメーカーSAPを「もうすぐ超えるのではないか」という話題です。宮武さんはこの話を入口に、マーク・ベニオフ氏が何を目指しているのかという仮説を語ります。
宮武さんによると、売上だけ見ればまだ差があります。SAP ── ドイツ発の企業向けソフトウェア大手。会計や生産管理などの基幹業務システム(ERP)で世界的なシェアを持ちますの2020年の売上は330億ドルで、Salesforceの今年の予測は210億ドルです。
ただしSalesforceは成長スピードが段違いで、ベニオフ氏は次の5年間で年間売上500億ドルを達成したいと話しているといいます。一方、エンタープライズソフトウェア領域で1位と見られるMicrosoftの年間売上は420億ドルです。
こうした数字を踏まえ、宮武さんはベニオフ氏の目線はSAPではなく、Microsoftと対等に戦える規模にあると見ています。
SAP超えるのは当たり前みたいな。今の成長路線を行くと、まあそれは当たり前だろうっていう。逆にそれを超えられないとダメだっていう話で。
宮武さんの見立てでは、世界最大級のエンタープライズソフトウェアカンパニーになることがベニオフ氏の夢なのではないかということです。
ベニオフ氏のMicrosoftへの意識は、ジョークにも表れています。Slack買収の際に記者から「Microsoftに対抗するためか」と聞かれ、「その会社、なんの会社ですか?」とふざけ半分に返したと宮武さんは紹介しています。
Quip買収の裏にあった、AWSとの幻のタッグ
SalesforceのMicrosoft対抗策のひとつが、文書作成・共同編集ツールを持つQuipの買収です。宮武さんは、これを明らかにMicrosoftのOfficeに対抗するソフトウェアを手に入れるための買収だったと見ています。
Salesforceは最終的にQuipを7億5000万ドルで買収しますが、宮武さんによると、その前には別の構想がありました。AmazonのAWSとジョイントベンチャーを作り、Quipを共同で買収してMicrosoftを潰しに行くという話です。
AWSがこの話に乗り気だった理由について、宮武さんはMicrosoftの強みを引き合いに出します。MicrosoftはITソフトウェアを売っているため各社のIT部門と仲良くなれ、そこからMicrosoft Azure ── Microsoftが提供するクラウドコンピューティングサービス。AWSと並ぶ大手クラウド基盤の一つですを売り込みやすいという構造です。
ITソフトウェアを販売
Officeなどを通じて各社に製品を届ける
IT部門と関係を築く
導入を通じて企業のIT担当と仲良くなる
Azureを売り込む
その連携を使ってクラウドも提案しやすくなる
AWSも同じ仕組みを作りたかったものの、Salesforceが急遽「うちらだけでやります」と方針を変え、AWSが怒る形になったといいます。
あ、でもAWSは結構乗り気だったんですね、じゃあ。
(SalesforceとAmazonが)組んでマイクロソフトを倒しに行くっていうのは、それはそれで面白いと思ったんですけど、まあ結局そうならなくて、Salesforceがやりましたと。
Microsoftが550億ドルで買おうとしたSalesforce
Salesforceには、逆にMicrosoftに買収されかけた過去もあります。宮武さんによると、2014年にサティア・ナデラ氏がMicrosoftのCEOに就いた頃、ナデラ氏とベニオフ氏が様々な話をする中で、MicrosoftがSalesforceに買収オファーを出しました。
提示額は550億ドルで、当時のSalesforceの時価総額490億〜500億ドルほどに少しプレミアムを乗せた金額でした。これに対しベニオフ氏は700億ドルのカウンターオファーを出し、条件が合わずに話は流れたといいます。
Microsoftの提示は550億ドル、ベニオフ氏の要求は700億ドル。時価総額は約490億〜500億ドル
Salesforceの時価総額は約2700億ドル
宮武さんは、現在のSalesforceの時価総額が2700億ドルほどあることを挙げ、売らなかったベニオフ氏の判断は最終的に正しかったのではないかと話しています。
創業者からの「トランジション」はなぜ難しい?
Microsoftを超えるための施策を打つ中で、ベニオフ氏も気づいたのではないかと宮武さんが見ているのが、後継者の問題です。次の5〜10年が勝負どきになる一方で、ベニオフ氏があとどれくらいこの戦いを続けられるのか、そして超えたあとも継げる人がいるのかという問いです。
今57歳。
57歳ですよね。なんで、まあさすがに60代に入るとさすがにやっぱ次のこと考えたりもするじゃないですか。
宮武さんは、大手テック企業で創業者から別のCEOへの交代が相次いでいることも挙げます。大手でまだ創業者が経営しているのは、FacebookのMark Zuckerberg氏くらいだといいます。
| 企業 | 創業者側 | 後継者 |
|---|---|---|
| Apple | スティーブ・ジョブズ | ティム・クック |
| Microsoft | ビル・ゲイツ→スティーブ・バルマー | サティア・ナデラ(2014年) |
| ラリー・ページ | スンダー・ピチャイ | |
| Amazon | ジェフ・ベゾス | アンディ・ジャシー(今年) |
交代には課題や批判がつきものだと宮武さんは話します。Microsoftのバルマー時代は失敗だったと多くの人が言い、Appleのティム・クック氏も会社を大きく成長させたのに、いまだに批判を受けているという例です。
革新的なプロダクトないじゃないかって。
ティム・クック氏への批判について、草野さんは「iPhone的な衝撃はない」という見方に一定の理解を示しつつ、AirPodsを評価しています。宮武さんも、アンディ・ジャシー氏が本当にジェフ・ベゾス氏を継げるのかという声が出ていることに触れます。
創業者がすごすぎると、置き換えは難しくなります。宮武さんは、Facebookならボズ氏やクリス・コックス氏のようなプロダクト系の人物が候補になりうるとしつつも、Teslaのイーロン・マスク氏を置き換えられる人は「絶対いない」と言います。
そこの同じビジョンとかプロダクトセンタリングって考えられる人っていうのがやっぱり少なくて。
その点、GoogleとMicrosoftの現CEOはうまくやれている、とする宮武さんは、Salesforceのベニオフ氏も同じことを考え始めていると見ています。
ベニオフがいなくても回る組織は、どう作られている?
ベニオフ氏が後継を意識していると宮武さんが考える根拠は、直近のイベントや投資家向け電話会議の様子です。ある電話会議では、海外にいたベニオフ氏の回線が途中で切れてしまいました。
その場面で、COOのブレット・テイラー氏、CROのギャビン・パターソン氏、CFOのエイミー・ウィーバー氏が自然に引き継ぎ、ベニオフ氏がいなくても回るチームであることがはっきりしたといいます。
ベニオフさん、マークさんの回線、ここぞという時に切れてしまう。大丈夫か。
社内向けにも、同じ流れが見られるそうです。Salesforceが週次で開く全社会議「オールハンズミーティング」の進行役はローテーション制で、ベニオフ氏以外にテイラー氏、パターソン氏、ウィーバー氏らが仕切る回があると宮武さんは説明します。
年次の大規模イベントDreamforce ── Salesforceが毎年サンフランシスコなどで開催する大規模カンファレンス。新製品の発表や顧客事例の紹介が行われますでも、ベニオフ氏は大きな話を担当し、Slackとの今後についてはテイラー氏に任せたといいます。
テキサス州で中絶を制限する法律が成立した際のSalesforceの対応も、宮武さんは例に挙げます。チーフピープルオフィサーのブレント・ハイダー氏が、ベニオフ氏の関与なしに会社としての方針と考えを発表し、ベニオフ氏はニュースでそれを知ったといいます。
電話して、これすごい良かったけど、誰がどういう風に決めたんですか?みたいなことを聞いたらしいんですけど。
さらに、ベニオフ氏はTIME誌を買収するなど、Salesforce以外の活動も多い人物です。宮武さんは、Fortuneがベニオフ氏はSalesforce以外のプロジェクトに時間の50%ほどを使っているのではないかと伝えていたと紹介し、だからこそ他の人に頼る必要があると話します。
次期CEO候補として名前が挙がるのは、COOのブレット・テイラー氏、CROのギャビン・パターソン氏、場合によってはCFOのエイミー・ウィーバー氏だといいます。
組織図が示すヒント。Cレベルの半分を抱えるCOO
誰が最有力かを考えるヒントとして、宮武さんはSalesforceの組織図を挙げます。宮武さんが見たのはCEOと直属の人たちまでですが、そこには普通の会社と違う形があるといいます。
CEOの下に、CFO・CPO・CTOなどの経営メンバーが一列に並ぶ
ベニオフ氏の下のCレベルの一人であるテイラー氏の下に、さらに複数のCレベルがいる
ベニオフ氏の直下には、CFOのエイミー・ウィーバー氏、チーフビジネスオフィサー、CRO、共同創業者でCTOのパーカー・ハリス氏、チーフピープルオフィサー、カスタマーサクセスの責任者などが並びます。
一方、COOのテイラー氏の配下には、チーフプロダクトオフィサー、実質CTOにあたるチーフエンジニアリングオフィサー、CMO、買収したMuleSoftとTableauのCEO、コーポレートデベロップメントとSalesforce Venturesのトップ、チーフコミュニケーションズオフィサー、CIO、チーフトラストオフィサーがいるといいます。
本当にほぼは、Cレベルオフィサーの半分ぐらい(テイラーさんが)担当してるんですよ。
めちゃくちゃ信頼されてますね、それは。
この構造から、宮武さんは「次はテイラー氏だろう」と考えるのが自然だとしています。
Google Mapsから「いいね」まで。ブレット・テイラーの経歴
ではなぜテイラー氏なのか。宮武さんはまず経歴をたどります。テイラー氏はGoogle出身で、Google Mapsを作った人物です。
2007年にGoogleを退職すると、ベンチャーキャピタルのベンチマークに入り、EIR ── Entrepreneur in Residenceの略。VCに籍を置きながら次の起業を準備する立場や制度のことですとして起業します。その会社がSNSのFriendFeedです。
宮武さんによると、FriendFeedは「いいね」ボタンを作った会社で、フィード機能も強みでした。Facebookは5000万ドルでFriendFeedを買収し、テイラー氏は2012年ごろにダスティン・モスコビッツ氏の後を継いでFacebookのCTOになったといいます。
Facebookを辞めてQuipを立ち上げた際には、少なくとも5〜6人のFacebook社員がQuipに移ったといいます。宮武さんは、これがテイラー氏の人柄を表していると見ています。
2回起業して、どっちも買収されてるんで。
「Quip微妙じゃない?」を受け止めた1対1の対話
テイラー氏もSalesforce入社当初は苦労したといいます。Quip買収後、社内ではMicrosoft Wordの代わりとしてQuipの利用が必須になりましたが、不満を抱える社員が多かったそうです。
マネージャーを集めた営業キックオフで、テイラー氏本人がいる前で「Quip微妙じゃない?」という声が出たこともあったといいます。
うわ、つらい。
テイラー氏はこの声をうまく受け止め、不満を抱えていた社員全員と1対1のミーティングをして、何が不満なのかを把握し、関係を改善したと宮武さんは紹介しています。
Slack買収時にも、テイラー氏は似た対応をとっています。Slack本社に足を運んで「Ask Me Anything」形式のQ&A会を開き、カルチャーや仕事がどう変わるのかという質問に一つずつ答えたといいます。
宮武さんによると、Slack CEOのスチュワート・バターフィールド氏も、こうした状況でここまで人を落ち着かせ、良い気分にさせた人は初めて見たと語っていたそうです。
本当にやっぱ(Quipが)買収された時のhard thingsが学びになってますね。
営業の最前線でも頼られるCEO的な存在
宮武さんは、テイラー氏の社内での影響力が伸び、日常的なCEO的役割をこなしていると言われていることを紹介します。MuleSoftやSlackといった買収プロダクトがテイラー氏の配下にあることも大きなポイントだといいます。
プロダクト側だけでなく、営業チームからも「クライアントの社長と話してほしい」という依頼がテイラー氏に来ているそうです。大型案件では社長が出ていく場面が必ずありますが、その役割がベニオフ氏ではなくテイラー氏に回ってきているといいます。
大体1週間に2、3件やるかっていう話なんですよ。Brettさんとかマーク・ベニオフさんのレベルだと。
報道によると、テイラー氏は日によっては営業系のミーティングを5〜6件こなし、2021年4月〜6月の間に70社と会っているといいます。宮武さんは、営業でもプロダクトでも重要な存在になっていることが、次期CEO説を後押ししていると見ています。
プロダクト寄りのCEOというトレンドと、今もコードを書くCOO
宮武さんが最後に挙げるのは、CEO選びのトレンドです。GoogleやMicrosoftの現CEOはエンジニアリングやプロダクトの出身ですが、以前はカリスマ性のある営業寄りのリーダーが選ばれる傾向がありました。
営業寄りでカリスマ性のあるリーダー(例: Microsoftのスティーブ・バルマー氏)
プロダクト寄りの人物(例: Googleのスンダー・ピチャイ氏、Microsoftのサティア・ナデラ氏)
宮武さんは、プロダクト寄りの人をトップに置く流れに、テイラー氏はよくフィットしていると話します。テイラー氏は今もときどきコードを書き、去年はカリフォルニアの山火事を受けて空気の質をトラッキングするアプリを個人でリリースしたそうです。
テイラー氏は週末に新しい技術を学ぶ時間をとり、GoogleのTensorFlowなども学んでいるといいます。そもそもQuipのベースのコードを書いたのもテイラー氏です。
コード管理サービス上のQuipのアカウントオーナーが今もテイラー氏の名前になっていたため、入社1〜2年目のエンジニアが誤ってテイラー氏にコードレビューを依頼してしまったという逸話もあります。
でもBrettさんはそれに対してちゃんとレビューして、コードレビューして、で、この変換大丈夫ですよっていうのを書いたらしいんですけど。
買収された会社の出身者が後継者になることへの懸念
宮武さんは、買収されたQuipの出身者がCEOになるかもしれない状況を、Salesforceの社員はどう受け止めるのかという問いを草野さんに投げかけます。
アメリカって結構トップの人が別のところから入ってくるみたいなケースって結構あるじゃないですか。
宮武さんは、抵抗がない人もいるとしつつ、大手テック企業になるほど外から来た人がビジョンを把握できるのかという懸念は出やすいと答えます。アンディ・ジャシー氏もスンダー・ピチャイ氏も生え抜きで、カルチャーを理解している点が大きいという見方です。
SalesforceにはCROのように在籍年数の長い人もいます。それでもベニオフ氏は、Quip買収時からテイラー氏のビジョンやエンタープライズソフトウェアへの考え方、戦略に惹かれたと語っていたといいます。
もう半分もうブレッドさん(目当て)じゃないですか。
次回は、テイラー氏が手がけて取りまとめた277億ドルのSlack買収を取り上げ、その狙いがベニオフ氏の夢やMicrosoftとの戦いにどうつながるのかを話す予定だとしています。
最後に宮武さんは、VCが10〜15年スパンで考えるのに対し、起業家は20〜30年を見なければならず、このレベルになると次の世代まで考える必要があると話します。大きな会社は一世代では完成しないという、二人の実感がにじむ締めくくりです。
まとめ
この回は、Microsoft超えを目指すSalesforceと、その夢を誰が継ぐのかを、宮武さんの仮説として考察した内容です。組織図、営業での役割、プロダクト寄りの経歴から、COOのブレット・テイラー氏が最有力候補として浮かび上がります。
- ベニオフ氏の目標はSAP超えではなく、Microsoftと対等に戦う規模だと宮武さんは見ている
- Quip買収の前にはAWSとの共同買収構想が、2014年にはMicrosoftによるSalesforce買収オファーがあった
- 電話会議や全社会議、方針発表の場面から、ベニオフ氏不在でも回る組織づくりが見える
- テイラー氏はCレベルの約半数を配下に持ち、営業でもCEO的な役割を担っている
- プロダクト寄りのCEOというトレンドに合う一方、買収企業出身であることへの懸念も残る





