C向けアプリは、なぜブレイクスルーしにくくなったのか?
宮武さんは冒頭で、直近数年に本当にブレイクスルーし、しかもその勢いを保っているC向けアプリは意外と少ないと指摘します。ChatGPTのような例外はあるものの、成功し続けているサービスは限られているといいます。
宮武さんの見立てでは、C向けアプリが伸びにくい理由は競争の激化だけではありません。それ以外の構造的な要因があるのではないか、というのがこの回の出発点です。
本当にブレイクスルーしたC向けアプリって結構少ないのかなと思っていて。
このテーマは去年から話したかったものの、エピソード枠が足りず、今年最初のテーマにしたと宮武さんは説明しています。「難しい」という話だけでは悲しいので、課題の整理とあわせて、C向けアプリのフレームワークやローンチ方法といった前向きな話も今週と来週に分けて扱う構成です。
AppleとEU、2つの規制が広告インフラを揺らす
宮武さんは、いまC向けアプリやSNS業界に影響している大きな勢力を3つ挙げます。1つ目はAppleとGoogleが進めるデータプライバシーの制限、2つ目はEUから始まった規制、3つ目はお金まわりの話で、3つ目はエピソードの最後に扱われます。
1つ目のプライバシー制限について、Appleは2020年か2021年ごろのiOSアップデートで広告のトラッキングを難しくしました。GoogleもCookie ── Webサイトがブラウザに保存する小さなデータ。ログイン状態の保持や、サイトをまたいだ広告ターゲティングにも使われてきましたの制限を進めようとしています。
2つ目のEU規制として、宮武さんはデジタル市場法 ── EUが大手プラットフォーム企業を「ゲートキーパー」に指定し、自社優遇の禁止などを義務づける法律。DMAとも呼ばれますとデジタルサービス法 ── EUがオンラインサービスに違法コンテンツ対策や透明性の確保を求める法律。DSAとも呼ばれますを挙げます。こうした規制はEU以外にも広がりますが、EUから始まるケースが多いといいます。
Appleのアップデートの影響は、第三者のデータを交えた広告配信が難しくなり、コンバージョンデータを取りにくくなったことです。宮武さんによると、広告でのマネタイズには「十分なアテンションを取ること」と「適切な広告インフラを持つこと」の2つのステップが必要で、Appleは特に後者を作りにくくしました。
アテンションを取る
ユーザーの時間と関心を十分に集める
広告インフラを持つ
ターゲティングや効果計測で広告を収益化する
iOSアップデートの影響
トラッキング制限で、特に広告インフラが作りにくくなった
Metaは番組の過去シリーズでも扱ったとおり、iOSアップデートで100億ドル規模の売上損失を受けながら、解決策を見つけました。ただし宮武さんは、それはMetaの規模だからこそできたことだと強調します。Snapchatでさえ苦しんでおり、もっと小さなプレイヤーは広告での収益化がさらに難しくなっていると考えられます。
広告があるから無料で使える、という前提
宮武さんが規制の議論で見落とされがちだと指摘するのが、そもそも広告があるからC向けサービスを無料で使えるという点です。Facebook、Instagram、Snapchat、Twitter、YouTubeはいずれも広告で収益化しているから無料で提供できています。
そもそも広告があるからこそ、無料でサービスは使える。
広告の役割はSNSに限りません。Unityはアドネットワークを持っているからゲームエンジンを無料や低価格で出せますし、Instacartも広告売上があるから成り立っているといいます。Amazon Primeで映画や音楽を楽しめるのも、広告売上が一部を補っているからだと宮武さんは説明します。
EUのような規制が入ると、企業は広告ではなく、よりダイレクトに課金して収益化しなければならなくなります。実際に去年の終わりから、サブスク型のSNSが増え始めました。
Metaはヨーロッパのユーザー向けに、広告を表示しないInstagramとFacebookを月額課金で提供し始めました。TikTokも同様の仕組みを検討し、Xも似た取り組みをしています。
さらにノルウェーでは、Metaに対して行動ベースのターゲティング広告を禁止する動きがありました。Metaはいまのところ罰金を支払っている状態で、宮武さんは、こうした動きがヨーロッパ全体に広がってもおかしくないと見ています。
2、3年後にそもそもその無料でサービスを提供できませんみたいな。
宮武さんは、これはあくまで最悪のシナリオだと断りつつ、起きる可能性はゼロではないと話します。そのうえで、それが本当に消費者のためになるのか、新しいスタートアップが出やすい環境になるのかを問い直しています。
広告について「ユーザーがプロダクトだ」という批判があることも、宮武さんは認めています。ただ今のユーザーはターゲティングされていることを理解したうえで使っているので、サービス側はそれ以上の価値を提供しなければなりません。そう考えると、広告モデルは割とフェアな取引でもあるのではないか、というのが宮武さんの見方です。
規制で一番得をするのは、実は大手なのか?
宮武さんがより重要だと考えるのは、規制によって誰が一番メリットを受けるのかという点です。規制に対応するには体制が必要で、その体制を持っているのはたいてい大手だからです。
わかりやすい例がGDPR ── EUの一般データ保護規則。2018年に適用が始まった個人データの保護ルールで、EU域内のユーザーを扱う企業に幅広く適用されますです。宮武さんは、GDPRで一番恩恵を受けたのはGoogleとMetaだったのではないかと話します。本来はGoogleやMetaを監視する意図があったと考えられるものの、GDPRは小さなサービスにも同じように適用されます。
規制への対応にはコストがかかります。Metaは30億人のユーザーを抱えているため、1人あたりの対応コストは小さくなります。SnapchatやPinterestと比べても、Metaのほうが圧倒的に効率よくコストを吸収できるといいます。
具体的にどういうコストになるんですか?
(GDPRですと)オプトアウトさせるオプションを提供しないといけなかったりとか、その自分のデータ使えないようにするとか。
こうした機能は開発しなければならず、対応するチームも必要です。利益の大きいMetaならすぐに対応できますが、小さなアプリが最初から対応しなければならないとなると、それだけ立ち上げのハードルが上がります。
大手を狙った規制
大手の独占や過度なトラッキングを抑える意図で作られる
全サービスに適用
小さいサービスも大きいサービスも同じ対応が必要になる
対応コストが発生
オプトアウト機能の開発や対応チームの用意が求められる
規模の差が効く
ユーザー数の多い大手ほど1人あたりのコストが小さい
新規参入が難しくなる
結果的に大手が守られ、新しいプレイヤーが出にくくなる
宮武さんによると、Metaは自分たちでコンバージョンデータをトラッキングできる体制まで行けましたが、PinterestやSnapchatが同じことをするのは難しいといいます。実際にPinterestはAmazonと、TwitterはGoogleと広告面で提携しており、一部を自前でやることを諦めている面があります。
宮武さん自身も広告はあまり好きではないと認めています。それでも広告は重要なマネタイズの仕組みであり、規制が想定していた結果と逆に働くこともあるので、長期的な影響を気にするべきだと話します。
規制してる側はどういう結果を想定してたんですか?
多分そもそも多分大手に向けてやっていたはずなので。
宮武さんは、規制の意図そのものは正しいと考えています。そのうえで、結果として新しいプレイヤーが出にくくなっていることは、過去にはなかった要因だと位置づけています。
草野さんは、オプトインやオプトアウトへの対応を肩代わりして、中小企業でも規制に対応できるようにするスタートアップは出てこないのかと尋ねます。宮武さんは、コンプライアンス領域で部分的にはあり得るものの、MetaがSNSとして抱えるクレーム対応などのコストは膨大で、1つのサービスで置き換えるのは難しいと答えます。外部サービスを使っても結局その費用は払わなければならないため、規制する側はこのトレードオフを考える必要があると話しています。
口コミから相乗りへ、C向けアプリのローンチ手法
規制の話に続いて、宮武さんはC向けアプリのローンチ方法も変わりつつあると話します。これまで日本でもアメリカでも一般的だったのは、特定のコミュニティや地域、年齢層に絞って口コミで伸ばす方法です。
Facebookはハーバード大学の学生限定でスタートし、アイビーリーグ、他の大学、高校へと広げてから全員に開放しました。Instagramは写真好き、Snapchatは高校生や大学生、Musical.ly ── 中国発のショート動画アプリ。若年層に人気を集め、2018年にTikTokへ統合されましたは中学生を起点にしていたといいます。ウェイトリストのようなバイラル要素も使われてきました。
最近はPRやセレブ、インフルエンサーを活用するやり方もよく見られます。加えて宮武さんが注目するのが、昔からあるクロスプロモーション ── 自社が持つ別のサービスや他社サービスの利用者に向けて、新しいサービスを紹介して送客する手法です。
MetaがThreadsを一気に1億人まで伸ばせたのは、Instagramを活用したからです。ByteDanceも音楽配信アプリのRessoを出したとき、TikTokでプロモーションしたり連携したりしていたといいます。
宮武さんは、自社アプリ同士のクロスプロモーションだけでなく、他社のプラットフォームの初動に乗るやり方も昔からあると話します。成功したC向けアプリの多くは、最初に既存プラットフォームをどうハックし、どう乗っかるかを考えていたというのが宮武さんの見方です。
| サービス | 相乗りした先 |
|---|---|
| PayPal | eBay |
| Airbnb | Craigslist |
| YouTube | MySpaceでの動画共有 |
| Bitly | TweetDeck |
| Musical.ly |
ただし最近は、既存プラットフォームが自社のエコシステムを伸ばしたい一方で、外部を入れたがらない雰囲気もあります。APIを閉じたり制限したりするのは、相乗りで競合が伸びてしまったケースがあったからだと宮武さんは説明します。
今だったら何なんですかね。
まあ基本的にTikTokですよね、今は。
サーフィンにたとえる、市場の波とタイミング
宮武さんは、伸びるプラットフォームに相乗りすることは、別の見方をすれば市場の波を予想するのと同じだと話します。どれだけPMF ── プロダクト・マーケット・フィットの略。製品が市場のニーズにしっかり合い、顧客に求められている状態を指しますを取れても、どれだけ成功するかは市場規模で変わるからです。
宮武さんはこれをサーフィンにたとえます。PMFは正しいサーフボードと正しいフォームを手に入れた状態にすぎず、実際にはどの波を選び、どのタイミングで乗るかがより重要になるといいます。
正しいサーフボードと正しいフォームを手に入れた状態
どの市場の波を選び、いつ乗るか。成功の大きさを左右する
波の探し方として、宮武さんは変曲点を見ることや、そこから見えてくる新しい行動に注目することを挙げます。もう1つの考え方が、アプリが盛り上がる時期とインフラが盛り上がる時期が交互に繰り返されるという「アプリとインフラのサイクル」です。アプリを作るなら、インフラのピーク時にそのインフラを使って、次のアプリサイクルを自ら作りに行く考え方が重要だといいます。
相乗りの事例として宮武さんが挙げるのが、SalesforceのアプリエコシステムAppExchange ── Salesforce向けのアプリを提供・導入できるマーケットプレイス。外部ベンダーがSalesforceと連携するアプリを販売していますです。Salesforceの初期からAppExchangeに乗ったサービスは、Salesforceと一緒に大きく伸びました。
宮武さんは、相乗りによって大きく儲かるケースが実際にあると強調します。B向けでは、上場前の伸び盛りのサービスに相乗りするのが平均的にうまくいきやすく、かつてはShopifyやAtlassian、今ならStripeやFigma、Webflowがそうした候補になると話しています。
AppStoreの商標は、もともとベニオフのものだった
ここで宮武さんは、本筋から外れるサイドストーリーとして、AppExchangeの誕生秘話を紹介します。AppExchangeは本来「App Store」という名前になるはずで、その商標を最初に持っていたのはSalesforce創業者のマーク・ベニオフさんだったといいます。
ベニオフさんは若いころ、19歳ごろにAppleに就職しており、スティーブ・ジョブズがメンターになってくれたそうです。2000年代初めにSalesforceの成長方法を考えていたベニオフさんは、ジョブズにアドバイスを求めに行きました。
ジョブズのアドバイスは3つでした。24か月で10倍成長しなければ終わりであること、そのためには大手顧客を捕まえること、そしてアプリケーションエコノミーを作ることです。
ベニオフさんが「それって何ですか?」と聞いても、ジョブズは説明してくれなかったといいます。ベニオフさんはマーケットプレイスを作るべきだと考え、appstore.comのURLと商標を確保しました。しかしフォーカスグループでの検証で、ユーザーからApp StoreではなくAppExchangeだという声が出たため、AppExchangeという名前で出しました。
2008年、ジョブズから「大きな発表がある」と電話を受けたベニオフさんは、その場でApp Storeの発表を見ました。発表後、ベニオフさんはジョブズのもとへ行き、これまでのアドバイスのお礼として商標とURLを無料でプレゼントしたそうです。
AppleがAppStoreになってるおかげはマーク・ベニオフさんっていう。
アルゴリズムがいま押しているものに乗る
相乗りの話に戻ると、宮武さんは、VCなど一部の人は相乗りを嫌うと話します。プラットフォームに頼りすぎず、プラットフォームを置き換える側に回るべきだという考え方です。
それでも宮武さんは、現実的には初期トラクションが必要で、潜在顧客がいる既存プラットフォームから取りに行くほうが効率的だと考えています。InstagramはFacebookから、Musical.lyはInstagramから伸びました。既存プラットフォームは初期にはフレンドリーに扱ってくれるものの、途中から嫌がり始めるので、その前にユーザーを集める必要があるといいます。
もう1つの相乗りの形が、アルゴリズムがいま何を押しているのかを理解し、それに合わせて出すことです。わかりやすい例はYouTubeでShortsを使うことで、ショートフォームはどこのプラットフォームも押しています。
直近のアメリカの例として、宮武さんはTikTok Shopを挙げます。ブランドであれば、TikTok Shopで売上が立つかどうかとは別に、活用するべきだといいます。宮武さんによると、収録時点の去年は、TikTok Shopを立ち上げたブランドはアカウント全体が明らかにプッシュされていました。
スキンケアブランドのデュックスは、去年9月にTikTok Shopに参加しました。参加前の週の動画10本ほどの平均再生回数は約5000回でしたが、参加後の10本は平均14.6万回で、約30倍に伸びたといいます。
参加前の動画10本ほどの平均は約5000回
参加後の動画10本の平均は約14.6万回。約30倍に伸びた
参加後の動画がすべてショッピング系だったわけではなく、動画のクオリティが上がった可能性もあると宮武さんは断っています。それでも、TikTok Shopに入ったことが要因だろうというのが宮武さんの見立てです。
もうクリエイターも生配信した方が、やっぱタイムライン流れたり、なんかプラットフォーム側から推されるみたいなのもありますもんね。
宮武さんも、ライブ配信そのもので大きなビュー数を稼げなくても、アカウント全体がプロモーションされることがあると応じます。これも1つのハックにすぎないとしつつ、ブランド側が考える価値のある点だと話しています。
ピッチで飛ばされがちな「なぜ今?」
宮武さんが重要なポイントとして挙げるのが、スタートアップが投資家にピッチするときに起業家が飛ばしがちな「なぜ今やるのか?」というスライドです。宮武さんは、この問いはいままで以上に重要だと話します。TechCrunchの記事でも、より多くの投資家が「Why now?」という質問をしたがっている、という話があったそうです。
「なぜ今?」への答え方の1つが、新しい技術の登場です。新しいAPIにアクセスできるようになったことや、新しい規制が理由になる場合もあります。
| サービス | 可能にした技術 |
|---|---|
| Figma | WebGL |
| Uber | Google MapsのAPI、スマホのGPS |
| スマホのカメラ | |
| Netflix | ブロードバンド |
| Snapchat | 3G、フロントカメラ |
| YouTube | ブロードバンドとFlash |
| Asana | Ajax |
| Discord | WebRTC |
| Superhuman | GmailのAPI |
宮武さんが個人的に一番好きな「なぜ今?」の議論はFigmaです。FigmaにはWebGLという技術面の理由に加えて、もう1つの理由がありました。
Figma創業者のディラン・フィールドさんは、2017年ごろのTechCrunchへの寄稿で、企業内のデザイナーと開発者の人数比が変わっていると指摘しました。IBMでは昔はデザイナー1人に対して開発者が72人でしたが、2017年時点では1対8になっていたといいます。
| 企業 | 以前 | 2017年時点 |
|---|---|---|
| IBM | 1対72 | 1対8 |
| Atlassian | 1対25(2012年) | 1対9 |
| Dropbox | 1対10(2013年) | 1対6 |
フィールドさんの調べでは、平均すると過去5年間でデザイナーの数が約2.5倍増えました。デザイナーという市場そのものが広がっているから、Figmaがより使われるはずだという理屈です。
宮武さんは、人の行動の変化こそが「なぜ今?」の核になると話します。Twitchはeスポーツやゲーム文化の伸び、Clubhouseはコロナ、Dropboxは複数のデバイスを使うユーザーの増加によって伸びたといいます。
アバターが本人より大事になる世代
行動変化の例として、宮武さんはRobloxのデータを紹介します。2021年にRobloxが出した数字では、デイリーアクティブユーザーの5分の1が、毎日何らかの形で自分のアバターを更新していました。
宮武さんは、この数字をエンゲージメントの指標であると同時に、行動変化の表れだと見ています。オンラインで着替える文化が生まれ、アバターがフィジカルな自分より重要になりつつあるというのです。デジタルアイデンティティの価値が変わることで、デジタル商品の価値も次世代で変わっていると考えられます。
Robloxはアメリカとイギリスのz世代ユーザーにもアンケートを行いました。宮武さんによると、その回答には次のような結果が含まれています。
宮武さんは、Robloxはこの行動シフトをうまく活用しているものの、別の形で活用するサービスも出てくるはずだと話します。行動シフトが見えるからこそ、それに合わせたサービスを作るのが本来の起業家のやり方だというのが宮武さんの考えです。
宮武さんが個人的に気になっている行動シフトの候補は、Vision Proの3D画像や3D動画です。体験した人が共通して「記憶を再現しているような感覚になる」と話しているそうで、宮武さんはこれを非常に強い体験だと見ています。
なんか記憶を活用した、あの、サービス。
なんかそういうものが出てきたらすごい面白いなって思ったりしますね。
SNSを作ることは、言語ゲームを作ることに似ている
宮武さんは、SNSを作ることは「言語のゲーム」を作ることに似ていると話します。クリエイティビティは何らかの制限があるほうが発揮されやすく、Twitterは140文字、Instagramは最初は写真のみ、TikTokはショートフォームの動画のみでした。ルールが設定されるからこそ、その中で工夫が生まれるといいます。
言語も同じで、単に言葉やアクションを説明するものではなく、表現の仕方によって意味合いが大きく変わります。「これはユーザーです」「これはメッセージです」と言うだけでなく、少しひねりを入れることで受け取られ方が変わるというのが宮武さんの指摘です。
この「言語ゲーム」という言葉は、オーストリアの哲学者ウィトゲンシュタイン ── ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン。20世紀を代表する哲学者で、言葉の意味はその使われ方によって決まるとする「言語ゲーム」の概念を提唱しましたの概念です。宮武さんによると、言語ゲームはサービスの中だけでなく、性別、地域、世代ごとにもあり、たとえばボストンでは「Wicked」が「かっこいい」という意味で使われるといいます。
新しい言語ゲームを作るうえで、宮武さんが重要だとするのは、いま存在する言語ゲームを一部取り入れることです。既存の言語とのオーバーラップがなければ、人はそもそも新しい言語にたどり着きにくいからです。
そのオーバーラップがない限り、そもそも新しいその言語にたどり着きにくい。
言語ゲームは人間同士だけでなく、人間と機械の間にもあります。SEO向けの言語、アルゴリズム向けの言語、フォローを稼ぐための言語などがあり、Twitterでスレッドを使うことも1つの言語の使い方だと宮武さんは説明します。
具体例として宮武さんが挙げるのが、去年TikTokでバズったNPCストリーマーです。最も話題になったピンキードールは、ライブ配信でコメントされた言葉をそのまま言い返すというスタイルでした。NPCはゲームの操作できないキャラクターのことで、シムズやゼルダのような昔のゲームの言語をうまく取り入れて人気になったといいます。
宮武さんは、プロダクトづくりではUIに意識が向く人が多いものの、言語も意外なほど重要だと話します。たとえばSlackは、他のビジネス向けメッセージアプリと比べて言葉の使い方が非常にうまいといいます。新しい言語をいきなり作っても誰も理解してくれないので、既存の言語を使わなければ流行らないというのが宮武さんの結論です。
「とりあえずお金を投げる」TikTokの戦略
ここから話は、冒頭で予告された3つ目の要因であるお金の話に移ります。宮武さんによると、最近できた新しいプレイブックが、新しいC向けサービスを苦しめる理由にもなっています。
あの、とりあえずお金を投げればいいっていう戦略で。
この戦略を最初に使ったのはTikTokで、最近ではSheinとTemuが同じ手法を取っています。2022年、Snapchatのエバン・スピーゲルさんは、ByteDanceがアメリカ市場に投じた金額は誰も予想していなかったと語りました。ByteDanceはTikTokを流行らせるため、数千億円規模で投資したといいます。
スピーゲルさんは、ByteDanceはイノベーション優先ではなく、ユーザー獲得をスケールさせる手法で市場価値を得たと話していました。しかし宮武さんは、この発言には矛盾があると指摘します。一番予想できたはずなのは、Snapchat自身だからです。
宮武さんによると、TikTokは2018年に広告予算として10億ドル、1日あたり300万ドルを使ったといわれています。出稿先はGoogle、Facebook、Snapchatで、SnapchatではTikTokが1番手か2番手の広告主になっていました。
2019年第1四半期には、FacebookのAndroidアプリに出た広告の13%がTikTokだったといいます。宮武さんは、全体で見ると5分の1から4分の1がTikTokの広告になっていたと話します。
その結果、ByteDanceは大きく伸びました。四半期売上は290億ドルで、同時期のMetaの320億ドルとほぼ同等の規模です。中国のDouyinが大きいものの、TikTok単体でも年間200億ドルの売上ペースで、AdobeやSpotify、任天堂、eBay、Airbnbを超え、Block(Square)と同規模だといいます。時価総額200億ドルのSnapchatと比べると、Snapchatの売上ははるかに小さい状況です。
TikTokは去年アメリカで始めたTikTok Shopにも巨額を投じています。Amazonより低い手数料を設定したほか、ブラックフライデーでは、ブランドが20%オフにする予定だったところを40%オフにしてもらい、上乗せした20%分をTikTokが負担したそうです。去年のアメリカでは5億ドルほどの赤字になるペースだと聞いていた、と宮武さんは話します。
草野さんが、大きい会社でなければできないと応じると、宮武さんもそれだけの資金が必要だと認めます。そのうえで、前提としてある程度いいプロダクトが必要なことと、TikTokは大量のデータを必要とするため、初期に投資するほどアプリが改善され、競合との差が出やすいことを挙げています。
競合に広告費を払えば、締め出されない
宮武さんは、TikTokのやり方がこれまでのSNSの手法と大きく違う点を説明します。従来の相乗りは、競合のソーシャルグラフをハックする方法でした。しかしこのやり方では、最終的に競合から嫌われます。
たとえばInstagramは初期にFacebookのソーシャルグラフを使って成長しました。しかしFacebookは途中でInstagramが追い上げてきていることに気づき、ソーシャルグラフへのアクセスを切りました。最初はFacebookをもっと使ってもらえると考えていたものが、本当の競合になってしまったからです。
一方のTikTokは、ソーシャルグラフを使うのではなく、広告費として競合にお金を渡しています。そのためFacebookやSnapchatはTikTokを嫌えない、と宮武さんは説明します。
Instagramのように競合の資産に乗る。伸びると気づかれ、アクセスを切られる
TikTokのように競合へ売上を渡す。止めると売上が減るため、競合はノーと言いにくい
(広告売上をもらっているので)FacebookとかSnapchatとか嫌えないんですよ。
宮武さんは、GoogleがTikTokからの年間3億ドルの広告を止めれば、その売上がなくなると例を挙げます。それなら受け入れて売上を残したほうが次の四半期決算がよく見えるので、そういう結果になりがちだといいます。資金を広告売上に変えることで、競合にブロックされにくくしている点が重要なポイントだと宮武さんは話します。
Metaの決算に繰り返し出てくる「中国の広告主」
宮武さんは、似たような現象がいまも起きていると話します。Metaの去年第3四半期の決算発表で、CFOのスーザン・リーさんは広告売上の伸びについて説明し、オンラインコマースが最も伸びた業種で、その次がCPGとゲームだと述べました。
オンラインコマースとゲームの伸びの背景には、中国の広告主の予算増加がありました。しかも中国国内向けではなく、アメリカや日本、特にブラジルなど他の市場に向けた広告だといいます。この決算発表では、中国の広告主の話が7回も出てきたそうです。
宮武さんによると、中国の広告主の話は2023年の初めから3四半期続けて出ており、2022年には出ていませんでした。Temuのアメリカでのローンチは2022年9月で、広告予算が増えたタイミングは2023年です。そのため宮武さんは、この中国の広告主はTemuとShein、もしくはTikTokだろうと推測しています。
Temuの数字を推計している人たちによると、Temuのマーケティング予算はローンチから3〜4か月しかない2022年で1億6000万ドル、去年は20億ドル、約3000億円に達しました。宮武さんは異常な額だと表現しています。
その結果、Temuは日本でも韓国でもショッピングアプリのランキングで1位になっています。去年7月1日から11月2日までの124日間のうち、Temuは101日間1位でした。Sheinは17日間、Amazonは2日間で、メルカリは0日でした。
日本での400万ダウンロードも、わずか120日で達成したといいます。今年のGMVは150億ドルほど、MAUは1.6億人ほど、DAUは4000万人弱という規模だと宮武さんは紹介し、ほとんどの会社にはできない戦い方だと話します。
アメリカ企業はなぜTemuのやり方をしないのか?
宮武さんは、この「お金を投げる」手法はアメリカ企業がほとんどやらないものだと話します。草野さんは、Temuはアメリカ進出前から人を大量に雇っていると話題で、Sheinの追い風もあったと振り返ります。プレイブックとしては見えていても、資金や在庫、サービス本体を含めて真似できないやり方だというのが草野さんの見方です。
ただ宮武さんは、アメリカ企業も真似しようと思えばできたはずだと指摘します。Metaは昔のLassoのようにSNS系の新アプリをいくつも出してきましたが、そこに大きなマーケティング予算を入れることはほぼありませんでした。Threadsでさえ、ほぼInstagramを活用しただけだったといいます。
やっぱり今、やっぱりシリコンバレーのやり方が多分そうじゃなかったっていうのは一つ大きいと思います。
草野さんは、Temuを含むアジアのサービスには、登録時に大量のクーポンを配る、購入を重ねるほど安くなるといったゲーミフィケーションが多いと話します。Temuはアメリカでも受け入れられているのに、それを真似する企業がいないのは不思議だと疑問を投げかけます。
宮武さんの説明では、Temuは従来とは違う層を狙っています。アメリカの中でも所得が比較的低い層が中心で、海岸沿いにはユーザーがそれほど多くありません。一方、これまでのSNSアプリは、海岸沿いの層から始まるのが一般的でした。
草野さんは、日本では所得が中くらいかそれより下の層から始まってうまくいくパターンが多い一方、アメリカは上の層から広まる雰囲気があると話します。宮武さんは、Facebookもアメリカ全体のハイクラスではないものの、大学生の中のエリート層から始まったと応じます。憧れの対象になる人から始めたほうが口コミで広まりやすく、アメリカは自然な拡散を重視しているといいます。
SheinやTemuは、その自然な拡散をお金で置き換えているので、口コミがなくても広がります。スタートアップには最初からそれほど現金がないため、自然な拡散で戦うしかなかったという事情もあると宮武さんは話します。Metaのような大企業については、コストに見合うリターンが出るのかというROIの問題に加え、お金で行動を変えることがアメリカらしくないという一般的な感覚もあるのではないか、と宮武さんは見ています。
あー、でもMr.Beastとかそんな、そうじゃないですか。
(彼は)お金でなんか行動とか変えてるわけじゃないので。
草野さん自身も、Mr.Beastはユーザー獲得の話ではなく、アメリカンドリーム的な夢がある話だと言い直します。宮武さんも、Mr.Beastの場合はよりハリウッド化してコンテンツ予算が上がっているという話であり、ユーザー獲得にお金を使っているわけではないと応じています。
今後アメリカ企業がTemuのような戦い方をするかについて、宮武さんの答えは「やらないと思います」です。いまの市場環境では大きなコストを使えず、より厳しく見られているからです。だからこそ中国企業がアメリカを強く攻めているのだろう、と宮武さんは見ています。
宮武さんは、ショッピングアプリでいま1位を取るのはほぼ無理だとしたうえで、こうした環境の中で戦わなければならないことを理解する必要があると話します。お金を投げる手法が必ずしも正しいとは限らず、他の戦い方については来週に話す予定だとして、この回は締めくくられました。
まとめ
この回では、ここ数年で新しいC向けアプリがブレイクスルーしにくくなった理由として、AppleやEUによるプライバシー規制、広告に支えられてきた無料モデルの揺らぎ、TikTokやTemuのような資金力による攻勢が整理されました。一方で、伸びるプラットフォームへの相乗り、市場の波とタイミング、行動シフトに基づく「なぜ今?」、言語ゲームの設計といった打ち手も語られています。
- 広告のトラッキング制限やEU規制は、意図とは逆に、対応コストを吸収できる大手を守ってしまう面があると宮武さんは指摘しています
- 広告はC向けサービスを無料で提供するための重要な仕組みで、規制が強まるほど直接課金への移行が迫られます
- PayPalやAirbnbのように、伸びている既存プラットフォームに相乗りすることは、初期トラクションを得る有効な手段だと語られています
- FigmaやRobloxの例のように、人の行動変化を捉えることが「なぜ今?」に答える鍵になります
- TikTokやTemuは競合プラットフォームに巨額の広告費を払うことで、締め出されずにユーザーを獲得する戦い方を取っています




