Red Antler創業者の本『Obsessed』とは?
この回のテーマはD2Cのブランディングです。題材は、Red Antlerの創業者エミリー・ヘイワードさんが書いた本『Obsessed: Building a Brand People Love from Day One』です。
Red Antlerはニューヨークにあるブランディングエージェンシー ── 企業や商品のブランド戦略、名前、ロゴ、見せ方などを設計・支援する専門会社。広告代理店に近い立ち位置で、ブランド作りに特化していますで、AllbirdsやCasperといったD2C ── Direct to Consumerの略。メーカーが小売店を介さず、自社サイトなどで消費者に直接商品を販売するビジネスモデルですブランドを手がけてきました。
きっかけは、草野さんがTwitterで宮武さんにこの本の解説をこっそり頼んだことでした。宮武さんが引き受けたところ、日本のD2C業界の人たちを中心に「聞きたい」という反応が多く集まったといいます。
(Red Antlerの)共同創業者の方が本を出していて、これ宮武さんに解説してもらえないかなっていうのを、リプをこそっと送ったら。
やりますと。
タイトルの「Obsessed」は、直訳すると「取り憑かれる」「心を奪われる」という意味です。草野さんは、人を夢中にさせるブランドの作り方を説いた本だとまとめています。
宮武さんによると、本はブランドを作る上でどんな要素を組み込み、何を考えるべきかというテーマごとに章が分かれています。そのなかで、Red Antler自身のクライアントの事例と、エミリーさんがリスペクトする他社ブランドの事例の両方が紹介されています。
なぜローンチ前からブランドを考えるのか
宮武さんがまず挙げたのは、ブランドを初期から考えるというRed Antlerのコンセプトです。Red Antlerのクライアントは、おそらく半分ぐらいがローンチ前の企業だといいます。
AllbirdsやCasperもローンチ前から関わった例で、ブランディングを初期から作ったことが意外と重要だったと本では語られています。
背景にあるのは、いまのD2C業界の状況です。宮武さんは、簡単にブランドを作れる世の中になり、すぐに競合が立ち上がってしまうと説明します。
どういうふうに優位性を作るっていう中で、やっぱり愛されるブランドっていうのが一つの軸じゃないかっていうのが彼女の仮説で。
参入が容易に
簡単にブランドを作れる世の中になった
競合がすぐ出る
D2C業界では似たブランドがすぐに立ち上がる
優位性の軸
愛されるブランドであることが差別化の軸になる
ブランドはロゴではなく「感じるもの」
エミリーさんの議論は、そもそもブランドとは何か、という問いから始まります。ブランドと聞くと、ロゴやフォント、色合いといったビジュアルを思い浮かべがちです。
宮武さんによると、ロゴなどは外部に見せているもので、ブランドの一部ではあっても全体ではありません。エミリーさんは、見るものより感じるものが大事だと考えています。
いわゆるかっこいいロゴっていうことではなくて、そのロゴを見た上でどう感じるかっていうところまでちゃんと計算して、それを作りに行かないといけないっていうのが彼女の思いですね。
実際、Red Antlerには「NIKEのスウッシュマークのようなロゴを作ってほしい」というリクエストがよく来るそうです。宮武さんは、エミリーさんの答えは「それではない」ということだと紹介しています。
さらに、ブランドにはユーザーとのすべての接点が含まれると宮武さんは説明します。
ロゴ、フォント、色合いなどのビジュアル
カスタマーサポートとの会話、サイトの見た目、創業者のインタビュー記事など、ユーザーとのすべてのインタラクション
宮武さんは、この前提を理解していないと、エミリーさんの話に「はてなマーク」がいっぱい浮かぶだろうと話しています。草野さんも、まず共通の前提知識として押さえる必要があると受け止めていました。
いいブランドは「売る」より「納得させる」
宮武さんによると、いいブランドはユーザーから見て、何かを売っているようには見えません。むしろ、自分たちのビジョンやバリューに共感するかを問いかけているように見えます。
何かのビジョンとかバリューとかを、こういうことを我々信じてますって言って、共感しますかっていう感覚でユーザーと接してる。
いわゆるこの商品買ってくださいではないんですね。
草野さんも、成長しているD2Cブランドには「私たちはこれを信じている」という姿勢が明確にあると共感します。押し付けがましくはないものの、何を信じているかは誰が見てもわかるという指摘です。
宮武さんはさらに、ブランドの価値観を理解したユーザー自身がそれを主張するようになると続けます。例として挙がったのが、GrocieGrocieのパーカーやAllbirdsのスニーカーです。
(Grocieを)着てるとか、Allbirdsを履いてるとかでみると、なんとなくのイメージがつくんですよ。あ、この人はこういうことを信じてるんだなと。
宮武さんは、これはブランドにバリューやミッションがあるからこそ共感を得ているのだと説明します。歴史の長いブランドのなかでは、パタゴニアがこのブランド作りを特にうまくやってきた例として挙げられました。
Red Antlerが最初のミーティングで聞く質問とは?
Red Antlerが、これからブランドを立ち上げる起業家と初めて会うとき、最初に何を聞くのか。宮武さんによると、サービスや競合の話でも、「どんな未来を作りたいか」でもありません。
そういうのももちろん後々聞くんですけど、最初に解決しようとしてる課題について。
草野さんは「VCみたい」と反応します。宮武さんも、二人の前職であるOnRamp ── 宮武さんと草野さんが以前関わっていた起業支援の取り組みとして、番組内で言及されている組織ですOnRampで起業家に課題を問うていた場面と重なると話しました。
草野さんは、デザインやブランディングの会社にとっても課題の質問が最初の重要な問いだという点を意外に感じたといいます。エミリーさんからすると、課題がわからなければブランドのアイデアは作れません。
ところが、この質問に対する起業家の回答は、99%が課題ではなくソリューションの話になるそうです。たとえば新しいジムの起業家なら「高品質なトレーニングを安く提供するジムを作ります」と答えてしまいます。
エミリーさんは、課題を次の3つの項目に分けて整理しています。
1つ目のターゲットは、「30代の働く女性」のような属性ではありません。宮武さんは、最初のブランドチャンピオン ── ブランドに最も共感し、最初に支持してくれる熱心なユーザー層。宮武さんはアーリーアダプターに近い存在だと説明していますを、考え方と行動で描くことが大事だと説明します。
「なぜ」を問い続けると、なぜ「死」に行き着くのか?
3つの項目にたどり着くためのエミリーさんの手法は、「なぜ」を聞き続けることです。ただしOnRampでの問いかけとは少し違い、最後にユーザーの最終的なニーズに到達することを目指します。
そこは大体死になるんですよ。いわゆる死ぬ恐れがあるから、こういう行動をしてるっていうのが最終的に出てくる来やすいんですよ。
「難しい」と戸惑う草野さんに、宮武さんは自動車を作ったヘンリー・フォードを例に説明します。馬に乗っていた時代の人々に「なぜ」を重ねていくと、次のような流れになるといいます。
馬が遅い
表面的な不満
移動に時間がかかる
時間がかかり、遠くへ行けない
人生の時間が奪われる
楽しんで何かをする時間より移動時間の方が長くなる
いずれ死ぬ
短い人生のうちに、いろんなことをやりたい
宮武さんは、ブランドとして重要なのは感情的なニーズにたどり着くことだと強調します。速く移動できるという機能的なニーズだけでは物足りないという考え方です。
エミリーさんは、こうした根本的なニーズを「コアドライバー」などと呼んでいます。人間のベーシックなニーズに届かなければブランド作りはできない、というのが本の主張です。
抜け毛対策のKeepsは「弱さ」をどう誇りに変えたか
根本的なニーズを掘り下げた実例として紹介されたのが、Red Antlerのクライアントである抜け毛対策スタートアップのKeepsです。収録中に宮武さんが「脱毛系」と言った部分について、草野さんが「正しくは抜け毛対策のスタートアップ」と補足しています。
Keepsが若い男性をターゲットにしたのは、抜け毛は若いうちに治療するほど効果的だからです。Red Antlerは当初、若い男性が対策を避ける理由を、恥ずかしさや、既存サービスが上の世代向けで自分に合うものがないことだと考えていました。
ところがヒアリングを重ねるうちに、別の理由が見えてきます。男性は、よほど緊急性が高くない限りソリューションを求めないという傾向です。
腕が火傷レベルのものじゃないと医者に行かないし、そもそも医療以外にも、例えば迷子になった時に誰かに道順を聞きに行かない。
宮武さんによると、その裏にあるのは自分の弱みを見せることへの恐怖心で、それは死の恐怖心にとても近いものです。草野さんも、ギリギリまで歯医者に行かない人を例に挙げ、その気持ちはわかると共感していました。
Red Antlerはこの恐怖心を逆手に取るブランド戦略を立てます。助けを求めることは弱みではなく、行動を起こすことは誇りになる、という見せ方です。
抜け毛の対策をすること、助けを求めることは弱みを見せること
対策をすることは、人生をコントロールする「行動する男性」がやること
キーワードで言うと、For the man of actionっていう、いわゆるアクションを取る人っていうところで、自分の人生をコントロールできることを祝おうっていうコンセプトを作ったんですよね。
宮武さんは、弱みを見せる恐怖心にたどり着いていなければ、こうしたブランディングにはなっていなかったはずだと話します。草野さんも、それがなければ「ちょっと若い人向けにしてみた」程度のブランディングになっていただろうと応じました。
D2Cブランディングのシリーズは3回に分けて配信される予定です。次回は、2014年のAirbnbのリブランディング事例と、Red Antlerが担当したAllbirdsのブランディングのストーリーが紹介されると予告されています。
まとめ
エミリー・ヘイワードさんの本が説くのは、ブランドとはロゴではなく、ユーザーとのすべての接点で生まれる感情的なつながりだという考え方です。その出発点は、ソリューションではなく課題を問い、「なぜ」を重ねて人間の根本的なニーズまで掘り下げることにあります。
- ブランドは見るものより感じるもの。ロゴだけでなく、ユーザーとのすべてのインタラクションがブランドを形作る
- いいブランドは商品を売り込むのではなく、ビジョンやバリューへの共感を問いかけ、ユーザー自身がそれを主張するようになる
- Red Antlerは最初のミーティングで課題を聞き、ターゲット・課題・ブランドアイデアの3項目で整理する
- 「なぜ」を問い続けると、機能的なニーズの先に、死の恐れに近い感情的なニーズが現れる
- Keepsは弱みを見せる恐怖心を、行動する男性の誇りへと転換するブランドを作った


