Awayはなぜスーツケース1つだけでローンチしたのか?
この回で取り上げるのは、ブランディング会社Red Antler ── ニューヨークのブランディング会社。CasperやAllbirdsなど多くのD2Cブランドのブランド構築を手がけたことで知られていますの創業者エミリー・ヘイワードさんが書いた『Obsessed』です。
テツローさんによると、エミリーさんは著書の中で「ブランドへのフォーカス」の重要性を何度も強調しています。そのフォーカスの一つがプロダクトへのフォーカスで、事例として挙げられているのがスーツケースブランドのAway ── 2015年創業のアメリカのスーツケースD2Cブランド。ハードシェルのキャリーケースで知られていますです。
Red Antler自身はAwayと関わりはありません。それでもAwayは、プロダクト戦略を活用したブランディングの好例として紹介されています。
Awayはわざと1つのプロダクトだけでローンチし、スーツケースそのものではなく「旅行への愛情」を軸にブランドを作りました。
間に合わなかったローンチを救った一冊の本
Awayは当初、年末のクリスマス時期にローンチする予定でした。しかし製品の出荷が間に合わないことがわかります。
そこで創業者たちは販売を事前購入式に切り替え、別の形でブランドのストーリーを語れないかと考えました。
いろんなクリエイティブコミュニティにリーチして、いろんなインフルエンサーをインタビューして、それを一つの本にしたんですよ。
こうして生まれたのが旅行系の本『The Places We Return To』です。スーツケースを事前購入した人にはこの本が付き、その影響もあって結局売り切れたといいます。
出荷遅れが判明
年末のクリスマス時期のローンチに製品が間に合わない
事前購入式に変更
別の形でブランドストーリーを語る方法を模索
旅の本を制作
クリエイターやインフルエンサーへのインタビューを1冊に
売り切れ
本付きの事前購入が支持される
テツローさんは、このアプローチがAwayのブランドのトーンを決めたと見ています。スーツケースはストーリーを伝える手法にすぎず、ブランドの目的は「旅行」という共感できるパッションをつなぐことにある、というメッセージが伝わったからです。
見た瞬間にわかるプロダクトをどう作るか?
Awayがスタイルを1つに絞ったことで、プロダクト自体もわかりやすくなりました。テツローさんは、AwayやAllbirdsの製品は見た瞬間にそのブランドだとわかる点を挙げます。
Allbirdsも見るとすぐにAllbirds入ってるねってなるので、それもブランディングの戦略なので、一発でわかる。
テツローさんによれば、プロダクトが複数あるとこの「一発でわかる」感覚は弱まります。スーツケースにはハードシェルもソフトシェルもありますが、Awayは初期にあえてハードシェルに絞りました。
のちに追加されたプロダクトも、サイズを変えただけの同じ製品でした。Awayのサイトでは、大きさだけでなく「何着入るか」「どの旅の長さに合うか」で紹介しており、ここでも旅行を軸にストーリーを伝えています。
機能ではなく旅の感情を売るAwayのブランド表現
Awayは雑誌『Here』も発行しています。ミキさんは、最初の旅の本にもインスパイアされた雑誌だと感じつつ、旅行の話を通してブランドのトーンが伝わる点を評価します。
テツローさんが指摘するポイントは、Awayがスーツケースの機能をほとんど伝えていないことです。「スーツケースがあるからこそ旅行を楽しめる」という感情的な価値に寄せ、パリでのポップアップホテルなども展開してきました。
Awayの一連の施策について、テツローさんはスーツケース会社というよりトラベルブランドとして自らを位置づけていると整理しています。
Uberはタクシーにどんな感情を埋め込んだのか?
Awayとは別のブランドの作り方として、テツローさんは「もともと感情のこもっていない機能的なものに感情を加える」方法を挙げます。その事例がUberやLyftです。
A地点からB地点に行くっていう交通手段に、あの感情、喜び、安心とかですね、っていう感情を埋め込んだのがUberだと思っていて。
特に象徴的なのが決済体験です。降車時に支払いをしなくていいという、初めてUberに乗ったときの喜びは多くの人が語るもので、テツローさんはそれが非常に重要だと話します。
テツローさん自身、前年のニューヨーク出張でUberがつかまらず、仕方なくタクシーに乗ったところ「最悪な体験」だったといいます。
Uberはやっぱそのタクシーっていうブランド、ブランドっていうかをもうなんか期待値を全部変えたっていうか。
タクシーはA地点からB地点へ移動するだけの機能的な手段
支払い不要の手軽さなど、喜びや安心という感情を伴う体験に
誰も語らなかったマットレスが話題になるまで
テツローさんは、Uberのように業界の期待値を変える現象は様々な業界で起きており、そうした新しい業界を見つけることもブランド戦略だと考えています。その好例がマットレスのCasper ── 2014年創業のアメリカのマットレスD2Cブランド。箱で届くマットレスとして知られていますです。
今ではFacebookや友人同士で「Casperを買おうと思うけどどう?」「Leesa、Casper、Tuft & Needleならどれがいい?」といった会話が出てきます。テツローさん自身も前年に友人とそんなやり取りをしたそうです。
それってマットレスでそれって昔そんな話って誰もしなかったんですよ。
ミキさんも、日本で布団の話をすることはないと応じます。テツローさんは、そもそも布団はブランドがほとんどわからないと続け、この点が重要なポイントだと話しています。
1種類のベッドで勝負できる理由はホテルにあった
Casperの創業チームがRed Antlerと会った当時、Casperという名前すらまだありませんでした。Red Antlerはアイデア自体は良いと思いつつ、商品が1つのベッドしかないことに不安を感じていたといいます。
ただ考えてみると、高級ホテルのベッドは誰もが「いい」と言うのに、ホテルにあるのは1種類だけです。Casperのチームも同じことだと考えていました。
比較をするとかではなくて、いいベッドとかマットレスを感じたら、もうそれでいい。
マットレス業界にはブランドロイヤリティ ── 特定のブランドへの愛着や信頼から、同じブランドを選び続ける傾向のことがなかったからこそ、Casperにチャンスがあるとred Antlerも感じたといいます。
便利さの次に打ち出した「いい睡眠はいい人生につながる」
Red Antlerは当初、CasperのブランドをECで簡単にマットレスが買えるという購入体験に寄せようとしていました。ミキさんは、Red Antlerがマーケティングだけでなくプロダクトの課題やインサイトまで入り込んでいる点に驚きます。
しかし考え直す中で、EC購入の便利さだけでは物足りないと判断されます。欲しいかどうかわからないマットレスが早く届いても意味がない、という考えからです。
Casperは初期から「スリープカンパニーになりたい」と話していたそうです。そこでRed Antlerは、睡眠そのものの捉え方に目を向けました。
でも誰もそのいい睡眠が取れたことによって何につながるかを伝えてなかったんですよ。
他社が「いい睡眠ができる」と訴えるなか、睡眠の本当の目的は、起きたときの気持ちやその日に何ができるかにあるとテツローさんは話します。ミキさんも「何かのためにいい睡眠をとりたい」と応じています。
「いい睡眠ができる」と睡眠そのものを訴える
==いい睡眠がいい人生につながる==と、睡眠の先の価値を訴える
眠る写真を使わない、白くないマットレス
このコンセプトのもと、Casperのクリエイティブ判断はすべて「夢の人生を作るために睡眠の大切さを強調する」方向へ切り替わりました。
業界でよく使われる眠っている写真は使わず、よく寝た人がベッドの上でパズルをしたり本を読んだりして楽しむ写真を採用しました。夜の写真は一切使わず、朝や昼の写真だけにしたといいます。
プロダクト自体にも工夫があります。当時のマットレスは白一色で違いがわからなかったため、Casperはブランド商品だと示すために、わざと白と青の2色にしました。
あと、タッグもついてるんですよ。あれもわざとやってるんですよ。
小さなタグも、面倒に感じたり取りたくなったりする人がいるなかで、ブランドを示すためにあえて付けているとテツローさんは説明します。ぎゅうぎゅうに圧縮されて箱で届き、開けると広がる開封体験も有名です。
| 要素 | 業界の常識 | Casperの選択 |
|---|---|---|
| 写真 | 眠っている写真 | 朝や昼に活動を楽しむ写真 |
| 色 | 白一色 | 白と青の2色 |
| タグ | 付いていない | あえて小さなタグを付ける |
ニューヨークの地下鉄をギフトに変えた広告
Casperの有名な施策に、ニューヨークの地下鉄車両を広告で埋め尽くすテイクオーバーキャンペーン ── 電車の車両内の広告枠などを1社がまとめて買い取り、空間全体を自社の広告で占める手法があります。地下鉄の広告をたまたま安く買えるチャンスがあり、それを買ったのが始まりでした。
当時の地下鉄広告は歯医者や弁護士、時々JetBlueのような大手企業が使う程度で、D2Cブランドという概念もあまりなかったといいます。
まず第一としたのが、ニューヨークに住んでる人たち、いわゆるニューヨーカーに対してプレゼントをしたいですと。
ニューヨークの地下鉄は臭く、ラッシュ時にはぎゅうぎゅう詰めになるなど、良い体験とは言えません。Casperはその時間を楽しくつぶせる広告を作りました。
広告はイラスト中心で、ニューヨークの「あるある」をキャラクターで表現したものです。地下鉄によく出るネズミがピザを食べる姿など、多くのバリエーションが作られ、キャラクターは後にCasperのサイトにも登場しました。
えっと、マットレスはほぼ載ってないです。
最終的には、広告を読むためにわざわざ地下鉄に乗る人まで現れたといいます。
Casperの広告は真似しても成功しない?
Casperのキャンペーンを見てコピーしたいと考えるブランドは多いものの、テツローさんはそれは良くないと注意を促します。
単純にユーザーを楽しませるためにあの広告を作ってるので、だからこそ成功したキャンペーンなんですよ。
地下鉄で楽しませてくれたブランドが気になって検索し、マットレスの会社だと知って買ってみる、という流れが生まれます。ミキさんも、そのまま真似しても心に刺さらないものになってしまうとまとめています。
ブランドは生き物として進化し続ける
締めくくりに、テツローさんはエミリーさんの「ブランドは生き物」という考えを紹介します。
ブランドは、創業者や従業員を含むチーム文化、プロダクト、ユーザーとのコミュニケーションのすべてに影響されて出来上がります。世界が変わるなかでブランドも進化するため、それに合わせて考え続ける必要があるとエミリーさんは述べているそうです。
まとめ
Away、Uber、Casperの事例に共通するのは、機能を説明するのではなく、旅や移動や睡眠の先にある感情や体験でブランドを語っている点です。そしてその施策は、ユーザーの立場から考えたからこそ成功したと話されています。
- Awayは単一プロダクトに絞り、スーツケースではなく旅行への愛情を軸にブランドを作った
- Uberはタクシーという機能的な移動手段に、喜びや安心という感情を加えて期待値を変えた
- Casperは「いい睡眠がいい人生につながる」というコンセプトで写真・色・タグまで設計した
- 地下鉄広告はニューヨーカーへのギフトとして作られたからこそ成功し、表面的な模倣は機能しにくい
- ブランドは生き物であり、チームやプロダクト、世界の変化とともに進化し続ける


