CROは1日をどこで過ごしているのか?
このインタビューは、決済サービスのStripeが東京で開いた年次イベント「Stripe Tour Tokyo」の会場で収録されました。アイリーン・オマラさんによると、当日はStripeに関心を持つユーザーや見込み客が600人近く集まり、プロダクトやロードマップ、日本への投資について発表があったそうです。
アイリーンさんの役職はCRO ── Chief Revenue Officerの略で、最高収益責任者のこと。営業・マーケティング・カスタマーサクセスなど、売上に関わる部門を横断して統括する役職ですです。Stripeでの役割は、時間の大半を市場に出てユーザーの声を聞き、Stripeとの取り組みを検討している企業と話すことだと説明しています。
宮武さんは、Stripeでの日々の仕事の中身と、他のテック企業のCROとの違いを尋ねました。アイリーンさんは「Stripeはとてもユニークな会社で、同じ日は1日もない」と答えつつ、会社を動かす原則があると話します。
Stripeの第一の原則は「ユーザーファースト」です。アイリーンさんはその原則に沿って、国内での成長や越境での成長など、ユーザーが抱える課題と機会を聞き取り、チームとともに解決策を組み立てているといいます。
アイリーンさんによると、Stripeが顧客を支援する軸は2つあります。1つはトップラインの成長を加速させる計画づくり、もう1つは市場への出方や顧客獲得、事業拡大のやり方まで含めた効率化です。これはB2BでもB2Cでも同じだと話しています。
社内では、プロダクトチームと過ごす時間も長いそうです。市場で聞いたユーザーの話を社内で増幅して共有し、ユーザーが必要とするものに沿ったロードマップを作る。アイリーンさんは、それもユーザーファーストの原則に立ち返る動きだと位置づけています。
スタートアップも大企業も、なぜ両方を狙うのか
宮武さんは、Stripeの最近の大きな変化として大企業顧客への注力を挙げました。創業期からスタートアップや起業家に向き合ってきたStripeが、顧客基盤を大企業へ広げたことで、組織やセールス戦略がどう変わったのかを尋ねています。
(大企業相手は)ずっと複雑になりがちですし、一緒に仕事をするまでに通常かなり時間がかかりますよね。
アイリーンさんは、Stripeは顧客層の両端に応えたい点でユニークだと答えます。スタートアップへの愛着は創業者が率いる会社としてのDNAであり、同時に非常に複雑な大企業にも以前から対応してきたといいます。
アイリーンさんによると、Stripeには年間10億ドル以上をプラットフォーム上で処理する大企業顧客が100社以上あります。数十億ドル規模の顧客の中には、スタートアップ時代からStripeとともに成長してきた企業もあるそうです。
一方で、大企業向けにはアカウントチームの編成が異なり、すでにその企業と取引しているパートナーの生態系に加わる形になります。大企業の多くはこれまでお金の流れのデジタル化を経験しておらず、Stripeはその事業のデジタル化を手伝う立場だと説明しています。
大企業の支援では、バックエンドのERP ── 企業の会計・人事・在庫などの基幹業務を統合管理するシステム。書き起こしでは「DRP」と聞こえる箇所ですが、文脈からERPを指すと考えられますからフロントエンドまで、顧客のシステム構成を熟知する必要があるといいます。その際に重要になるのが、SalesforceやSAP、金融機関などのパートナーと連携し、既存の構成にStripeを無理なく組み込むことです。
宮武さんは続けて、多くのスタートアップが中小企業から大企業へ移る際に、文化や営業組織の大きな転換を経験すると指摘し、Stripeが具体的に何を変えたのかを尋ねました。
アイリーンさんの答えは、ユーザーがいま旅のどの段階にいるかに合わせて向き合うことです。スタートアップ専任のチームはスタートアップの言葉を話し、インキュベーターやVCを含むコミュニティの一員として接します。大企業向けには、その企業の拠点に近い場所に身を置き、大企業に重要なソリューションに特化して訓練されたチームを置いているといいます。
専任チームがスタートアップの言葉を話し、インキュベーターやVCを含むコミュニティの一員として接する
企業の拠点の近くに身を置き、業界ごとの要件に通じた専任チームとパートナー網で支える
大企業は業界という視点でも見ています。アイリーンさんは、メディア企業と保険会社では要件が違い、保険金の支払いとメディアのサブスクリプションでは必要なプロダクトも変わると例を挙げました。
スケールしようとするスタートアップへのアイリーンさんの助言は、ユーザーがどこにいて、収益の可能性がどこにあるのかを知ることです。そのうえで、業界で最高かそれに近い存在になれる場所を見定め、そこに集中し続けることを勧めています。
コンビニ、JCB、iDEAL――国ごとの戦略はどう違う?
アイリーンさんは、Stripeが時間をかけて考えている領域として、都市ごと、国ごと、米国では州ごとの戦略を挙げました。会社がスケールしようとするときに減速する原因の1つは、すべてを一度にやろうとすることだと話しています。
宮武さんは、Stripe Tourで日本向けの機能がいくつか発表されたことに触れ、グローバルと地域分散のバランスをどう取っているのかを尋ねました。アイリーンさんは、Stripeは自らを「グローバルローカル」と考えていると答えます。
アイリーンさんによると、国境を越えてお金を動かす事業はどこでも規制を受け、その内容は市場ごとに異なります。さらに重要なのが、国ごとに主要な支払い方法が違うことです。
日本ではコンビニ決済とJCB ── 日本発の国際カードブランド。国内での利用が多く、日本でオンライン決済を提供する際には対応が重要になりやすいとされていますが非常に重要ですが、フランスではそれほどではありません。アイリーンさんは、フランスではカルト・バンケール、オランダではiDEALが重要になると例を挙げています。
| 国 | 重要な支払い方法 |
|---|---|
| 日本 | コンビニ決済、JCB |
| フランス | カルト・バンケール |
| オランダ | iDEAL |
多くのユーザーは国内市場で勝ちたいと同時に、越境展開も視野に入れています。そのためStripeは、ユーザーが要件や課題に気づくのを待つのではなく、先に解決策を持っていくことを心がけていると説明しています。
大企業への拡大を阻む3つの壁とは
宮武さんは、中小企業から大企業への移行でつまずきやすい点を尋ねました。顧客理解の違いが一因ではないかという宮武さんの問いに、アイリーンさんは課題を3つの柱に分けて答えています。
1つ目の柱はプロダクトです。アイリーンさんは、従業員50人未満で処理額5000万ドル未満の顧客向けのプロダクトが、従業員2000人で10億ドルを処理したい企業にもそのまま通用するのかと問いかけます。
2つ目の柱は市場への出方、つまりGo-to-Market戦略です。デジタルマーケティング主導なのか、エンタープライズ向けマーケティングなのか、アカウントベースドマーケティング ── 特定の重要顧客企業を狙いとして定め、その企業に合わせた施策を組み立てるマーケティング手法。大企業向けのBtoB営業でよく使われますなのかで、モデルは大きく変わるといいます。
アイリーンさんは、オンラインの獲得チャネルでユーザーを得ることと、高度な業界の大企業を獲得することでは、必要なスキルも要件もコスト構造も違うと話します。売上につながるまでの時間も異なるため、コストモデルを明確にし、拡大の資金を確保できるかが重要だと述べています。
3つ目の柱は人材です。素晴らしい仲間と創業して互いに深く関わっていても、最初の500万ドルの売上まで導いた経営陣が、1億ドルや10億ドルまで導くチームと同じとは限らないといいます。
アイリーンさんの大きな助言は、自分のネットワークに入り、それを成し遂げた人に話を聞くことです。何がうまくいったかを知り、成長を加速させるものにも妨げるものにも心を開くよう勧めています。
| 柱 | 問い | 具体例 |
|---|---|---|
| プロダクト | 今の製品は大規模顧客にも通用するか | 50人未満の顧客向け製品が2000人規模の企業に耐えるか |
| Go-to-Market | どのモデルで市場に出るか | デジタル主導、エンタープライズ向け、アカウントベースド |
| 人材 | 次の段階を担うチームか | 500万ドルまでの経営陣が10億ドルまで導けるか |
宮武さんは、プロダクトは顧客と話せばある程度わかるものの、2つ目と3つ目の柱は準備ができているかを判断しにくいと指摘しました。アイリーンさんはまず、今いる市場にまだ成長余地があるのか、その成長を取りに行きたいのかを考えることを挙げます。
アイリーンさんによると、成功している市場から早く出すぎる企業もあれば、遅すぎて次の機会を逃す企業もあります。どの段階でも次の投資が必要になるため、バランスシートやフリーキャッシュフロー、EBITDA ── 利払い前・税引き前・減価償却前の利益。本業でどれだけ稼いでいるかを見る指標の1つとして使われますへの道筋が投資計画を支えられるかが、特に今の経済環境では重要だと話しています。
さらにアイリーンさんは、起業家はとても喜んで知見を共有し時間を割いてくれると話します。Stripeは、スケール中の創業者が国内外の成功企業と出会える場とネットワークづくりにも取り組んでいるそうです。インターネット経済は最初からグローバルになり得るので、どの市場も自分の市場になり得るという考え方です。
宮武さんは、Stripeが可能にしたのは「グローバルファースト」の製品や会社をつくりやすくしたことだと受けます。各国で金融規制が違い、国ごとに決済事業者を探す必要があるなか、多くの国で使えるStripeがあれば、日本企業が米国に進出するのもずっと簡単になるという見立てです。
Stripe Atlasのようなものも当然ありますし、(グローバルに使えることは)かなり助けになっていると思います。
アイリーンさんは、ダッシュボードで「日本に行くからコンビニ決済を有効にしたい」「ドイツにいるからGiropayを有効にしたい」と操作するだけで済むほど簡単にしたいと話します。インフラ提供者に徹することで、企業はバックエンドの決済ではなく成長戦略に集中できるという考えです。
Shopifyのようなプラットフォームはどこに位置づくのか
宮武さんは、スタートアップと大企業に加えて、プラットフォームという大きな顧客カテゴリーがあると指摘しました。例に挙げたのは、自社の多くの顧客をStripe経由で支えているShopifyです。
アイリーンさんは、Amazon、Pepsi、BMW、Zaraのように直接取引する企業を「エンタープライズ・ダイレクト」と位置づけたうえで、Stripeにとって非常に重要なカテゴリーがSaaSプラットフォームだと説明します。SaaSプラットフォームはStripeの技術を組み込み、その上にサービスを作って市場に届ける、いわば流通の担い手だといいます。
SaaSプラットフォームには、Shopifyのような業種横断型と、特定業界向けのバーティカルSaaS ── 特定の業界や業種に特化したクラウド型ソフトウェア。業界固有の業務に合わせた機能を持つのが特徴ですがあります。アイリーンさんは、バーティカルSaaSが世界中で急成長しており、次のテクノロジー成長の波になると強く感じていると話しています。
その例として、アイリーンさんはXeroやSageのような会計ソフトから、ペットの医療保険プラットフォームまでを挙げました。1つの企業が、直接取引の大企業、SaaSプラットフォーム、マーケットプレイスという複数の顔でStripeと関係を持つこともあるそうです。
SaaSプラットフォームが重要なのは、世界中の小規模事業者に届き、オンライン決済の障壁を取り除けるからだとアイリーンさんは説明します。Stripeの「Connect」はSaaSプラットフォームを念頭に作られたプロダクトで、プロダクト開発の考え方そのものに関わっているといいます。
宮武さんは、ShopifyがStripeを基盤とする決済を、大企業顧客に入り込む「くさび」にしていると報じられている点に触れ、Stripeにも同様の入り口となるプロダクトがあるかを尋ねました。
アイリーンさんによると、スタートアップ期を過ぎてから出会う大企業の動機はおおむね2つです。1つは事業をデジタル化して市場シェアと売上成長を得ること、もう1つは事業モデルの効率化です。Stripeとしては決済、収益・財務の自動化、BaaS ── Banking as a Serviceの略。銀行機能をAPIなどで他社のサービスに組み込めるようにする仕組みですまで一式を提案しつつ、何を先頭に立てるかは相手次第だといいます。
サブスクリプション製品を先頭に立てることもあれば、レガシーシステムの整理が入り口になることもあります。アイリーンさんは、「世界中に40の決済代行業者を抱えているので、1社にまとめたい」と相談に来る大企業の例を挙げました。Stripeはグローバルに展開しているので、それが可能だと相手も知っているそうです。
宮武さんは、グローバル展開そのものが大企業への入り口になるとは考えていなかったと応じます。アイリーンさんは、多くの関係や技術、連携を管理する負担は大きく、それをStripeに任せて、浮いた資源をより売上につながる取り組みに回す動きが見られると話しています。AIの急拡大で、多くの企業はStripeが作ったものを自前で作れなくなるだろうとも述べています。
社内のAI活用は、週末の試作から始まった?
宮武さんは、StripeのエンジニアがAI活用のベストプラクティスや良いプロンプトを社内で共有しているとX(旧Twitter)で見たと切り出し、社内とプロダクトでの生成AIの使い方を尋ねました。
アイリーンさんによると、Stripeは社内のAI活用にとてもオープンな姿勢を取りました。きっかけは、数人のエンジニアが週末に社内向けのプラットフォームを立ち上げ、AIを全社員の手に渡して試してもらうべきだと提案したことだったといいます。
その結果、働き方をよくする賢い使い方が大量に生まれたそうです。開発でのCopilot ── コードの補完や生成を支援するAIツールの総称として使われることが多い名前です。代表例にGitHub Copilotがありますのような支援から、社外向けの文章をStripeらしいトーンに整えるツールまであります。後者は特に利用が多く、Stripeに入ったばかりで社内の言葉遣いを学んでいる人に役立つと説明しています。
プロダクト面では、アイリーンさんは「Sigma」への組み込みを挙げました。SQLを知らない事業者でも、「次にどの商品で販促すべきか」「直近7日間の売上はいくらか」「ある市場と別の市場で大きな差はあったか」と自然言語で質問できるといいます。以前ならアナリストが1週間かけていたようなデータだと話しています。
SQLを書けないと分析できず、アナリストが1週間かけて集計していた
事業者が自然言語で質問するだけで、売上や市場ごとの差をすぐ確認できる
宮武さんは、日本でも米国でも多くの組織が社員にAIを試してもらうことに苦労していると指摘し、社内の浸透の進め方を尋ねました。アイリーンさんは「Stripeでは問題にならなかった」と答え、テクノロジー好きで好奇心の強い人が多い会社だからかもしれないと述べています。
それでも工夫はあったといいます。ガードレールとガバナンスを設けたうえで、さまざまなモデルに簡単にアクセスできるようにし、社員が作ったものを紹介して全社に広げられる場を設けました。各チームに「AIヒーロー」を置いたことも、浸透に少なからず効いたとアイリーンさんは話しています。
何をプロンプトに書けばいいかわからなければ、(AIを)どう使えばいいかもわからないですよね。
でも社内に、文章を入れるだけでStripeのトーンにしてくれるツールがあれば、すぐに使い方がわかります。
LotusやZaraは、Stripeで何を始めたのか
宮武さんは、アイリーンさんが以前のインタビューで語った、Lotus CarsやZaraがStripeを使って新しい流通チャネルや事業を立ち上げた事例に触れました。大企業側も何をすべきか正確にはわかっていないことが多く、関係づくりが難しいのではないかと問いかけています。
アイリーンさんは、ケースによるとしながら、大企業の内部で社内スタートアップのように動く動きが広く見られると答えます。過去に破壊的な変化を受けた大企業が、二度と同じことは起こさないと決意しているからではないかという見方です。
Lotus Carsは、流通チャネルを通さず、車をオンラインだけで消費者に直接売り、それをStripeで行うという構想を持ったそうです。アイリーンさんは、10年前のLotusのような会社なら典型的なビジネスモデルではなかったが、今は社内で「試してみよう」と受け止められると話します。
背景には、企業が消費者と直接の関係を持ちたいという強い流れがあり、自動車業界ではそれがあらゆるところで見られるといいます。PepsiCoやGatoradeも、これまでしてこなかったオンラインでの消費者直販を始めた例として挙げられました。
Zaraは、自社の服がサードパーティのプラットフォームで再販されているのを見て、リサイクル経済に加わるため自社ブランドの再販プラットフォームをStripeで立ち上げたそうです。アイリーンさんは、事業の中の新規事業は起業家のように速く動けるのが利点だと述べています。
危機感
過去に破壊的変化を受け、同じことを繰り返したくない
社内起業
事業の内部でスタートアップのように新しい試みを始める
直接の関係
消費者直販や自社再販プラットフォームなど、消費者と直接つながる
素早い立ち上げ
Stripeを使って新規事業を短期間で立ち上げる
宮武さんは、日本の小売企業の多くは歴史の大半で卸売だけを行い、消費者と直接の関係を持ってこなかったと指摘します。そのため、Stripeのような企業が直販を速く簡単にすることは、日本にとって大きな機会になると見ています。
急成長しても文化を薄めない方法は?
宮武さんは、組織がスケールするほど文化を保つのが難しくなるとして、Stripeとアイリーンさんの組織がどう対処してきたかを尋ねました。アイリーンさんは、文化をどう扱うかは企業の成長で最も難しいことの1つだと認めています。
アイリーンさんによると、Stripeは年間に数千人規模で新しい社員を迎え入れていた急成長期に、文化が薄まりDNAを忘れる危険があると認識しました。そこで、会社を動かすオペレーティング・プリンシプル(行動原則)を見直すプログラムに取り組んだといいます。
見直しでは、今も正しい原則なのか、アップデートが必要なのかを問い直し、社員やパートナーにも調査をしたそうです。見直しは約2年前で、少人数のグループが4〜5か月かけたと説明しています。
アイリーンさんが避けたかったのは、壁にミッションや原則が貼ってあるのに、社員に尋ねると1つ目で詰まってしまう状態です。目指したのは、社員を10人無作為に選んで聞いても原則を答えられることで、それが成功の姿だと話しています。
そのためにStripeは、原則を採用面接と評価の両方に組み込むことにしました。面接は原則に照らして行われ、上司との業績評価も原則に基づいて行われます。オフィスの壁にも美しく掲示されていて、原則から逃れられないほどだといいます。
アイリーンさんは、現在の原則が永遠に続くわけではなく、会社の成長に合わせて進化させる必要があるとも述べています。25年の業界経験から、決まったルールはなく、微調整が必要なときもあれば何年も通用するときもあり、渦中にいればわかるものだと話しています。
Stripeの第一の原則は「ユーザーファースト」、第二は「緊急性と集中力を持って動く」、第三は「卓越した成果を出す」です。さらに「好奇心を持つ」や、深刻になりすぎないことを表す「Exothermic」のように、振る舞い方に関する原則もあるそうです。
リーダーシップ原則は公開されており、第一は「人材に徹底的にこだわる」です。アイリーンさんは、人こそがStripeの差別化要因になると考え、長く働き続けたいと思える会社にしたいと話します。個人的に好きなのは「リーダーがペースとエネルギーを示す」という原則で、管理職だけでなく全員がリーダーシップを持つという考えだといいます。
文化を率いているのは創業者のパトリックとジョンでもあります。アイリーンさんによると、2人は毎週金曜日に全社向けのオープンなファイアサイドチャットを行い、社員は何でも質問できるそうです。会社が大きくなると創業者やCEOがやめてしまいがちなこの習慣を、Stripeは続けているといいます。
本当かどうかはわかりませんが、Stripeの初期は全員が何にでもCCに入っていて、インターンでもパトリックとジョンが顧客と何を話しているか見られたそうです。
宮武さんは、そうした透明性と記録の文化がStripeをStripeたらしめてきたと話し、毎週の対話もその延長にあると受け止めています。
日本市場は、Stripeにどう見えているのか
宮武さんは、米国や他の国と比べて日本の顧客基盤やビジネスの進め方に違いを感じるかを尋ねました。アイリーンさんは、Stripeは日本に長く拠点を置き、プロダクトとエンジニアリングのチームまで日本にあることは珍しいと説明します。
アイリーンさんは、日本には企業がデジタル化を加速させる大きな機会があると話します。世界のデジタル経済の統計を見ると、日本が世界平均に追いつくにはまだ長い道のりがあり、Stripeはその生態系で重要な役割を担いたいと考えているそうです。
来日中には、VCやスタートアップとの昼食会もあったそうです。アイリーンさんが何が大事かを尋ねると、「国内で成功したいが、本当はグローバルプレーヤーになりたい」という答えが返ってきたといいます。アイリーンさんはこの様子を「日本には野心が欠けていない」と表現しています。
アイリーンさんは、以前は「シリコンバレーに行ったことがない」という声もあったが、今の日本の起業家はシリコンバレーを頻繁に行き来し、つながりも強いと話します。大企業側でも日産と会い、社内で進むイノベーションに感銘を受けたそうです。
イベントではパートナー向けのフォーラムも開かれ、会場は満員だったといいます。プラットフォーム、サービス、テクノロジーといった多様なパートナーが集まったと説明しています。
アイリーンさんは、世界で学んだことや他の市場の事例を日本企業に届けることに加え、ShopifyやUberのように日本に進出したい海外企業を支えることも重要だと話します。国内の日本企業とグローバル展開企業の両方で成長が見えているという見方です。
国内で成功しつつグローバルを目指すスタートアップや、日産のような大企業の取り組み
ShopifyやUberのように日本に進出し、決済基盤を必要とする海外企業
ゴールから逆算するメンタルモデルとは
締めくくりに宮武さんは、アイリーンさんがチャーリー・マンガーのファンだと以前語っていたことに触れました。チャーリー・マンガー ── ウォーレン・バフェットの長年のパートナーとして知られた投資家。多様な学問分野の考え方を意思決定に使う「メンタルモデル」の提唱で有名ですの著書はStripe Pressからも出版されています。
宮武さんの質問は、アイリーンさんがStripeでの仕事に持ち込んでいるメンタルモデルは何かというものです。アイリーンさんが最もよく使うと挙げたのは、最終的なゴールから逆算する考え方でした。
アイリーンさんは、企業と向き合う際に「どこにたどり着きたいのか」を問い、そこから逆算するといいます。逆算はデータの観点、市場の観点、内から外・外から内の観点で行い、新製品の投入、新しい国への進出、新しい顧客層や業界への参入など、次に進む方向がはっきりするそうです。
このメンタルモデルは、キャリア相談やメンタリングでも使っているとアイリーンさんは話します。「CEOになりたい」と言う人には、「では、そこから逆算しよう」と返すそうです。シンプルで拠り所にしやすく、そこから組み立てていける考え方だと説明しています。
「クラフトと美しさ」にゴールはあるのか
宮武さんは最後に、Stripeを好きな理由の1つとして、パトリック・コリソンがポッドキャストやStripe Sessionsで語ってきた「クラフトと美しさ」へのこだわりを挙げました。宮武さんは、この姿勢が職人の多い日本とよく響き合うと話しています。
米国のテック業界で、ソフトウェア企業がここまで(クラフトと美しさに)こだわるのは、珍しくあるべきではないけれど珍しいと思います。
アイリーンさんは、Stripeはクラフトと美しさに強くこだわっているとしつつ、目指す水準に届いていないことも多いと認めます。「やり遂げた」と思っても、実際にはいつももっとやれることがあるからです。
アイリーンさんは、この取り組みにはゴールがなく、Stripeはゴールがないことを気に入っていると話します。ユーザーがプロダクトにひそかに喜ぶことを目指し、それは技術だけでなく、Stripeと接するあらゆる場面での体験にも当てはまると述べています。
まとめ
アイリーン・オマラさんの話からは、Stripeがユーザーファーストの原則を軸に、顧客の段階・業界・国ごとに向き合い方を変えながら、スタートアップから大企業、SaaSプラットフォームまで顧客基盤を広げてきたことがわかります。組織文化やAI活用も、原則を仕組みに組み込み、使いやすい形で全社に広げる点で共通しています。
- スタートアップ専任と大企業専任のチームを分け、顧客がいる段階や業界に合わせて向き合っている
- 大企業への拡大では、プロダクト、Go-to-Market、人材の3つの柱を見直すことが重要とされる
- SaaSプラットフォームは流通の担い手であり、特にバーティカルSaaSが次の成長の波と見られている
- 行動原則を採用面接や業績評価に組み込み、急成長しても文化が薄まらないようにしている
- アイリーンさんは日本にデジタル化の大きな機会があると見ており、国内から世界へ、世界から日本への両方の成長を支えたいと話している


