11月1日、Off Topicが日本でミートアップを開催
番組の冒頭で、草野さんと宮武さんは、久しぶりにOff Topicとしてイベントを開くことを告知しました。日程は11月1日の金曜日の夜です。
宮武さんによると、Off Topicが何かしらのイベントを開くのは4月以来で、ファンミートアップとしてはサンフランシスコに続く2回目になります。日本での開催はかなり久しぶりだといいます。
ちょっと今回は普通に私と宮武さんだけ、ゲストなしで緩めに。コンテンツはまだ決められてないんですけど、やりたいなっていうところで。
このミートアップはゲストを呼ばず、公開収録でもない予定です。宮武さんはQ&Aを候補に挙げ、草野さんは参加者の話も聞きたいと話していました。イベントのリンクは概要欄に掲載されています。
スタートアップはなぜ「悪役」を演じるのか
本題は、前回から続く「悪役の作り方」です。宮武さんは、競合や特定の人物を悪役に据えるのは単純なやり方で、実際はもっと複雑だと切り出します。
宮武さんによれば、エンタメで物語を作るときと同じように、スタートアップやブランドも、悪役にバックストーリーを与えたり、どのレベルの悪役なのかを考えたりする必要があります。
最初に挙げられたのは、会社自らが悪役の役割を果たすパターンです。悪いことをするのではなく、悪ふざけ的な態度や性格のブランドを作るという意味です。
やっぱりヴィラン役、悪役の方が好きっていう人って結構いると思うんですよね。そのストーリーの中で。
宮武さんは、スタートアップの反抗心は、内側から見ればヒーロー的な反乱でも、一般社会から見ると少しヴィランっぽく映るのではないかと指摘します。草野さんは「そういう表現は初めて聞きました」と反応しています。
事例として、宮武さんはまずSalesforceを挙げました。競合の大きなイベントで抗議し、偽のテレビ局を連れてきて報道を始めたという逸話です。
次はWePayです。PayPalを競合として意識していたWePayは、PayPalのイベント会場に巨大なアイスブロックを持ち込み、中にお金と「PayPalは口座を凍らせます」という趣旨の言葉を入れて置いていったといいます。
さらに、マーク・ザッカーバーグがセコイア ── シリコンバレーを代表するベンチャーキャピタル、セコイア・キャピタルのこと。AppleやGoogleなど多くの有名企業に初期投資してきましたとのミーティングにパジャマ姿で現れ、「我々に投資するべきではない理由」のピッチデッキを発表した話も、宮武さんは悪役的なふるまいの一例として紹介しています。
アンチをユーモアで返すブランドの難しさ
草野さんは、アンチや反対意見をユーモアで打ち返すブランドの姿勢が、正統派のヒーローではないやり方として悪役っぽさにつながるのではないかと受け止めます。
それですみませんとか言わずに、真面目に対応するとかじゃなくて、もっとそれを面白く返すみたいなのって、なんかアンサーソング的な、やり方ってすごく面白いなと思います。
宮武さんは、こうしたやりとりはみんなが見える公共の場で起きるため、インターネットに合ったやり方かもしれないと応じます。自虐ネタのような発信も増えているといいます。
ただし宮武さんは、ふざけた悪役のポジションを持つにはまず勇気が要り、それを貫いてブランドにフィットさせる必要があると話します。ただのネタとしてやっているのか、会社として投資して取り組んでいるのかで違いが出るという見方です。
草野さんは、SNSアカウントの運営担当者の性格とブランドの性格がずれる場合もあると指摘します。宮武さんも、自分がやっても途中で違う面が出て違和感が生まれるはずで、本気のコミットが必要だと話しています。
草野さんは、ギリギリのラインを攻めることが大事だとし、ファンが喜ぶ反応がアンチを常に上回っていなければならないと話します。宮武さんは、そこにこそ落とし穴があると続けます。
どんどん前のネタよりもすごいネタを出さないといけないっていうプレッシャーを感じて、どこかのタイミングでアウトなものを出してしまうっていうのが多分一番やりがちなパターンだと思うので。
悪ふざけ型ブランドの運用は、エスカレートの圧力と、やらなすぎて退屈になるリスクの間で揺れ動くものとして語られています。
ネタで注目を集める
ギリギリのラインを攻めてファンを喜ばせる
「次は何をやるの?」
期待が高まり、前より強いネタが求められる
プレッシャーが増す
ネタをエスカレートさせ続ける
一線を越える
どこかでアウトなものを出してしまう
Duolingoのデュオくんと、ジャガーの「Good to be bad」
宮武さんが、自ら悪役を演じる現代のわかりやすい事例として挙げたのがDuolingoです。キャラクターのデュオくんがヴィラン役として「結構やばいこと」をしていて、キャラクターだから許されている面があるといいます。
草野さんは、クレイジーなことをする存在だとみんなに認知されると一番やりやすいと話し、宮武さんも、そうなると変に思われなくなると同意します。
宮武さんによると、デュオくんがこれまでに犯した「犯罪」の履歴をまとめているファンページまであります。並んでいるのは、誘拐、ストーカー、拷問、泥棒、殺人です。
Duolingoが出したTikTok動画で、「これが自分のヴィランオリジンストーリーだ」みたいな、キャプションで出してる動画とかもあるので、やっぱりちゃんとそれを認識した上でやってるっていうところですね。
もう一つの事例は、宮武さんが好きだという自動車ブランド、ジャガーのコマーシャルです。10年以上前のキャンペーン「Good to be bad」では、ヴィラン役を多く演じてきたイギリスの俳優たちが、なぜイギリス人がよく悪役を演じるのかを解説します。
オチは「でも全員最終的にはジャガーに乗ってますよね」という一言です。宮武さんは、黒くて見た目が少し怖いジャガーが悪役っぽいイメージを公式に引き受けた点がいいと話し、出演者としてロキ役のトム・ヒドルストン、ベン・キングズレー、マーク・ストロングの名前を挙げています。
草野さんは、みんなが思っている「あるある」を公式がやってしまうのがいい、と評価しました。
アメリカの映画で悪役がイギリス英語を話す理由
ジャガーのCMの話から、宮武さんは、アメリカではイギリス人、あるいはイギリス英語を話す悪役がとても多いと話を広げます。草野さんは、それが差別的だと指摘されないのかと尋ねました。
宮武さんによれば、人種差別としてそこまで指摘されたことはないそうです。例として、英語版のディズニーアニメでは、美女と野獣のガストン、アラジンのジャファー、ライオンキングのスカー、白雪姫の女王、クルエラなどの悪役がイギリス英語を話していると挙げます。
スターウォーズでも、カウント・ドゥークを演じたクリストファー・リーや、パルパティーンを演じた俳優はイギリス人です。前回話したAppleの「1984」のCMに出てくるビッグブラザー役もイギリス人だといいます。
宮武さんは、ハリウッド映画の悪役によく見られるのはイギリス英語、ロシア系、ドイツ語、アラブ系などのアクセントで、共通点は「アメリカと敵対したことがある国」だと整理します。戦争のときのプロパガンダで、相手が悪いと表す映画が作られてきた背景があるという見方です。
草野さんが挙げた北欧系の悪役、たとえばデンマーク出身のマッツ・ミケルセンについては、アメリカと戦争したことがない国のため、宮武さんはこの説明から外れる特別な例かもしれないとしています。
宮武さんは、イギリス英語が選ばれるもう一つの理由として、ヒーローとヴィランの役割の違いを挙げます。
ヴィランは計画を持つべきなんですよ。ヒーローは計画を持つべきではないんですよ。
宮武さんによれば、計画を持つことは知性を表し、アメリカではイギリス英語の響きが、ロイヤルファミリーや『ダウントン・アビー』のようなエリート層を連想させます。そのため、イギリス英語は「頭がいい悪役」に合うと考えられています。
草野さんは逆に、アジア系の人物はコミックリリーフ、つまりお笑い担当になりがちだと話し、ドラマ『シリコンバレー』の例を挙げました。宮武さんも、だいぶ変わったものの、そうした立ち位置は多かったと同意しています。
宮武さんは、元々アメリカと敵対していた日本のアクセントが、ここ20〜30年あまり悪役として出てきていないことは、だいぶ変わった証拠だと受け止めています。
完璧なスーパーマンより、アンダードッグが共感される
宮武さんは、昔のスーパーマン的なヒーローは新しいことをしない存在だったと話します。世界を変えようとするのはヴィランで、ヒーローはそれを止めて日常に戻す役割でした。
そのため、世界を変えようとするスタートアップにとって、古典的なヒーローとヴィランの関係は物語としてあまり望ましくない、と宮武さんは指摘します。
昔、それこそスーパーマンって親近感がほとんどないんですよ。完璧すぎるんですよね、人として。
宮武さんは、スーパーマンはエイリアンで完璧でも成り立つ一方、親近感は湧かず、感情的で不完全なヴィランの方が親しみを持たれやすいと話します。そこからスパイダーマンやバットマンのように、トラウマやいじめ、失敗を抱えたヒーローへと進化したといいます。
スパイダーマンを生んだスティーブ・ディッコとスタン・リーは、外から来るヒーロー像を変えようとしたことで知られています。宮武さんは、メガネだけで正体に気づかれないクラーク・ケントと、人として気づかれていじめられるピーター・パーカーの違いにも触れ、草野さんと笑い合っています。
外から来た完璧な存在。みんなが助けを待ち、来れば全部解決する。親近感はほとんどない
街に住む子どものアンダードッグ。トラウマやいじめ、失敗を抱え、親近感がある
宮武さんの結論は、スタートアップが自分をヒーローとして見立てたいなら、アンダードッグになることが重要な立ち位置だというものです。
大きな敵、悪に対して、自分の力だけだと足りないっていうのを多分見せるべきだと思うんですよね。
スーパーマンのように一人で全部を救うのではなく、ファンが商品を買って支援しないと悪を倒せない、という参加型のストーリー設計が必要になると宮武さんは話します。
この語り方で大きな会社になった例がShopifyです。宮武さんは、CEOのトビアス・リュトケ氏の「Amazonは帝国を作っていて、Shopifyは反乱軍に武器を与えている」という言葉を紹介し、その武器がShopifyというツールだと説明します。
Bandit Runningの「アンスポンサード・プロジェクト」
アンダードッグを作る事例として、宮武さんはランニングウェアブランドのBandit Runningを紹介します。今年のオリンピックのアメリカ予選で話題になったブランドです。
予選では多くの選手がナイキやアディダスなどのロゴ入りウェアで走る中、ロゴのない真っ黒なウェアを着た選手たちがいて目立っていました。それがBandit Runningのキャンペーンでした。
Bandit Runningが注目したのは、ランニング業界のお金の問題です。宮武さんは、トップ中のトップの選手だけが巨額の契約を手にしている例を挙げました。
| 選手 | スポンサー | 契約内容 |
|---|---|---|
| アンドレ・デグラス | プーマ | 2015年に約1100万ドル、年間約230万ドル |
| ウサイン・ボルト | プーマ | 年間約1000万ドル |
| シャカリ・リチャードソン | ナイキ | 5年で2000万ドル |
一方で、イベントやオリンピックの上位3人、決勝に出るレベルでないとスポンサーはなかなか付きません。付いても多くは年間8万〜15万ドル程度だといいます。
陸上にはプロリーグがないため、ランナーの収入源はほぼスポンサーだけです。宮武さんによれば、億単位をもらえるのは数十人程度で、オリンピック出場選手にもスポンサーなしの人は珍しくありません。
スポンサーのない選手の多くは普通の仕事をしながら、レース参加費や遠征費、ホテル代、コーチ代を自分で払っています。良いウェアを作るのはロゴ入りのメジャーブランドに限られるため、支援を受けていないのに無料で宣伝する形になってしまいます。
そこでBandit Runningが始めたのが「アンスポンサード・プロジェクト」です。今回は35人のアスリートに、イベント参加費や宿泊費、渡航費をキャッシュで支払い、ロゴのない黒いウェアを渡しました。
その契約が2週間の契約なんですよ。
2週間という短期契約なので、予選で好成績を出した選手がナイキやアディダス、プーマから声をかけられたら、すぐに提携できます。リオ五輪の金メダリストで、今はスポンサーを受けていない選手もこのプロジェクトに参加したそうです。
提携した選手が他社へ移ってしまうため、短期的には損に見えるかもしれません。それでも宮武さんは、コミュニティ作りやアスリートからの愛情を得られる大きなアップサイドがあり、アンダードッグを応援する役割を果たしたブランドだと評価しています。
スケールしたスタートアップは「ラスボス」の後にどうするか
草野さんは、シリコンバレーのカウンターカルチャーとアンダードッグは、既存の価値観や規範に対抗して新しいものを作るという点で近い文脈にあると話します。
宮武さんは、どのスタートアップもゼロから始まり、たいていは強豪がいる中で小さなプレイヤーとして出発するため、最初はアンダードッグ精神を活用しやすいと話します。
ただし、スケールするほどアンダードッグらしさは失われます。宮武さんは、今のGoogle、Apple、Amazonのような大手テック企業はアンダードッグではないと指摘します。
ヒーローがどんどん敵を倒すのと同じで、なんかラスボスを倒してしまったらどうするのかっていう。
宮武さんは、新しい悪役を作るのか、実は影にもっと大きな悪役がいたという物語にするのか、自ら悪役を演じるのか、その設計がとても難しいと話しています。
HYBEや吉本に見る「運営を悪役にする」構造
草野さんが思い浮かべたのは、BTSやNewJeans、LE SSERAFIMを抱えるK-POPの巨大企業HYBEです。アイドルに何か悪いことが起きると、ファンにとって運営が敵になり、「HYBE何やってんの?」という空気が生まれます。
草野さんは、日本のお笑い最大手の吉本でも、芸人さんが「うちの事務所良くないから」と事務所をいじる構図があると話します。巨大な組織の中にいながら、カウンターであり続けられる点が面白いという見方です。
悪役が、もっとHQというか、もうヘッドクオーターに悪役になってもらって、サービスは、なんだろう、ヒーローみたいな。
宮武さんは、ヒーロー側が大きくなれば本社側も大きくなるため、この構造ではループが消えず、悪役が居続けるのがいい設計だと応じます。草野さんは、そのサイクルを回しているのも大本だと付け加えました。
宮武さんは、HBOの番組でジョン・オリバーが親会社をいじる例も、このループの一例だと挙げます。エンタメ業界にはある構造なのに、ソフトウェアやリテールのブランドがあまり活用していないのはもったいないと話しています。
草野さんはソフトウェアでの小さな例として、ユーザーが新機能を求めたとき、コミュニティマネージャーが「本当にそうですよね」と寄り添い、社内を調整して実現してくれる仲介役の関係を挙げました。
ピクサー作品の悪役はヒーロー自身なのか
宮武さんは、良いストーリーほど悪役は1人とは限らず、複雑な設計になっていると話し、ピクサーのヴィランの作り方を紹介します。ピクサーはヒーローズジャーニー ── 神話学者ジョーゼフ・キャンベルが整理した物語の型。主人公が旅立ち、試練を経て成長し帰還するという構造で、多くの映画脚本に使われていますの設計で物語を書くことが多いといいます。
宮武さんが紹介するのは、ピクサーでは「ヒーロー自身が悪役なのではないか」という説です。わかりやすい例がトイ・ストーリー1のウッディで、持ち主アンディのいちばん人気のおもちゃの座を奪われて嫉妬し、バズを窓から突き落としてしまいます。
宮武さんは、1980〜90年代のディズニー黄金期のジャファーやスカー、アースラのような明確な悪者とは、だいぶ違う立ち位置だと話します。
他の作品でも、『カールじいさんの空飛ぶ家』のカールは過去に取り残され、『カーズ』のライトニング・マックィーンは傲慢で、『インサイド・ヘッド』のヨロコビは自分のことしか考えていません。主人公の欠点そのものが、ヴィラン役の一部を演じています。
一方で、はっきりした悪役がいるときは、最初はいいリーダーに見えて後で悪かったとわかる人物が多いと宮武さんは指摘します。ウォーリーのオート、トイ・ストーリー2のプロスペクター、トイ・ストーリー3のロッツォ、『カールじいさんの空飛ぶ家』のチャールズ・マンツなどです。
上の立場にいる相手に、主人公と周りが一緒に立ち向かうアンダードッグの構図を作る。誰を信じるべきかを問いかける
主人公の欠点が悪役の一部を担い、それを乗り越えて成長することで親近感を生む
悪役は1人より複数のレイヤーで
宮武さんは、スタートアップがピクサーと同じ構造を作るべきかは置いておくとしたうえで、重要なのは悪役がより複雑であり、場合によっては複数レイヤーのヴィランが必要になることだと話します。
宮武さんによれば、事務所をいじるネタも毎回はできず、続けると面白くなくなります。そこで、ライバルグループを作るなど別のレイヤーの悪役を用意するという考え方です。
ストーリーを作る上で、常に何か大ごとな、そのヴィラン役を作ってしまうとカロリー高すぎるんですよね。
絶対的な悪の組織を設定すると、スタートアップでは少なくとも5年以上倒せず、ファンに「5年待ってくれ」と言うのはつらいと宮武さんは話します。小さな悪役を1つずつ倒していく様子を見せる構造が大切だという考えです。
草野さんが「ハリー・ポッターでいうとマルフォイ」と例えると、宮武さんも同意し、レイヤーを整理しました。
宮武さんによると、ハリー・ポッターの最初の本『賢者の石』だけでも、10人ほどの悪役が出てくると言われているそうです。
宮武さんは、1つの敵を作るのは簡単でも、みんなが期待しているのはそれではないと話します。マルチレイヤーのヴィラン構想にすることで、より楽しめて、物語にバリエーションが生まれるという見方です。
最近の悪役は「ちょっと憎い」くらいが多い?
草野さんは、最近の映画では「この人が悪役」とはっきりわかる作品があまりないと感じているといいます。誰にでも悪い部分といい部分があり、悪役なのに完全な悪ではない人物が多く、そこが複雑になったと話します。
宮武さんは、それを「ちょっと憎い」感じと表現し、どういう育ちでそのキャラクターになったのかが見えるため共感できる、と応じます。
草野さんが「有名なヴィラン映画」を調べたところ、出てくるのは昔の映画が多かったそうです。宮武さんは、スーパーヒーロー系ならロキになるものの、それも10年以上前だと話し、『ブレイキング・バッド』や『ザ・ボーイズ』のような悪いヒーロー的な役も増えたと指摘します。
草野さんが「ヒーローも変わってきたのか」と尋ねると、宮武さんはダークな要素は加わったものの、30〜40年前からそこまで大きくは変わっていないと答えます。
宮武さんによれば、かつてアメリカの映画業界には「ヒーローが人を殺したら、最終的にヒーローも死ぬ」という鉄板ルールがあったそうです。そこからは変わったものの、むしろ複雑化しているのはヴィラン役の方ではないか、というのが宮武さんの見立てです。
TikTokは広告ではなく「テレビ番組」として扱うべき
ここから話題は、ブランドのIP化に移ります。宮武さんは、テレビやInstagramの広告だけではストーリーが十分に伝わらず、プロダクトのコモディティ化も進んで、プロダクト中心のブランド作りは難しくなっていると話します。
多くのブランドから「TikTokで大きくなりたい」「バイラルするアイデアはないか」と相談されるものの、宮武さんはそこにTikTokの扱い方の勘違いがあると感じているそうです。
宮武さんは、好きなクリエイターを探しに行くYouTubeのアクティブな体験に比べ、TikTokは完全に受動的で、テレビのチャンネルを次々変える感覚に近いと説明します。
ところが今のブランドの使い方は、オーバーなインフォマーシャル ── 情報番組のような形式で商品を長時間紹介するテレビ通販型の広告。実演や大げさな演出で視聴者の購買意欲を刺激するのが特徴ですのように、必死に注目を集めようとしすぎていると宮武さんは見ています。
ブランド自身がもっとテレビ番組を作る。感覚でTikTokを考えるべきかなと思っているんですけど。
良い事例として紹介されたのが、マンハッタンの外にあるニューヨークのカーディーラーです。人気ドラマ『ジ・オフィス』によく似たTikTokシリーズを、ディーラーに入った新卒の女性が考え、チームメンバーと毎週制作しています。
宮武さんは、最初は顧客のコンバージョンにはつながらなくても、ブランドのIP化という意味では未来の需要を作っていると評価します。TikTokで何かやりたいなら、どんなテレビ番組のジャンルを作りたいかを考えてもいい、という提案です。
草野さんは、シットコムがショート動画のフォーマットに合うという話や、ブラウザのArcが作っている番組を挙げます。ブランド名を前面に出さず「◯◯ by Shopify」くらいの距離感がちょうどいいのかもしれない、と話していました。
ラグジュアリー、スポーツ、子ども向けブランドはなぜIP化しやすいのか
宮武さんは、ブランドをどこまで出すかは難しい判断で、最終的にコンバージョンにつながらなければ意味がないと前置きします。そのうえで、歴史のあるブランドはすでにIP化に取り組んでいると話します。
例として、映画『ココ・アヴァン・シャネル』や『ハウス・オブ・グッチ』、メディア・エンタメ系の会社を作ったLVMHが挙がりました。ドラマ『サクセッション』によって、意図せずロロ・ピアーナが人気になり、クワイエット・ラグジュアリー ── ロゴを目立たせず、素材や仕立ての良さで上質さを示す控えめな高級ファッションの潮流が流行した例もあるといいます。
ほかにも、ナイキの映画『AIR』やドキュメンタリーシリーズ、映画『バービー』、クレヨンブランドのCrayolaがMoonbugと組んだ子ども向けアニメ、テトリスなどが挙げられました。
| ブランドの種類 | 連携しやすいコンテンツ | 例 |
|---|---|---|
| ラグジュアリー | 歴史・ドラマ | ココ・アヴァン・シャネル、ハウス・オブ・グッチ |
| スポーツ | ドキュメンタリー | ナイキのAIR、ドキュメンタリーシリーズ |
| 子ども向け | アニメ | CrayolaとMoonbugのアニメシリーズ |
| 新興ブランド | 未開拓のジャンル | シットコム、コメディ、ホラー、リアリティショーなど |
宮武さんは、新興ブランドは既存のブランドがまだ押さえていないシットコムやコメディ、スリラー、ホラー、リアリティショー、SFといったジャンルからアイデアを出すのも一つの手だと話します。SFは予算が難しいかもしれない、とも付け加えています。
そのうえで宮武さんは、プロダクトをもとにIPを作る流れの先に、「IPファースト」な世界が来るのかが気になっていると話しています。
病院が映画スタジオを作る時代
草野さんが「IPファースト」の例として挙げたのが、医療システムの会社Northwell Healthです。コロナ禍のニューヨークの第一波を描いたドキュメンタリーを制作し、それを機に、医療従事者の働く姿や健康問題を伝える映画スタジオを作ったといいます。
そういうドキュメンタリーとかは、その業界じゃないと入り込めないところみたいなの、まあ理解ちゃんとしてるみたいなのとかはすごく相性良さそうだなっていうのは思いますね。
宮武さんも、その業界にいないと得られないアクセス権や裏方の情報は多いと応じます。草野さんは、アメリカや韓国ではYouTubeを番組として運営するブランドが多く、日本でも増えていいのではないかと話しました。
一方で宮武さんは、メディアは先行投資してもリターンがすぐ出ないため難しく、アメリカでさえYouTubeに本格投資するブランドは少ないと指摘します。プロダクトを作ることとストーリーを作ることは別物だという見方です。
草野さんは、Netflixのような大型配信プラットフォームという流せる場所がある今なら、こうした自社制作は増えそうだと話します。宮武さんも、ニッチなコンテンツを求める人が増えているため、特定のドキュメンタリーにも関心を持つ人は出てくるだろうと応じました。
ブランドストーリーには名悪役を
締めくくりに宮武さんは、うまくストーリーテリングできている会社はスタートアップでも大企業でも限られているとしたうえで、ストーリーにはエンタメ性と同時に、会社の倫理や道徳を伝える役割があると話します。
いわゆるそのブランドの宗教性をいかにちゃんと伝えられるかっていう話。で、結局例えば聖書を見ても、あれっていろんなストーリーなんですよね、結局。
宮武さんによれば、聖書には「これをやれ」というルールが明確に書かれているわけではなく、エンタメ性のある物語の中でモラルを伝えています。ブランドのストーリー設計も同じで、その中でヴィランは必須ではないものの、物語を盛り上げ、新しい方向へ導く存在だといいます。
ヴィラン好きの多さの例として、宮武さんはディズニーが「ヴィランランド」を作ると発表したことに触れます。草野さんと宮武さんは、匂いや暗さをどう演出するのか、ディズニーシーのアリエルのエリアのように室内で煙が出るのかと想像を膨らませていました。
宮武さんは、ヴィランについての研究はさまざまあっても、スタートアップの視点からの研究は少ないと話します。ブランドをテレビシリーズやIPとして見ることは、必要なシフトになるのではないかという考えです。
宮武さんは、単に面白いストーリーを作るだけではブランドとして成立せず、お金を出してくれるファンにつなげることが重要だと話して、この回の議論を締めくくりました。
まとめ
この回では、スタートアップやブランドが物語を語るときの悪役の置き方を、自ら悪役を演じる例、アンダードッグとしての立ち位置、複数レイヤーのヴィランという3つの観点から整理し、その先にあるブランドのIP化まで議論が広がりました。
- Salesforce、WePay、Duolingoのように、会社自らが悪ふざけ的な悪役を演じる手法がある。ただしエスカレートしてアウトになるリスクと、本気のコミットが求められる
- ヒーローを名乗るなら、完璧なスーパーマンではなく、ファンの支援を必要とするアンダードッグが有効で、ShopifyやBandit Runningがその好例として語られた
- ラスボスを倒した後も物語を続けるには、HYBEや吉本のような「運営が悪役」の構造や、ハリー・ポッターのようなマルチレイヤーの悪役設計が参考になる
- TikTokは広告枠ではなくテレビ番組を作る場として捉え、ブランドをIP化することで長期的なファンを生み出せるという提案がなされた


