2009年創業でセコイアに並んだVCとは?
Off Topicで続いてきたVCトピック4部作は、この回で最終回です。草野さんは前回のセコイアとアクセルの回を振り返り、ダグ・リオンさんの逸話などが特に面白かったと話しています。
宮武さんは、長く成功しているVCには人材育成やチーム力、共有されたメンタルモデルといった理由があると振り返ります。そのうえで、この回の主役であるアンドリーセン・ホロウィッツは、2009年の創業から短期間でセコイアに並ぶ規模になった点がすごいと評価しています。
宮武さんによると、アンドリーセン・ホロウィッツは約28ビリオンドルの資産を管理し、在籍者は300人近くになっているそうです。そのうちGP ── ゼネラル・パートナーの略。VCファンドの運営責任を負い、投資判断に権限を持つパートナーのことですは20〜25人ほどで、90%以上はGPではないマーケティングなどの担当者です。
いい案件っていうか、大体のやつに全部アンドリーセン入っててすごいなって、やっぱ。「これもか」っていう。
アンドリーセン・ホロウィッツはシードからグロースまで全ステージに投資するVCです。この回では、そのやり方が本当に成功しているのか、投資判断の仕組み、そしてスケールの方法を深掘りしていきます。
ライバルVCが記者に送った「タレコミ」の中身
アンドリーセン・ホロウィッツの成否が問われた有名な場面として、宮武さんは2015年のニューヨーク誌のインタビューを紹介します。マーク・アンドリーセンさんへの取材の前日、記者のもとにあるライバルVCからメールが届いたといいます。
そのライバルVCは、アンドリーセン・ホロウィッツの投資先を分析し、どれくらい儲けられるのかを計算していました。グロースステージへの追加出資も多いことから、投資先の平均持ち分は約7.5%と推定されています。
その前提に立つと、当時の4つのファンドで5〜10倍のリターンを出すには、投資先の累計時価総額が240〜480ビリオンドルにならなければならない、という計算になります。ライバルVCは「全部のFacebook、Uberに投資しないと数字が合わない」と主張していました。
実際の平均持ち分は8%で、推定との差は0.5%しかありませんでした。宮武さんは、そのVCもかなり時間をかけて分析したのだろうと笑います。
(マークさんは)「いや、まあテック業界もっと大きくなるからね」みたいな感じで返したんですけど、まあ結果を見ると、マークさんが正しかった。
宮武さんによると、Coinbase、Roblox、Slack、Airbnb、Pinterest、Instacart、Robinhoodなどの投資先を合わせると、すでに240ビリオンドルは超えているそうです。
見送って後悔したUberの案件
アンドリーセン・ホロウィッツにもミスはあります。宮武さんは、VC業界では投資して失敗するより、見送った会社が大成功するほうが後悔が大きいと説明します。
投資して失敗しても1倍しか損しないので。でも見送ってその会社が大成功すると、毎日それをニュースで見ないといけないんで。
気持ちめちゃめちゃ損してますもんね。
金額面でアンドリーセン・ホロウィッツが最も後悔した見送り案件は、Uberだと考えられています。2011年秋、コンシューマー領域の担当でPinterestやAirbnbを手がけて波に乗っていたジェフ・ジョーダンさんのもとで、UberのシリーズBをリードする予定でした。
当初は時価総額300ミリオンドルで入る予定でしたが、マークさんが最後に難色を示し、トラビスさんとの会食で「220ならやります」と条件を下げました。噂では、トラビスさんはそれでも受けたかったといいます。
ただ、裏ではアンドリーセン・ホロウィッツはあまりやりたくなかったという噂もあります。220ミリオンドルの提示にほかの条件も加えた結果、トラビスさんはノーを出し、最終的にMenlo Venturesがリードしました。
アンドリーセン・ホロウィッツはその後Lyftに投資します。宮武さんは、Uberを見送ったのとほぼ同じ時期に、マークさんが有名な「ソフトウェアが世界を飲み込む」という記事を出していたことにも触れています。
一件ではなくポートフォリオで評価する理由
宮武さんは、見送りによる失敗はVCにとって当たり前のことだと話します。マークさんによれば、トップティアのVCに共通しているのは、その世代を代表するスタートアップへの投資をほとんど逃していることだそうです。
そのためアンドリーセン・ホロウィッツの社内では、担当者の成否を一件一件の投資ではなく、ポートフォリオで評価しています。担当者ごとの投資先全体、ファンド全体、ゲームなどの分野ごとに成果を見ているといいます。
たとえば力を入れているゲーム領域では、少なくとも10社ほどに投資し、その分野に入った判断が正しかったかを10社全体で判断します。1社の失敗で評価が決まるわけではありません。
宮武さんによると、トップティアのVCでも失敗率はおよそ50%で、儲かった分が損失を上回ればよいという考え方です。そのリターンは1件から来ることもあれば、3件から来ることもあります。
(VCは)その打率が低いのを取りに行くっていう話なので。なんで、その人はそれでちゃんと評価されるべきだと。
10社に投資して9社が潰れ、1社が大成功した場合、ほかの業界なら運や一発屋と見られがちです。それでもマークさんは、その担当者を正当に評価すべきだと考えています。草野さんは、VCは長期戦で、危うく見えた会社が3〜4年後にホームランになることもあるので評価は難しいと応じました。
Amazonの「Your margin is my opportunity」と似た戦略
宮武さんは、アンドリーセン・ホロウィッツの会社としての戦い方がAmazonと似ていると話します。ジェフ・ベゾスさんの「Your margin is my opportunity」は、赤字を覚悟して低価格を提供し、長期的に勝つという考え方です。
Amazonは自社が勝つだけでなく、競合も値下げするしかない状態をつくり、業界のエコノミクスそのものを変えました。アンドリーセン・ホロウィッツも同じように、赤字を覚悟で多くの人を採用し、投資先へのマーケティング支援などを行っています。
赤字覚悟の採用
マーケティングなどの支援人材を大量に抱える
支援の提供
投資先にさまざまなサービスを提供する
案件が集まる
よりいい案件が集まる仕組みになる
業界が反応
セコイアもマーケティング担当を採用するなど追随する
宮武さんは、アンドリーセン・ホロウィッツがマーケティングという概念を初めて本格的にVC業界へ持ち込んだと評価します。一方で、ベンチマークのように小規模チームで戦い続けるトップティアのVCもあり、追随したVCはコスト増という負担も抱えていると指摘しています。
アンドリーセン・ホロウィッツへの4つの批判
アンドリーセン・ホロウィッツのモデルが成功しない理由を挙げるとすれば、と宮武さんは4つの論点を紹介します。
- オペレーションチームがそこまで効率的に動いていないという声
- 不況やダウンマーケットのタイミングで運営した経験がない
- USフォーカスで、中国やインドでのプレゼンスが低い
- 創業者からの世代交代を経験していない
宮武さんは、不況への対応は確かにまだわからないフェアな指摘だとしています。インドについては最近取り組みも見られるものの、セコイアと比べるとチームは圧倒的に弱いそうです。
ただしオペレーションとUSフォーカスについては、後で語るHP2.0のモデルや戦略の一部として説明できると宮武さんは考えています。世代交代については、マークさんとベンさんのすぐ下にいるスコット・クーパーさんとジェフ・ジョーダンさんが会社を率いるかは、まだわからないと話しています。
GPが一人で決める「シングルトリガーモデル」
アンドリーセン・ホロウィッツの特殊さが最も表れるのが、投資判断の仕組みです。宮武さんはまず、一般的なVCの意思決定モデルを3つ挙げます。
| モデル | 決め方 | 特徴 |
|---|---|---|
| 全員合意型 | 全員がOKしないと投資できない | 合意のハードルが高い |
| 投票型 | 過半数や「10人中4人」などの投票で決める | メンバーの票が必要 |
| トップダウン型 | 若手が提案し、上の層の投資委員会が判断する | 最終判断は上層部 |
| シングルトリガー | 各GPが個人で判断する | 投票も投資委員会も覆す権利もない |
アンドリーセン・ホロウィッツが採るのは、マークさんが「シングルトリガーモデル」と呼ぶ方式です。20〜25人ほどいるGP全員が、投資するかどうかを個人で判断できます。
みんながダメって言ってもできるってことですか?
投票がないし、投資委員会がないし。で、それをトップダウンから覆す権利もなくて。
マークさんとベンさんは全案件にサインオフしますが、合意や検討を意味するものではなく、投資先のことをよく知らないままサインすることもあるそうです。草野さんは、これを「チャレンジング」だと驚いています。
仕組みとしては、マークさんとベンさんがファンドを立ち上げ、GPごとに予算を割り振ります。たとえばクリプトで今年はより大きな予算が欲しいという話があれば、そこに多く配分します。GPは予算内であれば自由に判断できますが、きちんと考える「宿題」はこなすことが求められます。
「知らない競合」が勝つのが最大の失敗
シングルトリガーモデルで問題になるのは、判断を間違えることそのものではありません。宮武さんによると、一番の問題は「知らなかった競合」が勝った場合です。
全く知らないところが勝った場合は、「いやいや、そこをちゃんと見てなかったんですよね」っていう話なんで。
知っていた競合が勝った場合は「仕方ない、学びましょう」で済みます。しかし知らない会社が勝ったなら、調べ方そのものが足りなかったという評価になります。
判断を支えるのが、マークさんが「レッドチーム ── もともとは軍事やセキュリティの用語で、あえて敵役になって弱点を突く役割の集団を指します」と呼ぶ仕組みです。GPが若手スタッフなどを案件にアサインし、「なぜこの案件が悪い案件なのか」を調べさせて議論します。
草野さんが反論チームに勝てるかどうかの話かと尋ねると、宮武さんは勝ち負けではないと答えます。最終的には一人で判断するため、リスクや課題を知っておくことに意味があるといいます。宮武さんは、投資候補先とのミーティングにアンドリーセン・ホロウィッツのメンバーが大勢参加することが多いという話も紹介しています。
宮武さんは、自分で判断できるとわかっているからこそ、ネガティブなフィードバックを受け入れやすくなると分析します。さらに、これまで存在しなかった起業家や分野にも投資しやすくなります。
満塁ホームランを出しやすい案件って、そういう今までと全然違った人たちとか、全然違う分野とか、全然違う考え方の人たちの方が当たる可能性高いので。
この仕組みの背景には、マークさんとベンさんの関係があります。楽天主義のマークさんに対して、ベンさんがカウンターの理論を出す役割を担ってきました。宮武さんは、マークさんにとってのレッドチームはベンさんであり、その関係を組織化してスケールさせたのがアンドリーセン・ホロウィッツだと話しています。
新しいアイデアを受け入れなくなる「アイデア・イベント・ホライズン」
草野さんは、20人以上GPがいる組織で投票制にするとコミットメントが薄くなりそうだが、シングルトリガーモデルなら若手も育つと指摘します。宮武さんも、予算が一つなら取り合いや政治が起きると同意しました。
若手に判断を任せる理由として、宮武さんはマークさんの「アイデア・イベント・ホライズン」という考え方を紹介します。ほとんどの人は年を重ねるうちに、どこかで新しいアイデアを受け入れなくなる瞬間を迎えるという考え方です。
例えば数年前、今もそうですけど、なんかTikTokを聞いた時に、「いやもう、もういいでしょ」みたいな。って言う人っているじゃないですか。
スナチャのUIわからんわみたいな。
宮武さんは、メタバースでフォートナイトの誕生日会をすることが理解できない人もいると例を挙げます。そうした人が投資委員会にいると、次の5年、10年に向けた投資のピッチを受け入れられないリスクがあります。だから個人、特に若手に権限を寄せるのはいい判断だと宮武さんは考えています。
草野さんは、この話は多様性にも通じると付け加えます。女性向けの課題や特定の人種に関わる課題を、当事者でない人が「わからない」と判断しても意味がありません。強い確信を持つ個人に意思決定させることが大事かもしれないと話しています。
アンドリーセン・ホロウィッツはIPOするのか?
宮武さんは、アンドリーセン・ホロウィッツの成功理由としてこれまでの回で触れた点も振り返ります。カウンターポジション、ブランディング、インターネット市場の成長を信じたこと、投資判断の仕組み、ブログやマーケティングのサービス化などです。メンバーをパートナーと呼び、アソシエイトという肩書きを置かないのも、アソシエイトとは会わない起業家がいるためだそうです。
ここからはスケールの話です。Off Topicは年末のレポートで、注目企業の一つにアンドリーセン・ホロウィッツを挙げていました。2年ほど前から、アンドリーセン・ホロウィッツがIPOするのではないかと噂されているためです。
アメリカで上場したVCはほぼありませんが、PEファンドではブラックストーン、アポロ、KKRなどの例があります。最近ではTPG ── アメリカの大手プライベート・エクイティ投資会社。2022年に上場しましたが上場し、約9ビリオンドル、9000億円ほどの時価総額がつきました。草野さんは日本のVCならジャフコがあると挙げています。
宮武さんによると、アメリカでは時価総額が運用資産(AUM)の0.1倍程度になるといわれます。TPGは約100ビリオンドルを管理しているので、ほぼこの比率です。この基準で計算すると、AUMが約28ビリオンドルのアンドリーセン・ホロウィッツには3000億円ほどの時価総額がつく可能性があります。
宮武さんは、上場が実現すればアメリカのVC業界にとって大きな出来事になると話します。これまでVCではファンドという箱自体には価値がなく、パートナー個人のネットワークに価値があると考えられてきたためです。上場すれば、ファンドが会社として価値を持つことになります。
300人近くを抱えるアンドリーセン・ホロウィッツの採用ぶりは、シリコンバレーではミームにもなっています。「誰でもアンドリーセン・ホロウィッツのパートナーじゃん」という声があるほどです。
宮武さんが見かけたツイートでは、2030年のアメリカのVC業界は2社しか残っていないと冗談めかして語られていました。5人のパートナーで4トリリオンドルを運用するタイガー・グローバルと、Amazon、ウォルマートに次ぐ3番目の雇用主になったアンドリーセン・ホロウィッツです。ただし宮武さんは、この拡大には明確な考えがあるといいます。
西海岸と東海岸の「リトルボーイ・ビッグボーイ」問題
アンドリーセン・ホロウィッツが規模を追う理由の1つ目が、マークさんの言う「Little Boy Big Boy Pattern」です。テック企業がどう資金を得てスケールしていくかという話です。
シリコンバレーのベンチャーエコシステム。最先端のメンタリティーで会社を立ち上げる
ニューヨークのヘッジファンドや投資銀行、株式市場。多くが100年以上前に作られ、上場後の会社をスケールさせる
マークさんは、LAで映画を制作し、映画スタジオはニューヨークの会社が所有しているエンタメ業界の構図も似ていると話しているそうです。テック企業は西海岸で生まれ、上場すると東海岸の論理にさらされます。
上場したタイミングで、なぜかあの自分のビジネスのことをあまり理解してない人たちから追い込められて詰められて、しかも四半期ごとに次の30年間、毎四半期追い込まれて詰められて。
めちゃくちゃ嫌いなのがわかりますね。
宮武さんは、マークさんも全員がそうだとは考えておらず、東海岸がエコシステムを支えていることも認めていると補足します。トップティアのベンチャーを作る力と、それを世界規模にスケールさせる力の両方を持っていることが、アメリカの強みだというのがマークさんの見方です。
問題は、シリコンバレーの投資家が育てた会社を、上場とともに東海岸の「新しい親」へ受け渡してしまうことです。新しい親は同じ愛情を持たず、短期間で成果を求め、新しい挑戦をさせません。
一方で、タイガー・グローバルのようなクロスオーバーファンド ── 上場株と未上場株の両方に投資するファンドのこと。上場前のレイターステージへの投資で存在感を高めましたが、上場企業から未上場のステージへと投資を広げています。マークさんは逆に、VCが上場企業にも投資できる規模までアップマーケットすべきだと主張しています。
長期で考える投資家がボードに残り株を持ち続ければ、四半期ごとの成長が出なくても、長期的に成功すればよいと判断できます。最近は、アンドリーセン・ホロウィッツが上場企業への投資を始めているという噂もあるそうです。
HP1.0とは何だったのか?60年間の成長を支えた社内の仕組み
スケールの理由の2つ目が、エピソードのタイトルにもなっている「HP2.0戦略」です。それを理解するために、宮武さんはまずHP1.0、つまりかつてのHPのモデルを説明します。
HPは1930年代に生まれ、シリコンバレーの初期から重要な役割を果たした会社です。今では少しイケていないイメージを持たれがちですが、1939年から1999年の60年間で平均年18%成長しました。宮武さんは、上場から15年ほど毎年20%以上成長しているSalesforceと比べても、それを60年続けた点がすごいと強調します。
1970年代ごろまではVCがほとんど存在せず、新しい技術はスタートアップではなく大企業、主にHPかIBMの部門が生み出していました。HPは社内で優秀なエンジニアやPM、GMを見つけ、たとえばレーザープリンターを作ってほしいと依頼して、その人を中心に新部門を作りました。
うまくいかなければ、その部門の資産をほかの部門に回します。技術的な課題があれば、ほかの部署から優秀なエンジニアを移すこともありました。経営候補者は最初の20年ほど、2年おきに約10の事業を経験し、ジェネラリストとして育てられたそうです。
マークさんはHPでインターンをしていたため、こうした内部の仕組みを知っているといいます。HP1.0の中核は、資金配分、市場トレンドを予測する戦略オフィス、大企業とのアカウントマネジメントを担う全社営業部隊を持つ集権型のオフィスでした。
各部門はプロダクトとロードマップを持ち、営業、マーケティング、人事、場合によっては会計も自前で持っていました。しかも多くの部門はボストンやニューヨークなどシリコンバレー外に置かれ、GMは社内政治を気にしない「ミニCEO」として動いていたといいます。
VCがHPやIBMのGMを引き抜いた1970年代
1970年代ごろからVCが台頭すると、VCはHPやIBMのGM層を次々と引き抜きました。草野さんは、HPからすれば組織を持っていかれるので嫌だろうと反応します。
その各GMからするとエクイティをもらえるわけなんで、本当に人材のアンロックですよね。
もともとCEOのように動いていたのにエクイティをもらえないなら、もらえる側に移ったほうがいいという話です。1970〜80年代の優れたテック企業の多くは、HPやIBM出身のトップGMやエンジニアが作ったと宮武さんは話します。
草野さんが、HPが投資事業を始めていたら違ったのではと尋ねると、宮武さんは変わっていたかもしれないと答えます。ただし当時はCVC ── コーポレート・ベンチャー・キャピタルの略。事業会社が自社の資金でスタートアップに投資する仕組みですという概念があまりなかったそうです。結果としてコングロマリットモデルは機能しなくなり、起業家のエコシステムが立ち上がりました。宮武さんは、シリコンバレーに3社あるより1万社あるほうがいいと前向きに評価しています。
HP2.0とは?HPの本社機能をVCとして再構築する
HP1.0の利点をVCありきの時代に置き換えたのが、マークさんの言う「HP2.0」です。今のスタートアップには、キャッシュ以外にもブランド、ディストリビューション、人材、政府との関係、PR力が足りていません。
もちろんその、まあ寂しいですと。まあ一人で戦ってるわけなので。
足りないものは、かつてHPのセントラルオフィスが提供していたものです。アンドリーセン・ホロウィッツのHP2.0は、1960年代ごろのHPのセントラルオフィスを、VC風にアレンジしたものだと宮武さんは説明します。
HPが各部門のコントロールを持つ。ピーク時でも部署を100個も抱えるのは難しい
アンドリーセン・ホロウィッツはマイノリティ投資家としてコントロールを持たない代わりに、10%以上を保有する投資先だけで約250社に関われる
コントロールを持たないため、投資先が思った方向に成長しない課題はあります。それでも、全社を自分たちで管理しなくてよいため、はるかにスケールしやすくなりました。
宮武さんによれば、HP2.0は2つの考えを組み合わせたモデルです。トップティアのVCの資金配分はイノベーションを生む優れた方法であり、さらに会社をスケールさせるには追加の支援が必要だという考えです。上場は、その舞台を大きくするための選択肢の一つだと考えられています。
上場すれば資金を集めてチームを強化できます。ニューヨークにあるExecutive Briefing Centerは、投資先のために数千億円規模の売上を生んでいるそうです。大企業との関係を持ち、そのニーズを投資先につなぐ役割は、HP1.0の全社営業部隊と同じだと宮武さんは説明しています。
アメリカに集中するVCと、中国への懸念
批判の論点にあったUSフォーカスについて、宮武さんはウクライナとロシアの戦争もある中で、アメリカのVC業界で議論が始まっていると話します。テーマは中国の成長と、アメリカのテックイノベーションのあり方です。
中国の成長には、アメリカのVCも大きく影響してきました。中国人がアメリカのスタートアップやVCの考え方を学んで持ち帰ったことに加え、アメリカのVCが中国企業に直接投資してきたためです。宮武さんは、利益は得ていても一番得をしたのは中国かもしれないと指摘します。
たとえばドローンのDJIテクノロジーにはアクセルやセコイアが出資しています。中国政府はAIに注力し、SenseTimeは約600人のAI研究者を抱えてMITのプロジェクトに資金を出すなど、アメリカの情報を得られる立場にあるそうです。
こうした中で、アメリカに集中するファンドも増えています。代表例がFounders Fundで、ピーター・ティールさんはSpaceXやPalantirに投資し、軍事系スタートアップのAndurilも社内から立ち上げました。宮武さんは、アメリカの課題をよく語るマークさんのアンドリーセン・ホロウィッツも、この流れに入ると見ています。
アンドリーセン・ホロウィッツのケイト・ボイルさんは「American Dynamism」という記事で、コロナ前からのアメリカ経済の停滞を論じました。アフガニスタンへの2トリリオンドルの支出や、教育・ヘルスケアのコスト上昇に触れ、イノベーションのペースが落ちているのではないかと問題提起しています。
指標の一つが、仕事が失われる率と作られる率の低下です。仕事が失われにくいのは安定しているように見えますが、宮武さんはテクノロジーによる置き換えが起きていない表れでもあると説明します。経済は安定しても、跳ね上がらない状態です。
宮武さんは、交通ではUberやLyft、宇宙ではNASAを上回るSpaceX、サプライチェーンではFlexportが生まれたように、政府ではなく民間が社会を前に進める可能性に触れます。お金を刷れる政府がイノベーションを止めているなら、それ以上の資金で次の会社に投資する必要があります。だからこそスケールが必要だというのが、宮武さんの読み解きです。
VCの進化をたどると見えてくる「スケールかスペシャライズか」
宮武さんは、4回にわたって語ってきたVCの進化を振り返ります。始まりはアーサー・ロックさんとTraitorous Eight ── 「8人の裏切り者」と呼ばれる、1957年にショックレー研究所を去りフェアチャイルドセミコンダクターを創業した8人の技術者のことですによる人材のアンロック、そして競争と協力を両立するcoopetition ── competition(競争)とcooperation(協力)を組み合わせた造語で、競合同士が協力もする関係を指しますの発想でした。
スケールが重要な理由は2つあります。1つはアンドリーセン・ホロウィッツのように国のことを考える視点です。もう1つは、孫正義さんの言う「キングメーカー」の考え方で、市場で1社しか勝たないなら、より多くの資金を持つ投資家が勝者を選べるというものです。
セコイアやアンドリーセン・ホロウィッツ。大規模化し、キングメーカーにもなれる
ソロキャピタリスト、メディアVC、特定カテゴリに特化したVC
宮武さんは、この二極化は新しいものではないと話します。弁護士事務所や人材派遣会社でも同じ分かれ方が見られ、それがようやくVCでも起き始めたという見立てです。自身にバイアスがあると断りつつ、リスクを取る資金配分者と起業家を国として支える必要があると考えています。
HP2.0はVCではなく「新しい会社のモデル」
最後に宮武さんは、アンドリーセン・ホロウィッツのHP2.0は単なるVCの新しいモデルではなく、新しい会社のモデルになっていると結論づけます。
宮武さんは、過去10年ほどで2つのシフトが起きたと話します。新しい会社を作るコストが大きく下がったことと、その結果として競争が激しくなり、ブランディングやイノベーションが欠かせなくなったことです。
そうした環境では、本業の横で小さな新規事業を2〜3個試すのではなく、いろんなベットをすることがメインビジネスになる必要があると宮武さんは考えています。100個に張るのか、2〜3個に大きく投資するのかは会社によって違います。
大手テック企業はすでにこれに近いことをしています。Googleはエンジニアに2000万〜1億円ほどを払っていますが、宮武さんはその金額を目の前の仕事への対価というより、誰かが次のGmailやGoogleドライブを生む可能性への投資と見ています。
ただ(Googleの社員は)Gmail作っても、ただそこのクレデンシャルしかもらえない。
社員はストックオプションをある程度もらえても、自分が主役になるわけではなく、アップサイドは大きくありません。だからこそ、会社を作りながら投資によって人材をアンロックするHP2.0のモデルが重要だと宮武さんは話します。Shopifyもそうした事例の一つとして挙げられています。
もうでもVCですね、そしたら本当に。
宮武さんは、メディア企業も将来はレーベル会社に近づくと予想します。アーティストがアップサイドと名前を持ち、メディア企業はその支援役になる形です。多くの業界で、個人の力が圧倒的に強くなったというのが、この回の締めくくりです。
まとめ
アンドリーセン・ホロウィッツは、GP個人に判断を委ねるシングルトリガーモデルと、HPの本社機能をVCとして再構築するHP2.0によって、短期間でトップティアのVCになりました。宮武さんは、その仕組みがVCだけでなく、人材をアンロックしながら新規事業に張る新しい会社のモデルにもなると見ています。
- VCは見送りと失敗が前提のビジネスで、アンドリーセン・ホロウィッツは担当者を一件ではなくポートフォリオで評価している
- 投票も投資委員会もないシングルトリガーモデルと、反論役のレッドチームの組み合わせが、新しい分野や起業家への投資を後押ししている
- リトルボーイ・ビッグボーイ問題への答えとして、VCが上場後も会社を所有し続けられる規模を目指している
- HP2.0は、かつてのHPのセントラルオフィスの役割を、コントロールを持たないマイノリティ投資家として約250社規模に広げたモデルである
- VCはスケール型とスペシャライズ型に二極化しつつあり、事業会社にも投資によって人材をアンロックする発想が求められていく



