ソフトパワーとハードパワーは何が違う?
この回のテーマは、国が他国に影響を及ぼす力としての「ソフトパワー」です。宮武さんは、まず定義を確認し、国レベルでの使われ方を説明してから、会社レベルの考え方へ広げると話の道筋を示します。
ソフトパワーという概念を考えたのは、社会科学者のジョセフ・ナイ ── アメリカの国際政治学者。ハーバード大学で教え、1990年頃に「ソフトパワー」という概念を提唱したことで知られていますです。宮武さんによると、ナイはある雑誌でこの言葉を定義づけました。
ナイの仮説では、国が影響力を持つ手段はこれまで軍事力、つまりハードパワーでした。ところが一定の水準を超えると、核兵器を10個持っていても100個、1000個持っていても、影響力はそこまで変わらなくなったといいます。
例えばその核兵器を10個持ってようが、100個持ってようが、1000個持ってようが、そこまで変わらないんじゃないかと。
そこでナイが考えたのが、強制的な軍事力より「ライト」な影響力です。政治のやり方、コミュニケーションの取り方、カルチャーバリューなどを通じて「アメリカのようになりたい」「日本のようになりたい」と思わせる力が、外交政策に必要になるという主張でした。
草野さんが「元々ハードパワーという言葉はあったのか」と尋ねると、宮武さんはなかったと答えています。ソフトとハードの対になる概念は、ナイの提唱をきっかけに生まれたものだと整理されています。
軍事力や軍事基地など、強制的に影響を及ぼす力
イデオロギー、文化、価値観などで「あの国のようになりたい」と思わせる力
アメリカンドリームはどこで知った?
宮武さんは、アメリカを例にハードパワーとソフトパワーを分けて説明します。軍事力や軍事基地がハードパワーで、アメリカンドリームや自由、民主主義といったイデオロギーがソフトパワーにあたるといいます。
草野さんは、アメリカンドリームという言葉を誰もが知っているのに、どこで知ったのかわからないのが不思議だと話します。貧しくても、恵まれた場所にいなくても、のし上がれる国という印象は確かにあるといいます。
どこでこの言葉(アメリカンドリーム)を知ったのかちょっとわかんないですけど、アメリカに行ったら何か自由があって、
何かすごい貧しくてもとか、そのいいところにいなくても、のし上がれるような国だっていう印象は確かにありますね。
宮武さんの見立てでは、その出どころはアメリカのもう一つのソフトパワーであるハリウッドです。のし上がって成功する物語はハリウッド映画の定番で、国が直接主張するだけでなく、映画やテレビ番組といった文化を通じて価値観が見せられてきたといいます。
宮武さんは、こうした影響で多くの国が「ウェスタナイズ」され、アメリカ的な価値観や考え方、教育方針に近づいていくと説明します。アメリカはソフトパワーによって、軍事力だけでなく世界トップの影響力を持つ国になれると考えていました。
アメリカはソフトパワーを失っているのか
ところが最近は、ジョセフ・ナイ自身が「アメリカはソフトパワーを失っているのではないか」と述べていると宮武さんは紹介します。その根拠の一つが、世界中で定期的に行われる「アメリカをどう思うか」「アメリカに住みたいか」といった調査です。
宮武さんが挙げた例では、2000年のインドネシアで人口の7割以上がアメリカを支持していました。それが3年以内、2003年ごろには15%まで下がったといいます。
7割から15パーってなかなかの。
草野さんが理由を尋ねると、宮武さんはイラク戦争を挙げ、9.11も大きく影響したという話があると補足しています。
教育の面でも変化があるといいます。アメリカの大学はなお全体的には人気だとしつつ、中国の学生がアメリカではなくシンガポールやイギリスを選ぶケースもあり、以前と比べると影響力が落ちているのではないかと宮武さんは話します。
「別の国に住むならどこか」という調査でも、長年1位だったアメリカがその座から外れ、日本の順位が高くなっているそうです。新しい1位の国を宮武さんは思い出せず、二人は「ヨーロッパ系か」「シンガポールか」と推測し合い、アジア圏が上がっているという話で締めています。
一方、宮武さんはソフトパワーそのものを順位づけするランキングも紹介します。2022年のランキングではアメリカが1位、イギリスが2位、ドイツが3位、中国が4位、日本が5位、フランスが6位、カナダが7位でした。
ただし前年の順位とは大きく違います。宮武さんは、計算方法がそこまで明確ではないため、どこまで信用できるかはわからないと断ったうえで、前年との差を挙げています。
| 国 | 前年 | 2022年 |
|---|---|---|
| アメリカ | 6位 | 1位 |
| 日本 | 2位 | 5位 |
| 中国 | 8位 | 4位 |
日本については、アニメなどのエンタメカルチャーが世界中に広がっており、カルチャー要素を持つ国だと宮武さんは評価しています。そのうえで、個人的に今すごく伸びている国として韓国を挙げます。
韓国のK-POPとコスメはなぜ世界に響く?
韓国はソフトパワーランキングではまだ上位に来ていないと宮武さんは説明します。エンタメカルチャーは非常に強い一方、ランキングは政治力など多くの要素で測られ、トップ10の国々は経済圏がとても大きいためです。
それでも韓国の存在感の筆頭はK-POPだと宮武さんは話します。BTS、BLACKPINK、TWICEの3組はビルボードグローバル100 ── アメリカの音楽チャート誌ビルボードが発表する、世界規模のストリーミングや売上をもとにした楽曲ランキングの一つですにも入っています。
草野さんは、映画『パラサイト』なども含め、韓国が欧米や日本にさまざまな方面でコンテンツを輸出していると応じます。宮武さんは、Netflixが韓国コンテンツの制作に投資し、Disney+もBLACKPINKの映画やBTSのドキュメンタリーシリーズなどの権利を取得し始めていると話します。
草野さんは、K-POPのコンテンツは子どもにも見せやすいと感じているといいます。曲やキャラクター性がクリーンで、ディズニーと相性がよさそうだという見方です。
そのK-POPって割とクリーンな曲とかキャラクター性がある気がするので、なんかディズニーと相性良さそう。
宮武さんもこの見方に同意します。K-POPは大人びたコンテンツやセクシー寄りではないファミリーフレンドリーなもので、そのぶん人種や年齢層、属性を問わず響きやすいと話しています。
韓国のフードやビューティー商品も日本で人気です。草野さんによると、韓国は化粧品の輸出ランキングで2年連続世界3位となり、前年には初めて日本円で約1兆円規模の輸出実績になったといいます。
草野さんは、アメリカのセフォラに海外コスメが多く並んでいることにも触れます。韓国ブランドのラネージュは、アメリカのアンバサダーにドラマ『ユーフォリア』のメインキャストを起用しており、草野さんはその人選を「さすが」と評価しています。
K-POPは日本のアイドルから何を超えた?
宮武さんが「少し残念というか悲しい部分」として挙げたのが、K-POPのルーツです。SMエンターテインメント、JYPエンターテインメント、YGエンターテインメントの3社はいずれも1990年代後半に立ち上がり、日本のアイドルシステムに着想を得ていました。
全社日本のアイドルのシステムにインスピレーションを受けてやったんですけど、多分グローバル目線から見ると日本超えてるんで。
宮武さんは、韓国がカルチャーとテクノロジーをうまく掛け合わせたと見ています。その背景として語られたのが、1997年ごろの経済危機のあとの政策判断です。
インフラを作り直す必要があった時期に、当時の韓国大統領は高速道路や橋を作るのをやめ、インターネットのインフラを作ることを決めたといいます。宮武さんは、この判断によってポップカルチャーを国外に広げられる可能性が生まれたと説明します。
音楽史の面でも転換がありました。1990年代の韓国で人気の音楽はほとんどがアメリカやヨーロッパのもので、1990年代の終わりに韓国の音楽が本格的に作られ、成熟し始めたといいます。
2000年以降はサムスン、ヒョンデ、LGなどへの注力でテレビなどのエンタメ基盤も整い、韓国人以外に向けた韓国音楽を作ることが意識され始めたそうです。
1997年ごろ
経済危機でインフラの作り直しが必要になる
インフラの選択
道路や橋ではなくインターネットのインフラを整備
2000年ごろ
韓国人以外に向けた韓国音楽が意識され始める
現在
ポップカルチャーが大きな輸出産業になる
その結果、ポップカルチャーの輸出は約10ビリオン規模と言われ、宮武さんによると韓国の電気製品の約1.5倍、スマートフォンの約2.6倍にあたるといいます。BTSだけでも毎年約3.6ビリオンの経済効果を韓国にもたらしているという話も紹介されました。
観光への影響も大きく、コロナ前の数字として、毎年約80万人、観光客の約7%が韓国を訪れた理由にBTSを挙げていたそうです。宮武さんは、BTSだけで7%なら、ポップカルチャー全体では少なくとも10%を超えているはずだと見ています。
アメリカ人の韓国への好感度はどう変わった?
宮武さんは、先ほどの「アメリカへの支持率」とは逆に、アメリカ人が韓国をどう見ているかのデータを紹介します。2003年に韓国へポジティブな意見を持つアメリカ人は46%でしたが、現在は77%に上がっています。
比較として、アメリカ人がイギリスをポジティブに見ている割合は直近で57%です。宮武さんは、韓国への好感度がイギリスよりも、フランスやドイツよりも高いと話しています。
草野さんは、BTSがバイデン大統領と会っていることにも触れます。韓国まで会いに来てもらうのではなく、ホワイトハウスに呼ばれたことがすごいと話しています。
だってそもそも、あの、全世界の、その大統領とか、その首相とかがアメリカの大統領に会えてないので。
宮武さんは、こうした出来事に韓国のポップカルチャーの力を感じるといいます。アメリカ側も韓国はいい国だと思うようになり、各国がポップカルチャーをどう扱い、どう広げるかをよく考えていると話します。
草野さんが「アメリカとは全然違うやり方」と言うと、宮武さんはアイドル文化と国のイメージの結びつきを挙げます。BTSは明らかに韓国と紐づいているが、Backstreet Boysはアメリカ人の象徴とまでは考えられていないのではないか、という問いかけです。
これに草野さんは、自分にはBritney SpearsやJustin Timberlakeはアメリカらしく感じると返します。Justin Bieberがカナダ出身だとわからない、という例も挙げつつ、あくまで個人のバイアスだと添えています。
会社にとってのソフトパワーとは何か
宮武さんは、ポップカルチャーはソフトパワーの一つの軸にすぎないと話します。日本もポップカルチャーは強いものの、研究やイノベーションもソフトパワーになり得るといいます。
そういうのもソフトパワーになるので、いわゆるシリコンバレーってソフトパワーじゃないですか。
シリコンバレーは多くの人が働きたい場所であり、そこでの取り組みを世界中が真似します。草野さんも、最先端のテクノロジーと人が集まるイメージがあると応じ、宮武さんは優秀な人材が集まることにもソフトパワーが影響していると説明します。
ここから話は国ではなく会社レベルのソフトパワーに移ります。宮武さんによると、会社のハードパワーは直接的に営業や売上に結びつくもので、ソフトパワーは会社のストーリーやバリューを伝えるものです。
よく「コンテンツマーケティング=ソフトパワー」と言われますが、宮武さんはそうとは限らないと話します。自社商品の販売に直接つながっていればハードパワーで、関係のない話をしてストーリーで好感を持たせ、後から間接的に商品が買われるならソフトパワーに近いという整理です。
自社商品の販売に直接つながるコンテンツ
関係のない話題でストーリーや価値観を伝え、間接的に商品購入につながるコンテンツ
RobinhoodとミシュランガイドはなぜSoft Powerなのか
会社のソフトパワーの例として、宮武さんはまずRobinhoodを挙げます。Robinhoodは買収したポッドキャスト「Robinhood Snacks」を運営していますが、番組内で「Robinhoodを使ってください」と言うわけではありません。
草野さんも、テックニュースや経済ニュースを話す「powered by Robinhood」のような番組だと応じます。宮武さんは、信頼できるコンテンツを出しているメディアの運営元を知り、アプリを使ってみようと思う間接的な流れがソフトパワーだと説明します。
番組でよく取り上げるアンドリーセン・ホロウィッツ ── シリコンバレーの大手ベンチャーキャピタル。通称a16z。投資だけでなく、自社メディアでの情報発信にも力を入れていることで知られますも同様です。メディア「Future」でテックオプティミズムを語ることは、直接VC業務につながらなくても、メディアのあるべき姿や「テックっていいよね」という考えを伝えています。
宮武さんが最も古くからある事例として挙げたのが、ミシュランガイドです。ミシュランガイドを運営するミシュランは、フランスの車のタイヤメーカーです。
宮武さんによると、1900年のフランスには車が3000台しかありませんでした。ミシュランがタイヤの売上を伸ばすために逆算した結果、生まれたのがミシュランガイドだったといいます。
目的
タイヤの売上を上げたい
条件1
もっと車が必要になる
条件2
車を買わせるには人に旅行させる必要がある
手段
旅行を促すガイドを作り、無料で配る
当時のミシュランガイドは無料で、ガソリンスタンドや車の修理工場に置かれていました。コンテンツを通じて人々に旅行をさせる仕掛けだったと宮武さんは話します。
草野さんは、今やミシュランガイドが世界の飲食店を評価する指標になっていると驚きます。宮武さんは、コンテンツが先行して、ミシュランがタイヤメーカーだと知らない人も多いだろうと話しています。
ハーバードとY Combinatorはメディアで何を伝えている?
テック企業でも、ここ数年はSaaS企業によるメディア買収が目立つと宮武さんは話します。HubSpotによるThe Hustleの買収や、AngelListによるProduct Huntの買収がその例です。
草野さんはStripeもメディアを手がけていると挙げ、宮武さんはStripeがコミュニティのIndie Hackersを買収したことを補足します。草野さんによれば、Stripeは個人のニュースレターも買収し、その書き手のオリジナル記事がStripe Pressで読めるようになっているそうです。
宮武さんは、BtoB企業はコンテンツマーケティングを通じて信頼を得ていると整理し、直接お金を稼いでいないOff Topic自体もその一例だと話しています。
教育の領域では、ハーバード大学とY Combinator ── シリコンバレーのスタートアップ養成機関。短期集中プログラムで起業家を支援し、AirbnbやStripeなどを輩出したことで知られますが例に挙がります。宮武さんは、両者が成り立っているのはブランドとソフトパワーによるものだと見ています。
ソフトパワーの作り方の一つが卒業生です。ハーバード卒業生が経歴に大学名を載せることで、結果的に卒業生が大学をプロモーションしていると宮武さんは説明します。
もう一つがメディアです。Y CombinatorはHacker NewsやStartup Schoolを持ち、完全にマネタイズしていなくてもY Combinatorのよさを伝えています。
ハーバードもHarvard Business Reviewというメディアを持っています。1922年に設立され、最初の25年間ほどは黒字化に苦しんだものの、現在は約34万人が課金し、年間260ミリオン以上の売上があるといいます。
宮武さんは、売上規模で比べるとフォーブスと同程度だと話します。そのうえで、誌面でハーバードへの入学を勧めるのではなく、シリアスで面白いトピックを扱う姿を見せることがハーバードのブランドを形づくっていると説明しています。
スポーツはなぜブランドの舞台になるのか
宮武さんは、クリプト企業がここ1〜2年でスポーツ領域に大きく広告を出してきたことにも触れます。草野さんはCrypto.comの名前が付いたスタジアムを挙げ、宮武さんはマイアミの例も紹介します。
草野さんが大谷翔平さんのアンバサダー就任に触れると、宮武さんはFTXのパートナーだと補足し、大坂なおみさんもそうだった気がすると話します。宮武さんによると、トップティアのアスリートにはほぼクリプトのスポンサーが入り、スタジアムやチーム、ユニフォームにも広がっています。
人気が高まるF1では、スタートアップのEight Sleepがメルセデスのチームにスポンサーとして入っているそうです。
草野さんは、デリバリー企業のスポンサー施策でF1の選手が配達してくれる企画があったと記憶をたどります。宮武さんは、それはバスケットボールで、DoorDashの企画でケビン・デュラントが自転車で配達したものではないかと話します。
無駄、無駄遣い。
いやいや、かわいそうじゃないですか。
サッカーではFCバルセロナにSpotifyがスポンサーとして入っています。宮武さんは、スポーツはカルチャー要素が強く、特にソフトパワーと関連が深いと話しています。
レッドブルは本当にエナジードリンクの会社か
宮武さんが、スポーツを最も活用したソフトパワー企業として挙げたのがレッドブルです。レッドブルはエナジードリンクを提供する会社ですが、宮武さんは「正直エナジードリンクの会社じゃない」と言い切ります。
象徴的な例が、2012年に大きくバイラルしたスカイダイビングの世界記録映像です。非常に高い場所から飛び降り、マッハ1を超える速度で降下する映像で、選手はレッドブルのヘルメットをつけていました。
このプロジェクトはレッドブルが予算を出し、実現までに7年かかったといいます。選手のコンディション、どこから飛ぶか、どう安全を保つかといった準備に、55億円以上が投じられました。
宮武さんは、この企画がエナジードリンクの売上に直結するわけではないと強調します。一方で映像の拡散により約6000億円の価値が生まれたと言われ、レッドブルから見れば十分に元が取れた投資だったと説明します。
草野さんは、レッドブルがエクストリームスポーツやストリート系など「挑戦しているのがすごい」スポーツに広告を出しているイメージがあると話します。宮武さんは、レッドブルが大学でのキャンパスアンバサダープログラムを早くから行い、車での配布や学生パーティーの主催もしていたと紹介しています。
ドリンクを作らないレッドブルの事業とは?
宮武さんが明かしたのは、レッドブルが自社でドリンクを作っていないという事実です。生産はずっと完全外注で、だからこそレッドブルはマーケティング企業だといいます。
ずっと外注してるので。なんで、だからこそマーケティング企業なんですよ。これって。
宮武さんは、ジャーナリストのMario Gabriele氏がまとめたレッドブルの事業一覧を読み上げます。スポンサーを含むとしつつ、スポーツチームを中心に、ドリンク以外の事業が並びます。
草野さんが飲み物や食品の事業を尋ねると、宮武さんは「ないです」と答えます。アパレルも外注で、旅行代理店も普通の旅行代理店にレッドブルのブランドを乗せているだけで、運営は自社ではないといいます。
宮武さんによると、レッドブルは売上の30〜35%をマーケティングに使っているとされます。2020年の売上は約7.4ビリオンで、マーケティング予算は約2.5ビリオンになります。
比較として、コカ・コーラの広告予算は約2.8ビリオンです。予算額はほぼ同じですが、コカ・コーラの売上規模はレッドブルの約4〜5倍で、レッドブルは自社商品を作らない分、マーケティングに大きくコストをかけていると宮武さんは説明します。
F1への投資も象徴的です。レッドブルは2004年にジャガーのF1チームを1ドルで買いましたが、条件として次の3年間でチーム強化に400ミリオンをコミットすることが求められました。
宮武さんによると、F1チームからは毎年約300ミリオンのリターンがあると言われ、14年間で約5ビリオンが返ってきているのではないかとされています。
宮武さんは、レッドブルの狙いを長期的な戦略として説明します。スポーツという別の領域でファンや親近感、チームのヘリテージを作り、優勝がブランドや商品に紐づくことで、オーガニックな認知が広がり、ユーザー獲得コストが下がりLTV ── 顧客生涯価値。1人の顧客が取引を始めてから終えるまでに企業にもたらす利益の総額を指すマーケティング用語ですが上がるという流れです。
スポーツを選ぶ理由として宮武さんが挙げたのは「勝つ」という概念です。ファンが喜んだり悲しんだりと感情の起伏が激しいからこそ、感情が動く場所にブランドを紐づけることが大事だというのが、レッドブルの考え方だと宮武さんは見ています。
草野さんは「いかにマーケティングやブランドを作るのが大事かわかる」と話します。宮武さんは、すべての会社がスポーツチームに投資すべきとは思わないとしつつ、ソフトパワーの考え方としてわかりやすい事例だとまとめています。
ソフトパワーにはどんなリスクがあるのか
最後に宮武さんは、まだ調べている途中の考えとして、ソフトパワーのリスクを挙げます。影響力を持つと、他の国や会社がそれを真似し、競争が激しくなるのではないかという問題です。
例えばアメリカンドリームという考え方は、今では他の国にも浸透しています。シリコンバレーにソフトパワーがあるからこそ、東京や中国、インド、さらにリスボンやベルリンなどが、それぞれのシリコンバレーを作ろうとします。
宮武さんは、真似されることは影響力を持っている証拠である一方、ソフトパワーは競合とコンフリクトも生むと話します。
その例として挙げられたのが、2005〜2007年ごろの中国です。当時は、中国がアメリカナイズされればアメリカにとって良いという考えがありました。
中国に工場が増えて安いものが作られ、ハリウッドやアメリカの大学に憧れる人が増えれば、関係が良くなり平和になるという想定
中国がアメリカに似たことで追いつかれることを嫌い、人材やアテンションの競争が起き、コンフリクトが生まれやすくなった
宮武さんは、コンフリクトの理由として、まずアメリカ自身が中国に追いつかれることを嫌がった点を挙げます。草野さんは「結局嫌なんかい」とツッコミを入れています。
さらに似ているとアテンションの奪い合いが起きるといいます。シリコンバレーの例でいえば、人材がシリコンバレー、東京、リスボンのどこへ行くかという競争です。
日本や韓国のポップカルチャーも同じ状況にあると宮武さんは話します。アメリカでアニメ風のNFTが登場するなど、もともと日本のソフトパワーだった領域に世界が参入し、競争が激しくなっているといいます。
宮武さんは、ソフトパワーを作ることのリスクを国も会社も考える必要があるとまとめます。次回は今回触れなかった中国の話や、ジョセフ・ナイが提唱しているというデジタル領域の「ソフトパワー2.0」を扱う予定だと予告しています。
まとめ
この回では、軍事力に代わる影響力として生まれたソフトパワーを、アメリカと韓国の国家戦略から、ミシュランやハーバード、レッドブルの企業戦略まで広げて整理しました。直接売り込まずに好感や憧れを育てる力は大きな価値を生みますが、真似されることで競争やコンフリクトも招くという両面が語られています。
- ソフトパワーはジョセフ・ナイが提唱した概念で、文化や価値観で「あの国のようになりたい」と思わせる力を指す
- アメリカの支持や人気は揺らぐ一方、韓国はインターネット整備とK-POPなどの輸出でアメリカ人の好感度を46%から77%まで高めた
- 企業のコンテンツは、販売に直結すればハードパワー、間接的に好感を育てればソフトパワーになる
- レッドブルは生産を外注し、スポーツやメディアに投資するマーケティング企業として長期的にブランドを築いている
- ソフトパワーは真似されることで競合を生み、人材やアテンションの競争というリスクも伴う





