なぜトップスタートアップは最初の採用に何年もかけるのか
宮武さんは、Off Topicでは採用まわりの話をほとんどしてこなかったとして、今回はスタートアップにとって人材発掘がなぜ重要かを取り上げると切り出します。中心に置くのは、宮武さんが「人材発掘のやり方がめちゃくちゃうまい」と考えるピーター・ティールさんの考え方です。
宮武さんによれば、スタートアップの採用が重要な理由はシンプルで、限られたリソースの中でいい人を採用しないと成功できないからです。当たり前の話ですが、トップティアのスタートアップほどこれを深く理解し、最初の採用に時間をかけているといいます。
宮武さんが挙げた事例は具体的です。Airbnbは最初の採用、おそらくエンジニアの採用に4〜5か月をかけました。Stripeは最初の10人をいかに採用するかを重視し、最初の5人を採用するのに2年かかったそうです。
で、最初の10人に対して10パーセントの[[エクイティ::株式などの持ち分のこと。スタートアップでは現金の給与に加えて株式やストックオプションを渡し、会社の成長と社員の利益を結びつけることがよくあります]]を渡してるんですよ。
宮武さんは、今のStripeの時価総額で考えると、最初の10人に渡した持ち分だけで7000〜8000億円ほどの価値になると話しています。さらにSpaceXでは、イーロン・マスクさんが初期の少なくとも1000人以上を、清掃員も含めて自ら面接していたといいます。
草野さんはカルチャーにフィットしない人を選ぶリスクを指摘します。宮武さんは、アメリカは日本と違っていつでも解雇できる文化なのに、それでもこれだけ慎重に採用している点が大事なポイントだと付け加えました。
「いい人材をいい場所に置いていない」という社会の見方
宮武さんは、採用をうまくやれていないから今の世の中がある、という見方もあると話します。たとえば5歳児に「なぜSpaceXのような会社がもっとたくさんないのか」と聞かれたら、「いい人材をいい場所に置いていないから」と答えられるかもしれない、という問題提起です。
宮武さんはこれをアロケーション、つまり人材の配置の問題と呼びます。これに対して草野さんは、冗談まじりに大人の目線で返しました。
「世の中そんな簡単じゃないんだよ」っていう、私だったら言ってしまうかもしれないですけど。「いろいろあんだよ」っていう。
「やりたかった仕事も楽しくないこともあるよ」っていう。
大丈夫ですか?悩んでないですか?
宮武さんも、現実にはさまざまな要因が重なっていると認めます。そのうえで、SpaceXやテスラのイーロン・マスクさんは新しい物理を作ったわけではなく、古いテクノロジーをうまく組み合わせているとも言えると話します。その組み合わせを担う人材をうまく採用し、適切な場所に置いていることが重要だという見立てです。
もう一つの例がGoogleです。現在GoogleのAI部門のトップ層にいるジェフ・ディーン ── 1999年にGoogleに入社したエンジニア。検索やAIの基盤技術を数多く手がけ、Google社内でも伝説的な存在として知られていますさんは、Googleが1万人規模だった頃、コードのコンパイルを待つ時間に採用のためのレジュメを大量に読んでいたそうです。宮武さんは、トップの人ほど採用を気にかけるべきだと述べています。
優秀な人材は世界のどこに集まるのか
宮武さんが個人的に気になっているのは、優秀な人材が世界にどう分布しているかです。地域ごとに均一なのか、特定の国や都市に偏っているのか、人口に比例するのかという問いです。
宮武さんはエビデンスがあるわけではないと断ったうえで、優秀な人材は世界中のどこからでも生まれるが、集まる場所はだいたい決まってくるという仮説を示しました。サンフランシスコのシリコンバレー、東京、ロンドン、ニューヨークのように、似た考えの人や優秀な人と会いたい、一緒に暮らしたいと考えて人が集まるからです。
生まれ
世界中のどこからでも優秀な人は出てくる
移動
似た考えの人や優秀な人と会いたくて都市へ向かう
集積
シリコンバレー、東京、ロンドン、ニューヨークなどに集まる
採用の出発点
採用する側も、人材が集まる場所に行く必要がある
草野さんが「サンフランシスコやニューヨークに行くべきなのか」と尋ねると、宮武さんは、今優秀な人やこれから優秀と言われる人に出会うには、そちらのほうが確率が高いというレベル感だと答えています。そこにいない優秀な人ももちろん多い、とも補足しました。
面接でポップカルチャーを使うと何がわかるのか
宮武さんは、面接で相手のモチベーション、状況の理解度、インセンティブを見抜くのは難しいと話します。15分や1時間の面接では、相手も準備をしてくるため、「なぜ受けたのか」と聞いても用意された答えが返ってきます。そこからは、特定の状況でその人がどう反応し、物事の進み方をどう考えるかはわかりません。
そこで宮武さんが一つのヒントとして紹介したのが、面接でポップカルチャーを使う方法です。相手が好きな作品を聞き、その物語の展開を仮定して考えてもらいます。
例えば『ロミオとジュリエット』の話で、「もしその2人が愛し合ってなかったら、その後ってどう変わってると思いますか?」っていうのを聞くっていう。
宮武さんによれば、こうした質問に答えるには、各キャラクターのモチベーションやインセンティブを理解したうえで、物事がどう進むかを想像する必要があります。予想外の質問なので準備しにくく、ビジネスでも似た雰囲気のシナリオはよく出てくるため、周囲の人や環境を読み取る力を見る参考になるといいます。
人気番組の未公開エピソードがどう展開すると思うかを聞く、という簡単なやり方も挙げられました。草野さんが「ロミオとジュリエットなら何と答えればいいのか」と聞くと、宮武さんは特定の正解はなく、なぜそもそも2人が一緒にいるのかなど、どんな思考で答えを出すかを知るためだと説明しています。
ただし、ポップカルチャーを使う面接には注意点もあります。宮武さんは、面接する側もその作品を理解していないといけないと指摘しました。草野さんは「スター・ウォーズもマーベルも見ていない」と言われて趣味が合わないから落とす、ということが起きるかもしれないと笑い、あってはいけないですけどと付け加えます。宮武さんは、番組でなくても小説やスポーツでもよく、キャラクターがわかりやすいIPものが向いていると話しています。
なぜスタートアップは「知られていない人材」を探すべきなのか
宮武さんは、人材を見つけ出す能力を持つ人で世界一すごいのは、おそらくピーター・ティールさんだと話します。投資の面だけでなく、Palantir ── ピーター・ティールさんらが共同創業したデータ分析企業。政府機関や大企業向けのデータ解析ソフトウェアで知られています、PayPal、Founders Fund ── ピーター・ティールさんらが設立したベンチャーキャピタル。SpaceXやFacebookなどへの投資で知られていますを自ら立ち上げ、PayPalマフィアと呼ばれるほどの人材を集めたからです。
そもそもピーター・ティールさんは非常に頭のいい人だと宮武さんは言います。チェスでは世界チャンピオンの一つ下にあたるとされるタイトルを持ち、元弁護士で、本もたくさん読んでいます。そのため、一緒にいたいと思う相手のスタンダードが非常に高く、それだけである程度のフィルターがかかっていると宮武さんは見ています。
そのうえでピーター・ティールさんのすごさは、過小評価されている人を見つけ出すのがうまい点にあります。ピーター・ティールさんはずっと、知られている人材ではなく知られていない人材を見つけ出すのがスタートアップの一番の仕事だと言っているそうです。
理由はお金です。知られている才能の取り合いでは、Google、Facebook、Amazon、Appleといった大手が資金で勝ってしまいます。よほどビジョンで説得できない限り、スタートアップは勝ちにくいというのが宮武さんの説明です。
PerplexityのオファーにGoogleが4倍の給料で返した話
宮武さんが最近の面白い事例として挙げたのが、AI検索エンジンを作るスタートアップPerplexity ── AIを使った検索エンジンを開発するアメリカのスタートアップ。質問に対して出典つきで回答を返すサービスで知られていますの話です。PerplexityのCEOがGoogleのエンジニアを引き抜こうと、株を含めておそらく現在の額より多いオファーを出しました。
Netflixなどの企業では同じ金額のオファーを出し返すことが多いといいます。ところがGoogleは、そのエンジニアに4倍の給料をオファーしてきたそうです。
Netflixなどでは同じ金額のオファーを出し返す
Perplexityのオファーに対し4倍の給料を提示した
1000円って言ったらもうなんか1億って出すみたいな感じですよね。
こうした勝負は毎回起きるわけではないものの、起きうる以上、スタートアップが知られている人材の取り合いで戦うのは難しいと宮武さんは話しています。
人材にも「アービトラージ」があるのか
宮武さんは、ビジネスの基本はアービトラージ ── 価格や評価のずれを利用して利益を得ること。本来の価値より安く評価されているものを見つけて手に入れる考え方ですを見つけることだとし、以前Off Topicのnoteで書いた「マーケターの仕事は過小評価されたチャネルを見つけること」という話を引き合いに出します。Google AdWords、Instagram、YouTubeの広告が出始めたころに乗った企業は安い単価でユーザーを獲得でき、D2C業界にはFacebookとInstagram広告の安さに乗って成長した会社も多かったといいます。
宮武さんは、同じ考え方が人材にも当てはまると考えています。今はみんながAI人材を探していますが、OpenAIが一部成功した理由は、5〜9年前、まだ評価がそれほど高くなかったころにそうした人材を探していたからだという見方です。
5〜9年前は今ほど評価が高くなく、OpenAIが先に人材を集めた
今はお金をどれだけ投げても欲しいと言われるカテゴリーになった
逆に宮武さんは、今そのブームに乗っている学生などを見ると少し怖いと話します。すでに過小評価されていないカテゴリーなので、スタートアップが積極的に採用しに行くのは、投資と同じく価格が上がりすぎたものを買う感覚に近いからです。
最近、MIT、マサチューセッツ工科大学で、コンピュータービジョンの授業の学生数が2倍になったっていう話が出たんですよ。
宮武さんによれば、コンピュータービジョンを学ぶ学生は今700人ほどいるそうで、それを見て「ちょっと大丈夫かな」と思ってしまったと、個人的な意見として語っています。草野さんは、みんなが行かないところに行くのがいいのかもしれないと応じました。
ピーター・ティールはなぜ30歳以下を採用するのか
宮武さんによると、PayPal時代やティールフェローシップ ── ピーター・ティールさんが始めた、大学を離れて起業や研究に挑む若者に資金を提供するプログラムですにも通じるピーター・ティールさんの基本的な考えに、30歳以下を採用するというものがあります。年齢差別だという声もありえますが、宮武さんは裏にちゃんとしたロジックがあると説明します。
宮武さんの説明では、アメリカでは30歳を超えると、レジュメ、GitHubのプロフィール、リファレンスチェックなどのデータがそろいます。どの会社も裏で使う評価の仕組みがほぼ同じなので、「この人はこれが強みでこれが弱み」という結果も似通ってきます。
一方で30歳以下の人は経験が浅く、データが足りないことが多いといいます。大企業は何を評価すればいいかわからず、しかもアメリカの大企業では委員会で採用を決めることが多いため、一人が「この人を絶対採用したい」と押し切ることは基本的にありません。
データ不足
30歳以下はレジュメや実績などのデータが少ない
評価不能
大企業は何を評価すればいいかわからない
委員会での採用
統一されたプロセスで決めるため、一人の強い推薦が通りにくい
見落とし
尖った人ほど採用されにくく、過小評価される
そのため宮武さんは、大企業では選ばれにくい人材を見つけ出すことこそ、スタートアップが重視すべき部分だと述べています。
目を合わせられなかったマックス・レブチンを見抜いた話
宮武さんは、ピーター・ティールさんのすごさの一つとして、世渡り下手な人の採用が非常にうまいことを挙げます。草野さんの言葉を借りれば、面談に弱そうな人です。
その一例がマックス・レブチンさんです。PayPalはイーロン・マスクさんの会社X.comと、ピーター・ティールさんとマックス・レブチンさんが共同創業したContinuityが合併してできた会社だと宮武さんは説明します。Continuityの最初の社外取締役として、2人はLinkedInの創業者リード・ホフマンさんを誘いに行きました。
リード・ホフマンさんはマックス・レブチンさんと面識がなかったため、ピーター・ティールさんは2人で朝食に行くよう勧めました。その場の感想を、リード・ホフマンさんは英語でこう振り返っているそうです。
「For forty five minutes, all I could think was look the fuck up」って。
マックス・レブチンさんは会社の説明をしている間、ずっと下を向いていたのです。今は上場企業Affirm ── マックス・レブチンさんが創業した後払い決済サービスの会社。オンライン購入の分割払いなどを提供していますの社長として自信を持って登壇する人ですが、当時は純粋なエンジニアでした。
宮武さんによれば、マックス・レブチンさんはContinuityを起業しようとしながら、自分は社長に向いていないと思うあまりピーター・ティールさんを社長にしたそうです。コーディングしかしたくないタイプで、草野さんは「向いていないというより、本当にしたくないんですね」と受け止めています。
でもピーターさんが採用したところは、多分面接だと絶対落ちてるじゃないですか。
宮武さんは、アメリカの戦略コンサルや投資銀行の面接で目を合わせなければ、かなりの確率で落ちるだろうと話します。見た目、話し方、髪の色、服装、性格などに変わった部分があると避けられがちですが、ピーター・ティールさんはむしろそういう人を好んだといいます。Continuityには、中退がまだまったくイケていなかった時代に、高校中退者が何人もいたそうです。
決済の専門家を採用しなかったPayPalの選択
ピーター・ティールさんのもう一つの基本スタンスは、エキスパートを採用しないことだと宮武さんは話します。草野さんは、経験がある人のほうが成功率が高そうに思えると疑問を返しました。
宮武さんによると、PayPalなら決済の知識を持つ人を採用したくなるところを、あえてそうした人を避け、若くて可能性の高い人材を探していました。業界のことは勉強できるだろうという考えです。初期のPayPalで決済を知っていたのは弁護士だけだった、という話もよく聞くそうです。
この考え方は元PayPalのキース・ラボイスさんにも受け継がれました。宮武さんによれば、キース・ラボイスさんはSquareでも決済や金融サービスのバックグラウンドを持つ人をあまり採用せず、1000人中3〜5人程度だったといいます。
決済の知識や経験がある人を採用すれば成功率が高そうに見える
業界経験より若さと可能性を重視し、知識は後から学べると考える
宮武さんは、経験が必要になる例外として、リーガルや会計といったリスク削減の領域を挙げています。草野さんは、若い人に賭ける考え方も、経験や実績で判断したい気持ちもどちらもわかるからこそ、ピーター・ティールさんのやり方はすごいと話しました。
宮武さん自身、この回をやるか悩んだと明かします。言うのは簡単でも、実行するのが非常に難しいからです。過小評価されていたのが単に正当な評価だったという大失敗もありうる、と宮武さんは付け加えています。
キース・ラボイスはなぜ社内で人材を探したのか
宮武さんは、人によって向いている採用チャネルが違うことを理解する必要があると話します。キース・ラボイスさん自身、最初は面接での採用がまったくダメだったと語っているそうです。1時間や数時間の面接では、知られていない人材はわからなかったといいます。
そこでキース・ラボイスさんは、社内で人材を探しました。一緒に仕事をした経験から、他の部署の人を「どうしてもうちの部署に採用したい」と引っ張ってきたのです。長く付き合いがあるからこそ見抜けた人材の特徴を、後に面接の質問にも組み込めるようになったというのが、宮武さんの説明するキース・ラボイスさんの進化です。
草野さんは、多くの人が多角的に評価している社内なら優秀さを見つけやすそうだと話します。宮武さんは、社内で優秀な人を引っ張ると社内の関係が難しくなる点に触れつつ、高く評価されている人はそもそも引っ張れないと指摘します。元の部署で仕事が合わずに評価されていない人を見つけるという意味で、社内の過小評価人材を探すのも同じ考え方だといいます。
「矛盾する性格」を持つ人を探すという基準
面接で過小評価された人材をどう見抜くのかと聞かれたとき、ピーター・ティールさんは性格を見ていると答えたそうです。宮武さんによれば、それは対照的な2つの性格の要素を併せ持つ人です。
めちゃくちゃ頑固なんですけど、でもオープンであるっていう人とか。
完全180度真逆ではないんですけど、175度ぐらい真逆。
宮武さんは、個人で動く変わった人なのにチームでも働ける、といった例も挙げています。草野さんは、ビジョンには頑固でもアドバイスには柔軟という形で見えるのではないかと考え、優秀な人は意外と意見を受け入れてくれるし、絶対に譲らないことと受け入れることのバランスがいいと話しました。
宮武さんは、この両極端の要素という考え方が、2018年か2019年ごろにOff Topicで話したブランディングの話とも似ていると振り返ります。ブランドが両極端の性格を持つと面白みが増すという話です。草野さんも、矛盾があるものは面白く、そのバランスに人となりが出ると応じています。
本人のキャリアパスを描いてみせる口説き方
宮武さんが、ピーター・ティールさんが採用に強い理由として特に面白いと感じたのは、面談の相手のキャリアパスのビジョンをピーター・ティールさんが描き、そこへどうたどり着くかまで話してくれるという点です。
マックス・レブチンさんも、ピーター・ティールさんの才能の一つは、相手の未来を見てそれをリプレイし、そこへたどり着くまでをアシストしてくれることだと話しているそうです。
宮武さんの説明では、過小評価されている人は自分に何かが足りないと感じていることが多く、「自分なんかがPayPalに入れるわけがない」と思いがちです。そこへ「君にはこういうビジョンがあり、こういうステップで行けばいい」と示されると、納得して進みやすくなるといいます。
草野さんは、リーダーの大事な仕事は鼓舞し、背中を押すことだと話します。人生の選択肢を増やしてくれる人にはなかなか出会えないからこそ、キャリアパスまで詳しく話されたらついていきますよね、と共感していました。宮武さんは「もう信者になりますよね」と返しています。
起業家がVCに一番求めているものは何か
宮武さんは、同じことがVCとスタートアップの関係にも起きると考えています。VCが選ばれる理由としては、ブランド、採用支援やビジデブ ── ビジネスデベロップメントの略。提携先の開拓や新しい取引の創出など、事業を広げるための活動を指しますの支援、ナレッジなどが挙げられがちですが、起業家に聞くと一番の理由はそこではないそうです。
起業家がVCに一番求めているのは、自分のビジョンにアラインして、一緒に未来へ向かってくれるかどうかだと宮武さんは話します。採用も同じで、会社のビジョンだけでなく個人のビジョンにまで落とし込めるかが鍵になるという見方です。
草野さんは、社員が会社を離れることを悲しいことではなくキャリアの1ページと捉え、一緒に旅路を楽しむフェーズとして採用を語る起業家の話にも触れました。宮武さんは、それを一人ひとりにパーソナライズできるのがピーター・ティールさんの才能の一つだと述べ、草野さんは「妄想力が高そう」と表現しています。
PayPalマフィアは才能か、環境か
宮武さんが気になっているのは、PayPalマフィアの成功が、ピーター・ティールさん、マックス・レブチンさん、イーロン・マスクさんが才能を見つけたからなのか、それとも環境で育ったからなのかという問いです。草野さんは、どちらもだとしつつ、環境のほうが強いと思うと答えました。
宮武さんの答えもどちらもです。デイビッド・サックスさんほどプロダクトへのビジョンを持つ人や、マックス・レブチンさんほどコードを書ける人は当時なかなかいなかったはずで、もともとすごい人たちを採用していたのは確かだといいます。
4年間で多分20年分ぐらいの経験積んでるんですよ。
宮武さんによれば、PayPalマフィアの話は基本的に4年間ほどの出来事で、その間にインターネットバブルの崩壊を経験しています。環境がいい時と悪い時の両方を見て、EXITまで行ったことで、短期間に他の人より圧倒的に多くの経験を得たという見方です。
その学びは次のスタートアップにも生かされました。宮武さんは、YouTubeの初期戦略がPayPalとよく似ていたと話します。埋め込みをしやすくしたことや、どこかのサイトでYouTubeプレイヤーが止められたらユーザーにクレームを出してもらったことは、PayPalがやっていたことと同じだったそうです。
2000年代初頭のタイミングでのEXITも重要だったと宮武さんは考えています。バブル崩壊後、EXITがほとんど出ない環境で大規模なEXITを達成したことで業界での評判が高まり、メンバーはキャッシュを得て、互いのスタートアップに投資できるネットワークを作れたといいます。
濃い経験
バブル崩壊をまたぐ4年間で、好況と不況の両方を経験した
EXIT
EXITが出にくい時期に大規模なEXITを達成した
資金と評判
キャッシュと業界での評判を得た
相互投資
ネットワークを生かし、互いのスタートアップに投資した
いいプロダクトだけでは勝てないという学び
宮武さんは、PayPalの物語でよく語られるナラティブには少しミスリードがあると話します。いいプロダクトを作り、eBayに相乗りして成長し、EXITした資金で次もいいプロダクトを作って成功が積み重なった、という語られ方です。
宮武さんによれば、PayPalの組織で従業員が得た重要な学びは、ピーター・ティールさんが『ゼロ・トゥ・ワン ── ピーター・ティールさんが書いた起業論の本。競争を避けて独占を築くことや、新しい価値を生み出すことの重要性を説いています』で詳しく書いている「いいプロダクトだけでは市場で勝てない」という考え方です。
いいプロダクトを作っても、顧客に見つけてもらい、使ってもらい、お金を払ってもらわなければなりません。宮武さんは、ディストリビューションをいかに良くするかがPayPalマフィア全員の大きな学びで、それは元々の才能ではなくあの環境で得た才能だと述べています。
宮武さんは、マフィアと呼ばれる人材集団はほかにもあると話します。ジェネラル・マジック ── 1990年に設立されたアメリカのテクノロジー企業。携帯端末の先駆けとなる製品を開発し、後にテック業界で活躍する人材を多く輩出しましたからはeBay、Flash、iPod、iPhone、Androidを作った人たちが出てきました。最初のマフィアとも言えるフェアチャイルドセミコンダクターからは、Intelの創業者2人やKPCBの創業者が出ていて、宮武さんによれば92社ほどの上場テック企業がそのファウンダーや従業員から生まれているそうです。
| 集団 | そこから生まれたもの | 補足 |
|---|---|---|
| PayPalマフィア | LinkedIn、YouTube、SpaceX、Affirmなど | 約4年間で濃い経験を積んだ |
| ジェネラル・マジック | eBay、Flash、iPod、iPhone、Androidに関わった人たち | 変わった人材が集まり、一部はApple出身 |
| フェアチャイルドセミコンダクター | Intel、KPCB、AMD、セコイアなど | 「フェアチルドレン」と呼ばれ、92社ほどの上場企業につながる |
こうしたマフィアによってすごい人材プールが集まると、環境そのものが変わり、さまざまなことが起きると宮武さんは話します。そのためスタートアップの役割は、自社の事業を伸ばすだけでなく、エコシステムのために人材プールを集めることにもある、という見方です。草野さんは副次的な効果ですね、と受け止めました。
AI従業員が当たり前になると採用はどう変わるのか
宮武さんは少し話を広げ、今の経済は人材が大きく動かしているが、AIが発展するとそれは変わるのかと問いかけます。宮武さんが以前インタビューしたLindyのように、AI従業員を作る会社がサービスとして出てきているといいます。
宮武さんが面白いと感じているのが、自立できるAIプログラマーを開発するmagic.dev ── 自律的にコードを書くAIプログラマーを開発するアメリカのスタートアップ。大量のコードを一度に読み込める技術を特徴としていますです。コンテクストウィンドウ ── AIが一度に取り込んで扱える情報量のこと。大きいほど長い文書や大量のコードを踏まえた処理ができますが非常に大きいため、テック企業のコードをすべて読み取り、それをもとに新しいコードを書けるといいます。
今後に関してはもうCopilotの時代ではなくて、もうCo-workerですよね。
草野さんは、自社で作ったAI従業員ならまだしも、他社のAI従業員をSaaSのように雇うのはリスクに見えると話します。取引先が1社しかない会社が上場時に危ないとされるように、従業員の90%が他社のAIという状態も危ないと言われそうだという指摘です。
宮武さんは、特定の会社からフリーランスをたくさん採用している状態に近いと応じつつ、その会社がなくなったら従業員が全員いなくなることになると、嫌な言い方だと断って表現しました。
AIだけの採用市場は生まれるのか
宮武さんは、AIエージェントが増えると市場そのものが変わると考えています。今の株式市場やマーケットプレイスは人間が取引していますが、今後は人間だけの市場、人間とAIが混ざる市場、AIだけの市場が生まれるかもしれないといいます。
草野さんが新しい株式市場のようなものかと尋ねると、宮武さんは、むしろ人材採用の話だと答えます。人間を採用したいのかAIを採用したいのかによって、AIの採用市場が生まれるかもしれないという構想です。
そのAIがなんか給料の10パーセントチャージして、それで見つけに行ってくれるみたいなことが起きるかもしれないんですよ。
なんかめっちゃすごい。めっちゃすごいし、すごいありえそうなんですけど、なんか虚無。
草野さんは、人間が関わっていないと思うと、2024年の自分には不思議に感じると話します。宮武さんもディストピア感があると認めつつ、自分のAIアシスタントがAIの市場に依頼しに行くかもしれないと話を広げました。草野さんは、AIを何重にも挟んだ末に自分もAIだったというSFの結末がありそうだと笑っています。
宮武さんは、過小評価されている人材は誰にとっても言語化しにくいものだからこそ、AIがその発見に役立つ部分があるかもしれないと話します。AIとうまく組み合わせて採用する人も出てくる一方で、新たな課題も生まれるだろうという見立てです。
ホットな領域で戦わず、「マフィア」が生まれる環境をつくる
最後に宮武さんは、この回で伝えたかったことを整理します。スタートアップの採用の根本は、知られていない人材や過小評価されている人材を見つけることで、それができないと成功の可能性が下がる場合があるといいます。
特に今は、ホットな領域の人材をみんなが求めています。宮武さんは、それも一つの戦い方だとしつつ、過去のスタートアップを見るとそこで戦って大きくなった例はそれほど多くない気がすると話しました。
宮武さんは、一人の天才ではなく、複数人が集まって面白いことが起きる「シーニアス」の考え方がより必要になると述べます。そのうえで、PayPalマフィアのような集団が生まれる環境をどうつくるかを常に考えていきたい、と締めくくりました。
まとめ
宮武さんが語ったスタートアップ採用の要点は、大企業と同じ土俵で知られた人材を奪い合うのではなく、評価の網から漏れた人材を見つけ、育つ環境をつくることです。ピーター・ティールさんの採用やPayPalマフィアの歩みは、発掘と環境の両方が成功に関わっていたことを示していると考えられます。
- 知られている人材の取り合いでは資金で大企業に負けやすく、Googleが引き抜きに4倍の給料で対抗した例もある
- 30歳以下や世渡り下手な人、業界未経験者のように、大企業の統一的な評価で見落とされる人材にスタートアップの勝機がある
- ピーター・ティールさんは対照的な性格を併せ持つ人を探し、相手のキャリアパスを描いてみせることで過小評価された人を口説いていた
- PayPalマフィアは才能と環境の両方の産物で、「いいプロダクトだけでは勝てない」という学びは環境から得たものだった
- AI従業員やAIの採用市場が生まれれば、会社の作り方や採用の仕方が根本から変わる可能性がある





