アートギャラリーは作品から何を切り離しているのか?
宮武さんはこの回を、いつもの導入を飛ばして一つの事例から始めます。アートギャラリーや美術館に通うのが好きな、カルチャー系の記事を書いている人物が、そうした場所は「若干ミスリードしている」とスレッドで指摘していたという話です。
その人物の指摘は、ギャラリーや博物館は作品を「純粋なアート」として見る場所だが、実際のアートの多くは純粋なアートではない、というものでした。作品はもともと特定の場所や用途のために作られていることが多い、という考え方です。
宮武さんが例に挙げたのが、ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』です。この絵はミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂に描かれていて、食事をする修道士たちが、キリストと一緒に食べている姿を想像できるようにしていたと宮武さんは説明します。
なので、そのギャラリーが一部やってること、まあ必ずしもそうではないんですけど、一部そのアートを本来であるコンテキストから取り除いていますと。
宮武さんは、ギャラリーが悪いと言いたいわけではないと断っています。ただ、教会にあるはずの祭壇画が別の場所に置かれると、なぜその場で作られたのかがわかりにくくなる、という点を問題として挙げました。
ツタンカーメンの仮面や兵馬俑も、宮武さんによれば死や葬送を表現するために作られたものです。それが展示室に並ぶと、「すごいお金持ちだったんだ」のように、作り手が意図していなかった受け取られ方をされることがあるといいます。
ミケランジェロのダビデ像についても、宮武さんはヴェッキオ宮殿の外に置かれていたことに意味があり、フィレンツェの街を表現しようとしたものだと話します。そのうえで、宮武さん自身も詳しいわけではないと前置きしていました。
修道院の食堂や教会、宮殿の前など、作品が作られた理由や社会とのつながりが見える
一作品として切り出され、宗教や記憶の表現だったという文脈が見えにくくなる
草野さんは、歴史的なものは宗教や場所と結びついているので、そこを意識して見ている人も多いと思っていたと話します。これに対し宮武さんは、少なくともアメリカでは文脈を理解していない人が多いと考えていて、自分自身も歴史に詳しくないまま見に行くことがあると答えました。
一方で宮武さんは、ギャラリーの役割も認めています。古い作品をきちんとケアすることや、本来は見られない作品を日本やアメリカなど別の場所で見られるという新しいディスカバリーの役割は、とても重要だと話しています。
ただのお皿は、いつアートになるのか?
話は博物館に置かれた「古いもの」へ移ります。宮武さんは、博物館に並ぶものは簡単に言えば「ただの古いもの」ではないか、と問いかけます。
昔使ってたお皿みたいなのが飾ってあると、中学生ぐらいの時は全然興味がなかったので、「なんでただのお皿を飾っているんだろう」みたいな気持ちになりますけど。
草野さんは、年を重ねるとそのすごさが少しずつわかってくると話しました。ところが宮武さんは、本来は中学生の見方のほうが若干正しいと返します。
今使ってるお皿とか、道路を歩いてる時に見える広告とか、使ってるお箸かもしれないですけど、それが100年、500年後に博物館に置かれるんですよ。
宮武さんは手元にあったAll-In Podcastのコップを例に出します。今はただのコップでも、100年後にAll-Inが大きな存在になっていれば面白いものとして扱われるかもしれませんし、500年後に「当時の人間はこういうコップを使っていた」と唯一残る資料になるかもしれません。
草野さんは、便器をそのまま作品にしたマルセル・デュシャン ── 20世紀のフランス出身の美術家。既製品の男性用小便器に署名して『泉』と名付けて出品し、既製品をそのままアートとして提示する「レディメイド」で知られますを挙げます。既製品でもアートになるという考え方に、宮武さんは「何でもアートになれるという発想は、文脈次第」と応じました。
宮武さんがアートの話から始めた理由もここで明かされます。ギャラリーに限らず、いろいろなものが文脈を削っていくと、人は意味を理解しないまま物を見てしまう。この問題意識が、今回のテーマにつながっていきます。
情報があふれる時代に、希少になったのは何か?
宮武さんは、Off Topicの二人にとってこのテーマには少しメタな要素があると話します。二人は普段から社内でもコンテキストやニュアンスの重要性について話していて、それは番組の目的の一つでもあるからです。
このテーマをうまく言い表した言葉として、宮武さんは平井浩延さんの「Context is that which is scarce」を紹介します。直訳が難しいとしたうえで、情報そのものより、情報の周りの文脈の希少性が高まっているという意味だと説明しました。
草野さんが「もともとあったものが、より重要になったのか」と尋ねると、宮武さんはその理由をデータ量の増加に求めます。触れられるデータポイントが増えたぶん、それらがどうつながり、何が重要で、どんな大きな枠組みで見るべきかを理解するのが難しくなっているというのです。
データの増加
技術によって、触れられる情報やデータポイントが大量に増える
つながりが見えない
どのデータがどうつながり、何が重要なのかを理解しにくくなる
まとめる人の不足
全体像を描いて理解する人や力が足りなくなる
ノイズ化
文脈やニュアンスがないと、情報はただのノイズになる
宮武さんはChatGPTに言い換えを頼んだときの説明も紹介します。目の前に何百ものピースがあるパズルにたとえると、ピース一つひとつが情報で、足りないのは箱に描かれた完成図だという見方です。
結局コンテクストとか文脈とかニュアンスっていうものがないと、情報はただのノイズになるんですよ。
微分積分の後に需要と供給が生まれたのはなぜか?
宮武さんは、文脈という考え方を当てはめると、いろいろなことが理解しやすくなると話します。最初の例は経済学です。
宮武さんによれば、サプライとデマンド ── 需要と供給のこと。モノの価格や量が、買いたい人の量と売りたい人の量の釣り合いで決まるという、経済学の最も基本的な考え方の一つですという経済学のごく基本的な概念は18世紀まで考えられていませんでした。一方で17世紀には、微分積分学のような高度な数学がすでに考えられていたといいます。
宮武さんはこのずれを、文脈の不足で説明します。需要と供給は教わって理解するものではなく、過去の事例をたどることで見えてくるもので、当時はその事例集、つまりデータポイントがなかったから、つなげることもできなかったという見方です。
次の例は1904年のアメリカです。宮武さんによると、当時のアメリカ人の死因で最も多かったのは肺炎とインフルエンザでした。今から見ると「もっと何かできたのでは」と思えますが、当時の状況を知ると見え方が変わります。
宮武さんは、コンテキストにはもう一つ重要な意味があると話します。それは、当時は当たり前だったが、今は当たり前ではないものを理解することです。そして文化的な「当たり前」ほど記録に残りにくく、理解が難しいと指摘しました。
町ごとに時計がずれていた時代とは?
「当たり前は記録されない」ことのいい例として、宮武さんは時間の概念を挙げます。今は世界のほとんどが、時差はあっても1年365日、1週間7日という同じ時間の枠組みで動いていて、全世界がそれに合意したこと自体がすごいと宮武さんは話します。
草野さんも、月火水木といった曜日の並びまで同じなのはすごいと応じます。宮武さんは、週の始まりが日曜か月曜かは国によって違うかもしれないと補足していました。
宮武さんによると、アメリカやイギリス、オーストラリアでは、かつて年月日は決まっていても細かい時刻は統一されていませんでした。ある町から別の町へ行くと8分、10分、場合によっては20〜30分ずれていて、15分かけて移動しても着いた町が3時15分とは限らなかったといいます。
町ごとにローカルな時刻があり、隣町と数分〜数十分ずれていた。当たり前すぎて誰も記録しなかった
鉄道の登場で、全員が同じ時間に合わせて乗る必要が生まれ、時刻がそろっていった
宮武さんはこの話をビジネスにもつなげます。採用や海外へのローカライズでは、日本で当たり前のビジネスカルチャーやビジネスのやり方が、アメリカやイギリス、スペインでは違うことがあり、そこを理解する必要があるというのです。
Instagramをまねる前に見るべきものは?
宮武さんがもう一つの事例として挙げるのが、アプリの歴史です。多くのスタートアップ起業家は、今人気のアプリから機能やUI、グロース戦略をコピーし、自分なりに解釈して出すことがあると宮武さんは話します。
ただ宮武さんは、コピー先のアプリの「今の文脈」と「昔の文脈」は違うと指摘します。たとえばInstagramの競合を作りたい場合でも、今のInstagramと、14年前にローンチしたときのInstagramはまったく別物です。
(今と昔のInstagramは)思想も違いますよね。
MAUは20億人ほど。新規ユーザーもなんとなく内容を理解したうえでダウンロードする
誰もInstagramを知らない。オンボーディングや登録フロー、新規ユーザー獲得の施策をもっと工夫していたかもしれない
宮武さんは、創業者が目標としていたものが時期によってまったく違うため、思想の文脈も時間とともに変わると話します。そのため、アプリを作りたい人にはInstagramやSnapchat、Facebookの最初のバージョンを見るのも面白い、と伝えることがあるそうです。
「歯磨き」はなぜ今も「歯磨き」なのか?
草野さんは、最近読んでいる小説『東京都同情塔』の話を始めます。芥川賞を受賞したこの作品は、オリンピック後の東京に刑務所のタワーが建つ物語で、草野さんは半分ほど読んだところだと話していました。
草野さんが面白いと感じたのは、名称や言葉の定義への問いかけです。作中では、今はフロスなどで「取る」ほうが近いのに、まだ「歯磨き」と呼んでいることや、オリンピックがそもそも何のために作られたのかといった疑問が出てくるといいます。
草野さんは、IT業界のカタカナ語にも触れます。「アグリーしてコンセンサス取っていきましょう」のような言い方は笑われがちですが、「賛成します」では硬すぎ、「いいですね」ではふわっとしすぎるので、カタカナでしか伝えられないニュアンスもあると草野さんは話しました。
すいません、アグリー使いました。
宮武さんは、スラングは進化しても「歯磨き」のような言葉が変わる場面は想像しにくいと話します。草野さんは「電話」を「iPhone」と呼ぶような固有名詞化はあっても、普通の言葉が変わるのは難しいのではと応じ、宮武さんも、電話を示すジェスチャーや絵は世代で変わっても、テキストが一番変わらないかもしれないと話しました。
草野さんは、新しい言葉に置き換えるには商業的な仕掛けが必要ではないかと考えます。宮武さんはそれに賛同し、婚約指輪にダイヤモンドを使うという概念は、ダイヤモンドを採掘する会社が作ったものだと例を挙げました。
草野さんはさらに、美容やスキンケアの言葉が細かくなっていく例も挙げます。保湿だけだったものに美容液や下地が加わり工程が増えていく流れについて、宮武さんは「文脈が深まっているように見えて、細分化されてお金を吸い取られているとも言える」と話していました。
「woke」の意味はなぜ人によって違うのか?
宮武さんはリスナーに、言葉の意味が変わった瞬間の事例があればフィードバックしてほしいと呼びかけます。そこから話は、英語の「woke」という言葉へ移ります。
草野さんが「社会問題にもっと目を向けなければと気づいた人たち、という意味か」と尋ねると、宮武さんは、アメリカではこの言葉自体が政治化されていて、共和党派と民主党派に聞くとだいぶ違う定義が出てくると答えました。
「woke」っていうすごいシンプルな言葉に対して、すごいコンテキストが裏にあるんですけど、そのコンテキストの中で部分的に選ぶ人たちがいるので、それによって意味合いとか定義とかが変わる。
草野さんは、文化について書いたレイモンド・ウィリアムズ ── イギリスの文化研究者・批評家。カルチュラル・スタディーズの源流の一人とされ、『キーワード辞典』で「文化」「社会」などの語の意味の歴史をたどりましたが作った言葉の辞書を紹介します。ビジネスや文化、社会、「大衆」といった抽象的な言葉がどう生まれ、どう変化したかを書いた本で、日本語版を今の時代に作ったら面白いかもしれないと話しました。
文脈はこれまで誰が届けてきたのか?
言葉の意味も文脈によって変わる、という話を受けて、宮武さんは「では文脈をどうやって取得するのか」と問いを立てます。宮武さんの答えは、これまでは専門家に頼ってきた、というものです。
宮武さんは再び『最後の晩餐』を例にします。キリスト教を知らない人が見れば「ご飯を食べている絵」で終わるかもしれませんが、専門家が歴史的な重要性や誰が描いたかを説明してくれるからこそ、面白さを理解できるというのです。
宮武さんによれば、これはアートに限りません。ウクライナやイスラエルの情勢、コロナ、シリコンバレーの状況なども、人は専門家に頼って文脈を得ていて、特にニュースや記者の役割が大きいといいます。記者の基本的な仕事は、より中立的な形で、選んだ情報がなぜ重要かを説明することだと宮武さんは話しました。
草野さんは、ダ・ヴィンチの作品も盗難や謎の解明、映画化など、時代ごとに盛り上がるタイミングがあると話します。ニュース性があることで深掘りされ、人々が作品を理解する機会になってきたという見方です。
そのうえで宮武さんは、今は「コンテキストの危機」にあると述べます。技術によって大量のデータにアクセスできるようになった一方で、そのデータをきちんと並べてくれるツールが足りていないからです。
XやYouTubeは文脈を削るのか、届けるのか?
宮武さんは、XやFacebook、Googleといったサービスは、文脈を提供する面と削る面の両方を持つと話します。ただ、より強くやっているのは、文脈を取り除いて一つひとつのデータポイントを面白く見せることだといいます。
たとえばXには、誰かの発言を前後の文脈を抜いて投稿するケースがたくさんあります。一方で、リツイートや引用ツイートによって、自分が見られなかった文脈が出てくることもあり、引用の引用をたどればソースにさかのぼれると宮武さんは話します。
(Xは)コンテキストのディスカバリーの場所にもなるんですよね、場合によっては。
宮武さんは、Google、Amazon、TikTokのようなアグリゲータープラットフォーム ── 多くの供給者の商品や情報を一か所に集約し、ユーザーに選んで提示するプラットフォームのこと。検索エンジンやECモール、動画アプリなどが代表例ですも、アルゴリズムを通じて情報を短くしつつ文脈を提供していると話します。ただGoogleの検索結果はタイトルと短い概要とURLだけ、Amazonは商品画像、YouTubeはサムネイルとタイトルが中心で、すべてを伝えられるわけではありません。
Off Topic自身もYouTubeで見つけてもらうことがあり、YouTubeがなければ発見すらされなかったと宮武さんは認めます。その一方で、サムネイル1枚で比べられるため、伝えたいことを本当に伝えられているのか難しいと話し、YouTubeで表現が単純化していくことを「ミスタービースト化」と呼ぶと紹介しました。
インターネットによっていいところもあるんですけど、ディスカバリーとか、まさに本当にパンドラの箱ですね。もう開けてしまったらもう戻らないですね、これは。
AI要約で失われる「アハ体験」とは?
文脈の不足を解決する手段として、よく挙がるのがAIです。YouTube動画や本、記事をChatGPTなどに入れて要約を作る使い方は、英語を読めない日本人が英語の記事に初めて触れられるなど、良い面もあると宮武さんは話します。
それでも宮武さんは、要約ツールを基本的に使っておらず、むしろ使いたくないと言います。宮武さんは個人的な意見と断ったうえで、文脈が削られすぎるからだと理由を説明しました。
宮武さんが例に挙げたのは、レックス・フリードマン ── アメリカのポッドキャスター、AI研究者。テック業界の経営者や科学者を招いた長時間インタビュー番組で知られますの番組にサム・アルトマン ── ChatGPTを開発するOpenAIのCEOが出演した回です。2.5時間の動画を誰かがAIで日本語に長く要約してFacebookに投稿していて、宮武さんは全編を見たうえで、どこまで伝わるか確かめるためにその要約を読んだといいます。
宮武さんによれば、要約は何が発言されたかをきちんと書いていて、目的は達成されていました。それでも物足りなさがあり、動画を見ていたときにはあった「アハ体験」が要約にはなかったといいます。
すごい考えていた後の「そうですね」と、すぐ返す「そうですね」って違うじゃないですか。
宮武さんは、どの発言がやり取りの中で重要だったか、間を置いて考えた回答だったか、どんなトーンで話していたかといった文脈を、今のAIはまだ読み取れていないと考えています。ニュース記事の要約ならまだしも、会話の要約は「ふーん」で終わってしまうというのが宮武さんの実感です。
草野さんも、要約で見ると面白くないと感じると話します。英語のコンテンツを完全に理解できなくても、会話のリズムや間、笑い声が失笑なのか大笑いなのかは音声や映像なら伝わる、というのが草野さんの見方です。
間、トーン、笑い方、会話のリズムが伝わり、「アハ体験」が生まれる
何が発言されたかはわかるが、ニュアンスが削られ「ふーん」で終わりやすい
一方で草野さんは、どの要素が重要かは人によって違うとも指摘します。表情の情報が必要な人もいればそうでない人もいて、どこを削るかも人それぞれなので難しそうだ、という意見に宮武さんも同意しました。
Xのコミュニティノートは文脈を補えるか?
宮武さんは、今のAIには足りない部分が多いとしつつも、AIが文脈の問題を解決できないわけではないと話します。以前話した、見ている記事をさらに深掘りしてくれるChrome拡張機能のようなAIはその一例で、今ある近い事例がXのコミュニティノート ── X(旧Twitter)で、誤解を招く投稿に対してユーザーが背景情報や訂正を注釈として付けられる機能。異なる立場の評価者から「役に立つ」と評価されたノートが表示されますだといいます。
草野さんの「誰でも書けるのか」という質問に、宮武さんは「そこはわからない」と答えます。何らかの認証が必要かもしれず、おそらくコミュニティがファクトチェックや投票を経て、注釈として出すかを判断しているのだろうと宮武さんは推測していました。
草野さんは、テイラー・スウィフトが誰かと仲が悪いという投稿に、ファンが「実際には仲直りしている」とノートを付けていた例を見たといいます。
宮武さん自身も、コミュニティノートに助けられた経験を話します。数週間前、GoogleのCEOスンダー・ピチャイさんとAppleのCEOティム・クックさんが食事している写真が、Google GeminiがAppleのデバイスに入るという噂の証拠として、アメリカのテック業界で広まっていました。
それを見て、僕もなんかそういうことが起きてるんだと思って、それ(写真)を投稿しそうになったんですけど、そこに注釈が書いてあって、
10年以上前の写真なんですよっていうのが書いてあって、あ、これはちょっと投稿できないなって思って、それを投稿しなかったっていうのがあったので。
宮武さんは、ノートには2016年か2012年の写真だと書かれていたが、どちらだったかは忘れたと話していました。最近のアメリカの日食でも、5年前の写真だという注釈が付いた投稿を見かけたといいます。
草野さんはピンクムーンが話題になったとき、ピンク色の丸いハムの写真を月として投稿している人がいて、自分は見分けられず、コメントで「ハムだ」と知ったと話します。宮武さんは「草野さんも騙せるハム」を概要欄に入れてほしいと笑っていました。
好奇心を持つAIは何をしてくれるのか?
宮武さんは、コミュニティノートは警告に近いものだとしたうえで、それ以上に、トピックをディープダイブしたり文脈を与えたりするオプションがサービスに組み込まれていくと考えます。
宮武さんが挙げる例は、教育アプリならワンクリックで深掘りできる機能、料理アプリなら「大事なパートナーのために工夫したい」と押すと盛り付けのアレンジなどシェフしか知らない情報を教えてくれる機能です。草野さんは、Wikipediaを延々と読んでしまう楽しさに近いと応じました。
草野さんが「人は好奇心をどう育むのか」と問うと、宮武さんは、文脈を与えられるかどうか次第だと答えます。取り入れたくないときがあってもいいが、取り入れたいときに文脈がないと「もっと深掘りしたい」という結論に至れない、という考えです。
ここまでのワンクリックの深掘りは、ユーザーが自ら選ぶ受動的なアイデアです。宮武さんはさらに一歩進めて、AI自体が好奇心を持ったらどうなるかという、現時点では存在しないと思われる架空のサービスを描きます。
草野さんは「めっちゃ優秀ですね」と感心します。宮武さんは、エビデンスの出し方が間違っていれば問題になるとしつつ、最終的な結論を出すのは人間であり、AIは仮説と改善案まで出す役割だと強調しました。
今チャットツールを作るなら、何から考えるべきか?
宮武さんは、文脈の理解はサービス設計で特に役立つと話します。以前話したAIネイティブなサービスのように、新しいサービスはゼロから考え直すべきで、そのために文脈が重要になるというのです。
題材は、Off Topicのデイリーメモで話したアイデアである、SlackやFacebook、Discordの競合となるコミュニティ向けコミュニケーションサービスです。宮武さんはまず、コミュニティの強さは時間とともに劣化しやすいという性質を説明します。
初期は強い
全員が同じタイミングで入るので「初めまして」同士で、つながりができやすい
新旧が入れ替わる
新しいユーザーが増え、古いユーザーが離脱し始める
投稿しづらくなる
知らない人が多すぎたり、古い人だけが過去の話をしていて新参者が入りにくくなる
誰も投稿しない
最終的にやり取りが止まってしまう
宮武さんは、コミュニティの良さを「どれくらいつながりが作られ、コミュニケーションやコラボレーションが起きているか」と定義します。強い事例として、以前話したスニーカーのコミュニティ「SoleSavy」は、1対1の手厚いオンボーディングや、一定人数ごとに別々のSlackを作るコホート型の運営をしていたと紹介しました。
宮武さんの問題意識は、AIを使ってSlackの競合を作ろうとすると、SlackっぽいUIに要約機能を足すだけになりがちだという点です。それではSlackにも同じことができてしまうので、既存アプリの文脈に戻って考える必要があるといいます。
新しい人がいっぱい入ってきて、出ていく場所じゃないんですよ。
| サービス | もともとの用途 | 集まる人 |
|---|---|---|
| Slack | 従業員用の社内ツール | 社内の知っている従業員 |
| Discord | 小さい友達グループでゲームなどをするため | 友達同士 |
| Facebookグループ | 大学のクラブ活動など | 知り合い同士 |
こうした文脈を踏まえると、出入りが激しいコミュニティでは、新しいユーザーが古いユーザーとつながれる設計が根本から必要になると宮武さんは話します。次世代のコミュニティアプリは出会い系やマッチングアプリに近いものになるかもしれないというのが宮武さんの見立てです。
草野さんは、仕事の場面なら転職サービスや副業サービスとチャットツールがつながると便利そうだと応じます。宮武さんは、採用の掲示板やフィードのようにSlackにない要素があってもいいとし、会社が大きくなるとどのチャンネルに入ればいいかわからないので、フィードで社内の動きをなんとなく知りたい人もいると話しました。ただ草野さんは、組織を作る側にはこうしたいという意図もあると指摘し、宮武さんも情報過多とのバランスが大事だと認めています。
プロフィールに「好きな文章の書き方」を載せたら?
宮武さんはコミュニティアプリの話に戻り、マッチングの観点から見ると、SlackやDiscordに一番足りないのはプロフィールだと指摘します。写真とメールアドレスや電話番号くらいしかなく、その人が何を好み、何を求めているかがまったく書かれていないからです。
草野さんがあったほうがいいと考えるのは、どんな文章を好むかという情報です。
「絵文字多めでお願いします」とか、あと、まあ「敬語がいいです」とか、あとまあ「ビックリマークつける派です、丸派です」みたいな。
草野さんは、こうした些細なことが積み重なり、「これって失礼じゃないかな」「スタンプで返すのは失礼かな」という心の不安につながると話します。新卒の頃は絵文字で返して怒られたこともあったが、今はSlackなら絵文字があってもいいという先輩も多く、テキストが重要になった社会で気にする人は多いはずだといいます。
宮武さんは、自分は絵文字の使い方がわからないので、カジュアルな気持ちでもテキストではかなり敬語を使うと話します。草野さんはそれに合わせていると明かし、宮武さんも「多分だいぶ合わせてくれている」と認めていました。
草野さんは英語で小文字だけで書くのが好きだと言い、意図して使っているのかを知っておきたいと話します。宮武さんは、AIがわざわざ翻訳する必要はないが、相手を理解しコミュニケーションを良くするための文脈としてのプロフィールがあってもいいのでは、とまとめました。
ミシュランガイドはタイヤ会社の何を売ったのか?
宮武さんは、文脈の理解はまったく新しいサービスだけでなく、何かを普及させるときにも重要だと話します。ある人はこれを「ソーシャルテクノロジー」と呼んでいて、ソーシャルメディアではなく、概念を当たり前にするための施策を指すといいます。
宮武さんが挙げる例は車の普及です。車をたくさん作り、運転のトレーニングを提供するだけでなく、どこへ行くべきかという場所を与えなければならない。地方という概念を作らないと、そこに住みたいとも思わない、と宮武さんは説明します。
ガイドを作る
タイヤ会社のミシュランが、良いレストランのリストを集めたガイドを作る
車で出かける
人々がそのレストランに行くため、車を多く使うようになる
タイヤが売れる
走行距離が増え、後々タイヤを交換してもらえる
宮武さんは、新しい発明をするだけでなく、その発明に意味を作る人たちも、新しいサービスを作れるのではないかと話します。草野さんは、思想や、どう行動させるかが本当に大事だと応じました。
カンファレンスに求めているのはアイデアか、文脈か?
宮武さんは最近、イベントやカンファレンスに行く理由が変わったと感じているそうです。昔は新しいアイデアや発想を聞きに行っていましたが、新しいアイデアはSNSで広がるので、今はそこでキャッチアップできてしまいます。
新しいアイデアや新しい発想を聞きに行く
ある領域をどう見るかという視点やデータ、つまりコンテキストを得に行く
アイデアを求めているのではなくて、コンテキストを求めてるのかなと思うんですよ。
宮武さんは、視点やデータで状況の理解がクリックすると、新しいサービスやマーケティング施策のアイデアが生まれると話します。そのうえで、Off Topicの重要な役割は、このコンテキストのレイヤーを一つ提供することだと位置づけました。
宮武さんは、コンテキストの希少性という話も自分が初めて言ったわけではなく、平井さんたちが話していることを、リスナーにとって面白そうな文脈としてアレンジしているのだと説明しています。
Off Topicがすべてを説明しない理由とは?
最後に宮武さんは、番組に寄せられる「もっとちゃんと物事を説明してほしい」という要望に触れます。社名や人物名をさらっと口にすることが多く、前回もジャック・ドーシーが好きだと話しながら、誰なのかはほとんど説明しなかったと振り返りました。
私は注釈したい気持ちはあるんですけど、言葉が途切れなすぎて入り込めないです、正直。
宮武さんは、エピソードの解説やガイドを、番組ではなくコミュニティと一緒に作りたいと話します。一方でポッドキャスト自体は、計画的にもそうでなくても、すべての文脈を与えないことが一つの仕事だと考えているといいます。
理由の一つは、何度も同じことを説明するのが面倒だから、と宮武さんは正直に話します。もう一つは、平井さんがブログで書いている「ミニマルアップフロントコンテキスト」、つまり最初に与える文脈を最小限にして、気になったことを自分で深掘りする人が出てくるのを望む、という考え方です。
草野さんは、知っておいてほしいというハードルは確かにあるとしつつ、「あれをやった人ですよね」のようなプチ情報があるとコンテンツとして楽しいと話します。全部を説明する必要はない、という点では二人の意見は一致していました。
宮武さんは、日本の全員がわかるレベルまで説明する予定はなく、そうすることで番組から失われる文脈もあると話します。自ら単語を調べてくれる人に聴いてほしいし、聴いてくれる人がそうなってほしい、と述べて、コンテキストの希少性が高まっているという今回の話を締めくくりました。
まとめ
情報があふれる時代には、情報そのものより、それを意味づける文脈のほうが希少になっている。宮武さんと草野さんは、アート、歴史、言葉、AI、サービス設計、そしてOff Topic自身のあり方まで、この一つの視点で見直していきました。
- ギャラリーは作品を守り新しい出会いを生む一方で、作品が置かれていた場所や社会とのつながりという文脈を切り離すことがある
- 当時は当たり前で今は当たり前でないもの、たとえば町ごとにずれていた時刻のような文化的な前提は記録されにくく、だからこそ理解が重要になる
- AI要約は何が話されたかは伝えられても、間やトーンといった会話の文脈が削られ、「アハ体験」が失われやすい
- サービスを作るときは、既存アプリの今の姿だけでなく、作られた当時の文脈や目的に立ち返ることで新しい切り口が見えてくる
- Off Topicは最初に与える文脈をあえて最小限にし、リスナーが自分で深掘りしたくなる余白を残そうとしている




