海外で加速するマンガ熱狂——少年ジャンプ+が仕掛ける「新しい才能」の発掘戦略
今回のOff Topicでは、少年ジャンプ+でデジタル担当編集長を務める籾山悠太氏と、編集・イベント企画を手がけるツドイ代表の今井雄紀氏をゲストに迎え、マンガの海外展開と編集者の役割について深掘りしました。日本と同時に9言語で配信される「MANGA Plus」の仕組み、アプリと紙の違い、そして「まだ見つけられていない才能」を発掘する編集哲学まで、マンガ業界の最前線が語られます。その内容をまとめます。
日本と同時配信を実現する仕組み
少年ジャンプ+の海外向けサービス「MANGA Plus集英社が運営する海外向けマンガ配信プラットフォーム。英語・スペイン語など最大9言語で、日本と同時に最新話を配信する。アプリダウンロード数はジャンプ+を上回る。」は、日本の連載と**同じタイミング**で各国語版を配信しています。これは、従来の「日本で発売→翻訳→海外でライセンス」という流れを一変させる試みです。
日本の雑誌の校了や発売スケジュールをもとに、なんとか日本と同じタイミングで翻訳をしてほしいということで、いろんな翻訳者の方にご協力いただいて、ギリギリ間に合わせているという感じです。
物理的なスケジュール調整に加え、現地出版社との関係構築も大きなハードルでした。籾山氏は世界各国を回り、出版社と直接対話を重ねることで、自社配信への理解と協力を得てきたといいます。
アプリと紙、それぞれの強み
デジタルと紙では、連載の作り方にも違いが生まれます。紙の雑誌はページ数が固定されているため、「限られたページで何を優先するか」を考える癖がつくと籾山氏は指摘します。一方、ジャンプ+はページ数制限がなく、描きたいことを全部描ける自由があります。ただし、それが必ずしもプラスに働くとは限りません。
また、アプリの大きな強みは**SNSとの連動**です。週刊少年ジャンプが学校のクラスで話題になったように、ジャンプ+ではXなどを通じて世界中の読者が感想を共有し合います。連載は「ライブ」のように読者と作家が相互作用しながら進んでいくものであり、その体験をグローバルに拡張できる点がデジタルの魅力だと籾山氏は語ります。
データ活用についても、アプリでは完読率や離脱ポイントなど詳細なデータが取れます。しかし、ジャンプ+は日刊で連載が分散しているため、紙のように単純な競争原理が働きにくい面もあり、データの活用方法は模索が続いているといいます。
海外でのマンガ人気は本物か
籾山氏は大学時代から海外旅行を通じてマンガ・アニメファンの存在を感じていましたが、2019年にMANGA Plusを開始した当時は、イベント会場では熱狂があっても、街中ではまだ一部の人にしか浸透していない印象だったといいます。しかし、コロナ禍以降、状況は一変しました。
コロナ禍以降で数倍にマンガの売上が上がって、MANGA Plusの読者数も数倍に増えました。ニッチな人気だったものが、今は一気にメジャーなものになったと感じます。
Crunchyrollソニー傘下のアニメ特化ストリーミングサービス。世界中でアニメを配信し、コロナ禍でユーザー数が急増した。などのアニメ配信サービスの普及も追い風となり、アニメから入ったファンがマンガにも流れてきたことが大きいようです。宮武氏も、アメリカではかつてアニメを見ること自体が「オタク扱い」されていたのに対し、今では若い世代を中心にメインストリーム化していると指摘します。
国や地域による人気ジャンルの違い
海外展開において、ジャンルの受け方には地域差があります。東アジアや東南アジアは日本の人気傾向と近く、ヨーロッパは多様な作品がそれぞれ人気を持つ傾向があります。一方、アメリカ大陸ではアニメ化された大ヒット作、特にファンタジーバトル系が強いといいます。
スポーツマンガはかつて海外で苦戦するジャンルとされていましたが、『ハイキュー!!』や『ブルーロック週刊少年マガジン連載のサッカーマンガ。独特の設定と心理描写が海外でも高い評価を受けている。』のヒットにより、その壁も徐々に低くなっているようです。ただし、ギャグマンガは依然として難しいジャンルだと籾山氏は話します。
ボケとツッコミの概念がないですからね、あんまり。学校生活や先輩後輩の概念も国によって違いますし。
文化的文脈の違いが笑いには強く影響するため、ギャグは翻訳が難しいジャンルといえそうです。それでも、『ボボボーボ・ボーボボ週刊少年ジャンプ連載のギャグマンガ。シュールな笑いが特徴で、アメリカでも一部に熱狂的ファンを持つ。』のように文化を超えるギャグもあり、何が国境を越えるかは予測しづらい部分もあります。
データと直感のバランス
編集者として、データと直感をどうバランスさせるか。籾山氏は、**結果としてのデータは100%受け止める**と明言します。アンケートや売上といった客観的な数字は、自分の予想と違っても事実として受け入れる姿勢が重要だといいます。
一方で、まだ結果が出ていない読み切りや連載ネームを判断する場面では、過去のデータと自分の感覚を頼りにするしかありません。ここでは編集者個人の「フェチ」や「思考」が重要になると籾山氏は語ります。
データを100%受け入れる
アンケート、売上、完読率などの客観的数字を尊重し、自分の予想とのズレも認める。
直感と経験を頼りにする
過去のデータと編集者個人の感覚、他の編集者の意見を総合して判断する。
また、ジャンプの連載会議には独特の文化があります。全員が面白いと思う作品でなくても、数人が強く推していれば連載を始めるケースがあるのです。
今井氏も「みんなで決めたことは正しいけど面白くない」という言葉を紹介し、編集者には「人と違うことをやりたい」という思考が根底にあると指摘します。これは、ベンチャーキャピタルの投資判断にも通じる考え方かもしれません。
編集者の「見つける力」をどう育てるか
ジャンプやジャンプ+の編集者にとって、「まだ世の中に見つけられていない才能を見出す」ことが最大の手柄とされています。すでに人気のある作家を獲得することよりも、無名の新人を育てることに価値があるという文化が根付いているのです。
ある編集者が言ってたのは、「フォロワー数が少なければ少ない方がむしろ嬉しいです」と。世の中に見つけられていないけど才能がある人こそ、編集者として頑張る意義が大きいんです。
才能の見つけ方について、籾山氏は**構造的な工夫**と**個人の感覚**の両面が重要だと語ります。まず、ジャンプルーキー集英社が運営するウェブマンガ投稿サービス。誰でも作品を投稿でき、編集者の目に留まればジャンプ+での連載チャンスも得られる。のような投稿プラットフォームを作り、才能ある作家が集まりやすい場を整える。そのうえで、編集者個人が何を読んできたか、何が好きかという「編集者のフェチ」が判断の決め手になるといいます。
年齢と編集パフォーマンスの関係
宮武氏からの問いかけで、編集者の年齢と感覚値の関係についても話題になりました。VC業界では50歳前後を境に若年層の感覚が失われるという指摘がありますが、マンガ編集ではどうでしょうか。
籾山氏は、若さゆえの「何も知らないからこそできる」強みと、キャリアによる「落とし穴を予測できる」経験の両方に価値があると指摘します。ジャンプやジャンプ+では20〜30代の編集者が中心ですが、ベテラン編集者が活躍するケースもあり、作品や作家との相性次第という面が大きいようです。
今井氏は、少女マンガの編集では年齢を重ねても活躍する男性編集者が多いことに触れ、ジャンルによって違いがあるのではないかと分析します。
海外展開の新たな可能性
MANGA Plusは、アニメ化前の新連載が海外で大ヒットする流れを生み出しています。『カグラバチ週刊少年ジャンプ2023年連載開始の新作。第1話から英語圏で大きな話題となり、人気アニメ作品を上回る読者数を記録した。』は第1話から英語圏でバズり、アニメ化前にも関わらず世界中で単行本のオファーが殺到しました。
日本で1巻が出たばかりなのに、海外でもものすごい部数でオファーが来て、いろんな国で単行本も売れています。アニメからマンガへのヒットじゃなく、マンガの連載が面白ければ世界中で読まれてヒットになる流れができてきました。
紙の本の「レコード化」とBookTokの可能性
宮武氏は、アメリカで起きている「BookTokTikTok上で本を紹介・レビューするコミュニティ。若者を中心に人気で、紙の本を読むことが「おしゃれ」なステータスとして再評価されている。」現象を紹介します。これは、紙の本を読むことが一種のステータスやパフォーマンスとして捉えられる文化です。実際、『ワンピース』がBookTokで取り上げられ、普段はマンガを読まない層にまで広がった事例もあります。
日本も紙の本がレコード化してる感じがします。紙の本を読んでるなんてイケてるね、みたいな雰囲気が若者たちの間にあるような気がしていて。
宮武氏は、新作をブッククラブやBookTokコミュニティに入り込ませることで、新しい読者層を開拓できる可能性があると提案します。また、ドリームコンテキサスで開催される黒人コミュニティ中心のアニメ・カルチャーイベント。数年で急成長し、熱狂的なファンとインフルエンサーが集まる場として注目されている。のような、既存のアニメイベントとは異なるコミュニティとの連携も有望だと話します。
マンガプラスの新機能「Tシャツボタン」
MANGA Plusには、好きなページをTシャツにできる機能が実装されました。この機能は元々日本版にあったものですが、海外展開も始まっています。
それ絶対流行りますよ。アメリカはマンガ・アニメのアパレルがすごく人気なので。
現在は日本から発送しているため輸送費と関税がかかりますが、アメリカでのアパレル人気を考えると、大きな可能性を秘めた機能といえそうです。
まとめ
今回の対談では、マンガの海外展開における仕組みと哲学が語られました。MANGA Plusは日本と同時配信というスピード感で勝負し、アニメ化前の新作が世界で読まれる流れを作り出しています。
編集者の役割についても深い洞察がありました。データは尊重しつつも、最終的には「まだ見つけられていない才能を見出す」という信念が、ジャンプの編集文化の核にあります。全員が賛成する作品ではなく、誰かが強く推す作品にチャンスを与える仕組みが、新しいヒットを生み出す土壌となっているのです。
海外でのマンガ熱狂は一時的なブームではなく、構造的な変化として定着しつつあります。BookTokや新しいコミュニティとの連携、Tシャツ機能のような新しい体験の提供など、今後の展開にも注目が集まります。
- MANGA Plusは日本と同時に最大9言語で配信し、海外での新連載ヒットを実現
- 紙の制限がクリエイティビティを高める一方、アプリはSNSとの連動で世界中の読者を巻き込む
- コロナ禍以降、海外でのマンガ人気は数倍に拡大し、メジャーカルチャーに
- 編集者の役割は「まだ見つけられていない才能」を発掘すること。データと直感の両方が重要
- BookTokや新コミュニティとの連携が、次の成長機会として期待される
