H-1Bビザ手数料10万ドルで何が混乱した?
9月の最初の話題は、トランプ政権が中旬から下旬にかけて打ち出したH-1Bビザの見直しです。海外の人材がアメリカで働くための就労ビザについて、手数料を引き上げる大統領令が署名され、大きな話題になりました。
宮武さんによると、トランプ政権は「大手テック企業がH-1Bビザを使い、アメリカ人ではなく安い労働者を獲得しているのではないか」という問題意識を持っていました。そこで、もともと1000ドル程度だった手数料を10万ドルに引き上げると発表したのです。
「アメリカ人にとってフェアではないですよね」っていうのが彼らの一応、一理論としてあったと思うんですけど。
H-1Bビザの騒動を大きくしたのは、最初の発表と翌日の説明が食い違っていたことです。会見で商務長官とみられる人物が「年間10万ドル上げます」と話したため、H-1Bビザを持つ人が勤め続ける限り、毎年10万ドルかかると受け取られました。
(10万ドルは)日本円だと1500万円ぐらい。
その後ホワイトハウスは、手数料の対象は新規申請者だけで、支払いも1回限りだと明確にしました。トランプ政権自身は、最初の発言が間違いだったとは一切言っていないと宮武さんは補足しています。
会見の発言から、既存の保有者も含めて毎年10万ドルかかると受け取られた
新規申請者のみが対象で、10万ドルは1回限りの手数料と明確化された
最初の発言を受けて、大手テック企業はすぐに従業員へ連絡しました。大統領令の発効が発表から2日後ほどだったため、「アメリカにいる人は国外に出ないでほしい、国外にいる人はできるだけ早く戻ってほしい」と呼びかけるパニックが起きたといいます。
新規のみ・1回限りとなったことで、想定していた最悪のシナリオよりはましだと宮武さんは見ています。ただし、大統領令の前と比べれば、外国人材の採用コストが大きく上がったことに変わりはありません。
Amazonは1万人超、H-1Bビザ見直しで割を食うのは誰か
H-1Bビザを最も多く使っている企業のランキングで、1位はAmazonでした。Amazon.comだけで1万人以上のH-1Bビザ保有者を雇用しており、AWSは別に11位ほどに入っているそうです。
宮武さんは、Amazonのような企業は今後、新規の採用にかなり慎重になると予想します。追加で10万ドルかかる新規採用より、すでに他社で働くH-1Bビザ保有者を雇うほうが安くなるからです。
一旦は(移民の数は)そこまで変わらない可能性はあるかなと思います。
すでに働いている人がいるため、短期的な変化は小さいかもしれません。一方で、年収10万〜20万ドルほどの人材にとって、手数料は給料が1.5倍から倍になるのと同じ負担です。宮武さんは、それなら「アメリカ人を採用しよう」という判断に傾くのではないかと話します。
草野さんは、日本の外資系テック企業から本社に異動するパターンへの影響も尋ねました。宮武さんは、L-1ビザ ── 同じ企業グループ内で海外拠点からアメリカ拠点へ転勤する人向けの就労ビザ。管理職や専門知識を持つ社員が対象になりますや、研究者やアーティストなど特殊な能力を持つ人向けのO-1ビザに寄せる会社が増える可能性を挙げています。
宮武さんがより深刻に見ているのは、スタートアップへの影響です。OpenAIのように十分な資金がある会社とは違い、シリーズA前のアーリーステージの会社にとって、10万ドルの追加負担はかなり重いといいます。
そうすると優秀な人材が違うところに流れていく。で、それがまあ果たしてアメリカにとっていいのかっていうと、長期的には良くないかなと思います。
草野さんが「日本で働くエンジニアが増える可能性は」と聞くと、宮武さんは「逆に言うと今はチャンス」と答えました。フランスやカナダは、アメリカのこうした方針に応じて政策を変えることが多く、今回も動くのではないかと見ています。
草野さんは、テック企業はCEOを含め移民が多いのに「もったいない」と感じたと話します。宮武さんも同感だとしたうえで、今回の施策はアメリカ人には良くても、アメリカにとって良いとは限らないと指摘しました。
宮武さんは、背景にアメリカ政府の歳入確保の狙いもあると見ます。既存のH-1Bビザ保有者も毎年払う形なら年間数十ビリオンの収入になった可能性がありますが、新規のみでは数ビリオン程度にとどまり、政府にとっては残念な結果だったかもしれないと話しています。
チャーリー・カーク射殺とジミー・キンメル発言
次の話題は、共和党派のインフルエンサーであるチャーリー・カークさんが、イベントで話している最中に撃たれて亡くなった事件です。容疑者はすでに逮捕されており、事件そのものに加えて、その後のメディアの反応が9月に大きな話題となりました。
草野さんは、番組で最近コメンタリーの話をしてきた流れから、トークショーのホストであるジミー・キンメルさんの騒動を取り上げたいと提案しました。キンメルさんのコメントの影響で番組が無期限休止になり、言論の自由や親会社への批判が噴き出したからです。
説明がめっちゃ難しいのと、いろいろ主観が入る話なので、すごい解説って感じではないとは思うんですけど、ちょっとピックアップしてみたらって感じですよね。
宮武さんによると、キンメルさんは事件後の番組で、容疑者が共和党派の人物ではないかと示唆するような発言をしました。当時はまだ断定できる段階でも、完全に誤りと言える段階でもありませんでしたが、宮武さんは「言い方は選ぶべきだった」と見ています。
その後、容疑者がより左寄りの人物ではないかという情報が出てくると、キンメルさんへの批判は急増しました。イーロン・マスクさんも批判に加わった一人です。
FCC会長の発言はなぜ問題視されたのか
宮武さんが最も問題意識を持ったのは、FCC ── 連邦通信委員会。アメリカで放送や通信を監督する独立行政機関で、放送局の免許交付や通信業界の合併審査などを担いますの会長の発言でした。会長はポッドキャストかインタビューの場で、キンメルさんの番組を放映するABCや系列局に対し、免許を取り上げる可能性を示唆したといいます。
FCC会長の発言を「脅し」と呼ぶかどうかは、共和党派と民主党派で意見が大きく分かれています。ただ、その直後に、宮武さんの説明でABC配下とされるローカル局を多数持つNexstarが放映停止を発表し、続いてABCも番組を止めると発表しました。
キンメルさんの発言
チャーリー・カークさん射殺事件の容疑者について示唆する発言をし、批判が急増
FCC会長の発言
放映する局の免許を取り上げる可能性に公の場で言及
Nexstarの対応
ローカル局での番組放映をストップすると発表
ABCの対応
番組そのものを止めると発表
キンメルさんの番組は、この騒動の前から視聴者数が落ちていました。ただ、宮武さんによると、10年前と比べて落ちているのは他のレイトナイトショーも同じです。キンメルさんの契約は来年5月ごろまであり、通常ならそこで更新するかどうかを判断するはずだといいます。
宮武さんは、FCC会長の発言が微妙に見える理由として、NexstarとディズニーがどちらもM&Aを進めている点を挙げます。ディズニーはABCの親会社で、両社の買収はFCCの承認がないと通りません。
FCCを怒らせると、それは良くないですとっていう考えになっててもおかしくないと思うんですよ。
宮武さんの考えでは、キンメルさんへの批判を受けてABCが自ら番組を休止するなら、それは自由市場の自然なフィードバックです。しかし政府側が発言したことで、誰が影響を及ぼしたのかが見えにくくなりました。
宮武さんは、今は喜んでいる共和党派の人たちも、民主党が権力を持ったときに同じことをされたら激しく怒るだろうと指摘します。FCC会長の発言についても、少なくとも公の場では言うべきではなかったと話しています。
その発言をした時点でアクションを取ってるっていうことに見えちゃうので。
コメディアンたちの反撃と、コルベア降板の影
草野さんが興味深く感じたのは、キンメルさんの番組休止後、他のコメディアンやオバマ元大統領が次々と声明を出したことです。特にコメディアンたちが、いかにもコメディアンらしい形で批評していた点に注目しました。
宮武さんは、スティーブン・コルベアさんが明らかにディズニーを狙った曲を披露したことや、ジョン・スチュワートさんが「みんながトランプの言いなりにならないといけない」と皮肉ったことを挙げ、そうした批評ができることこそアメリカの良さだと話します。
一方で宮武さんは、陰謀論に近づくかもしれないと断ったうえで、コルベアさんの番組終了が今夏に発表された際のトランプ大統領の反応にも触れました。大統領は視聴率低下を当然だとしたうえで、キンメルさんに「次は君だ」という趣旨の発言をしていたといいます。
コルベアさんについても、親会社のパラマウントがFCCなどの承認を必要とする交渉を進めていた時期に、トランプ大統領を強く批判したから降板になったのではないか、という噂がありました。こうした経緯が重なり、キンメルさんの件も政治的に見えてしまうと宮武さんは話します。
チャーリー・カークさんの事件そのものについて、宮武さんは彼の発言に同意できないものが多いとしつつ、前に出て会話を作ろうとした一人の人間であり父親だったと語りました。犯人は相応の罰を受けるべきだとし、党派を問わず政治暴力が増えているように見えることを、アメリカが帝国として衰えている証拠ではないかとも述べています。
FTCはなぜAIチャットボットと子どもを調べるのか
少し明るい話題として、草野さんはFTC(連邦取引委員会)がAIチャットボットの子どもへの影響について調査を始めたニュースを紹介しました。対象はGoogle系のGemini、Character.AI、Instagramを含むMeta、ChatGPT、Snap、Grokなど7社です。
子どもに良くない会話や影響が生じることは避けがたい中で、各社がそれをどう解決しようとしているのかが興味深いと草野さんは話します。宮武さんは、検索しかできなかったGoogle検索と違い、会話ができるAIはセラピストや友達のような存在にもなり、ユーザーとの関係性が大きく変わってきたと指摘しました。
宮武さんによると、OpenAIは自殺をめぐる騒動を受け、会話履歴などから年齢を推定する仕組みを裏側で導入すると発表しています。18歳未満と推定した場合は自殺の話題に一切触れず、可能な限り親に連絡する仕組みも検討しているそうです。
(対策が)あったとしても、基本的にその周りを行く子供たちって絶対出てくるわけじゃないですか。
Googleにもアダルトコンテンツを見られないようにする安全検索がありますが、フィルターはオフにできます。子どもたちがどんどん賢くなる以上、企業は対策をもっと頑張る必要があるものの、すべての案件に対処するのは難しいと宮武さんは見ています。
草野さんは、かつてYouTubeやiPadをいつから子どもに触らせるかが議論されたように、AIも早いほうがいいのか、認識がわかる年齢になってからがいいのか悩ましいと話しました。宮武さんは、自由に使わせるか、フィルターを設けるか、親と一緒に使うか、時間を制限するかなど手法はさまざまで、子どもの性格や親の忙しさによっても変わると応じています。
IPOラッシュと大型調達、流動化に沸く9月
テック業界のポジティブなニュースとして、宮武さんは9月のIPOラッシュを挙げました。2021年11月以降の月別IPO件数で最高レベルとなる6社が上場したといいます。
上場したのは、Klarna、ブロックチェーンレンディングのFigure、サイバーセキュリティのNetskope、配送管理システムのVia、暗号資産取引所のGemini、チケットプラットフォームのStubHubです。翌月にはNavanなども上場を控えています。
宮武さんによると、IPOはスタートアップやVC、LP ── ベンチャーキャピタルのファンドに資金を出す投資家のこと。リミテッド・パートナーの略で、年金基金や大学基金、富裕層などが該当しますにとって資金が流動化する、うれしいニュースです。同時に、9月は大型調達も非常に多かったと宮武さんは感じています。
| 企業 | 事業 | 時価総額 | 調達額 |
|---|---|---|---|
| Anthropic | AIモデル開発 | 138ビリオンドル | 13ビリオンドル |
| Databricks | データ基盤 | 100ビリオンドル | 1ビリオンドル |
| Figure AI | 人型ロボット開発 | 39ビリオンドル | 1ビリオンドル |
| Mistral | フランスのAIモデル開発 | 14ビリオンドル | 2ビリオンドル |
ほかにもPerplexity、AIコーディングのCognition、ブレット・テイラーさんが創業したAIカスタマーサービスのSierraが調達したと紹介されました。噂ベースではMercorや、予測市場のPolymarketも調達を検討しているといいます。
宮武さんの印象は、時価総額10ビリオンから100ビリオン級の会社の調達が急増しているというものです。IPOと合わせて、スタートアップの従業員や経営者、VC、LPにある程度の流動化が起きていることは、業界として喜ぶべきポイントだと話しました。草野さんは、資金を得た従業員が新しいスタートアップを立ち上げるかもしれないと期待を寄せています。
Google独禁法判決は「思ったより何も起きなかった」
最後の話題は、Googleの検索市場をめぐる独占禁止法裁判の判決です。約1年半前にアメリカ政府側が勝訴しており、その後の1年間、Googleにどんな対応を求めるかが議論されてきました。
思ったより、何も起きなかったなっていうところですね。
宮武さんは、会社の分割までは至らないものの、Appleとのデフォルト契約を結べなくなる程度の措置はあると予想していました。実際の判決は、契約自体は結んでよいが「独占」の条件は入れてはいけない、という内容でした。
分割まではいかないが、Appleとのデフォルト契約は結べなくなる
契約は継続できるが、独占契約は禁止される
GoogleはAppleに毎年約20ビリオンドルを支払い、Appleの標準の検索エンジンになる契約を結んでいます。判決後もこの契約は続けられる一方、Appleは特定の検索クエリではGoogle以外を使うなど、PerplexityやOpenAIとも提携できるようになりました。
Appleにとっては選択肢が増えたうえに、Googleからの収入も続くことになります。判決のニュースでAppleとGoogleの株価はともに上がり、Googleは時価総額3兆ドルの会社になりました。宮武さんは「両社からすると、もうガッツポーズ」だったと表現しています。
アメリカ政府はChromeやAndroidの切り離しまで提案していました。宮武さんは、政府は裁判に勝ったのに勝った気分になれなかったのではないかと見ています。Googleにはデータ共有などの義務が課されるものの、ダメージはほとんどないといいます。
AIが検索市場を変えたという裁判長の理屈
アメリカ政府が勝訴したのに、なぜGoogleへの対応策は軽かったのか。宮武さんによると、裁判長は判決文の中でその理由を明確に書いていました。
裁判長が重視したのは、この半年から1年ほどの変化です。誰もがGoogleには勝てないと思っていた検索市場で、AIによって状況が変わり、多額のVCマネーを集めたスタートアップがGoogleへの対抗を明言している。ある程度は自由市場が成り立っている、というのが裁判長の理屈だといいます。
この判決が2年前に起きてたらだいぶ違ったと思うんですよ。
2年前であれば分割のような話が出ていた可能性は高かったと宮武さんは見ています。生成AIが普及し、ようやくGoogleに対抗できるサービスが出てきたことで、自由市場がワークしたという捉え方もできると話しました。
検索市場の裁判はこれでひと区切りですが、Googleは広告テック分野の独禁法裁判でも敗訴しており、そちらの判決が今年か来年に出る予定です。草野さんの「いろいろありましたね、今月は」という言葉どおり、ニュースの多い1か月でした。
まとめ
9月のアメリカでは、ビザ制度、メディアと政治、AIと子ども、資本市場、独禁法と、テックをめぐる大きな動きが重なりました。宮武さんの解説に共通していたのは、政府の介入が市場や言論にどんな影響を与えるのか、という視点です。
- H-1Bビザの手数料は新規のみ・1回限りの10万ドルとなったが、大統領令の前より採用コストは大きく上がり、特にスタートアップへの影響が懸念されている
- ジミー・キンメルさんの番組休止では、FCC会長の公の発言とM&Aの承認権限が重なり、政府がメディアに影響を与えたように見えたことが問題視された
- FTCが7社のAIチャットボットを調査。OpenAIは年齢推定などの対策を進めるが、子どもがフィルターを回避する問題は残る
- 9月はIPO件数が2021年11月以降で最高レベルとなり、10〜100ビリオン級の大型調達も相次いだ
- Google独禁法判決は独占契約の禁止にとどまり、AIによる競争の出現が軽い措置の理由とされた


