サウジの巨額オファーを蹴ったメッシ
前回はハリウッドやエンタメ業界で、労働がエクイティ化する現象を扱いました。今回のエピソードはその続きとして、スポーツを題材にしています。
宮武さんによると、話の重心は特定の競技ではありません。スポーツチーム、選手、リーグ、ファンの関係性と、その裏にあるインセンティブ構図をどう見るべきかが今回のテーマです。
重要なところは特定のスポーツの話ではなくて、スポーツチームと選手とスポーツリーグと、あとファンとの関係値の話とか、その裏にあるインセンティブ構図とか(を話したい)。
入口になるのは、アメリカでも話題になったメッシの移籍です。メッシはフロリダのクラブ、インテル・マイアミと契約しましたが、その前にサウジアラビアのクラブからとてつもなく大きなオファーを受けていました。
サウジアラビアにはクリスティアーノ・ロナウドが移籍しており、宮武さんによれば30人ほどの選手がすでにサウジのクラブと契約しています。草野さんは、ネイマールにプライベートジェットのような特典が話題になっていたことにも触れます。
宮武さんが挙げたメッシへのオファーは、噂ベースで3年間16億ドル、年間で約5億ドル規模です。パリでのチームメイトだったエムバペにも、1年契約で年俸7億7600万ドルの提示があり、エムバペはそれを断ったといいます。
メッシは36歳で、選手寿命の後半に入っています。宮武さんは、最後の数年でキャッシュアウトする意味で、契約するだけでビリオネアになれるサウジのオファーを受けてもおかしくなかったと話します。それでもメッシはマイアミを選びました。
年俸以外に何を手に入れたのか?
インテル・マイアミでのメッシの年俸は、ボーナス込みで年間2000万〜6000万ドル程度です。サウジが提示した年間約5億ドルとは大きな差があり、MLSとインテル・マイアミはその差を年俸以外の条件で補いました。
1つ目の条件は、AppleTV+ ── Appleの動画配信サービス。MLSと10年契約を結び、試合配信の「MLSシーズンパス」を販売していますでの収益分配です。Appleは10年間25億ドルでMLSの放映権を獲得しており、メッシは「MLSシーズンパス」の新規ユーザーについてレベニューシェアを受け取れるといいます。
メッシだけなんですか?選手は(レベシェアをもらえるのは)。
メッシだけです。メッシだけ。
分配がいつまで続くかについて、宮武さんは「正直わからない」としたうえで、おそらくインテル・マイアミでプレーしている期間中だろうと推測します。ただ、ユーザーが離脱するまでの永久契約で、引退後も受け取り続ける形でもおかしくないと見ています。
2つ目は、Adidasとの利益分配です。AdidasはMLS全チームのユニフォームを手がけているため、メッシがリーグの認知度を上げて他のスタジアムでのユニフォーム販売が伸びれば、その利益の一部がメッシに入ります。
3つ目は、引退後にインテル・マイアミのパートオーナーになれる権利です。お金を払って取得する形で、宮武さんは、現在の時価総額約6億ドル程度か、そこからのディスカウントといった固定価格になっているはずだと推測しています。
AppleTV+
MLSシーズンパス新規ユーザー分のレベニューシェア
Adidas
MLS全体のグッズ販売の利益分配
オーナー権
引退後、インテル・マイアミのパートオーナーになれる権利
草野さんは、前回のハリウッドの話とつなげて、AppleTV+の大型映画やドラマでも出演者や監督への分配が増えそうだと話し、宮武さんも「全然あると思います」と応じています。
メッシのユニフォームはどれだけ売れるのか
メッシのグッズ分配が大きな意味を持つのは、メッシのユニフォーム単体の販売がずば抜けているからです。宮武さんによると、バルセロナ時代は年間200万枚のメッシのユニフォームが売れていました。
ユニフォームの価格は1枚100〜200ドルほどです。パリ・サンジェルマン時代も、2021年にはメッシのユニフォームだけで約100万枚が販売されたといいます。
ユニフォームが平均どれぐらい売れてるのかちょっとわかんないんですけど、やっぱそれは異常値なんですか?
めちゃくちゃ多いです。
宮武さんは、普通はそこまで売れないうえ、メッシの場合は毎年この規模だと強調します。サッカーではスポンサーの変更や毎年のデザイン変更があり、ファンが何度も買い直す独特の事情もあるといいます。
メッシの契約を仕掛けたベッカムとは?
メッシの一連の契約条件を実現させたのは、インテル・マイアミのオーナーで元サッカー選手のデービッド・ベッカムさんです。草野さんは、ベッカムさんを現役時代の活躍と、スパイス・ガールズのメンバーの夫としてしか知らなかったと驚きます。
宮武さんによれば、ベッカムさんが実業家として優れていたことは、当時は理解されず、今になってようやくわかったといいます。オーナーになったきっかけは、前回話題にしたジョージ・ルーカスのように、選手時代の契約条件でした。
オーナーになれるオプションを持つっていう。
ベッカムさんはレアル・マドリードから、2007年にMLSのLAギャラクシーへの移籍を発表しました。当時はピークを過ぎていたものの、まだいい選手だったため、この移籍は業界内で衝撃をもって受け止められ、強く批判されました。
いわゆるハリウッドスターになりに行ったんじゃないかみたいな。
当時のアメリカでは、サッカーの人気はごく低いものでした。宮武さんが紹介した2007年のギャラップ社とみられる調査では、一番好きなスポーツにサッカーを挙げた人はわずか2%でした。
| 順位 | 競技 | 割合 |
|---|---|---|
| 1 | アメフト | 43% |
| 2 | 野球 | 13% |
| 3 | バスケットボール | 11% |
| - | アイスホッケー | 4% |
| - | サッカー | 2% |
観客数の差も歴然でした。当時のMLSは1試合あたり約1.5万人、レアル・マドリードは約8.5万人で、5〜6倍の開きがあったといいます。草野さんが言うように、アメリカの人もサッカーを見るならヨーロッパのリーグを見るという状況でした。
年俸7割減で、ベッカムは何を求めたのか?
ベッカムさんの移籍がさらに不可解に見えたのは、オファーの金額がむしろ低かったからです。レアル・マドリードでの年俸2900万ドルに対し、LAギャラクシーの提示は650万ドルで、6〜7割の減額でした。
レアル・マドリード時代: 年俸2900万ドル
LAギャラクシーの提示: 年俸650万ドル
しかも、LAギャラクシーは本来650万ドルすら払えませんでした。MLSには、チームが選手に払える年俸総額を制限するサラリーキャップ ── チームが選手に支払う年俸の総額に上限を設ける制度。資金力のあるチームがスター選手を独占するのを防ぎ、戦力の均衡を保つ目的がありますがあり、当時の上限は200万ドルだったためです。
MLSはベッカムさんの加入が大きいと理解し、専用のルールを作りました。通称「ベッカムルール」と呼ばれ、サラリーキャップから1人だけ選手を例外にできるというものです。
ふーん。そんな、ずるいな、なんか。
ずるいですよね。
それでも650万ドルは大幅な減額です。そこでベッカムさん側が着目したのが、自身のユニフォームの売れ行きでした。レアル・マドリードでは加入後半年で100万枚のユニフォームが売れ、在籍中に合計600万枚分ほどのグッズが売れていたといいます。
クラブの売上のレベシェアをくださいと。
ベッカムさんが求めたのは、グッズもチケットもスポンサー費用も含めたクラブの売上全体のレベニューシェアでした。LAに到着する前にすでに25万枚の彼のTシャツが売れ、加入3か月前の時点でクラブとして約1300万ドルの売上を作っていたといいます。
草野さんはこの話に交渉の面白さを感じます。宮武さんは、ベッカムさんが自分の価値を理解して自分にベットしたことが大きいと評価しています。
ベッカムが手にした本当のリターン
ベッカムさんが出場する試合は、通常の試合よりファンが75%多かったといいます。LAギャラクシーでは5シーズンプレーし、年俸の合計は約3200万ドル、レベニューシェアで追加の約1800万ドルを得ました。
さらにアメリカ企業などの個人スポンサーも大きく、5年間で合計約2億5000万ドル、年平均で約5000万ドルを得ています。宮武さんは、レアル時代と同程度か少し下回るくらいだったかもしれないと見ています。
ただ、ベッカムさんの契約で最も重要だったのは、引退後にMLSが新チームを作る場合、それを固定額2500万ドルで購入できる権利でした。当時、新チームの設立フィーは約1000万ドルで、2500万ドルはむしろ高い金額でした。
ベッカムさんが理解していたのは、自分がリーグに与えるインパクトです。MLS全体の試合視聴者は50%増え、ユニフォーム全体の売上は700〜800%上がり、2007年だけでMLSのサイト訪問者は80%増えたといいます。
さらに大きかったのはベッカムルールの波及効果です。ウェイン・ルーニー、ティエリ・アンリ、イブラヒモビッチといったヨーロッパのスターがMLSに加わり、リーグへの関心が高まってチームも増え、各チームの時価総額が上がっていきました。
ベッカム加入
観客・グッズ・ネットの注目が急増
ベッカムルール
ヨーロッパのスター選手が続々とMLSへ
関心の高まり
リーグへの興味が増し、チーム数が拡大
時価総額の上昇
平均3700万ドル(2008年)→ 5億7900万ドル(現在)
ベッカムさんは引退翌年の2014年にオプションを行使し、インテル・マイアミを買いました。チームが正式に始動したのは2018年です。メッシ加入前の時価総額はすでに6億ドルで、購入額2500万ドルの24倍になっていました。
そうするともう60倍のリターン。なんかVCですよね。
草野さんは、ベッカムさんやメッシのようにチームを持てるようになれば、お金や優遇だけでなく、オーナーシップを持って楽しくプレーできる環境が変化を生むのではと話します。宮武さんも、インセンティブ設計が重要になると応じ、オーナーシップの概念はアメリカのほうが若干強いと指摘します。
ピックルボールは「過小評価されたリーグ」か
宮武さんは、アメリカでは多くのスポーツが大きく評価される可能性があり、新しいスポーツリーグが立ち上がると大化けすることもあると話します。例として挙がったのがピックルボール ── テニスと卓球、バドミントンの要素を組み合わせたラケットスポーツ。小さめのコートで気軽にでき、近年アメリカで急速に競技人口が伸びていますです。
ピックルボールのチームは、2021年には約10万ドルで購入できたのに対し、今では約500万ドルになっているといいます。MLSのチームが500万ドルほどだったのは1990年代ごろで、宮武さんは似たタイミングにあると見ています。
ただし宮武さんは、ピックルボールがサッカーほど人気になるかは「正直わかんない」と留保しています。チームを持てという話ではなく、D2Cブランドなどがスポンサーとして入るような関わり方を考えるべきではないか、という提案です。
草野さんは、F1やテニスがドキュメンタリーやラグジュアリーと結びつき、カルチャーや選手の物語まで含めた面白いエンタメになっていると話します。宮武さんも、F1のアメリカでの人気にはNetflixの番組が影響したと見ています。
リアルでもあるので、実際の選手なので、その役者ではないので、いろんな意味での親近感もあれば、すごさもあるっていうところですね。
メッシ効果はインテル・マイアミをどう変えたか
メッシ加入のインパクトは、ピッチ内外の両方に表れています。台本を書いた時点ですでに5ゴール、収録時点ではおそらく7試合で10ゴールを決め、インテル・マイアミに初のトロフィーをもたらし、まだ一度も負けていないといいます。
インテル・マイアミのInstagramフォロワーは、加入発表前は100万人未満でした。発表後24時間で400万人以上増え、今では1400万人以上と、MLS全チームの合計より多く、アメリカのスポーツチームで4番目にフォローされています。
Instagramフォロワー100万人未満、チケット平均31ドル、昨年の売上5600万ドル
フォロワー1400万人以上、チケット平均252ドル、今年の売上は1億〜2億ドルの見込み
草野さんは、アメリカで一番人気なのはアメフトなのに、最もフォロワーの多い人物はクリスティアーノ・ロナウドというサッカー選手だという点に驚きます。宮武さんは、サッカーが全世界で見られているスポーツだからだと答えます。
コンテンツ化しやすいものですし、しかも言葉がいらないコンテンツじゃないですか。
メッシ自身のInstagramフォロワーは約4.8億人です。パリ・サンジェルマンに加入した際も、クラブのフォロワーは3800万人から7000万人に増えたといいます。
メッシのマイアミ入りに合わせ、Appleはヤギとサッカーボールの屋外広告を出しました。英語の「GOAT」は「Greatest of All Time」の略で、歴代最高の選手という意味をメッシに重ねた広告です。
メッシのユニフォームは、移籍選手として最初の24時間で最も売れたユニフォームになり、数か月先まで売り切れる状況になったといいます。名前の入っていない普通のユニフォームでさえ、半年分が1日で売れたそうです。
スポーツアパレル販売のファナティクス ── アメリカのスポーツアパレル・グッズ販売大手。MLS、MLB、NBAなど主要リーグと提携し、公式グッズを扱っていますでも、発表後3日間で最も売れたチームはインテル・マイアミでした。MLSがまだそれほど人気でないアメリカで、宮武さんは「ありえない話」だと表現します。
Appleとリーグ全体にもメッシ効果は及ぶのか?
メッシ効果はAppleにも及んでいます。MLSシーズンパスの登録者は、メッシ加入前は約100万人と噂されていましたが、インテル・マイアミのオーナーによれば、すでに2倍になったといいます。宮武さんは、増加分はヨーロッパなど海外が多いらしいと話します。
Appleは、メッシのワールドカップ出場を追うドキュメンタリーを契約直前に配信し、マイアミ移籍の判断を追うシリーズも発表しました。さらにメッシ自身が、InstagramのストーリーズでMLSシーズンパスを宣伝しています。
一気に4.8億人に宣伝できれば、それはAppleも嬉しいですよね。
他のMLSチームへの効果も大きいものです。MLSのチームの年間売上は平均5000万〜6000万ドルで、NBAやMLBの約3億ドル、NFLの約5.5億ドルと比べるとかなり低い水準です。
| リーグ | 競技 | 平均年間売上 |
|---|---|---|
| MLS | サッカー | 5000万〜6000万ドル |
| NBA | バスケットボール | 約3億ドル |
| MLB | 野球 | 約3億ドル |
| NFL | アメフト | 約5.5億ドル |
メッシが敵地でプレーすると、相手チームのチケットが大きく伸びます。シカゴ・ファイアとの試合では、発表前に約8000枚だった販売数に対し、発表後10時間以内に1万枚が売れ、この1試合で700万〜1000万ドルの売上が見込まれたといいます。宮武さんによれば、それはシカゴ・ファイアの他のホーム試合をすべて合計しても届かない額です。
ダラスのホーム戦では、普段平均45ドルのチケットが、メッシとの試合の日は平均864ドルで購入されたといいます。宮武さんは、夏にヨーロッパの有名クラブがアメリカでエキシビションを行いスタジアムが売り切れていることや、2026年のアメリカでのワールドカップ開催も重なり、メッシがMLSリーグ自体の価値を上げるのではと見ています。
選手は「アスリート」ではなく「コンテンツクリエイター」
宮武さんは、メッシがこうした契約を結べたのは、ベッカムさんと同じく、自分がアスリートではなくコンテンツクリエイターだと理解しているからではないかと考えます。メッシのプレーは必ずハイライト動画になり、宮武さん自身もTwitterで何度もシェアしているといいます。
SNSのコンテンツクリエイターは、プラットフォームに価値を提供しているのにアップサイドを分け合えないという悩みを抱えています。宮武さんは、スポーツリーグの選手も同じ構図にあり、もっとエクイティを要求するべきかを考えるべきだと話します。
NBAの時価総額の伸びは顕著です。チームの平均時価総額は約20年前の2億700万ドルから、現在は28.6億ドルと13〜14倍に伸び、リーグ全体では年間約100億ドルの売上、時価総額は860億ドルに達しているといいます。
それでもレブロン・ジェームズやステファン・カリーのようなスター選手は、そのアップサイドを持っていません。オーナー側は見合った年俸を払っていると主張しますが、宮武さんによれば、平均年俸の伸びよりチームの価値の伸びのほうが大きいといいます。
シャドウエクイティで選手の貢献を測れるか?
選手が労働をエクイティとして受け取る具体策として、宮武さんはシャドウエクイティ ── 実際の株式を渡さずに、企業価値の上昇分に連動した報酬を与える仕組み。ファントムストックとも呼ばれ、ストックオプションに近い効果を持ちますを挙げます。入団時と退団時の価値の変動を見て、その何%を選手が貢献したかを計算するやり方です。
例えばレブロン・ジェームズがマイアミ・ヒートに入った際、チームの時価総額は3億6400万ドルから7億7000万ドルに上がり、宮武さんはそのうち1億ドル分ほどはレブロン1人の貢献だと見ます。それでも契約には一切反映されていません。
ステファン・カリーが2009年に入団したとき、ゴールデンステート・ウォリアーズの時価総額は4億5000万ドルでした。カリーは14年間在籍して4回優勝し、ウォリアーズの時価総額は現在76億ドルと、17倍に伸びています。
それはカリーだけのおかげなんですか?
いや、もちろんカリーだけではないんですよ。ただ、一番のスター選手はカリーで。
宮武さんは、上がった分の10%、場合によっては20%はカリーの貢献だという議論はできるはずだと話します。そのうえで、わかりやすい数字でシャドウエクイティの計算例を示しています。
貢献の測り方について宮武さんは、ファンの増加、チームの価値の上昇、勝利など多くの要素があり、最終的には交渉次第だと認めています。そのうえで、カリーがいなければ優勝はなかったという点は明らかだといいます。
この仕組みのもう1つの利点は、1年だけそのチームにいるという感覚がなくなることです。同じチームで価値を上げ、優勝に貢献するインセンティブが生まれる点で、宮武さんはスタートアップの仕組みに似ていると話します。
マイケル・ジョーダンですら選手時代には報われなかった
宮武さんは、より古い例としてマイケル・ジョーダンを挙げます。ジョーダンはおそらく1人でNBA全体の価値を10倍ほどに上げたのに、NBA選手としての給料は合計1億ドルにとどまりました。何千億円もの富は、靴の契約やチームの買収・売却から得たものです。
ジョーダンブランドのナイキとの契約も、当初ナイキは乗り気ではなかったといいます。オファーは50万ドルの現金と靴の販売に応じたロイヤリティで、合計約250万ドル稼げる仕組みでした。
契約書には、3年以内に新人王、NBAオールスター選出、平均20得点、400万ドル分の靴の販売を達成できなければ、ナイキが契約を打ち切れるという条件がありました。ジョーダンは初年度にすべてを達成し、しかも1億2500万ドル分のスニーカーを売りました。
その結果、ジョーダンは現在ジョーダンブランドの売上の5%を受け取る契約になっています。昨年のジョーダンブランドの売上は51億ドルで、単純計算で2億5000万ドル以上です。最近はNBAチームの売却で約30億ドルも得ています。
宮武さんは、これほどチームに貢献したジョーダンでさえ選手時代には報われず、自力で別のルートを切り開くしかなかった点を「ちょっと悲しいところ」だと話します。
選手がリーグを持つ時代は来るのか?
もう1つのアイデアとして、宮武さんは、選手がリーグのオーナーシップを持つべきではないかという議論を紹介します。ただ、アリーナ契約などビジネス周りの契約が難しく、新リーグを作る話は現実的でないことが多いといいます。
唯一可能性がある手法として挙がったのが、サウジアラビアのゴルフの事例です。サウジはアメリカのPGAに対抗するリーグ「LIV」を作り、巨額の資金でトップ選手を勧誘しました。最終的にPGAとLIVは合併し、サウジがコントロールを持つようになったといいます。
対抗リーグ設立
既存リーグに対抗する新リーグを立ち上げる
選手の勧誘
資金やストックオプション的な契約でトップ選手を集める
合併
既存リーグに圧力をかけ、最終的に合併させる
宮武さんは、例えばバスケットボールでも複数のビリオネアがNBAに対抗するリーグを作り、ストックオプション的な契約で選手を集めて合併に持ち込む展開がありうるかもしれないと話します。ただし多額の資金が必要で、現実的かどうかは別だと留保しています。
実際に選手がリーグの株を持つ例として、タイガー・ウッズとローリー・マキロイが立ち上げた新しいインドアゴルフリーグがあります。バーチャルゴルフと実際のゴルフを組み合わせ、インドアのアリーナで行う、自称「テックベースのゴルフリーグ」です。
このインドアゴルフリーグでは、ドライバーショットは映画館サイズの巨大スクリーンに向けて打ち、パターなどのショートゲームはスタジアム内で実際に行います。選手はマイクを付け、2000〜3000人ほどの観客が見守り、ファンが投票などでコースのコンディションを変えられる仕組みもあるといいます。
宮武さんが面白いと話すのは、このゴルフリーグの資本政策です。選手が実際にリーグの株を持つことで、インセンティブを揃えようとしています。
スポーツ選手も日本のサラリーマンも同じ構図?
宮武さんは、エンタメとスポーツの2回にわたってこの話をした理由として、日本ではエクイティやインセンティブ制度をもっと考える必要があるからだと語ります。サラリーマン文化や投資をしない文化がある中で、スポーツ選手も実はサラリーマンだという指摘です。
スポーツ選手は年俸が決まっていて、ボーナスはあっても大きなアップサイドはありません。しかも選手寿命は短いと宮武さんは話します。
NBAでは、契約最終年に選手の個人成績が少し上がり、再契約した初年度に少し下がるという研究があるといいます。次の契約のためにアピールし、更新すると一安心するという動きです。
契約最終年
更新に向けてアピールし、成績が少し上がる
再契約
次の契約を結ぶ
契約初年度
一安心して、成績が少し下がる
サラリーマン、サラリーマン的ですね。
宮武さんは、全選手、全リーグがそうではないと断ったうえで、報酬をエクイティに変えれば考え方が変わる可能性があると話します。選手はどうチームに貢献し価値を提供しているかを、チームはどう勝ち価値を高めるインセンティブ制度を作れるかを考えるべきだといいます。
宮武さんによれば、スポーツリーグもエンタメ業界も、普通の会社も人生も、さまざまなインセンティブ構図でできています。人は基本的にインセンティブをベースに動くため、それを理解すればユーザーの行動や文化を変えたり、予測したりできるという考えです。
インセンティブはお金だけでなく、ステータスや、学校でいい成績を取って親に褒められるといったものも含みます。次回は、インセンティブの変化を理解した人が作った事業を取り上げる予定だと予告して、エピソードは締めくくられます。
まとめ
メッシがサウジの巨額オファーではなくアメリカを選んだ背景には、年俸ではなく収益分配やオーナー権といったアップサイドを重視する契約設計があり、その原型はベッカムさんの交渉にありました。宮武さんは、選手は自らの価値を理解し、従業員ではなくエクイティオーナーとして労働を捉えるべきだと語っています。
- メッシはAppleTV+とAdidasの収益分配、引退後のパートオーナー権を条件にインテル・マイアミと契約した
- ベッカムさんは年俸7割減を受け入れる代わりにレベニューシェアと新チーム購入権を得て、24倍以上のリターンを手にした
- NBAではチーム価値の伸びが年俸の伸びを上回り、カリーやジョーダンのようなスターでもその恩恵を十分に受けていない
- シャドウエクイティや選手持ち分のあるリーグは、選手とチームのインセンティブを揃える手段になりうる
- 人はインセンティブで動くため、その構図を理解することがスポーツにも会社にも人生にも重要だと語られた




