2024年の年末テーマはなぜ「リスクの見直し」なのか
Off Topicの2024年の年末テーマは「偉大なるギークの時代」です。宮武さんは、先週のスポーツの話に続き、今週は起業家やソフトウェアの事例からリスクの考え方を見直したいと話します。
テーマ名の由来は、エピソードの最後に明かされる構成です。まずは宮武さんが繰り返し見ているというドキュメンタリーの話から始まります。
AlphaGoの一手は、なぜ解説者を困らせたのか
宮武さんが紹介したのは、Google傘下のDeepMind ── イギリス発のAI研究企業で、現在はGoogleの傘下。囲碁AIのAlphaGoなどを開発したことで知られますが囲碁AI「AlphaGo」を開発する過程を追ったドキュメンタリーです。AlphaGoが世界チャンピオンの李世乭さんと対局した場面に、人間の限界が見えたといいます。
どういう気持ちになるんですか?感情的には。
感情的には、ちょっと恐怖があるのと、でも同時にちょっとワクワク感があるっていう、その2つですかね。
宮武さんは、インターネットが人の行動だけでなく考え方まで変えたように、AIも人の考え方を変えるのではないかと見ています。
対局の中でAlphaGoが打った一手は、解説者のほぼ全員が「もう少し引いたほうがいい」と言うほどアグレッシブなものでした。休憩から戻った李世乭さんも驚いたものの、後に「この一手が美しい」と表現したそうです。
その一手を理解できなかったんですよね。ちょっとアグレッシブすぎたっていう。
同じDeepMindが開発したeスポーツ「スタークラフト」のAI「AlphaStar」も、プロ選手との対戦で、人間なら「やりすぎでは」と思う手を打ってきたといいます。
人間はなぜ「リードを広げたい」のか
宮武さんは、AIと人間では手を打つプロセスが違うと考えます。人間は失うことを恐れるため、勝つにはリードを広げるべきだという仮説を立てがちです。
宮武さんが例に挙げたのはバスケットボールです。前半に全力で走って20点差をつけても、バテて後半に動けなくなり、結果的に20点差で負けることもあります。
AlphaGoはアグレッシブな手だけでなく、プロ棋士なら終盤に打つ陣地固めの手を試合の途中で打つこともあります。攻めすぎる手と守りすぎる手の組み合わせで、勝つ確率を上げているのではないかと宮武さんは見ています。
人間もそうじゃないんですか?勝てばいいって話じゃないですか。
やっぱりより多くの陣地を持っているように見えたら、より勝つチャンスが上がるんじゃないかと。でもそれって結局、先が完全に読めないからこそ、その安心感を得るためのものなんですよ。
AIにとっては1目差でも20目差でも勝ちは勝ちです。AIは一手ごとに勝率がどれだけ上がるかを見ていて、石が取られても損失は小さく、うまくいけば大きなペイオフがある手を選んでいると宮武さんは説明します。
先が読めない不安から、リードを少しずつ広げて安心感を得ようとする
差の大きさは問わず、各手が勝率にどれだけ効くかとリスクとペイオフのバランスで判断する
宮武さんは、AIのプレイスタイルをそのままコピーすべきだという話ではなく、根本的なリスクの考え方の見直しが必要だと強調します。
イーロン・マスクは「リスクを知らない男」だったのか
宮武さんによれば、ピーター・ティール ── PayPalの共同創業者で投資家。Facebookの初期投資家としても知られますさんとPayPalマフィアのデイビッド・サックスさんは、かつてPayPalについての本を書こうとしていました。イーロン・マスクさんを取り上げる章のタイトルは「The Man Who Knew Nothing About Risk(リスクについて何も知らない男)」だったそうです。
しかしピーター・ティールさんは後に、そのタイトルは間違っていたかもしれないと振り返っています。マスクさんはPayPalの後にテスラとSpaceXを立ち上げ、2社とも一定の成功を収めました。
一つしか成功しなかったら、おそらく周りから、イーロンはすごい人だけど、ただラッキーだったって多分言われると思うんですよ。
2000年代に始めた当時は誰もが彼をクレイジーだと思っていた中で、両方を成功させたことは、マスクさんのほうがリスクの考え方を理解していたからではないか、というのがティールさんの振り返りだといいます。宮武さんも結果論の可能性は認めつつ、リスクの考え方が圧倒的に違うと話します。
SpaceXのキャッチの裏で何が起きていたのか
2024年に話題になったSpaceXのロケットの「箸でキャッチ」の動画と同時期に、X上では2013年のシンガポールでの宇宙関連カンファレンスの動画もバズっていました。
その動画では、ヨーロッパのロケット企業アリアンスペース ── フランスに拠点を置くヨーロッパのロケット打ち上げ企業。アリアン5などの大型ロケットを運用してきましたの元経営者が、SpaceXが掲げた打ち上げコスト1500万ドル程度という目標について問われ、「これは夢だ」と繰り返していたといいます。
その再利用なんか、そんなのただの夢で。で、万が一スペースXがそれをできたとしても、我々はすぐにキャッチアップできますよと。
宮武さんによれば、現在のファルコン9の打ち上げコストは約6700万ドルで、当初の目標よりは高いままです。一方、アリアンスペースが去年出したロケットの販売価格は1億7800万ドルで、約2.5倍の差があります。その理由は再利用ができないことで、2014年に再利用を諦めた結果だと宮武さんは説明します。
打ち上げコストの推移を示すグラフでは、SpaceX以外は1950〜60年代から約4分の1に下がった一方、SpaceXはより短期間で100分の1まで下げています。スターシップとキャッチが成功すれば、1000分の1のラインが見え、火星に行けるコスト感になり始めるといいます。
数十年かけて徐々に下がり、約4分の1に
短期間で100分の1に。キャッチの成功で1000分の1も視野に
宮武さんは、マスクさんにとってこれは当たり前の判断で、小さく改善しても大きな進歩は得られないと感じていたのだろうと推測しています。
新しいサービスはなぜ「おかしく見える」のか
宮武さんは、SpaceXのような巨大な事例に限らず、ほとんどの会社やサービスは最初はおかしく見え、さまざまな意味でリスクを張っていたと話します。
Facebookは大学生が個人情報を出してよいのかと問われ、Snapchatはセクスティング文化が問題視され、Musical.lyは子どもが踊る動画を公開するプラットフォームのあり方が議論されました。LinkedInも、アメリカでのローンチ当初は企業から強く嫌われたといいます。
やっぱりこういうエッジが効かないと、そこ(市場)の権力ってなかなか移らなかったりする部分があるので。
エッジの効いたものは、既存企業から競合だと思われにくいという利点もあります。大手メディアにとってのFacebook、金融業界にとっての仮想通貨、教育業界にとってのDuolingo ── ゲーム感覚で外国語を学べる語学学習アプリ。アメリカの企業が運営していますも、当初はただのコミュニティや遊びのアプリと見られていたはずだと宮武さんは指摘します。
その視点から、ClubhouseやPaparazzi、Dispo、BeRealといった次世代SNSは、既存アプリと似すぎていてリスクが足りなかったのかもしれないと宮武さんは見ています。次の大きなSNSは、既存のSNSが「コピーするまでもない」と思うようなサービスかもしれないといいます。
AI時代に問われる「人間とは何か」
宮武さんは、AIの発展によって「人間とは何か」という問いがより問われるようになると話します。過去60年間、AIはチューリングテスト ── 対話の相手が人間か機械かを人間が見分けられるかで、機械の知能を測るテスト。数学者アラン・チューリングが提案しましたを超えられないとされてきましたが、ChatGPTはある程度達成できてしまうといいます。
人間はストーリーテラーだという区別も、ChatGPTに頼めばすぐにストーリーが作れる今では揺らいでいます。宮武さんは、答えよりも問いの根本に何があるかを考えたいと話します。
宮武さんが紹介したのは、リード・ホフマンさんの「人のエージェンシー、つまり自分の判断をコントロールできるか」という考え方です。失職への恐怖、データプライバシー、ビッグテックのアルゴリズムへの不安も、自分の人生をコントロールできなくなる恐れにつながっているといいます。
宮武さんは、判断はすべてリスクを取ることだと考えています。エージェンシーの問題は、最終的にはどこまでリスクを取りたいかという問題に行き着くのではないかと話します。
「リスクを取らないリスク」はなぜ見えにくいのか
宮武さんは、リスクを「取るか取らないか」で考えること自体がミスリードだと話します。行動しないことも行動であり、どちらを選んでもリスクを取っているという考え方です。
マーク・ザッカーバーグさんがピーター・ティールさんから受けた一番のアドバイスも、急変化する世の中では、一番のリスクはリスクを取らないリスクだという話だったといいます。
リスクを取らない選択には「何も変わらない」という前提が置かれがちですが、宮武さんはその前提が根本的に間違っていると指摘します。
リスクを「取るか取らないか」で考え、取らなければ何も変わらないと思い込む
どちらを選んでもリスクがあり、取らない場合のダウンサイドも考える
草野さんも、以前Off Topicでファンドを立ち上げる話が出た際、宮武さんに「リスクを取らないのがリスク」と伝えたことを思い出します。
なんか現状維持も結局現状維持できないじゃないですか。
草野さんは、今はうまくいっているから、今は重要ではないからと先送りした判断が、後々響いてくると話します。宮武さんは、選ばないことがなぜか一番楽で、結果的に判断を放棄していると表現します。
変える方法について、草野さんは「失敗しても死なないし」と軽く考えることを挙げます。宮武さんは先週話したスーパーマリオ効果につなげ、やるのもやらないのもどちらも実験として楽しむべきだと話します。
(ビリー・アイリッシュが)「だって100年後みんな死んでる。周りの友達も親ももうみんな死んでるんだから、やりたいことやんなよ」みたいな。
シリコンバレーは本当にリスクを取っているのか
宮武さんは、イノベーションの場とされるシリコンバレーでさえ、多くの人がリスクテイクをしていないと指摘します。みんなが同じトレンドに乗るからです。
いや、そうですね、自ら波を作れるかっていう話じゃないですか。
宮武さんは、AIの波に乗るなと言っているわけではありません。インターネットに乗ったGoogleやAmazonは成功した一方、大量の会社が消えたように、自分がどれだけリスクを取りたいかを認識することが大事だと話します。
日本の起業家にとってはSaaSが基本スタンスになりがちだと宮武さんは指摘します。業界を変えたいなら、SaaSやECブランドを選ぶべきではない場合もあるといいます。
SaaS企業が生まれる
起業家にとって一般的な選択肢になる
VCがSaaSに投資する
投資先として入れたがる
SaaS企業が儲かる
成功事例が積み上がる
さらにSaaSに投資が集まる
結果としてSaaS企業しか生まれなくなる
宮武さんは、今年のOff Topicではリスクを取る事例と、リスクを取らないリスクの事例の両方を扱ってきたと振り返ります。レガシーメディアが平均的なコンテンツしか出せなくなり、専門性の高いメディアに置き換えられる話もその一つです。
年を重ねるほどリスクを取る孫正義さん
宮武さんは、ポッドキャスト「All-In」のイベントで、Palo Alto Networksの社長でソフトバンクのビジョンファンドで孫正義さんの下で働いていたニケシュ・アローラさんが語った話を紹介します。
孫さんは、リスクアペタイト、まあリスクに対する欲は、年を重ねるごとにどんどん大きくなっていると。
家族を持ち、多くのものを抱えるほどリスクを避けるのが普通です。宮武さんは、年を重ねることをリスク削減と捉えるのではなく、リスクを取らないリスクが増えていると見たほうがよいと話します。草野さんも、上場企業を率いる大投資家がそれを実行できていることをすごいと語ります。
ドラマ『ニュースルーム』と大バカ理論
テーマ名のきっかけの一つは、アーロン・ソーキンさんが手がけたドラマ『ニュースルーム』です。シーズン1冒頭では、大学のパネルで学生から「アメリカはなぜ世界一の国なのか」と問われたニュースキャスターの主人公が、「アメリカは世界一の国ではない」と答えます。
主人公は、アメリカが世界一なのは収監率、天使を信じる大人の数、防衛予算の3つしかないと語り、課題を認識することの大切さを示します。
シーズン終盤には、経済用語のGreater Fool Theory ── 割高な資産でも、より高値で買う「さらなる愚か者」がいると見込んで買う行動を説明する理論。日本語では大バカ理論とも呼ばれますが出てきます。最も高値で買ってしまった人が大バカだという理論で、本来は「大バカにならないようにしよう」という教訓です。
一方で宮武さんは、大バカになるには「これは絶対うまくいく」と信じるエゴが必要で、リスクを取るうえでは大バカになることが大事だと話します。
収録はアメリカ大統領選挙の前日でした。宮武さんは、4年ごとの大統領選挙もビジョンを掲げる「大バカ」たちの大きな実験だと捉えています。
ドラマのシーズン1の終わりでは、冒頭で質問した学生がインターンとして入ってきます。主人公はもう一度同じ質問をさせ、「君みたいな人がいるからだ」と答えます。
なぜ「フール」ではなく「ギーク」なのか
宮武さんは、グレーターフールという言葉はネガティブすぎると感じ、バカになるのではなく勇気を持つという意味を表す言葉を探しました。そこで見つけたのが「ギーク」です。
宮武さんによれば、ギークはドイツ系の言語から英語に入った言葉で、もともとフールやクレイジーな人という意味でした。アメリカではサーカスで鶏の頭をかじるようなヤバいことをする人を指し、1980年代ごろにパソコンに情熱を持つ人を指すようになったといいます。
「グレーター」には、大バカの「大きな」という意味に加え、ニーチェの言う偉大なる人という意味も重ねています。宮武さんは、リスクを見直し、勇気を持って何かに没頭できる「偉大なるギーク」を生み出すことが、Off Topicのやりたいことだと語ります。
これが儲かるからやってますっていう人と、それが本当に好きだからずっと続けてますって人が出てくると、なんかああ、敵わないなって思うっていうか。
草野さんは、マーク・ザッカーバーグさんはかつて「ギークの神様」だったのに、最近はスタイリッシュになったと話します。自身はスタートアップが好きなほうだと答え、宮武さんはバスケなら3時間は話せると返します。
議論し合う文化はなぜ大事なのか
宮武さんは、ギーク同士なら深い議論ができると話します。スター・ウォーズについてジョージ・ルーカスの演出を議論して合意できなくても、お互い好きだからこそ最後は良い形で終わるといいます。
なんかすごい殴り合いをして、何がいいかっていうのを議論し合って、でも結果的にアメリカを良くしたいから、一つの方向で進もうっていう、最終的にコンセンサスになる。
宮武さんは、日本では国の政治でもスタートアップの組織でも議論が足りないと感じています。草野さんは、政治に詳しい学生が反対陣営の100人と冷静に討論する動画を挙げ、日本ではあまり見ないコンテンツだと話します。
宮武さんによれば、アメリカの憲法も約3ヶ月の対立を経て、ベンジャミン・フランクリンの「完璧なものを求めているのではない」という言葉を受けて承認されたといいます。アメリカ人は国のことを「We」で語り、共通の目的があるからこそリスクを取りやすいと宮武さんは見ています。
宮武さんは、会社を辞めて起業しろという話ではなく、仕事でも私生活の一部でもよいので、自分の今のリスクバランスを考え、もう少しリスクを取ることを伝えたいと話します。
誰かの背中を押すことにもリスクはあるのか
草野さんは映画『グッド・ウィル・ハンティング』の「才能があるのに使わないのは、宝くじを現金化しないようなものだ」という場面を挙げます。宮武さんは、周りの人に可能性を伝えることも大事かもしれないと話します。
(起業を勧めて)それについてはどう思いますか?なんていうか、自分は言ってもいいのかなって。
まあやっぱり責任を若干感じちゃうのは、人ありますよね。でも、草野さんが言うように、結果的にそれを選ぶのは僕じゃないので。
宮武さんは、可能性を伝えることがOff Topicの仕事でもあると話します。以前草野さんが話した、AIが自分の可能性を教えてくれるアイデアは重要な発明になるかもしれないといいます。
草野さんがジェネラリストのような横断型の人も大事ではないかと問うと、宮武さんはそういうギークも必要で、両方を持つ人が求められると答えます。一方で、群れの力は強く、TikTokでトレンドからトレンドへ飛び続けているとギークにはなりにくいと話します。
もっとなんかよくわかんないことについてめちゃくちゃ熱く語る人たちを見たいなっていうふうに思うので。
まとめ
この回では、AlphaGoの一手、イーロン・マスクさんとSpaceX、孫正義さん、『ニュースルーム』の大バカ理論を通して、リスクを取らないこと自体のリスクを見直し、勇気を持って何かに没頭する「偉大なるギーク」を目指そうというメッセージが語られました。
- AlphaGoは差の大きさではなく勝率への影響で手を選び、人間の「リードを広げたい」思考の限界を浮かび上がらせた
- SpaceXは再利用に賭けて打ち上げコストを100分の1に下げ、「夢だ」と言った競合との差を広げた
- リスクは取るか取らないかではなく、行動しないことにもダウンサイドがある
- シリコンバレーでもトレンドに乗る人は多く、自ら波を作れるかが違いを生む
- グレーターフールを言い換えた「グレーターギーク」は、勇気を持って周りを気にせず没頭する人を指す


