VCではなく「フィナンシャルアドバイザー」になったのはなぜ?
Forbesが著名なベンチャーキャピタリストをランキング形式で紹介するMidas List ── 米Forbesが毎年発表する、世界で最も成果を上げたベンチャー投資家のランキング。投資先の上場や売却によるリターンなどをもとに選ばれますの2019年版が公開されました。草野さんはこれをきっかけに、米国のVCについて話したいと切り出します。
二人が特に印象に残ったと話すのが、トップティアVCのアンドリーセン・ホロウィッツをめぐるForbesのロングインタビューです。宮武さんによれば、創業者のマーク・アンドリーセンさんはあまり表に出てこない人物で、久しぶりの長いインタビューだったといいます。
このインタビューでは、アンドリーセンさんとベン・ホロウィッツさんがともにスタートアップの経験者で、そこから自分たちでVCを立ち上げた経緯も語られていました。そのうえで最近話題になったのが、アンドリーセン・ホロウィッツが「VC」としての登録をやめ、別のカテゴリーに移ったことです。
VCですと、20パーセントの投資しか、例えば公開株とか、それ以外だと仮想通貨とかしか使えなくて。
それ以外はもう基本的にちゃんとした、未上場株のスタートアップ、VC業をやってくださいっていう制限がありまして、そこ(その制限)を外したくて。
宮武さんの説明では、アンドリーセン・ホロウィッツは300億円規模の仮想通貨ファンドを作るなど、VCの枠を超えた投資をしたがっていました。その制限を突破するためにVCというカテゴリーから抜け出す必要があった、という整理です。
宮武さんは、ソフトバンクのビジョンファンドも同じくVCではない形をとっていると指摘します。草野さんが「フィナンシャルアドバイザーみたいな名前でしたよね」と確認し、宮武さんは今後ほかのVCも同じ路線に進むかもしれないと見ています。
タレント事務所CAAをお手本にしたVCモデル
宮武さんが「アンドリーセン・ホロウィッツの面白いところ」として挙げるのは、出発点そのものです。アンドリーセンさんは旧来のVC業界を変えたいと考え、そのモデルにハリウッドのタレント事務所CAA ── Creative Artists Agency。米ロサンゼルスに拠点を置く大手タレント・エージェンシーで、俳優や監督、ミュージシャンなどを多数抱えていますを選びました。
宮武さんによると、もともとタレント業界では、個々のタレントエージェントにタレントがつき、そのエージェント個人のネットワークで紹介や営業をしていました。CAAはそこを変え、映画会社とつながる人、セレブのTwitterを管理する人など、役割ごとのスペシャリストをそろえて分担しました。
結果、今現在ですと、CAAのマーケットシェア、いわゆるハリウッドとかのタレントのシェアが9割ぐらいになってまして。
CAAがほぼ業界を握っている様子を見て、アンドリーセンさんはそれを真似たいと考えたといいます。宮武さんは、日本を含め今でも一般的なVCは、担当者個人のネットワークで紹介やアドバイスをしている、と対比します。
担当者個人のネットワークをもとに、紹介・事業連携・アドバイスをその人が担う
リクルーティングやマーケティングなどのスペシャリストをオペレーションチームとして抱え、チームで支援する
アンドリーセン・ホロウィッツのオペレーションチームは、宮武さんの推測で今は50人ぐらいいるかもしれない規模です。リクルーティングのスペシャリストだけで5人以上を採用し、マーケティングやプロモーションの専門家もいて、投資先のデック(プレゼン資料)作りまで手がけているそうです。
ただ、立ち上げ当初のアンドリーセン・ホロウィッツは他のVCからかなり嫌われていたといいます。高いバリュエーションで出資するのがトレンドになり、他のVCが「これじゃもう入れないじゃん」と感じていたからです。
VC同士が話してる時に、大体2分以内にアンドリーセン(・ホロウィッツ)の悪口を言い始めるみたいな。
めちゃめちゃ嫌われてるじゃないですか。
それでも宮武さんは、スタートアップと同じでディスラプションを起こすにはそういう道のりが必要だと受け止めています。結果としてアンドリーセン・ホロウィッツは大きく儲かっており、草野さんも「スタートアップのためにもなってますよね」と応じます。
GitHub買収の裏側と、ファンドの成績・失敗例
アンドリーセン・ホロウィッツの支援は、リクルーティング、プレゼン、企業マッチングにまで及びます。宮武さんによれば、GitHubがMicrosoftに買収された件でも、裏でアンドリーセン・ホロウィッツがかなり絡んでいたそうです。
アンドリーセン・ホロウィッツの評判の高さを示すエピソードとして、宮武さんはGitHubが採用した一人を、フルタイムでアンドリーセン・ホロウィッツに送り込んだという話を紹介します。
(GitHubは採用した人に)一旦あっち(アンドリーセン・ホロウィッツ)行って来いみたいな。あっち行って学べみたいな。
こうした支援は初期からのものでした。CAAモデルでVCをやることが初期のコンセプトで、エンジェル投資をしている間にそのモデルを作り、実際に始めたという流れです。
成果も数字に表れています。宮武さんは一般論として、VCは3倍ぐらい返さないと出資者が十分なリターンを得られず、3倍を出せるVCは5パーセントほどしかないと説明します。そのうえで、アンドリーセン・ホロウィッツの各ファンドの見込みを次のように挙げました。
| ファンド | 規模 | リターンの見込み |
|---|---|---|
| 1号ファンド | 約300億円 | 5倍ぐらい |
| 2号ファンド | 約650億円 | 3倍ぐらい |
| 3号ファンド | - | 5倍ぐらい |
| 4号ファンド | - | 3倍ぐらい |
一方で、失敗例も少なくありません。宮武さんはJawbone ── ウェアラブル端末やスピーカーを手がけた米国の企業。多額の資金を集めたものの、2017年ごろに清算手続きに入りましたジャボン、Fab、Zenefitsを挙げ、アンドリーセン・ホロウィッツが入ると話題になる分、失敗したときも「バッキングしたのに」と話題になると話します。
宮武さんは、Uberへの出資を逃した話も紹介します。当時アンドリーセン・ホロウィッツはリードとして入る予定でしたが、最後に提示バリュエーションを大きく下げたらしく、Uberが断って別のVC(宮武さんはMenlo Venturesかもしれないとしています)が入ったそうです。宮武さんは、アンドリーセン・ホロウィッツがコメントしていないので本当かどうかはわからない、と前置きしています。
ただしアンドリーセン・ホロウィッツはLyftには出資しており、噂によればLyftとUberの合併話が何度か出た際に裏側で動いていたといいます。合併やM&Aにまでがっつり入るところが面白い、と宮武さんは見ています。
VCがスタートアップに売り込む「リバースピッチ」とは?
最近のアンドリーセン・ホロウィッツの新しい動きとして、宮武さんは「リバースピッチ」を挙げます。スタートアップがVCに売り込むのではなく、VCがスタートアップに「うちはこういうことができる」とピッチする形です。リバースピッチを始めたのがアンドリーセン・ホロウィッツかどうかは、宮武さんにもわからないそうです。
かつてアンドリーセン・ホロウィッツは、バイオなど特定の領域は絶対にやらないと公言していました。今はバイオの領域にも入り始め、バイオ企業に何を提供できるかをピッチしているといいます。
今だとやっぱりお金はみんな出せるので、逆にビジョンファンドがいる中でお金で絶対勝てないので。
そうすると何で勝つかっていうと、その他のサービス。VCが提供できる、人でしたり、ネットワークでしたり。
宮武さんは、その支援は個人よりチームでやったほうがいいという考えから、アンドリーセン・ホロウィッツが新しいVCモデルを作ったのではないか、と話します。お金ではなく支援の中身で選ばれるVCという発想です。
草野さんは、イベント、ソーシャルメディア、LP対応などをスキル特化型で縦割りにするVCは増えていると感じています。そのうえで、VCの仕事はもともと対人で属人的になりやすく、それをチーム化できたのは本当にすごいと評価します。
宮武さんは、今後のVCは「エンジニアのリクルーティングに強い」といった支援内容で差別化していくと予想します。そこで草野さんが例に出したのが、First Round Capital ── 米国のシード期に強いベンチャーキャピタル。投資先への支援プログラムやコンテンツ発信でも知られていますの採用の仕組みです。
宮武さんによれば、米国の多くのVCのサイトにある採用ページは投資先の求人を並べたものです。First Round Capitalだけは、まず自社に履歴書を送ってもらい、投資先を見たうえでどこに振るかを判断する仕組みにしており、データベースを自ら持っている点が面白いといいます。
Midas Listから見えるアジア系と女性の台頭
話はMidas Listに戻ります。草野さんによると、アンドリーセン・ホロウィッツにはCEOや創業者の経験がないとパートナーになれない制度がありました。その中で、Midas Listには載っていなかったものの、女性のコニー・チャンコニーチャンさんが、創業者や代表の経験なしにパートナーになった初めての例になったそうです。
草野さんは、コニー・チャンさんが中国で流行る婚活向けサービスに強く、その動向を米国に伝える独特のポジションにいる点に注目します。女性のVC、そして中国系という二つの面で「今だなって感じがしました」と話します。
宮武さんは、アンドリーセン・ホロウィッツは男性比率が非常に高い会社で、どのVCもそこを変えようとしていると指摘します。加えて、スタートアップの中で中国勢が大きく増えていることも背景にあると見ています。
宮武さんの見立てでは、最近の起業家にはアジア系アメリカ人やアジア系の起業家が増えています。中国に住む人が米国で起業するケースもあれば、米国で生まれ育ったアジア系の人もいるといいます。
かつて
スタートアップを始めるのは主に白人男性だった
エンジニアとして参入
アジア系アメリカ人がFacebookやGoogleなどにエンジニアとして入る
起業
キャリアを積んだあと独立し、自ら起業する
草野さんも、Googleを訪れるとアジア系の人が多く、半分がアジア系、半分が白人、少しだけ黒人の人という印象だったと振り返ります。エンジニアとしてキャリアを積んでから起業する人が多いのでは、と二人は話します。
遅刻1分で10ドル。起業家の時間を守る罰金制度
話は再びアンドリーセン・ホロウィッツに戻ります。宮武さんが個人的に良かったと挙げるのは、創業者の二人がともに起業経験者であるため、起業家の時間を無駄にしないことに強くフォーカスしている点です。
アンドリーセン(・ホロウィッツ)が(起業家とのミーティングに)遅れた場合に、1分遅れると10ドル、1000円を払わないとダメですと。
支払先が起業家本人なのかチャリティーなのかは、宮武さんにもわからないそうです。それでも、罰金という仕組みで起業家へのリスペクトを形にしている点がアンドリーセン・ホロウィッツらしい、と宮武さんは話します。
宮武さんは、多くのVCが「ファウンダーフレンドリー」を掲げていても、そこが違いになると見ています。草野さんも「これぐらい気合入ってますよっていうのが伝わりますね」「遅刻もしなくなる」と笑いながら応じます。
大型IPOの年に、VCが元Uber・元Airbnb社員を囲い込む理由
草野さんは、2019年はPinterestやAirbnbなど、アンドリーセン・ホロウィッツの投資先でIPOする会社が多いと話します。宮武さんもLyft、PagerDuty、Slackにも入っているとして、アンドリーセン・ホロウィッツにとってとても良い年になりそうだと見ています。
宮武さんによると、アンドリーセン・ホロウィッツはちょうど2000億円規模の新ファンドを作っているという話もあり、タイミングとしても良いそうです。草野さんは、IPOによって資産を得る従業員がたくさん増えるだろうと話します。
やっぱりアメリカのいいところって、そこ(人材)の循環があるっていうこととして、ちゃんとEXITの後に従業員が辞めて、で、自分で立ち上げて、次のユニコーンを作るっていうシステムがなんかちゃんと出来上がってるのかなと。
EXIT
投資先がIPOなどで上場し、従業員が資産を得る
独立
元従業員が会社を辞め、自分のスタートアップを立ち上げる
VCの囲い込み
VCが元従業員を雇い、そのネットワーク経由で新しい起業家に投資する
次のユニコーン
新しい会社が育ち、再び同じ循環が起きる
宮武さんによれば、VCはこの循環を理解しているので、さまざまな手を打っています。その一つが、上場するUber、Slack、Airbnbなどの元従業員を、ベンチャーパートナーやフルタイムとして雇うことです。
アンドリーセン・ホロウィッツのアンドリュー・チェンさんは、Uberでライダー側のグロースを担当していた人物です。草野さんは「アンドリューさんコンテンツマーケ上手いです」と話し、宮武さんも「絶対それで多分採用されましたね」と冗談めかして応じます。
宮武さんは、元Uber社員を雇う理由を、Uberの人は他のUber社員とつながっていて、誰が優秀かを分かっているからだと説明します。実際にアンドリュー・チェンさんの直近の投資には、元Uberの従業員が立ち上げた会社が含まれているそうです。
元Airbnb社員の例もあります。宮武さんによると、Airbnbを辞めた二人が起業しようとVCを回ったものの、アイデアが微妙で断られ、代わりに「ファンドを立ち上げたら投資します」と言われました。二人は元Airbnb社員を支援するファンドを本当に作り、55ミリオン(宮武さんの換算で55億円ぐらい)を集めたといいます。
コミュニティづくりの工夫も紹介されます。アンドリュー・チェンさんは毎月、元社員を含むUberの従業員たちとディナーセッションを開き、元Airbnb社員にも100人以上が参加するクローズドなFacebookグループがあって、新しいスタートアップの情報を共有しているそうです。
草野さんは、起業したい従業員にとってもトップティアVCの人と相談できるのは嬉しいことだと話します。宮武さんは、元同僚のファンドなら「この人からならお金をもらってもいい」と思えるうえ、ファンド側も人ベースで投資しているため、シードでも1〜2億円を入れることがあると説明します。
PayPalマフィアからInstagramへ、繰り返される「人の循環」
宮武さんは、米国のこうした人材の循環は歴史の繰り返しで、今が2〜3回目にあたると話します。さかのぼれば1960年代の半導体企業にも同じような動きがあったそうですが、宮武さんが「そこは別にどうでもいい」と流しかけ、草野さんが「どうでもよくはない」とツッコむ場面もありました。
テック業界で最も有名な例がPayPalマフィア ── PayPalの初期メンバーで、退社後に次々と起業や投資で成功した人々の通称。テスラのイーロン・マスク氏らも含まれますです。宮武さんはピーター・ティールさん、リード・ホフマンさんの名前を挙げ、Yelpの創業者やYouTubeの創業者もPayPal出身だと話します。
やっぱり優秀な企業の中で優秀な人がいるので、絶対みんなどこかのタイミング辞めたりするんで、そこ(辞めた人)をどう拾うか。
今の例として宮武さんが挙げるのが、Instagramのケビンさんです。VCたちが「いつやるの?」と聞いたり、「とりあえず入れるよ」と声をかけたりしているといいます。
草野さんは、ケビンさんの級になるとシリアルアントレプレナーの枠だと見ています。Facebookからも初期メンバーがQuoraやAsanaを起業していますが、PayPalマフィアのようには呼ばれていない、と話します。宮武さんはAsanaのダスティンさんや、VCに進んだサファリンサファリンさんの名前を挙げ、話を締めくくりました。
まとめ
今回のOff Topicは、Midas List 2019を入り口に、アンドリーセン・ホロウィッツがタレント事務所CAAをモデルに、個人の力に頼らないチーム型のVCを作り上げた経緯をたどりました。お金で差がつかない時代に、支援の中身や起業家へのリスペクト、元従業員のネットワークが、VCの競争力になっていることが見えてきます。
- アンドリーセン・ホロウィッツは投資の制限を外すため、VCではなくフィナンシャルアドバイザーとして登録を変えた
- CAAをお手本に、リクルーティングやマーケティングの専門家をそろえたチームで投資先を支援している
- 資金では差がつかない中、リバースピッチや採用支援など、支援内容でVCが差別化する流れが強まっている
- 遅刻1分で10ドルの罰金など、起業家の時間へのリスペクトを制度として形にしている
- IPOで生まれた元従業員を起業家として囲い込む人材循環が、PayPalマフィアの時代から米国で繰り返されている


