未来予想は当たっているのに、なぜ外れて見えるのか?
宮武さんはまず、頭のいい人たちが過去に「こういうテクノロジーが流行る」と予想してきた話を取り上げます。宮武さんによれば、その予想の中身は大体当たっていて、ずれるのはタイミングだけだといいます。
あの、大体みんな当たってるんですよね。(「こういうものが来ます」っていう予想は)
ただタイミングだけがなんかすごいずれたりとか。
宮武さんは、予想された流行が場合によっては100年後に実現するケースもあると話します。実現しなかった技術の例として挙げたのが錬金術です。
ニュートンが20年ほど取り組んだ錬金術でも、金は作れなかった一方で、炭素からダイヤモンドを作ることはできるようになりました。宮武さんはこれを、いわゆるラボグロウン ── 研究施設で人工的に生成されたダイヤモンドのこと。天然ダイヤモンドと化学的にはほぼ同じ構造を持ちますダイヤモンドとして紹介しています。
セグウェイ、ファックス、マウスが示す「普及までの長い時間」
宮武さんがよく挙がる例として紹介したのがセグウェイ ── 立ったまま乗る電動の二輪移動機器。2000年代初頭に大きな注目を集めましたが、一般の移動手段としてはあまり広まりませんでしたです。セグウェイは「ちょっと馬鹿にされがち」な存在ですが、宮武さんはそのイノベーションには2つの面があったと話します。
セグウェイのイノベーションの1つはデバイスそのもので、もう1つは、こうした乗り物によって街づくりのデザインが変わるのではないかという構想でした。アメリカには車を駐車できる場所が計算上20億スポットほどあり、道路なども含めると膨大なスペースが車のために使われています。
宮武さんは、セグウェイでさえタイミングの問題かもしれないと言います。車中心の社会から街づくりが変われば、セグウェイのような乗り物が戻ってくる可能性があるという見立てです。草野さんは、観光ツアーなどでは今も使われていると応じています。
宮武さんは歴史を振り返り、技術ができてから一般に普及するまでには長い時間がかかってきたと指摘します。テレビは機能するまでに50年かかり、ファックスは1870年代に作られていたのに、消費者が使い始めたのは1970年代でした。
コンピューターも消費者向けが登場するまで50年かかっています。Appleが1983年に出したLisa ── Appleが1983年に発売したパーソナルコンピューター。GUIとマウスを採用した先駆的な機種ですが、高価で商業的には成功しませんでしたにはGUIとマウスが入っていましたが、マウスの特許はすでに1967年に承認されていました。
宮武さんが個人的に好きだと紹介するのは、レーニンの「何も起こらない数十年があり、数十年分の出来事が起きる週がある」という言葉です。イノベーションも同じで、改善が積み重なったあるタイミングで急に大きく変わる瞬間があるといいます。
宮武さんは、シリコンバレーの著名なエンジェル投資家エラッド・ギルさんの言葉も紹介しています。微妙なチームのスタートアップでも、正しい市場の波に乗れば成功する、というものです。
「偉大なスタートアップは不況直後に生まれる」は本当か
この回の前半では、イノベーションの波がいつ来るのか、いいスタートアップはどのタイミングで立ち上がるのかが探られます。宮武さんは後半で、新しい市場で勝つのはスタートアップか大手かも話すと予告しています。
スタートアップを立ち上げるタイミングとしてよく聞く答えが「不況直後」です。草野さんはUberやAirbnbの時代を例に挙げ、宮武さんもテック企業ではこの時代が最もよく使われる事例だと認めます。
不況直後説が語られる理由として、宮武さんは2009年のある調査を紹介します。Fortune500 ── アメリカの経済誌フォーチュンが毎年発表する、売上高上位500社のランキングのうち57パーセントが不況中に立ち上がっていた、という調査です。
宮武さんは、不況下では多くの会社がなくなり、生き残った会社が市場シェアを取りに行けると説明します。さらにレイオフで優秀な人材が流動化し、スタートアップが以前は採れなかった人を採れたり、レイオフされた人が新しく起業したりするといいます。
それでも宮武さんは、不況時にいい会社が生まれるという説は必ずしも間違いではないものの、本当にそうなのかという疑問を投げかけます。そもそも、いい会社はほぼ毎年、不況前にも作られているのではないかという問いです。
宮武さんは、時期ごとに立ち上がったテック企業を並べて見せます。草野さんが「名だたる企業」と驚くほど、どの時期にもトップレベルの会社が生まれています。
| 時期 | 市場環境 | 主な企業 |
|---|---|---|
| 2000年以前 | インターネットバブル前 | Amazon、Netflix、Google、Salesforce、Alibaba、PayPal |
| 2000〜2003年ごろ | バブル崩壊直後 | Mailchimp、Atlassian、SpaceX、DocuSign |
| 2004〜2008年ごろ | リーマンショック前の成長期 | Facebook、YouTube、Box、Workday、MongoDB、Twitter、Tumblr、Dropbox、Airbnb |
| 2009〜2011年ごろ | リーマンショック後 | Airbnb、Uber、WhatsApp、Instagram、Warby Parker、Pinterest、Shein、Stripe、Slack、Snapchat |
| 2012〜2020年 | 市場が伸びた時期 | DraftKings、ByteDance、Instacart、Discord、Canva、Databricks、OpenAI、Revolut |
Airbnbはリーマンショック前の2008年4月に立ち上がり、その後何度かビジネスをやり直しているため、宮武さんは不況前と不況後の両方に入ると話しています。
あんま時代関係ないかもみたいな。(いい会社ができるのは)
宮武さんは、ベンチマークのパートナーであるピーター・フェントンさんも同じことを言っていると紹介します。毎年1社以上は10ビリオン以上の会社が生まれ、2〜3年おきに100ビリオンの会社が生まれる。それは経済サイクルと関係なく起きるので、VCの仕事はその会社を見つけることだ、という考え方です。
経済不況の代わりに見るべき「変曲点」とは?
宮武さんは、経済サイクルが本当に関係ないのかというと、「経済不況」という目線が間違っているだけで、別の要因を見るべきなのではないかと話を進めます。その別の要因を、宮武さんは大きく2つに分けます。1つ目が変曲点です。
2000年前後のインターネットバブルでは、インターネットが次に絶対来ると考える人が集まり、ハイプで株価が上がってはじけました。宮武さんが不思議だと言うのは、インターネットは実際に「次の大きなもの」になったのに、それでもバブルははじけた点です。
宮武さんによれば、インターネットバブルがはじけたのはタイミングを見失っていたからです。アメリカでは2001年にインターネットの普及率が50パーセントを超え、ようやく本当に一般普及し始めました。
2001年の普及を背景に、それ以前に立ち上がったNetflix、Google、PayPalが生き残り、その後に出てきたAtlassian、Mailchimp、DocuSign、Facebookなどが成長できたと宮武さんは説明します。
宮武さんは、変曲点にはいくつかの種類があると話します。アプリストアの登場のような変曲点は新しいユーザー行動と流通チャネルを生み、Uber、Instagram、WhatsApp、Snapchatなどにつながりました。一方、Web3はまだ普及率が低く、変曲点を越えていないといいます。
| 種類 | 何が起きるか | 例 |
|---|---|---|
| ディストリビューションの変曲点 | 新しいユーザー行動や流通チャネルが生まれる | インターネット普及率50パーセント超え、アプリストア |
| インフラの変曲点 | 会社の立ち上げが楽になり、コスト構造が変わる | AWS、ビットコイン、4G、5G |
| 技術的な変曲点 | 新しい技術そのものが登場する | ImageNet、GPU、CRISPR、SpaceXのロケット着陸技術 |
宮武さんは、この変曲点を理解して、その上に乗れるかどうかを見極めるのがスタートアップやVCの仕事だと話します。マーク・アンドリーセンさんの有名なブログ「Software Is Eating the World ── 2011年にマーク・アンドリーセンが発表したエッセイ。ソフトウェアがあらゆる産業を飲み込んでいくと論じ、広く読まれました」も、実は変曲点の話だといいます。
変曲点、でも、どう、どうやったらわかるんですか?
変曲点の見分け方について、宮武さんは、インフラが立ち上がったかどうかや、普及率が50パーセントを超えたかどうかなど、いくつかの見方があると答えています。
変曲点の「直後」に出てくるアプリが弱いのはなぜ?
宮武さんは、新しいテクノロジーのシフトは、過去のテクノロジーの上に積み重なって起きると説明します。技術の流れが次の流れを生み、その中で普及率などの変曲点も現れるという考え方です。
集積回路
集積回路があったからこそPC革命が起きた
PC
PC革命があったからこそインターネット革命が起きた
インターネット
インターネットがあったからこそクラウド革命が起きた
クラウド
クラウドがあったからこそモバイルへのシフトが起きた
宮武さんが難しいと言うのは、変曲点の直前に入るべきか、直後か、もっと後かという判断です。これはスタートアップにもVCにも当てはまる問いだといいます。草野さんは「張っておく」という意味では最初がいいのではと尋ねますが、宮武さんは早すぎるとうまくいかないと応じます。
直前とちょっと後が、えっと、えー、成功パターンが一番多いのかなっていう、これはもう個人的な意見でしかないですけど。
草野さんは、一番最初に飛び込む「ファーストペンギン ── 群れの中で最初に海へ飛び込むペンギンになぞらえ、リスクを取って先陣を切る人や企業を指す言葉」が意外と勝者ではないと話します。技術はよくても、資金集めなど企業としての総合格闘技でもっと強いところが出てきて勝つパターンがあるという見方です。
宮武さんは、インターネットが登場した当初、最初のユースケースは新聞などの紙媒体をそのままネットに出すものだったと振り返ります。インターネットネイティブな発想がまだなく、そうした世代のサービスはあまり成功しなかったといいます。
YouTubeの例も挙げられます。当時のYouTubeはFlashがインストールされていないと使えませんでしたが、FlashはYouTubeの3年前にできていました。ChatGPTが人気になったのも、GPT-3ができた2020年から2年、2年半ほど後のことです。
アプリストアは2008年ごろにでき、UberやInstagramが立ち上がったのは2009年、2010年ごろでした。宮武さんは、アプリストアが始まって最初の1年間は微妙なアプリが多かったと話します。
草野さんが思い出したのは、iPhone同士をぶつけて連絡先を交換できる「Bump」です。宮武さんは、Bumpはまだ画期的だったとしつつ、映像が流れるだけのライターのアプリもあったと話し、二人で当時の不思議なアプリを懐かしんでいます。
最初にその変曲点が訪れた、まあこの場合だとアプリストアっていう変曲点なんですけど、その後にその新しい行動とか、その使い方、そのネイティブの使い方がまだ理解される時間が必要で。
宮武さんは、Facebookも最初のSNSではなく、Googleも最初の検索エンジンではなかったと指摘します。共通しているのは、変曲点を活用しつつ、それまで想定されていなかった行動を取り入れたことです。
オープンで誰とでも友達になれるのが主流だった当時のSNSに対し、harvard.eduなど大学のメールアドレスを持つ人に限定したクローズドなネットワークを作った
アマチュアの映画監督や半プロ向けだった当時の動画サービスに対し、画質が悪くても誰でも動画を出せる完全オープンな場にした
草野さんは、宮武さんが以前話したWeb3やNFTの話にも触れます。NFTそのものではなく、ツールとしてのユーティリティが普及の鍵になるという話です。宮武さんは、利便性が高まると普及率が上がり、一定の普及率に達すると変曲点が訪れると応じています。
GAFAはなぜ何度も変曲点をつかめたのか
宮武さんは、GAFAなどの大手テック企業が大きくなれたのは、変曲点を1回だけでなく何度も見極めてきたからだと話します。
Appleの最初の変曲点はPCで、自らPC革命を作った企業でもあります。その後もインターネットを活用し、モバイルを活用してスマホを作り、3Gや4Gを活用してアプリストアを立ち上げました。
Microsoftも最初はPCから始まり、IBMがPCを作るときにOSを担当するパートナーになりました。それだけでARR100ミリオンほどに達しましたが、その後もクラウド、インターネット、ブロードバンドへと進んでいます。
Amazonの最初の変曲点はインターネットで、ブラウザのNetscapeがローンチした数カ月後に立ち上がり、最初の2年ほどでARR100ミリオンほどに達したといいます。その後もブロードバンド、クラウドコンピューティング、ロボットなどを活用して成長しました。
Googleもインターネットから始まり、モバイル、クラウド、AIを活用しています。宮武さんが「すごいわかりやすい」と言うのはFacebookで、インターネットの普及で成長し、モバイルという大きな変曲点にうまく乗って生き残りました。
草野さんは、AppleがAR ── 拡張現実。現実の風景にデジタル情報を重ねて表示する技術やVRで、まだ製品を出さずにベストなタイミングを狙っているように見えると話します。宮武さんは、大手になると動きが遅くなるからこそ前もって準備しておく必要があると応じます。
だからよりそういうリスクがあるものを早めに投資しだして。で、えっと、その変曲点が訪れたタイミングには出せる準備をするというのが多分大手のやり方でもある。
金利が高い時代のほうが大きな会社が生まれる?
宮武さんが挙げる2つ目の見方は、マクロ経済、特にアメリカの利率です。利率が高いほうが大きい会社が出てくるのではないか、さらに高い利率とテクノロジーの変曲点が重なると、とても大きな会社ができるのではないかという仮説です。
この仮説は、ソーシャルキャピタル ── チャマス・パリハピティヤさんが率いるアメリカのベンチャーキャピタルのチャマスさんによる調査に基づくものです。宮武さんによれば、AppleやMicrosoftが生まれたのは利率が高い時期で、そこにPC革命が重なり、時価総額でその時期を超えるタイミングはまだないといいます。
草野さんの質問に答える形で、宮武さんは利率の推移を説明します。利率が一番高かったのは1970年代、80年代で、1990年代もまだ高く、Amazon、Google、NVIDIAなどが生まれました。本当にゼロになったのはリーマンショックのあった2008年、2009年ごろからで、そこから15年ほどはほぼゼロが続いていたといいます。
宮武さんは、利率が重要なのは起業家のマインドセットを変えるからだと話します。例えば利率が5パーセントなら、100万円を預けるだけで1年目に5万円が返ってきます。利率がゼロなら、100万円は1年後も100万円のままです。
国債などに入れておけば安定してリターンが得られるため、リスクのあるスタートアップに資金が集まりにくい。起業家は黒字化や利益率を気にするようになる
お金を置いておいても増えず、インフレでむしろ目減りするため、株式やオルタナティブアセット、クリプトなどリスクの高いものに資金が流れ、スタートアップは調達しやすくなる
一千万そこに入れてゼロになるかもしれないのと比べて、五パー絶対返ってくるアメリカの政府のボンドに入れたら、来年五十万リターン返ってくるからそっちに入れようってなるじゃないですか。
宮武さんは、ソーシャルキャピタルの記事で、時代を代表する6社の上場前後4年間の利益が比べられていると紹介します。結果は明らかに違っていたといいます。
| 時代 | 企業 | 上場1年前から上場後2年の利益 |
|---|---|---|
| 利率が高かった時代 | Microsoft、Google、Meta | 3社とも黒字 |
| 利率がほぼゼロだった時代 | Uber、Snapchat、Block(Square) | 3社とも赤字 |
草野さんはVCにとっては嬉しい話なのかと尋ねます。宮武さんは、結果的にIPOしたのでVCとしてはリターンが出ればいいと考えているかもしれないとしつつ、資金が動きやすいと投資競争が激しくなり、時価総額も上がるので、どちらにもプロコンがあると話します。
チャマスさんの結論は、利率が高い時に生まれる起業家は、より利益率を求めるというものです。宮武さんは、GoogleやAppleが利益を生むマシンになっている一方、UberやSnapchatは売上は伸びても利益につながっていないと、マインドセットの違いを指摘しています。
新しい市場で勝つのはスタートアップか、大手か
宮武さんは次のトピックとして、タイミングがわかったとして、そこで勝つのはスタートアップなのか大手なのかを問います。特に今はAIの2回目の流れが来ているため、重要な問いだといいます。
よくある仮説はスタートアップが市場を取るというものですが、宮武さんによれば、実際の結果はミックスです。エラッド・ギルさんが昨年、大きなテックトレンドごとに、市場の価値がスタートアップと大手にどう分かれたかを解説しています。
宮武さんがインターネットについて草野さんにクイズを出すと、草野さんは「むずかしいですね」と悩みます。エラッド・ギルさんの見立てでは、インターネットの最初の波では6〜7割がスタートアップに行きました。Google、Amazon、PayPal、eBay、Salesforce、Facebook、Netflixが初代インターネットネイティブの会社です。
モバイルについて、草野さんは「Appleはスタートアップに入るのか」と尋ねます。宮武さんは、ここでのスタートアップの定義は、その変曲点の後に参入した新しい会社だと説明しています。
| トレンド | 価値の行き先 | 主な企業 |
|---|---|---|
| インターネット | スタートアップが6〜7割 | Google、Amazon、PayPal、eBay、Salesforce、Facebook、Netflix |
| モバイル(2009〜2012年ごろ) | スタートアップ2割、大手8割 | AppleとGoogleがほとんどを獲得。WhatsApp、Uber、DoorDash、Instagram、Snapchatも誕生 |
| クリプト | ほぼ100パーセントスタートアップ | ビットコイン、イーサリアム、Coinbase、Binance |
| AIの1回目の波 | 大手寄り | Google、Facebook、Amazon。AIネイティブではByteDance、場合によってはTesla |
クリプトでは、Facebookも入ろうとしてコインを作りましたが失敗しました。宮武さんは、明らかなプラットフォームシフトで、既存の資産をレバレッジできなかったことが大きかったのかもしれないと話します。
AIの1回目の波は、画像認識、GAN ── 敵対的生成ネットワーク。2つのニューラルネットワークを競わせて画像などを生成する手法、ディープラーニングなどです。宮武さんは、昨年末からバズっている生成AIは、OpenAI、Stable Diffusion、Hugging Faceなどの新規勢がいるため、今のところスタートアップ寄りに傾いているのではないかと見ています。
ChatGPTは「冷蔵庫」、次のコカ・コーラは誰か
草野さんは、データの量で言えばプラットフォーマーが勝ちそうだと話します。宮武さんは、まさにそこが重要なポイントだと応じ、AIについて考えるときはデータ収集とアルゴリズム作りをまず考える必要があると話します。
オープンインターネットをスクレイピングするコストと技術を持つ会社は少なく、Meta、Google、Amazonなどに限られます。宮武さんによれば、OpenAIがGPT-4のトレーニングにかけたコストは100ミリオンほどとされ、その後には運営コストもかかります。
OpenAIがMicrosoftと提携した大きな理由も、Microsoftのデータセンターやコンピューティングパワーを得ることでした。コストは今後10倍、100倍安くなる可能性があるものの、時間がかかると宮武さんは話します。
宮武さんがスタートアップの見方として紹介するのは、ソーシャルキャピタルのチャマス・パリハピティヤさんの例えです。ChatGPTなどを作るLLM ── 大規模言語モデル。大量のテキストで学習し、文章の生成や要約などを行うAIモデルは、冷蔵庫として見るべきだというものです。
冷蔵庫を作る
新しい技術を作った人たちは多少なり儲かった
冷蔵庫を活用する
一番儲かったのは、冷蔵庫をうまく活用してソーダ帝国を作ったコカ・コーラだった
AIに当てはめる
LLMは冷蔵庫というツールであり、問うべきはAI業界で次のコカ・コーラを作るのは誰か
AI時代に有利なのはシリーズB以降のスタートアップ?
宮武さんは、AIを活用するスタートアップにとっては優位性作りが重要で、そこで鍵になるのが草野さんの言ったデータだと話します。ChatGPTやStable Diffusionを使ってユーザーを早く獲得し、利用頻度を上げると、そこから独自データが生まれます。
その独自データでアルゴリズムをさらにトレーニングすることで、優位性はオープンインターネットのデータと自社のデータセットの組み合わせになるのではないか、と宮武さんは考えます。
宮武さんが個人的に有利だと考えるのは、シリーズB以降のスタートアップです。大企業は動きが遅くリスクを重く見るため動きにくく、シード期ではそもそもデータがありません。ある程度のデータと、データを集め続けるパイプラインを持つシリーズBからE、Fあたりの会社にアドバンテージがあるといいます。
草野さんが「Notion AIじゃないですか」と挙げると、宮武さんもNotionは当てはまると答えます。宮武さんによれば、OpenAIがMicrosoftと組んだ理由について、サム・アルトマンさん自身が「人間のデータが欲しい」と語っているといいます。草野さんはこれをファーストパーティーデータ ── 企業が自社のサービスや顧客との接点から直接集めたデータのことと言い換えています。
反対に危うい例として挙げられたのが、マーケティングコピーを書くCopy.aiやJasperです。Jasperは時価総額1.5ビリオンドルほどに達しましたが、その機能はChatGPTである程度の人ができることでした。
Jasperが立ち上がったときにはChatGPTは存在しませんでした。当時Jasperには10万人ほどの顧客がいて、その75パーセントが月額80ドルを払っていましたが、ChatGPTは無料で登場しました。宮武さんは、Jasperにとって「めちゃくちゃやばい」と思った瞬間だったのではないかと話します。
さらにBingもブラウザ拡張としてコピーの提案機能を入れています。宮武さんは、JasperやCopy.aiが独自データを持たずChatGPTの上だけで動いているなら、かなり危険かもしれないと見ています。広告画像についても、Metaがいずれ画像生成を取り入れるはずだといいます。
草野さんは、OpenAIが躍進しているのはデータを集める能力に長けているからなのかと尋ねます。宮武さんは、資金を集めてデータ収集のための提携もしてきたとしつつ、OpenAIは今のところ冷蔵庫であり、その上でいろいろなものが作れると答えています。
スタートアップが独自データを集める方法として、宮武さんはワークフローにいかに組み込むかを挙げます。例えば生成した画像を多人数でコラボレーションするツールを作れば、AIは最初の引き寄せとなるウェッジになり、その後のワークフローで良いサービスを作れるといいます。
答えが1つしか出ないAI検索の落とし穴
宮武さんは、BardやBingの新しい検索を例に、検索にも3つの種類があると説明します。
| 種類 | 例 | バウンスレート |
|---|---|---|
| ナビ型 | Amazonなど特定のサイトを検索する | おそらくとても低い |
| 情報型 | 東京の天気は何かを調べる | おそらくとても低い |
| 複雑な質問 | 東京に旅行に行くときは何をするべきかを調べる | 高い |
検索エンジンが見ている指標の1つがバウンスレート ── ここでは、検索結果のURLをクリックしたユーザーが検索画面に戻ってくる割合を指しています。戻ってくることは満足しなかったサインとされますです。宮武さんによれば、Bingのバウンスレートは4割ほどとされ、Googleも似た数字かもう少し低いかもしれないといいます。
複雑な質問のバウンスレートを下げるためにChatGPTを使う考え方はありますが、そのためには検索エンジンが質問の種類を理解する必要があります。宮武さんが個人的に気になっているのは、AIの回答に不確実性をどこまで組み込むかという点です。
Googleの検索では1ページに10個ほどのURLが出るため、1つをクリックして間違っても他の9つから選べます。Stable Diffusionも画像を4パターン出してくれます。
ChatGPT、まあいわゆる新しいBingとかに関しては、回答って一個なんですよね。
宮武さんは、回答が1つだと、ユーザーはこれまでの感覚でほぼ確実な答えが返ってきたと受け取ってしまうと話します。草野さんは少しずつ修正していけばいいのではと尋ねますが、宮武さんは、修正しても1つの答えとして出る以上、選択肢を示すこととは大きな違いがあると答えます。
Googleの10個のURLやStable Diffusionの4パターンのように、間違いがあってもユーザーが選べる
ChatGPTや新しいBingのように、ユーザーがほぼ確実な答えだと受け取ってしまいやすい
宮武さんは、選択肢と1つの回答の間のどこに良いバランスがあるのか、どんなUIがいいのかは、検索領域でスタートアップにとって新しいチャンスになるかもしれないと話しています。
データを囲い込み、フィードバックを集める戦い
宮武さんは、AIの領域ではAIそのものより、独自データやディストリビューションを持っているかのほうが重要だと考えています。今後は、自社サイトをAI企業にクローリングさせないと明言したりクローズドにしたりする動きや、データのパイプラインを作るための買収が増えるのではないかと見ています。
実際にJasperは、ブラウザ拡張機能のOutwriteを買収しています。Outwriteは文法のレコメンドなどを行うサービスで、独自データを持ち、数百万人のユーザーがいます。宮武さんによれば、Jasperのユーザー数の10倍ほどだといいます。
既存のスタートアップにとっては、自分たちのソフトウェアを大きく拡張できるタイミングでもあります。宮武さんは、法人カードのRampや会計ソフトウェアは、すぐにAIを導入しないといけないと話します。
財務諸表や事業計画は読むのが大変で、キャッシュフローを理解できない人もいます。ChatGPTのようなものがサマリーを解説したり、事業計画のどの変数を変えるべきか提案したりするだけでも大きな意味がある、と宮武さんは言います。ExcelやAirtableでも、話すだけで関数が出てくるようになるといいます。
うん、未だになんでこれ人間が覚えなきゃいけないんだって。(関数を)そのスプレッドシートとか超苦手なので。
宮武さんは、AIはプラットフォームシフトというより、モバイルなどに近いものかもしれないと話します。そのうえで重要なのが、人間のデータのフィードバックをどう集めるかです。
宮武さんが例に挙げたのは、GoogleのreCAPTCHA ── ウェブサイトでボットと人間を見分けるためにGoogleが提供する認証の仕組み。画像の選択などをユーザーに求めますです。「どれが車ですか」「どれが橋ですか」と9枚ほどの写真から選ばせる画面には、セキュリティの意味合いもあります。
宮武さんによれば、reCAPTCHAの写真はGoogleストリートビューのもので、ユーザーの選択がそのままフィードバックになっています。草野さんは「便利」「うわぁ」と驚いていました。
AIを「付け足す」か、ゼロから考え直すか
宮武さんは、スタートアップにとってのさらなる機会として、プラットフォームシフトをどう見るかを挙げます。モバイルアプリが出たときは「ウェブアプリのただのフロントエンドじゃないか」と言われ、ウェブが出たときは「データベースにフロントエンドをつけただけじゃないか」と言われていたといいます。
宮武さん自身も今は「AIはプラットフォームシフトではない」と言っていますが、モバイルやウェブも同じことを言われていたため、AIが大きなプラットフォームシフトになる可能性もあると話します。そのためには、既存のサービスにAIを入れるのではなく、ゼロから考え直す必要があるといいます。
宮武さんが出した例はゲームです。今のゲームは、出来事やキャラクターの動き、レベルをクリアしたら次に行く先などを、あらかじめストーリーとして作ります。
出来事、キャラクターの動き、レベルの流れなど、ゲームのデザインをあらかじめ作っておく
遊びながら次のステップが生成され、プレイヤーの行動に合わせてレベルが変わっていく
なんか何かにAIを付け加えるのではなくて、もうAIありきの、AIでしか存在できないもの。
宮武さんは、AIありきのサービスが大きなプラットフォームシフトにつながるかもしれないと話します。その違いは、アプリストア初期2〜3年のアプリと、その後に生まれたUberのようなアプリネイティブなサービスとの違いに近いのかもしれないといいます。
今のスタートアップはどうすればいいのかという草野さんの問いに、宮武さんは立場ごとに答えています。すでにある程度トラクションがある会社は、今のサービスにAIを組み込むことが重要です。
これから起業する人については、既存サービスにAIを入れる戦い方では、よほどデータを集めるパイプラインを作らない限り勝てないと宮武さんは話します。その場合はサービスのあり方をゼロから考え直すほうがいいのではないか、というのが宮武さんの考えです。
次回は、社会的なシフトがイノベーションのタイミングとどうつながるのかを話していくと予告されて、前半の回が締めくくられました。
まとめ
この回では、テクノロジーの予想は中身よりタイミングがずれやすいという視点から、不況説の見直し、変曲点と利率という2つの見方、AI市場での勝ち筋が語られました。宮武さんの見立ては、変曲点の直前かちょっと後に入り、独自データとワークフローで優位性を作ることが重要かもしれない、というものです。
- 技術の予想は大体当たるが、テレビやファックスのように一般普及までには数十年かかることもある
- いい会社は不況に関係なく毎年生まれており、見るべきは普及率やインフラなどの変曲点だと宮武さんは話す
- 利率が高い時代の起業家は利益率を重視し、ゼロ金利時代の企業とはマインドセットが異なるという調査が紹介された
- ChatGPTなどのLLMは「冷蔵庫」であり、それを活用して独自データを集める「次のコカ・コーラ」が勝つという見方が示された
- 既存のスタートアップはAIを組み込み、新規の起業家はAIありきでサービスをゼロから考え直すことが勧められた




