Appleのヘルスケア戦略はAIでどう発展するのか
この回は、Appleのヘルスケア戦略をAIと組み合わせたら何ができるかを考える回です。シリーズ「AppleのNext Big Things」の最後のパートにあたります。
宮武さんによると、Appleのこれまでのヘルスケア戦略には段階があります。ウェアラブルでデータを生成し、Apple Healthのアプリで保管し、第三者のアプリやSDKを通じて情報を集め、遠隔医療などの自社サービスにつなげてきました。
データ生成
Apple Watchなどのウェアラブルで体のデータを取る
データ保管
Apple Healthのアプリにデータをまとめる
情報収集の拡大
第三者のアプリや[[SDK]]的な仕組みで外部からも集める
自社サービス
遠隔医療などのサービスを展開する
AIの活用
集めたデータを土台にAIを使う(今回の考察)
宮武さんは、この流れのさらなる発展としてAIの活用があるのではないか、というのが今回の主な内容だと説明しています。草野さんは、これまでのAppleシリーズの内容と関連してくるところが面白かったと話しています。
(シリーズ)全体のこの流れが、実は非常に意図があったっていうところでもあるので、ぜひそこも聞いていただければと。
AIの診断と人間の医者、どちらを信じるか
宮武さんは、ヘルスケアのデータをもとにAIを使う方法として、まず自然に出てくるのは医療診断だろうと切り出します。草野さんはすぐに「便利ですよね」と反応しました。
ところが宮武さんは、草野さんのリアクションはおそらくレアだと言います。ほとんどの人は、診断はAIではなく人間の医者に見てもらったほうが信頼でき、安心感があると考えるはずだという見立てです。
蓄積されたデータがあれば、ちょっとそっち(AI)も信用しちゃう。信用度が高いような気もしますね。
草野さんは、自分はかかりつけ医がいない、定期的に病院へ行っていない「属性」だと説明します。そういう立場からすると、AIであっても自分の実際のデータをもとに判断してくれるなら信用できる、という考えです。
これから言うことを全部草野さんが言っちゃってくれてるんですけど。
宮武さんはこの草野さんの考え方を「すごい正しい」と評し、ここから本題である期待値の問題へ話を進めます。
なぜAIだけに「100%完璧」を求めてしまうのか
宮武さんが重要だと指摘するのは、AIと人間のどちらがよいかを判断するときの期待値です。AIのソリューションを出した瞬間に、なぜか期待値が変わるケースが多々あると言います。
なぜかAIになった時って100パー完璧じゃないといけないっていう。ミスを許されない。
宮武さんは、自動運転でも医療でも同じ構図だと話します。人間が運転してもミスはあり、医者にも診断ミスはあるのに、なぜAIにだけ完璧を期待するのかは間違いだと考えています。
宮武さんによれば、基準にすべきは完璧かどうかではなく、人間より優れているかどうかです。指標は分野ごとに設ける必要があり、自動運転なら事故率、医療なら診断ミスが例として挙げられました。
AIには100%完璧であることを求め、ミスを許さない
人間より優れているかをベースラインにし、事故率や診断ミスなどの指標で比べる
さらに宮武さんは、AIやロボットは1台がミスすると全体がそこから学ぶのに対し、人間は1人のミスを全員が学ぶわけではないと指摘します。
すでに理論上AIの方が優れてるはずなんですよ。だからそれをなんかその論理的な判断をするだけであれば、人間は一切運転をしちゃいけないんですよ。
草野さんは、免許を持っている立場から、鉄の塊を自分の手足で運転するのはとても怖いことだと話します。眠気覚ましにガムを噛む、仮眠をとるといった人間側の対処法も話題になりました。
宮武さんは、人間は集中できる時間に限りがあり、自分の目で前しか見られない一方、AIのセンサーは周囲360度を把握できると比べます。ただし今すぐ完全自動運転にすべきという話ではなく、期待値の違いが大きいことを問題にしています。
医者は15分で、情報もないまま診断している
医療の話に戻り、宮武さんは草野さんの感覚が正しい理由を説明します。アメリカでは、そしておそらく日本でも、医者は患者のことを何も知らない状態から診察を始め、診断はだいたい15分で終わります。
草野さんは、限られた時間では医者が情報を引き出せない可能性もあり、患者の側も「これは言うべきなのか」と迷って言わないことがあると補足しました。
宮武さんは、医療の現場には情報の入口から結果の確認まで、ループが切れている問題があると整理します。
診断時
患者の情報が少なく、服用中の薬もトラッキングされていない
処方時
薬の相互作用を計算できないまま処方箋を出す
処方後
患者が実際に薬を飲んでいるかわからない
結果
効いているのか、試したのかすらわからず、間違っていても再来院するだけ
なんで、そもそもフィードバックループもないっていう。結構大変なシステムだなっていう。
草野さんは日本の状況として、お薬手帳くらいしか記録がなく、歯医者や耳鼻科、内科などのデータが引っ越すと引き継がれないことに不満を感じると話しています。宮武さんは、日米で電子カルテ ── 診療記録を紙ではなく電子データで管理する仕組み。医療機関の間での共有や患者自身の閲覧のしやすさが課題になっていますのようなサービスに取り組むスタートアップは増えているものの、まだ進んでいないと応じました。
若い医者とベテランの医者、どちらを選ぶべきか
宮武さんは草野さんに、答えのない問いとして「若い医者とベテランの医者、どちらがいいか」を投げかけます。草野さんは、どちらにもよい部分があると答えました。
経験があり、こういう時はこう処置するというパターンマッチングが頭にある
次々に出る論文を読み、現代の科学に追いついている可能性が高い
草野さんは別の角度から、そもそもどの病院に行くべきかがわからないと話します。Googleの口コミを調べても「接客が良かった」「親切だった」程度しか出てこず、医者をどう選べばいいのかは難しいと感じているそうです。
宮武さんは、本当かどうかはわからない「聞いたスタッツ」だと断ったうえで、医学部で今教えられている論文や医療手法のうち、10年後にも使われているのは6%ほどだという話を紹介します。
ただそうすると、その経験豊富だとしても……そもそも意味ない時も結構あるかもしれない。
宮武さんは、経験と最新の科学のトレードオフを、なぜ消費者が引き受けなければならないのかと問いかけます。そして、両方を兼ね備えたAIのほうが人間より優れているのかもしれない、という見方を示しました。
AIはセカンドオピニオン役になれるのか
宮武さんは、AIを今すぐ診断に使えという話ではないとしつつ、現在でも活用できる方法があると話します。AIは現代の科学の論文をすべて読めるため、専用のAIがあればセカンドオピニオンの役割を担えるという考えです。
セカンドオピニオンでは、複数の医者に聞くと結構違う回答が返ってくると宮武さんは言います。AIがあれば、1人の医者が自分の診断について「同じような患者ならどんな答えがありうるか」を問いかけ、思いつかなかった考え方に気づける可能性があります。
宮武さんは、医者たちもChatGPTを使う患者が増えることを理解しているはずだと話します。「Google先生」と呼ばれるほど、人は症状を検索し、時には検索ページを医者に見せることもあるからです。
さらに宮武さんは、サンフランシスコの医者たちが患者全員に「ChatGPTを信頼するな」と言っているらしいという話を紹介しました。草野さんは「SF」を一瞬サイエンスフィクションのことだと思ったそうで、宮武さんはテック業界の人を診る土地柄だと説明しています。
医療事務100兆円の削減市場を狙えるのは誰か
宮武さんは、法律が変わらなくても医者がAIを使える領域として、アドミン(事務)作業の改善を挙げます。アメリカの医者がTikTokの動画で語っていた事例が紹介されました。
アメリカでは、保険が明確にカバーしていない薬を処方したいとき、医者が保険会社に手紙を書けばカバーしてもらえたり、一部を払ってもらえたりすることがあるそうです。手紙は「こういう患者に、こういう症状があり、この薬にはこういう効果が知られているので必要だ」という特定のフォーマットで書かれます。
宮武さんによれば、この推薦状の作成はChatGPTに向いていて、実際に使った医者がいます。書くのが非常に面倒な作業を最後の微修正とチェックだけにできれば、その分患者に時間をかけられるという話です。
宮武さんは市場規模の数字も挙げます。アメリカのGDPは23.3兆ドルで、その18%にあたる4.3兆ドルがヘルスケアです。マッキンゼーの予測では、そのうち4分の1、約1兆ドル(宮武さんの換算で100兆円)がアドミン関連だといいます。
草野さんは、データの取り扱いが多い医療ならそれくらいかかりそうだと受け止めました。宮武さんは、数%のコスト削減でも非常に大きな市場になり、それをAppleがiPhone上で全部できる可能性があると続けます。
iPhoneが診察と処方をつなぐハブになる未来
草野さんの「どこから?」という問いに、宮武さんは、Appleがすでにユーザーのデータを持っていることを理由に挙げます。たとえば心臓の不調を訴えた場合、過去の心拍データを医者に共有し、その後も継続的にモニタリングできるようにする、という使い方です。
宮武さんの描く仕組みでは、処方が必要になれば保険会社への手紙をAIで自動的に送ることもでき、Appleが医者を採用していることから、全体をApple側で管理できると考えられます。AIによる診断は最終形態かもしれないが、そこまで行かなくても大きな市場に入り込めるという見立てです。
(データを)Apple Payみたいな感じでピコンって渡すみたいなのができたら、便利ですね。
宮武さんは具体的な流れも語ります。iPhoneで「ちょっと心臓が痛い」と入力すると、Appleが「医者が判断しやすいように、このデータを共有してもいいですか?」と通知し、OKすれば期間を限って医者がデータを追える、といった形です。
医者の側でも、常にモニタリングするのは大変なので、この瞬間には気づきたい、この瞬間はユーザーに通知してほしい、といったルールを管理できるようになると宮武さんは話します。
宮武さんは、AIをどのタイミングで活用するかは課題として残るものの、まずデータを集める能力があることが最重要で、あとはタイミングの問題だとまとめています。
データ集めは独占禁止法的に問題ないのか
草野さんは、Appleのようなデータ収集は独占禁止法的に大丈夫なのかと質問します。宮武さんの答えは「気づいてないんじゃないですかね」というものでした。
宮武さんは、リナ・カーン ── アメリカ連邦取引委員会(FTC)の委員長。巨大テック企業への規制に積極的な姿勢で知られていますさんが率いる連邦取引委員会が、MetaのフィットネスVRアプリの買収や、Amazonのルンバ(iRobot)の買収を止めようとしていることを挙げ、もっと大きな論点があるはずだと指摘します。書き起こしでは「リナ・カン」「アメリカの連邦委員会」
Amazonのルンバを、ルンバの買収を止めてどうするんだっていう話で、もっとでかいことあるでしょっていう話なので。
宮武さんはさらに、Appleはこの領域に10年以上前から入っていると話します。今Appleが大きなヘルスケア企業を買収しようとすれば止められるかもしれないが、過去の積み上げを止めるのは難しいという見方です。草野さんは「Appleは虎視眈々と準備していた」と感心しました。
宮武さんは、Apple Watchは「データの収集デバイスでしかない」とまで思っていると明かします。データを集められると聞くと嫌な気分になる人も多いものの、健康予防につながるなら満足度はむしろ上がり、結果的によいことにつながると個人的には考えているそうです。
自社で作るものを見ればAppleの次がわかる
宮武さんはここで4週にわたるシリーズを振り返ります。第1話ではデフォルトの優位性、第2話ではAmazonのフルフィルメントセンターやAppleのiPhoneのようにフィジカルに根付く力を扱いました。
宮武さんによれば、Appleはデフォルトとなるフィジカルなプロダクトを作った、世界でも数社しかない会社です。インドでフラッグシップストアを出す判断をしたのも、Androidが強かった市場で普及率を広げるためだと見ています。アメリカの10代の87%がiPhoneを持ち、Apple Watchも3割ほどだという数字も挙がりました。
宮武さんがAppleの次の展開を見るときに重視しているのは、何を他社に頼り、何を自社で作っているのかという点です。プライバシーやチップ生産をAIに紐付けていることが、Appleの強みだと話しています。
具体例として、Appleは2008年にPA Semi ── Appleが2008年に買収した半導体設計の企業。その後のAppleの自社設計チップ開発の基盤になったとされていますを買収してから自社チップに取り組み、最近ではモデムやWi-Fi、Bluetoothのチップ、Apple Watch向けのマイクロLEDスクリーン(現在はSamsung製)も自社で作りたいという話があるそうです。草野さんは、割れない画面に関する特許の話にも触れました。
宮武さんは、2009年にスティーブ・ジョブズさんが一時離れた際、CEO代理となったティム・クックさんが、Appleの製品の裏にあるテクノロジーのオーナーシップを持つことが重要だと語ったことを紹介しています。
4回のシリーズの順番に込められた意図
宮武さんは、4エピソードで話した順番そのものがとても大事だったと明かします。最初に扱った車事業「プロジェクト・タイタン」やAR・VRは、長期的なムーンショットで不確実性が高く、正直まだわからない領域だという位置づけです。
だからこそAppleには、AR・VRや自動運転が発達しなくても大きく展開できる事業が必要になる、と宮武さんは話します。その軸として挙げたのが、デスクトップからスマホ、スマートウォッチ、AirPodsへと続く「よりパーソナルな」プロダクト戦略と、テクノロジーとヒューマニティーズ(人文科学)を掛け合わせるというジョブズさんの考え方です。
宮武さんによれば、App Storeでゲーム以外の領域に入りたいのは売り上げのためだけでなく、ユーザーのタッチポイントとデータを得るためでもあります。Apple Music、Apple TV+、Mapsといった自社アプリも同じ狙いだと見ています。
集めたデータを他社に使われると、みんな同じことができてしまいます。そこでAppleは広告の領域でファーストパーティーデータ ── 企業が自社のサービスを通じて直接集めたユーザーデータ。他社から入手するサードパーティーデータと区別されますとサードパーティーデータは違うという話を打ち出し、自社データだけを守ったと宮武さんは説明しています。
ディストリビューションと独自データ、AIの成功条件
こうして独自データを作れる基盤ができたAppleが次に向かうのは、ユーザーのより深いところであり、宮武さんはそれを決済と健康だと言います。それ以上にパーソナルなものはなかなかないからです。
宮武さんは、10億台以上に普及したデバイスというディストリビューションと、独自データの両方を抱えたことが、AIを成功させる条件だと話します。その先には、人生の仲間のようなパーソナルアシスタントレベルのプロダクトの可能性があると考えています。
草野さんは、お金と健康は誰にとっても本質的に大事なものだと共感し、それはもはや実現していると言っても過言ではないと話しました。宮武さんは、自分も調べるまでは多少感づいていた程度で、知らず知らずここまで来たことが大きいと語っています。
気づいたらAppleエコシステムの渦の中に
草野さんは、iPhoneはもはや電話や連絡のためのガジェットの範囲ではなく、自分たちはすでにエコシステムという渦の真ん中にいるようだと表現しました。
もうすでにエコシステムの中にもう渦の真ん中にいるみたいな。
出られないですよね。
宮武さんは、その「あー」は良い意味の「あー」だと言い、草野さんは渦の中には長生きと財テクが待っているかもしれないと応じます。宮武さんは「Appleのコマーシャルなんじゃないか」と笑いました。
草野さんは、怖いとも悔しいとも思うが、利用者としては便利なのだと本音を語ります。宮武さんは、他のテック企業はAppleのエコシステムに乗るしかないが、Appleが似たサービスを作ってしまうリスクもあると指摘しました。
最後に宮武さんは、これはすべて考察だと念を押しつつ、Appleの経営メンバーは在任が長く昔からの人が多いため、長期的に会社を見られるのではないかと話してシリーズを締めくくっています。
まとめ
この回では、Appleが積み上げてきたデータの収集・保管・保護の仕組みが、AIと結びつくことで医療の大きな市場に入り込む可能性が語られました。宮武さんは、シリーズ全体の順番が「パーソナルデータのハブ」へ向かうAppleの道筋そのものだったと整理しています。
- AIには完璧ではなく「人間より優れているか」を基準にすべきだと宮武さんは考えている
- 医療AIは診断より先に、セカンドオピニオンや保険会社への手紙などのアドミン作業で使える
- アメリカのヘルスケアのアドミンは約1兆ドルで、AIで数%削減するだけでも巨大な市場になる
- Appleは自社で作るものとデータの守り方から、決済と健康という最もパーソナルな領域を狙っていると読み解ける
- ディストリビューションと独自データを両方持つことが、AppleがAIで成功しうる条件とされた





