『Super Pumped』という書名は何を意味するのか?
この回は、Uberの暴露本『Super Pumped』をもとにしたUber創業物語シリーズの後編です。前編ではUberの創業までの流れと、創業者トラビス・カラニックさんの人物像が語られました。
後編の冒頭で草野さんが尋ねたのは、本のタイトル『Super Pumped』の意味です。宮武さんによると、この言葉はUberが掲げていた14個のバリューの1つから取られています。
(バリューが)14個あるのは理由があって、Amazonが14個持ってるからで、トラビスさんはジェフ・ベゾスが大好きで。
宮武さんの説明では、トラビスさんはベゾスさんのバリューのリストを見て、そのUber版を自分で作ったといいます。Super Pumpedを直訳すると「超盛り上がっている」「超テンションが高い」といった意味になるそうです。
トラビスさんは周囲の人を、喜怒哀楽ではなく「Super PumpedかSuper Unpumpedか」という軸で見ていたと宮武さんは話します。会社のために何でもやる熱意ある人がSuper Pumpedで、そうでない人は敵とみなされました。
トラビスさんの周りの人たちって、トラビスさんから見ると、なんか悲しいとか嬉しいとかではなくて、SuperPumpedなのかSuperUnpumpedなのかっていう切り口で考えてたらしくて。
草野さんは日本語訳が出たらこのタイトルをどう訳すのか楽しみだと話し、宮武さんも「多分Super Pumpedにはならない」と応じていました。
「Cab」を消して手紙を無視した、規制との最初の衝突
宮武さんは本題として、Uberが法律と戦わなければならないサービスだったことを挙げます。それは創業初期からのことで、社名が「UberCab」から「Uber」に変わった理由もここにあります。
2010年10月頃、ライアンさんが社長になると決めた数日後に、UberCabのオフィスへ1通の手紙が届きました。宮武さんによると、その内容は「Uberは法律違反であり、このまま営業を続けると配車ごとに50万円の罰金を払わなければならない」というものでした。
投資家も集めて対応を話し合いましたが、社長になったばかりのライアンさんも、ギャレットさんも、投資家のファーストラウンドもどうすべきかわかりませんでした。そこでトラビスさんだけが即答したといいます。
いわゆるタクシー会社として動いているのがダメだったらしくて。なので、あ、じゃあキャブっていう言葉をなくそうと名前から。だったらいいでしょみたいな。
こうしてUberCabはUberになり、手紙を無視したまま事業を続けました。草野さんは、Facebookが「The」を外したように、見た目の格好よさで名前を変えたのだと思っていたと驚いていました。
宮武さんは、当時のUberが本当に違法だったかは「結構グレーゾーン」だと補足しています。
ドライバー、ユーザー、ロビー活動を総動員した政府との戦い方
街によっては政府側がUberに強く反発しました。それに対してトラビスさんは、Uberの全運転手にメールを送り、地元の政府関係者に「Uberはいいサービスだ」と伝えるよう依頼したといいます。
宮武さんによれば、それ以前にエンドユーザーを大量に獲得して、政府が止められない状態をつくるというやり方も取っていました。草野さんは、無理やり乗り越える力がないとやっていけない事業で、トラビスさんだからできた成長だと感じたそうです。
Uberは実際に罰金も科されています。宮武さんによると、フィラデルフィアでは12億円ほどの罰金を受け、交渉の末に最終的に支払ったのは3.5億円ほどでした。
ニューヨークで政府がUberの運転手を取り締まり罰金を科したときには、現地のUber従業員が各運転手に連絡し、「罰金はUberが全部払うから、そのまま続けて」と伝えたといいます。ロビー活動にも多額のお金がかけられました。
政府に向けた署名活動のエピソードもあります。何万人もの署名を集めたとして箱を持ち込んだものの、イベント後に記者が箱の中身を確かめると、入っていたのはペットボトルだけだったと宮武さんは紹介しています。
2015年には、当時のニューヨーク市長がUberの車の台数を制限しようとしました。Uberはこれに対し、ニューヨークのユーザーのアプリに表示される車の数をわざと減らしたといいます。
さらに待ち時間が5〜6倍になる表示を出し、全ユーザーに「この法律が通るとUberはこうなる」というメッセージを送りました。その結果、市長への批判が殺到し、最終的に規制は実現しなかったそうです。
規制案
市長がUberの車の台数を制限しようとする
アプリ操作
ユーザーの画面に表示される車を減らし、待ち時間を5〜6倍に見せる
メッセージ送信
「法律が通るとUberはこうなる」と全ユーザーに通知
結果
市長に批判が集まり、規制は何も起こらなかった
宮武さんは、こうした動きの根底に「何があっても、とりあえず成長しろ」という文化があったと話します。その意識はトラビスさんから始まり、各地域のマネージャーにまで浸透していました。
Lyftとの共存は認めない。UberXが生まれた経緯と潰しにいく戦術
Uberは当初、ブラックカーと呼ばれる高級車の配車だけを手がけていて、相乗りのようなサービスやUberXはありませんでした。その頃にこの領域で立ち上がっていたのが、サイドカーという会社と、のちにLyft ── Uberと並ぶアメリカの配車サービス大手。前身はジムライドという相乗りサービスで、車に付けたピンク色のヒゲがトレードマークでしたになるジムライドです。
トラビスさんはもともとその領域に入る予定はなかったものの、マーク・ザッカーバーグさんから「Facebookの従業員がサイドカーをすごく使っているけど大丈夫か」と連絡を受けたといいます。当時2人は友人だったそうです。
トラビスさんは自分でサイドカーを使ってみて、この市場には確実にニーズがあると確信し、同じものを作ることにしました。こうして生まれたのがUberXです。
何かしら戦いに彼が入ったら絶対勝ちに行くと。しかも勝ちに行くだけじゃなくて、めちゃくちゃ潰しに行くと。
宮武さんによると、トラビスさんはLyftとUberが一緒に存在できる世界などないと信じていました。その手法として、TwitterでLyft創業者の悪口を言うこともあったといいます。
Lyftが資金調達に動いていたとき、トラビスさんはなぜかLyftが話した相手を把握していて、その後にUberが同じ投資家を訪ねました。そこで伝えた内容が次のものです。
彼らに入れるか、うちらに入れるかは考えてくださいねと。彼らに入れたらうちには入れませんと。
Lyftが初期に伸びた戦略の1つは、ドライバー満足度を高めるためのドライバー向けイベントでした。Uberはそこへ黒いUberのTシャツを着た従業員を送り込み、Lyftを批判させたり、Lyftのドライバーにリファラルクーポンコードを配らせたりしていたそうです。
広告でも、Lyftの車に付いていたピンクのヒゲを「剃ろう」と呼びかけました。草野さんは「ペプシとコカ・コーラみたい」とたとえています。
一時は両社の合併話も出ていました。トラビスさんの家に関係者が集まり、Lyft創業者はUberの株式の10%ほどを求め、トラビスさんと部下のマイケルさんは8%ほどを提示していたといいます。
9%前後で落ち着きそうな雰囲気もありましたが、Lyft側の株主とみられる人物が「10%じゃない、17%だ」と言い出し、そこで会話は全部止まったと宮武さんは話します。
社内のハッカソンでは、Lyftに勝つ方法を考える中で、スマホのセンサーでLyftの配車が決まったときの音を検知するというアイデアも出ました。両方のアプリを使う運転手がその音を鳴らしたタイミングで、Uberがより良い条件の配車を出せばシェアを取れるのではないか、という発想です。
草野さんはこの話に、社員全員がSuper Pumpedになっている様子を感じたと話していました。
中国でDidiと消耗戦。週40〜50億円のクーポンと偽の配車
次に語られたのは中国展開です。宮武さんによると、トラビスさんの一番の後悔はおそらく中国展開をもっと早くやらなかったことで、本人は撤退したくなかったものの、投資家からのプレッシャーで最終的にDidi ── 中国最大の配車サービス企業。滴滴出行とも表記されます。2016年にUberの中国事業を買収しましたへ事業を売却しました。
キャッシュが潤沢だったUberは、ドライバーとユーザーに無償クーポンを大量に配ってシェアを取る戦略を選びました。その額は1週間に40〜50億円ほどだったといいます。
週に。月ではなくて。
トラビスさんはのちにリークされた投資家向けメモで、中国展開から9ヶ月時点で、ある2つの町の配車数が同じ時期のニューヨークの400倍だったとアピールしました。
しかし、宮武さんによると、そのメモで触れられなかったのは、配車数の約半分が偽物だったことです。おそらくDidiが偽のドライバーや偽のユーザーを送り込み、無償クーポンを使わせてUberのコストを押し上げていたといいます。
ドラッグの売買などの違法行為にUberを使う人が、偽の電話番号で登録するケースもありました。さらにDidiの各町のマネージャーがUberのドライバーに「Uberは中国でシャットダウンされた」という嘘のメッセージを送ったり、身元を隠したエンジニアをUberに入り込ませて情報を奪ったりしたと宮武さんは話します。
Didiの株主であるTencentが運営するWeChatで、UberのアカウントがたびたびブロックされたこともありUber側はTencentの関与を疑っていたそうです。
Uberは2年間中国で戦い、何千億円も損失を出したうえで撤退しました。最終的には中国政府もDidi側についたとされ、宮武さんは中国展開の難しさを指摘しつつ、トラビスさんはいまだに勝てたと信じているだろうと話します。
草野さんは、Uber対Lyftの戦いがかわいく見えるほど中国は一枚も二枚も上手だったと受け止め、宮武さんは「額が違うんでね」と応じていました。
投資家ビル・ガーリーとトラビスはなぜ決裂したのか?
続いて宮武さんは、Uberを担当していたベンチマークのパートナー、ビル・ガーリー ── シリコンバレーのVCベンチマーク・キャピタルのパートナー。Uberの初期投資家で取締役も務め、ブログ「Above the Crowd」でも知られますさんとトラビスさんの関係を取り上げます。
ガーリーさんはもともと27歳で投資銀行のクレジット・スイスに入り、パソコン市場の分析を担当していました。そのレポートの評判が広まり、有名になったといいます。
宮武さんが挙げた事例では、AmazonのIPO時、ジェフ・ベゾスさんはモルガン・スタンレーやゴールドマンではなく、あえてドイツ銀行を選びました。当時そこにいたガーリーさんともう1人の分析力を信頼したからだそうです。
ガーリーさんの有名なレポートに、NetscapeがMicrosoftに負けると予想したものがあります。当時は誰もそう考えておらず、この悪い評価でNetscapeの株価が20%下がりました。宮武さんは、マーク・アンドリーセンさんがいまだにそれを根に持っていて、2人はあまり話さないらしいと「プチ情報」として紹介しています。
初期のトラビスさんとガーリーさんはよく話し合っていましたが、次第に不満を抱き合うようになりました。ガーリーさんは、これほどお金を使っていいのか、中国展開していいのかを問い、CFOを採用するよう何度も求めましたが、トラビスさんは候補者を蹴り続けたといいます。
ガーリーさんは、Uberの財務、法務、コンプライアンスがとても弱いことを理解していました。そして、特定の会社名は出さずに、スタートアップが長期を見ずに目先のグロースだけを追っているとブログに書きました。宮武さんは、その対象はおそらくUberだと見ています。
宮武さんによれば、最終的に2人の関係はまったく良くないものになったそうです。
Appleを欺いたジオフェンシングとティム・クックの叱責
次の話題はUberとAppleの関係です。Uberは頻繁に使われるアプリなので、UberはApp Storeのトップと頻繁にやり取りしていました。
宮武さんによると、AppleはFacebookやGoogleと比べてユーザーのプライバシーを重視する会社で、特にティム・クックさんはユーザー情報の取得を本当に必要なものだけに制限するよう求めていました。
一方でUberは、ブラジルや中国などで偽アカウントを使った詐欺に悩んでいました。iPhoneは通常のアプリでは端末をトラッキングできないため、詐欺アカウントを消しても、同じ端末で別の電話番号を取って作り直せてしまったのです。
そこでUberは端末単位でユーザーを特定するため、InAuthというサードパーティーのツールを使いました。宮武さんによると、これは完全にAppleのプライバシールールに違反していましたが、隠れていたためAppleは気づいていませんでした。
発覚のきっかけは、社内ツールのリークから8日後、アメリカのハッカーがUberのAndroidアプリが要求するデータの一覧を見つけ、Redditで公開したことでした。そこには電話帳、カメラ、テキストメッセージの会話ログ、Wi-Fi接続へのアクセスなど、通常以上の情報が並んでいて、それがInAuthのコードだったといいます。
ちょうどApp Storeに申請していたアップデートはリジェクトされました。そこであるエンジニアが考えたのがジオフェンシング ── 地図上に仮想の境界線を引き、その内側にいる端末にだけ特定の動作をさせる技術。位置情報を使ったマーケティングなどで使われますです。
仮説は、Appleでコードをレビューする人はベイエリアや本社のあるクパチーノにいるはずだというものでした。その地域のユーザーにだけInAuthのコードを反映しないようにしたのです。
そのちゃんと審査をする、リジェクトをする人たちが見るところだけないっていうことですね。すごいな。
しかし仮説は外れ、レビューはクパチーノ以外でも行われていたためバレてしまいます。トラビスさんはAppleに呼び出され、App Storeのトップとマーケティング責任者のフィル・シラーさんから、二度とやったらApp Storeから全部消すと叱られました。その後、ティム・クックさんからも別途叱責を受けたといいます。
宮武さんは、これはエンジニアが勝手に考えたアイデアだったものの、結果としてトラビスさんが生んだ文化のせいだと話しています。
興味深いのはその後のトラビスさんの反応です。Appleキャンパスを出たあと友人に会った彼は、最初こそ焦っていましたが、途中からそれが自信に変わっていったそうです。
なんかティム・クックさんキレてたけど、それでも会社が潰れなかったと。すごくない?みたいな。Uber生き残ったよみたいな。
草野さんは、行為自体はダメだとしつつも、そのメンタルの切り替えはすごいと驚いていました。宮武さんも「だから起業家、だから社長なんですかね」と返しています。
「ヘブン」と「ヘル」。ユーザーも競合ドライバーも監視するツール
宮武さんが続いて紹介したのが、社内ツールの「ゴッドビュー」です。全運転手とユーザーをモニタリングできるもので、社内では「ヘブン(天国)」と呼ばれていました。
トラビスさんはシカゴのプライベートパーティーで、富裕層の来場者に向けてヘブンを「すごいでしょ」というトリックとして見せていたといいます。大画面で表示されていたため実際には全従業員が見られる状態で、宮武さんはストーカー行為も可能で、セレブの追跡も普通にしていたと話します。
対になる「ヘル(地獄)」は公開されていなかったプログラムで、LyftとUberの両方で運転するドライバーを追跡するツールでした。従業員がLyftの偽アカウントを大量に作り、Lyftのアプリに表示される近くの車を追跡していたそうです。
偽アカウントで注文画面を開けばLyftの料金も見られるため、Uberとの価格比較もできました。さらに、レシートを集めるデータ企業スライス・インテリジェンスから大量のLyftのレシートを買い、価格を二重に確認していたといいます。
ある程度の、その競合の分析とか、いわゆるスパイ活動っていうのはどの会社でもやってるんですよ、ある程度。ただ、ここまでやってるかと言われると、ちょっとどうかなっていう話ですし。
宮武さんは、ここに「何をやっても勝ちに行く、何があってもグロースする」という文化が表れていたと見ています。
取り締まる側にだけ車が来ない。規制をかわす「グレーボール」
もう1つのプログラムが「グレーボール」です。目の前にグレーのものを出して状況を理解させない、目隠しのような意味だと宮武さんは説明します。
グレーボールの対象は各地の政府、特に警察でした。Uberを完全に禁止したい地域では、警察がユーザーを装ってUberを呼び、来たドライバーを捕まえようとしていました。
ある警察官がUberを呼ぶと、マップ上では車が近づいてくるのに、最後の最後でキャンセルされることが続きました。警察官は需要が多くてドライバーがいないのだと思い、諦めてしまったといいます。
実際には、Uberがわざとそう仕込んでいました。政府職員や警察のアカウントを特定し、グレーボール用のコードをオンにして、ドライバーが迎えに行けないようにしていたのです。
特定にはGPSで勤務先を推定する方法のほか、従業員が尾行することもありました。ネット上に流出した電話番号、クレジットカード番号、住所などとの照合も使い、あらゆる方法で対象者を割り出していたと宮武さんは話します。
宮武さんによると、フィラデルフィアでもこの手法が使われ、市当局は一切気づかないままUberに負けたそうです。周囲の知人は普通にUberを使えているので、取り締まる側も自分たちだけが狙われているとは感じにくかったといいます。
グレーボールもやがて、記者のマイク・アイザックさんによってリークされます。宮武さんによると、最初はピザ屋でUberの従業員から話を聞いたことがきっかけで、明るみに出た結果、政府はもちろん激怒しました。
隠されたハッキングと、世界のドライバーが置かれた危険
スキャンダルはまだ続きます。宮武さんによると、Uberは2014年にハッキングを受け、5万人のドライバーの名前や運転に関する情報が持ち去られました。
カリフォルニアの法律では公表が必要でしたが、Uberはこれを公表しませんでした。宮武さんはこの件を今回の話の中では比較的小さい問題だとしつつ、草野さんは「結構大きい問題」と返しています。
アメリカではあまりニュースにならなかったものの、ブラジルなど海外では運転手が殺されることもあったと宮武さんは話します。仕事を奪われたタクシー業界の人たちがUberを嫌い、さまざまな悪事を働いたほか、詐欺や犯罪に使う人も多くいました。
宮武さんは、Uberが成長を優先するあまりドライバーのケアをしていなかったため、アメリカを含め世界中のドライバーがUberを嫌っていて、それが離脱率の高さにつながっているのではないかと見ています。アメリカで事件が少ないのも、Uberが公表していないだけかもしれないと付け加えていました。
スーザン・ファウラーのブログが暴いた「殺すか殺されるか」の社内文化
ここまでは社外に向けた問題でしたが、社内でも問題が起きていました。代表例が、元エンジニアのスーザン・ファウラー ── Uberの元エンジニア。2017年2月に在籍中のセクハラ被害と会社の対応をブログで告発し、Uberの企業文化が見直される大きなきっかけとなりましたさんが書いたセクハラについてのブログです。
宮武さんによると、彼女はUberでの1年間について書きました。入社初日から上司にセクハラを受け、人事に伝えたものの、「その上司はパフォーマンスが高いからクビにはしない」と言われ、彼女が別のチームへ移ればいいという対応だったといいます。
やがて、他の女性従業員も似た経験をしていたことがわかりました。宮武さんは、評価制度なども含め「殺すか殺されるか」の文化ができあがり、同僚への裏切りがほぼ推奨されるほど、他の従業員にも勝ちに行けという考えが根付いていたと話します。
ブログの影響でUberのイメージは崩れ、社員が外で黒いUberのTシャツを着られなくなるほどでした。宮武さんは、MeToo運動のきっかけになったと見る人もいると紹介し、草野さんは同時期にFiveHundredのデーブさんのセクハラ問題も出ていたと振り返っています。
ブログ投稿の1週間後、マイク・アイザックさんにUberの従業員から電話があり、そこでグレーボールの話が出てきました。宮武さんは、1本の告発をきっかけに内部の声が次々と出てくる流れは、以前番組で扱ったAwayとThe Vergeの記事の件と似ていると話します。
8時15分のケータリングとテックブロ文化はどうつくられたか?
宮武さんは、ここまでの問題の根に、トラビスさんが根付かせた成長第一の文化があると改めて指摘します。24時間働く人であるトラビスさんにとって、Uberでの仕事は仕事ではなくミッションでした。
Uberでの仕事って仕事ではなくて、もうミッションだと。もうこれはもうあの、もうまあ究極で言うと、神からのもうなんかあの言われてることだみたいな。
その考えは具体的な仕組みにも表れていました。多くの大手スタートアップでは夕食のケータリングを6時から7時頃に出し、30分から1時間ほど残業すれば食べられるようにしています。
一方Uberでは、ケータリングが夜8時15分に届くようにしていたといいます。宮武さんは、これはトラビスさんが「8時まで会社にいろ」という意味でわざとやっていたのだと話します。
6時〜7時頃に提供。5時半の終業後、30分〜1時間の残業で食べられる
夜8時15分に提供。食べるにはそれまで会社に残る必要がある
トラビスさんの文化は、アメリカでいうブロカルチャー ── 「bro(兄弟、仲間)」に由来する言葉で、若い男性中心の内輪ノリや飲み会、マッチョな競争を良しとする職場文化を指します。テック業界のそれはテックブロとも呼ばれますでした。宮武さんはこれを、極端に言えば白人男性のパーティー文化で、日本の体育会系のアメリカ版のようなものだと説明しています。
採用されたのは、大学を出たばかりの人や、トラビスさんのビジョンに共感する人が中心でした。トラビスさんは従業員に大きな権限を与え、各都市のGMはほぼその町のCEOとして、何億円もの広告予算を自由に使えたといいます。
宮武さんは、この仕組みは良く見ればとてもいい戦略だと評価します。たとえばフロリダの市場はトラビスさんより現地の人のほうがよく知っているため、権限を渡すのは理にかなっているというわけです。
トラビスさんの理想は、各町がミニスタートアップになり、起業家をたくさん集めることでした。辞める従業員にも「辞めて会社を立ち上げろ」と言い、ex-Facebookやex-Googleのように、シリコンバレーにex-Uberという存在をつくりたかったそうです。
権限と成長圧力が生んだ暴走と、人事軽視の代償
しかし実際には、各都市のトップには20代の若手、特にMBA卒が多く採用され、「殺すか殺されるか」の文化の中に置かれていました。事業を伸ばさなければ切られるという思いから、部下のことは顧みられなくなったと宮武さんは話します。
宮武さんによると、Appleに対してジオフェンシングを仕掛けたエンジニアも、この文化の影響を受けていました。勝ちに行くにはこれしかないと考え、間違ったことをしている意識はおそらくなかったといいます。
成長第一の文化
トラビスさんが「何があっても成長しろ」という価値観を根付かせる
大きな権限と圧力
若手のGMに予算と裁量を与え、伸ばさなければ切られる状況に置く
ルールの軽視
勝つために法律やAppleの規約を破ることもためらわなくなる
社内外の問題
ドラッグ問題、セクハラ、規制当局やAppleとの衝突が起きる
場所によってはドラッグ問題やセクハラ問題、従業員に物を投げつけるといったことも頻繁に起きていました。それでも人事のインフラが整っていなかったのは、トラビスさんが人事を「採用」としか考えていなかったからだといいます。
入ってからは別にどうでもいいですと。勝ちに行ってくださいと。
入社後の制度もコーチングもトレーニングもまったくなかったそうです。草野さんは、トラビスさんの文化に合う人を採用し続けられたこと自体はすごいと話し、宮武さんも「普通にすごいです」と認めています。
トラビスさんの人柄を示す話として、歩きながら考え事やミーティングをするのが好きだったことも紹介されました。サンフランシスコのマーケットストリートにある本社には、トラビスさんが設計した歩くための道があり、本人は1週間に60キロ以上歩いていると話していたそうです。
25億円のラスベガス旅行とビヨンセへの6億円分の株
Uberには、売上やGMVが10倍になるような節目で、社員全員を連れてパーティーに行く文化がありました。2013年にはGMV ── Gross Merchandise Valueの略で、流通取引総額のこと。プラットフォーム上で取引された金額の合計で、手数料収入とは異なりますの目標達成でマイアミへ行ったといいます。
2015年に大きなKPIである10ビリオンのGMVを達成したときは、従業員全員でラスベガスへ行きました。ホテルもイベントも会社持ちで、エンジニアがイベント用のアプリまで作ったそうです。
問題を起こしてバレてはいけないため、UberのTシャツは禁止、会社の話も禁止、Gmailのアカウントからさえ Uberのロゴを消すという徹底ぶりでした。
数日間のイベントでは有名なDJや歌手が呼ばれ、ついにはビヨンセさんが登場し、ビヨンセさんがUberの株主になったと発表されました。
ただし、どうやって株主になったかは発表されませんでした。宮武さんによると、ビヨンセさんと夫のジェイ・Zさんに、パフォーマンスの対価として6億円分のUber株を渡す約束をしていたのです。
パーティー全体の費用は25億円ほどかかったとされます。翌日、トラビスさんは全従業員を集め、Amazonに倣った14個のバリューを1つずつ説明し、「みんなSuper Pumpedでいてね」と語ったといいます。
草野さんが株主は怒らないのかと尋ねると、宮武さんは売上がこれだけ伸びている以上、何も言えないだろうと答えました。中国で1週間に40〜50億円を使っていたことを考えれば、25億円は大したことではないという見方です。
上場後のUberとダラ・コスロシャヒはどこへ向かうのか?
最後に宮武さんは、現在のUberに触れます。Uberは上場したものの株価はかなり下がっていて、その理由は思ったほど黒字化できていないことだといいます。上場時のロードショーで示した数字より、5〜6倍ほど赤字が大きくなっているそうです。
そのため、トラビスさんの後任であるダラ・コスロシャヒさんが本当にCEOでいるべきかという議論が出ています。コストカットや広告の削減などの成果もある一方で、一時期CEOとCPOを兼任していたにもかかわらず、フロントエンドとバックエンドの違いをあまり理解していなかったといった話も出ているそうです。
規制の問題に加え、上場時には成長の柱と期待されたUber Eatsも苦戦していて、別のフードデリバリー企業を買収する必要があるのではという声もあります。草野さんが挙げた自動運転の話も聞かなくなり、宮武さんによればスクーター事業もうまくいっていないそうです。
草野さんは、良くも悪くもこのカルチャーでなければ乗り越えられない障害の多い領域だったと振り返ります。宮武さんも、特に法律と戦うにはこのマインドセットがないと厳しかったのではないかと応じています。
宮武さんは、トラビスさんは何千億円も得ており、本人としては成功したのではないかと話しました。草野さんは、自分の会社を離れざるを得なかったことには相当腹を立てているだろうと付け加え、この回を締めくくっています。
まとめ
Uberの急成長は、規制を無視し、競合を潰しにいき、Appleや当局の目さえ欺く「何があっても成長する」文化に支えられていました。その文化は若い社員に大きな権限と強い圧力を与え、法やルールを破る行動、そして社内のセクハラ問題にもつながっていきました。
- 書名『Super Pumped』は、熱意で人を敵か味方かに分けるトラビスさんのバリューに由来する
- UberCabからの改名、ニューヨークでのアプリ操作、グレーボールなど、規制とは真正面から戦った
- Lyftや中国のDidiとの競争、Appleとの衝突でも、勝つためにグレーな手段を重ねた
- スーザン・ファウラーさんのブログが、殺すか殺されるかの社内文化と人事軽視を明るみに出した
- 上場後のUberは黒字化に苦しみ、ダラ・コスロシャヒさんの経営にも疑問の声が出ている





