NHKと文春の報道、なぜ2人は急遽マイクの前に?
このエピソードのきっかけは、日本のVC業界をめぐる2つの報道です。1つは8月28日に出たNHKの記事で、複数の女性起業家が男性のVCからセクハラを受けたと証言したものでした。
もう1つは、収録前日の10月9日に文春が報じた、JAFCO ── 日本の老舗ベンチャーキャピタルの一つ。スタートアップへの出資を行う独立系VCとして知られています社内でのセクハラ問題です。宮武さんは、記事の詳細よりも、その背後にある全体の課題について話したいと切り出しました。
別にここの記事の詳細について別に話す必要ないかなと思うんですけど、もうちょっと全体の課題とか、そこら辺に触れていけばいいかなと思うんですけど。
草野さんの最初の感想は「悲しい」というものでした。2人はPodcastを始めた当時、日本のVCやアクセラレータープログラムで働いており、このコミュニティの一部だったからこそ触れづらい話だといいます。
でも今VCで働いてないですし、(業界から)ちょっと離れた目線でも話せるかなっていうところで、なんか話したいかなって思ったところですね。
宮武さんは、残念ながら日本では起きそうだと感じていたことと、業界が変わってきたはずなのに「結局こういうことがまた起きるんだ」という失望の2つを挙げました。
アメリカで育った宮武さんが感じる「当たり前」のズレ
宮武さんは前職で草野さんと同じ日本のVCにいましたが、教育は主にアメリカで受けています。そのため、何が普通で何が普通じゃないかという感覚に、日米で差があると話します。
宮武さんによれば、アメリカは多様性があるからこそ、差別やセクハラに反対する声が時間をかけて出てくるようになりました。2018年ごろのMeToo ── 性被害やセクハラの経験をSNSなどで告白・共有する社会運動。2017年に米国で広がり、映画業界をはじめ多くの業界に影響を与えましたのようなムーブメントを経て、業界は多少なりとも変わったといいます。
なんかそれが、まだ日本では起きてないっていうのが正しいのか、なんかそもそもそれがいけてないっていう風潮になってないっていうところなのかはちょっとわかんないですけど。
ただし宮武さんは、アメリカが必ずしも全部正しいわけではない、という前提も添えています。
SNSで「これはいけない」と言うだけでいいのか?
草野さんは、全員が発言しなければいけないわけではないとしつつ、思い出したくない人や考えたくない人もいるという前提で、勇気を持って声を上げた人を支持してほしいと話しました。
「ダサいですよね」とか、「これって笑えない話ですよね」っていうのをもっと思ってたら言ってほしい。
(それを)言わないとその空気感のままなので。
一方で宮武さんは、SNSで「これはいけませんね」と発言するだけで行動につながらない「ポージング」になってしまう問題を指摘します。これは日本だけでなくアメリカでもよくあることだといいます。
本気で思ってても、ちょっと、後で出してしまうと、なんかただただその流れに乗ってるようにしか見えなかったりとか。
草野さんは、言うべきか言わないべきかで言えば言ってほしいとしながら、それがポジショントークになるのは悲しいと答えます。草野さんが一番重要だと考えるのは、ディスカッションすることと、自ら学び続けることでした。
草野さんは、グローバル化で自分と全然違う人がいると感じる機会は増えたとし、違う視点を理解する努力を習慣や文化にすることを求めます。特にパワーを持つ人に、業界の一員としての責任を持ってほしいといいます。
「これはいけない」と言うだけで行動につながらず、流れに乗っているようにも見える
ディスカッションや自ら学ぶことを習慣にし、業界の一員として責任を持つ
飲み会の「冗談」に、なぜその場で言い返せないのか
宮武さんは、日本は差別への反応やポリティカルコレクトネスの面で若干遅れている気がすると話し、前職時代の飲み会の経験を振り返ります。
なんか普通に、「もっと可愛い女性社員を増やした方が、その会社の生産性が上がります」みたいなことを起業家が言ってる姿って見たことあるので。
当時若手だった宮武さんは「それっておかしいんじゃないですか」と言えず、周りの全員が同調する様子に、感覚の違いを強く感じたといいます。
草野さんは、その場で言い返せない理由として、昔読んだ「フェミニストはなぜからかわれるのか」という記事を挙げます。からかいは責任を回避する「遊びの文脈」で行われるため、本気で抗議すること自体がルール違反のように扱われてしまうという指摘です。
「冗談にしてもあれなんですか」って言っても、「いや、なんでそんな本気になってんの?」みたいな。
これに対し宮武さんは、「本気にしないで」という雰囲気でも、本気で多少なり思っている人はいるはずだと返しました。
じゃないと、まあそもそもその言葉が出てこないはずなので。
女性VCを増やせば変わる?草野さんが言われた一言
宮武さんは、これは女性比率の問題なのか、日本の風潮の問題なのかを問いかけます。VC業界は男性社会で、アメリカでいうTechBro ── テック業界の男性中心で、マッチョな振る舞いや内輪ノリが強い文化を揶揄する言葉。Brotherを縮めたBroに由来します的なカルチャーが染み付いているといいます。
草野さんは答えとして、自身がVCの人から言われた言葉を明かしました。
あるVCの人に、「VCって男の仕事だから女の仕事じゃないよ」って言われた。
しかもなんか「男」って言わないで「オスの仕事で、だからあのメスがやることじゃない」みたいなこと言われて。
草野さんは「下に見られている」と感じて悲しかった一方、業界が狭く、誰に相談しても「しょうがないよね」と言われたら納得してしまいそうで、相談できなかったといいます。
では何があれば相談しやすいのかという問いに、草野さんは、上の立場の人が女性であること、あるいは男性でも「イケてない」と表明している人であることを挙げます。そうした価値観は、ミーティングでの言葉遣いや人との距離感からなんとなくわかるといいます。
「男性同士の学びの場」がないという、もう一つの課題
宮武さんは、アメリカで育ち、訴えられたときに人生がどれだけ変わるかも知っているので、そうしたことにはできるだけ近づかないようにしていると話しました。
草野さんは別の角度から、フェミニズムやセクハラの話題は注目されやすい一方、男性同士でケアや議論をする場が少ないことを課題に挙げます。シスターフッド ── 女性同士の連帯や支え合いを指す言葉。フェミニズムの文脈でよく使われますの男性版のように、ホモソーシャル ── 同性同士の結びつきのうち、異性の排除や上下関係による内輪の絆を指す概念。社会学の用語として使われますではない、エンパワーメントのコミュニティが必要ではないかという指摘です。
もし私がもし男性だったとして、ずっと日本で育ってきて、結構体育会系とか、ちょっと男性が多い職場で働いてたら、その組織に順応していかないといけないっていうことを考えると、それもそれでつらいっていうか。
宮武さんは、そのつらさ自体に気づかない人が多く、「ノリに乗るべき」が当たり前になってしまうことが解決を難しくしていると応じました。
ホットラインだけでは足りない理由
SNSでは、相談窓口やホットラインを設けるべきという声も上がっていました。宮武さんは、ホットラインは設けるべきだとしたうえで、それだけでは解決にならないと話します。
宮武さんが挙げる理由は、被害がトラウマになること、加害者が上司なら相談相手がいないこと、相手の人生を潰すことへのためらい、そして「そういうことを言う人」と見られるリスクです。
被害を受ける
トラウマになり、加害者が上司なら相談相手もいない
言うことのリスクを考える
相手の人生への影響や、自分が狙われる不安がある
言えないまま時間が過ぎる
何十年も経ってようやく言えるケースも多い
草野さんは法律の厳しさにも触れつつ、詳しくないので置いておくとしたうえで、業界の構造上の問題を指摘しました。仮に女性VC同士で相談しても、お金を握るトップの多くは男性だからです。
構造上トップにいる人たち、金銭取り巻く人たちは、多分80パーセントぐらい男性。
80パー超えてます、絶対。
信じてもらえても「何も変わらない」という最悪のシナリオ
宮武さんは「はいはい」で終わる対応について、アメリカの例を挙げます。数年前、最高裁判事に指名された人物について、大学在学中にセクハラを受けたと、現在は大学教授の女性が訴え、テレビ中継される公の場で公聴会が開かれた出来事です。
その女性は、訴えるべきかリスクとベネフィットを日々計算していたと証言しました。一番恐れていたのは、信じてもらえても結局何も変わらず、自分だけが攻撃されて終わることで、実際にそうなったと宮武さんは話します。
草野さんも、誰かが問題発言をしたとき、「それは問題です」と言う人のメリットは少ないとドライに指摘しました。場の空気を壊し、相手が上司なら嫌われるため、言わないほうが得になってしまうという構造です。
宮武さんによれば、最悪のシナリオは、訴えた人を全員が信じ、加害者を一瞬叩いて、それで終わることです。だからこそ同じことが繰り返されるといいます。
結局、信じたのに、どうでもいいって思ってしまったっていう結果になるっていうのが一番怖いことで。
宮武さんは、短期的には声を上げた人が攻撃され業界は変わらなくても、長期的には徐々に変わっている面もあると話します。ただ、システムは外からの圧力や危機がないと変わりにくく、どこを押すべきかが難しいといいます。
銃規制と同じ「繰り返しのサイクル」をどう断つか
草野さんは、業界や社会の一員として責任を感じ続け、学び続けることが大事だとしながら、その持続が難しいと認めます。自分と関係のない出来事からはアテンションが離れ、身近で同じことが起きて思い出す、の繰り返しになりがちだからです。
宮武さんは、この繰り返しをアメリカの銃規制問題になぞらえました。
事件が起きる
学校などで射撃事件が起きる
全員が非難する
国中が「これってやばいですよね」と言う
議論が対立する
民主党は銃規制を求め、共和党は「銃が問題ではない」と言う
何も起きない
結局何も変わらず、次の事件が起きる
宮武さんは、そのサイクルをどうブレイクするかという議論が必要だとしつつ、自分にも答えはないと率直に語ります。
なぜSNSではなくPodcastで話したのか
宮武さんは、小さな一歩としてこうした会話を持つこと自体に意味があると話します。宮武さんがTwitterで「これはいけない」と発言しなかったのは、それが簡単に言えてしまい、それだけでは足りないと考えたからでした。
何かしら、「こういうことをやるべき」とか、なんか、「もっとこういうことを議論しましょう」っていう、ニュアンスのこもった会話っていうか、そういうのが必要なんだろうなっていうのは思ったので。
宮武さんは、Podcastで話そうと押してくれたのは草野さんだったとし、その勇気をたたえました。草野さんは、コミュニティにいた一人として、同じつらい経験をしている人がいたら誰かに相談してほしいと呼びかけます。
わかんないですけど、私たちでもいいです。私たちとか、私とか、もしくは身近な人とかに言うべき、良きタイミングで言うべきかなとは思いますね。
アメリカも完璧ではない。シリコンバレー女性200人への調査
宮武さんは、アメリカも完璧ではなく、それほど良くなっていないのが現状だと補足しました。根拠として挙げたのが、2016年に元VCと元Yahooの経営メンバーが、シリコンバレーで働く女性200人に行ったアンケートです。
草野さんは、スタートアップはハッスルカルチャーや仕事とプライベートを分けない働き方が特徴で、プライベートを削ってまで支援する熱意が、一歩間違えると危うさにつながると話します。
宮武さんは、男性が多いからこそ会食の場所や時間も男性中心で決まると指摘します。アメリカではUberなどで、社員全員でストリップバーに行こうとなり、女性社員が1人だけ困ったという話もあったといいます。
コンプラは仕事をしづらくするのか
草野さんは、規制が増えると仕事がしづらいと思う人もいるかもしれないが、むしろしやすくなると言い切ります。
その、そうなった世界が窮屈だっていうのは間違ってると思います。
宮武さんは、それは今の自分を変えたくないという話だと応じます。VCの仕事は良いスタートアップに出資することで、変わったところで仕事内容は変わらないからです。
宮武さんは、日本企業で女性社員がお茶を出すことが当たり前だった風潮や、あるイベントで女性社員だけがサーブ役を頼まれた話にも触れました。そこで数人が「え?」という顔をしていたことが、まず大事だといいます。
新卒でVC業界に入った2人の振り返り
草野さんは、新卒で入った頃、男社会になじまないと良いディールやインサイドの情報に入り込めないと思い、そのやり方に合わせようとしていた時期があったと明かします。
でもそれって今思うと間違ってたっていうか、やらなくてもよかったのかなっていうのは思ったので、別にその方法じゃなくても評価してくれる人はいるし。
宮武さんは、何も知らない新卒が「これがやり方だ」と教わればそう思うのも無理はないとしたうえで、VCは個人プレーが多く、自分の投資哲学を持てる構造だと話します。
だからこそ、VCブローのカルチャーに入らなくても成功事例を出しやすく、宮武さんはこの業界が他の業界の良い事例になるべきだと考えています。草野さんも、フラットにスキルで投資できている良いベンチャーキャピタリストは男女ともにたくさんいるとし、そういう人が増えてほしいと応じました。
加害者は「運が悪かった」で終わらせていいのか
宮武さんは、セクハラをした人は罰を受けるべきだとしつつ、永久に業界から追放すべきとは限らず、本当に変わったかを見るべきだと話します。ただ、本人の中に「フラグ」は持ち続けるべきだといいます。
まあなんか次の仕事もすぐ決まったし、「いいや」って思うのが一番最低なパターンですよね。
草野さんは、加害者が会社を辞める際に「タイミング悪かったね」「面倒な人に当たっちゃったね」と声をかけられていた場面を挙げ、そう思ってはいけないと強調しました。
だからその自分も、もしその加害者だった場合、「今回は運悪かったな」とは思わないでほしいですよね。
「教育を変えるべき」は逃げなのか
宮武さんは、根本解決として「教育を変えるべき」と言う人が多いことについて、個人的には逃げだと話します。学校や先生に任せる以前に、家庭で親がリードして話すべきだという考えです。
「この人たちに任せる」っていうのってすごい簡単な言い訳になってしまう。
宮武さんは、より多くの人が自らの手で動かなければいけないと締めくくりました。草野さんも、この気持ちを一瞬で終わらせず、学び続け、責任を感じながら生きていきたいと語って収録を終えています。
まとめ
VC業界のセクハラ報道をきっかけに、元VCの草野さんと宮武さんは、声を上げても変わらない構造と、その中で一人ひとりができることを語りました。答えは出ないとしつつ、流されずに疑い、相談し、議論を続けることの大切さが繰り返し語られています。
- SNSで「いけない」と言うだけのポージングではなく、ディスカッションと学びを習慣にすることが求められる
- からかいの文脈や男性中心の構造が、その場で言い返すことや相談することを難しくしている
- 最悪なのは、被害者が信じられても何も変わらず、同じことが繰り返されること
- コンプラは仕事を窮屈にするものではなく、人へのリスペクトの話だと2人は語る
- まずは「羊にならない」こと、そしてVC業界こそ新しいやり方の良い事例になるべきだという視点が示された


