1本のメールから始まった取材とは?
血液検査スタートアップのセラノスの疑惑は、ウォール・ストリート・ジャーナルの暴露記事で明るみに出ました。テツローさんによると、記事を書いたジョン・カレイロウ記者は、1年から2年ほどの時間をかけて取材を進めていたそうです。
ジョン・カレイロウ記者が取材を始めたきっかけは、バイオ系の雑誌に記事を書いている知り合いからの連絡でした。「セラノスという会社を見たか、この記事はなんだか怪しくないか」と声をかけられたのが始まりだといいます。
ミキさんは、ジョン・カレイロウ記者がアメリカ企業の暴露記事でピュリツァー賞 ── アメリカで最も権威のある報道・文学・音楽の賞の一つ。新聞報道では調査報道の部門が特に重視されていますを受賞したこともある記者だと補足しています。ちょうど医療関連の暴露記事を出したばかりで、その縁から情報が持ち込まれたそうです。
(セラノスの)過去の記事を見ると、第三者の承認とか、他のバイオ系の会社が承認するとか、あんまりちゃんとした内部の情報を出してないなと感づいたらしくて。
セラノスについての過去の報道を読み込んだジョン・カレイロウ記者は、肝心の中身が語られていないことに違和感を覚え、関係者への連絡を始めました。
取材相手を選ぶ慎重さと、最初の手がかり
ジョン・カレイロウ記者が最初に当たった何人かは、セラノスとの訴訟を抱えている人たちでした。テツローさんによると、訴訟中の時点ですでにセラノスへの悪意を持っているため、記者はその人たちを情報源にするのは違うと判断したそうです。
手がかりになったのは、自殺で亡くなったセラノスの幹部の妻への取材でした。その妻から、セラノスの内部がひどい状態だという話を少し聞けたことをきっかけに、ジョン・カレイロウ記者は元従業員に次々と接触していきます。
情報提供
バイオ系雑誌の知人から「セラノスは怪しくないか」と連絡が来る
違和感
過去の報道に内部の具体的な情報がないことに気づく
手がかり
亡くなった幹部の妻から、内部がひどいという話を聞く
元従業員へ
元従業員に接触し、2人が内部告発者として公に出る
最終的に2人の内部告発者が公に名乗り出て、ジョン・カレイロウ記者をはじめ多くの人の手で、セラノスの実態が暴かれていきました。
NDAを結んだ従業員が告発に踏み切る重さ
ミキさんが「よく暴露してくれましたよね」と驚くと、テツローさんは、告発した2人の元従業員はとても怖がっていたと話します。
(セラノスを)辞める時に、一切何をやってたか話さないっていう契約もサインしてるわけなんですよ。
セラノスの元従業員は、NDA ── 秘密保持契約。業務で知った情報を外部に漏らさないことを約束する契約で、違反すると損害賠償を求められることがありますを結んだうえで会社を辞めていました。テツローさんは、その状態で内部告発するには、かなりの勇気が必要だったと語っています。
元国務長官の孫、タイラー・ショルツさんはなぜ辞めたのか?
公に名乗り出た内部告発者は、タイラー・ショルツさんとエリカ・チャンさんの2人です。タイラー・ショルツさんは、セラノスの社外取締役を務めていたジョージ・ショルツさんの孫でした。
テツローさんによると、ジョージ・ショルツさんはアメリカの元国務長官という大物です。タイラー・ショルツさんは祖父の影響でエリザベス・ホームズさんと会い、魅力的な人物だと感じて、2013年に従業員としてセラノスに入りました。
タイラー・ショルツさんはリサーチエンジニアとして、検査結果の確認や血液の取り扱いを担当していました。ところが、検査結果が間違っているといった不具合を報告すると、ホームズさんやサニーさんから「言っていることは全部間違っている」と強く否定され、退職に至ります。
祖父の縁でホームズさんに会い、魅力を感じて2013年に入社
検査結果の誤りを報告しても否定され、退職して記者に情報を提供
メールの数字から告発者が特定された経緯
退職後のタイラー・ショルツさんは、ジョン・カレイロウ記者からの質問に答え、自分が見ていた検査結果の誤りのデータを一部伝えました。記者はそれをもとに、セラノスへ「こういう間違いがあると思うがどうか」と問い合わせるメールを送ります。
そのメールに含まれていた数字が、セラノス側で強い警戒を呼びました。以前タイラー・ショルツさんが社内で指摘していた数字だと気づかれ、彼が内部告発しようとしているのではないかと疑われたのです。
そこ(検査結果)の数字見てたし、最近辞めたし、あいつじゃないかって。
担当業務と退職のタイミングが重なっていたことで、タイラー・ショルツさんは短期間で告発者として目をつけられたことになります。
祖父の家で待っていたセラノスの弁護士
セラノスが次に使ったのは、タイラー・ショルツさんの祖父であるジョージ・ショルツさんでした。ジョージ・ショルツさんは「1対1で話したい」とタイラーさんを自宅に呼び出します。
祖父の家でタイラー・ショルツさんは、セラノスから内部告発を疑う連絡が来ていると告げられ、ウォール・ストリート・ジャーナルへのリークなどを否定する契約書にサインすれば、すべてなかったことにできると持ちかけられました。気持ちが高ぶっていたタイラーさんがいったん了承すると、祖父はリビングに控えていたセラノスの弁護士を呼び出したそうです。
おじいちゃん怖い。
テツローさんによると、タイラー・ショルツさんは何度も祖父に「セラノスの内部はやばい」と警告していました。それでもジョージ・ショルツさんは、最後の最後までホームズさん側についたといいます。結局タイラーさんは何にもサインせずに祖父の家を出ました。
エリカ・チャンさんを追った尾行と手紙
もう1人の内部告発者エリカ・チャンさんも、検査結果を見る立場で多くの誤りを見つけていました。テツローさんの説明では、それを報告した結果、エリカ・チャンさんはセラノスをクビになったそうです。
エリカ・チャンさんもジョン・カレイロウ記者から連絡を受けて情報を伝えましたが、セラノス側はすぐに気づいたといいます。テツローさんは、社内チャットが禁止され、USBを差し込んだだけで何でも把握される文化だったことから、何らかの監視の仕組みがあったのではないかと推測しています。
エリカ・チャンさんがセラノスを辞めて転職した先で、ある夜遅くまで同僚の男性2人と残っていると、3人とも別々の車で来ているのに、外にもう1台の車が一日中止まっていました。心配した同僚が車までエスコートすると、待機していた人物が出てきて、エリカ・チャンさんに手紙を手渡します。
手紙はセラノスからのもので、ウォール・ストリート・ジャーナルと話していることは知っている、訴訟を起こすという内容でした。
怖くなったエリカ・チャンさんは、自宅のアパートに住めないと感じ、誰にも言わずに友達のアパートに身を寄せていました。ところが渡された手紙には、その友達の住所が書かれていたそうです。
なんで、おそらく(エリカさんは)つけられてたんですよ。
記者自身にも及んだ、弁護士軍団の圧力
尾行の対象はエリカ・チャンさんだけではありませんでした。ジョン・カレイロウ記者自身も、最後の1年ほどはセラノスの人たちにつけられていたと話しているそうです。
テツローさんによると、セラノスは弁護士費用に多額のお金をかけ、事件をもみ消すことに長けた、非常にアグレッシブなことで有名な弁護士を雇っていました。
ジョン・カレイロウ記者は、ウォール・ストリート・ジャーナルのポリシーに従い、記事を出す前にセラノスへ内容を伝えています。するとセラノス側からは、訴訟の予告や、さまざまな圧力が返ってきました。
セラノスがジョン・カレイロウ記者の記事を止めようとした手口として、テツローさんが挙げたのは次のようなものです。
- 訴訟を起こすという通告
- ミーティングに弁護士軍団を送り込み、レコーダーで記録すると宣言
- 「こんなことを言ったら訴える」という脅し
内部告発者と記者は何を守り抜いたのか?
セラノスがここまで手を尽くして記事を止めようとしていたからこそ、テツローさんは、内部告発者の2人がどれだけ重要なことをしたのかと語ります。
ミキさんが記者もすごいと言うと、テツローさんは、ジョン・カレイロウ記者の勘と、最後まで内部告発者を裏切らなかった姿勢を挙げました。
やっぱこの記者の方のその勘と、やっぱり最後まで彼ら内部告発者の人たちを裏切れなかったんで。
やっぱセラノスはそこまで徹底して、いろんなことをもみ消そうとしてたんだなと思いますね。
ミキさんは最後に、セラノスが「シリコンバレーが生んだ詐欺師」と言われるだけのことはある、と話を締めくくっています。
まとめ
セラノスの暴露記事は、知人からの1本の連絡を出発点に、ジョン・カレイロウ記者が1〜2年をかけた取材と、NDAを抱えながら名乗り出た2人の内部告発者によって実現しました。その裏では、家族を使った説得、尾行、弁護士による脅しといった、セラノスの徹底したもみ消し工作が続いていました。
- 取材のきっかけは、バイオ系雑誌の知人からの「セラノスは怪しくないか」という連絡だった
- 記者は訴訟中の関係者を避け、亡くなった幹部の妻の話を手がかりに元従業員へたどり着いた
- タイラー・ショルツさんは、元国務長官の祖父に呼び出され、弁護士の待つ家で否定の署名を迫られた
- エリカ・チャンさんは身を寄せた友達の住所あての手紙を渡され、尾行されていたとみられる
- 記者自身も尾行され、事前に内容を伝えた段階から訴訟の予告や脅しを受けていた




