スポーツコンテンツは今、何がシフトしているのか?
Off Topicのメディア特集は、ここ1か月ほど続いてきました。宮武さんによると、今回のスポーツメディアの回でいったん区切りとなります。前回までの「平均的なメディアの時代の終わり」と「新世代エキスパートメディアの到来」という議論を、スポーツの領域に当てはめて考える回です。
宮武さんは、スポーツメディアには今いくつものチャンスが訪れていると見ています。1つ目のきっかけは、動画配信プラットフォームや大手テック企業が、試合のライブ中継の権利を次々に獲得していることです。
草野さんが挙げたAppleTVやAmazonに加え、宮武さんはNFLとYouTubeやAmazonの提携、MLBやMLSとAppleの提携、F1の事例を紹介しました。NBAやNHLは、収録時点で交渉中だと話されています。
宮武さんによると、アメリカでもこれまではテレビが強すぎて、スポーツやスポーツ系エンタメ番組はテレビで見るのが基本でした。その流れが数年前から少しずつ動き、ようやく本格的にオンラインへ移り始めたタイミングだといいます。
オンラインのスポーツコンテンツの例として、宮武さんはまずエンタメ型のYouTuberを挙げました。バスケ系の企画動画を出すJesserさんの動画は、MrBeast ── 大規模な企画動画で知られるアメリカのYouTuber。高額な賞金や大がかりな仕掛けを使った企画で、世界有数の登録者数を持ちます的な企画型だそうです。
最近のJesserさんの企画では、マスクをつけたバスケ選手6人の中に本物のNBA選手が1人だけ混ざっていて、シュートなどをさせて誰が本物かを当てます。審査する側にも元NBA選手がいるという、バラエティ色の強い内容です。
ただし宮武さんが今回いちばん注目しているのは、エンタメ型ではなく、ニュースや分析の領域でのスポーツコンテンツの進化です。
テレビの解説が「ナレーション型」になる理由
宮武さんはまず、従来のスポーツキャスターやコメンテーターの特徴を整理しました。アメリカでは、そのスポーツの大ファンではあっても、自分は選手ではなかった人が多いといいます。
そうした解説者はジャーナリズムの経験を持つことも多く、ルールやスタッツなど表面的な情報は完璧に理解しています。一方で、細かい戦術や高度な技術にはそこまで詳しくないかもしれない、と宮武さんは話します。
宮武さんは、こうしたスタイルを自分の中で「ナレーション型のスポーツ解説」と呼んでいます。典型的な絵は、長いテーブルに4人ほどが並び、進行役と元選手たちが試合やリーグについて語り合う番組です。
なんか彼らが提供してるのって、そのめちゃくちゃ深いインサイトっていうよりも、すごいわかりやすく、その試合でしたり、全体のリーグでしたり、チームのストーリーを説明してくれるっていうところですよね。
あくまでもエンタメというですかね。(解説者の)感想を聞くみたいな感じですよね。
宮武さんによると、テレビの解説者本人は解説しているつもりでも、コアなファンからはよく聞く話に聞こえます。細かい戦術ではなく「こういう風にチームが上がってきて」という、感情ドリブンなナレーションになりがちだといいます。
草野さんは、テレビの解説は「みんなが思っていることを言ってくれる」役割だと受け止めました。宮武さんも、テレビはマス向けなので、細かい選手の動きを話しても多くの視聴者にはどうでもよく感じられてしまう、と補足しています。
テレビの解説が浅くなる理由として、宮武さんは2つを挙げます。そもそも解説者のスキルセットとして細かいことを言えない面と、言ったとしてもターゲット層に合わない面です。草野さんは、前回話題にしたThe Athletic ── アメリカのスポーツ専門ニュースメディア。2022年にニューヨーク・タイムズが買収し、深い取材記事で知られますにも触れ、注目すべき試合が多すぎてテレビでは時間を割けない事情も指摘しました。
宮武さんが付け加えたのは、時間の制約です。テレビのスポーツ解説は3分や5分のコーナーで終わるので、深い解説をしていたら時間が足りません。
マス向け。試合やチームのストーリーをわかりやすく語る。短いコーナーで、感情ドリブンになりがち
コアファン向け。細かい戦術や調整、高度な技術まで踏み込む。知識を持つ人が限られる
「より勝利を欲しがった」は解説になっているのか?
宮武さんは、エンタメとしては許されるべきだとしつつも、コアなスポーツファンには腹が立つナレーションの典型例を紹介しました。アメリカの解説でよく聞く「They wanted it more」という言い方です。
「They wanted it more」は、相手チームよりも勝利を欲しがっていた、ハングリー精神が出た、という意味です。互角のチーム同士や、弱いほうのチームが勝ったときに、その差を説明するためによく使われるといいます。
宮武さんは、気持ちの面が一部あることは否定しません。ただ、プロスポーツである以上、勝ちたい気持ちで差がつくという説明には無理があると考えています。
宮武さんによると、どちらが勝利を求めていたかではなく、細かい戦術や調整によって結果が決まったと説明するほうが、ロジックとして成り立ちます。
「より勝ちたかったほうが勝った」「この選手はやる気がなかった」
ディフェンス戦略や細かい調整がどう働き、勝利につながったかを示す
この知識の差がよくわかる事例として、宮武さんはマーク・キューバン ── アメリカの起業家・投資家。NBAのダラス・マーベリックスのオーナーを長く務め、最近球団を売却しましたさんの出演を紹介しました。キューバンさんはテレビのスポーツ番組に、4人並ぶ解説席の1人としてゲスト出演したことがあります。
キューバンさんは元選手ではありません。ただ宮武さんによると、どんな選手を採用するかという判断に深く関わり、戦術への口出しはしないものの強い関心を持つ、オーナーとしてはレアな人物です。
(キューバンさんは)その出た番組で、他のスポーツメディアの人たちに「お前たちは何もわかってない」っていう風に言ったんですよね。
番組の解説者たちは「ファクトに基づいて解説している」と反論しました。それでも宮武さんは、当時プレーしていたマーベリックスについてのキューバンさんの分析のほうが、コアなバスケファンから見て明らかに良かったと話しています。
キューバンさんの分析は、どんな調整をし、どんなディフェンス戦略で勝利に導いたのかを説明するもので、見ている場所がまったく違ったそうです。草野さんが反応したように、「やる気がなかった」で片付けられるのは選手にとっても嫌なものです。宮武さんは、キューバンさんがその後番組に呼ばれていないようなので、だいぶ嫌われたのかもしれないと笑います。
「俺たちの時代は」が誤解を生むとき
宮武さんは、テレビの解説が浅くなるのには仕方ない面もあると認めます。プロ経験のないキャスターが細部を知れる範囲は限られていて、選手の発言や、引退選手をゲストに呼んだ解説に頼ることになります。
ただ宮武さんは、引退選手の解説が若干ミスリードになる場合もあると指摘します。名前で知られていて選手としては一流でも、解説者としてうまいとは限りません。さらに、引退から年数が経つほど、当時と今のプレースタイルの違いが大きくなります。
「俺たちの時代は」っていうのを通用しないと。
「俺たちの時代は」っていう、それはエンタメとして全然いいと思うんですよ。
宮武さんがよく見るNBAでは、80年代、90年代に現役だった選手の多くが、今の選手を「soft(弱々しい)」と言うそうです。当時は肘を飛ばすようなフィジカルなプレーが当たり前で、怪我覚悟でプレーしていた、という主張です。
宮武さんは、当時のNBAが実際にフィジカルで、怪我をした選手も多かったことは認めます。今は肘を飛ばせば退場になることもあります。
この「昔のディフェンスのほうが強かった」という主張に反論したのが、数年前に引退した元NBA選手のギルバート・アリーナス ── 2000年代にワシントン・ウィザーズなどで活躍した元NBA選手。引退後はポッドキャストなどで率直な発言をしていますさんです。宮武さんはアリーナスさんの話を「めちゃくちゃ正しい」と評価しています。
フィジカルとか、そのタフなディフェンスって、実は別にいいディフェンスじゃなかったですと。ただ怪我をさせるディフェンスでしたと。
宮武さんの見方では、むしろ今の選手のほうがいいディフェンスをしていて、全体的なスキルセットも当時より圧倒的に高いといいます。過去の積み重ねの上で改善が進むので、どのスポーツでも選手がレベルアップしていくのは自然なことだと話します。
宮武さんが日本の例として挙げたのが、NBAでプレーする八村塁 ── NBAで活躍する日本人バスケットボール選手。2019年のドラフトで1巡目指名を受けました選手です。今はスタメンやシックスマンとしてプレーしていますが、80年代、90年代にプレーしていれば普通にスター選手だったはずだといいます。
宮武さんは、過去をノスタルジックに振り返ること自体は否定しません。ただ、今どれだけ進化しているかを理解したうえで見ないと、情報としてミスリードになってしまうと考えています。
バスケの「スキルアップ」は具体的に何が変わったのか?
スポーツ初心者だと話す草野さんは、フィジカルではなく技術の面で、バスケがどうレベルアップしたのかを宮武さんに尋ねました。
宮武さんの答えは、戦略や戦術の面もあるものの、単純に個々のスキルセットが格段に上がったというものです。例として挙げたのが3ポイントシュートの打ち方の変化です。
走り回ってマークを振り切り、オープンになってボールをキャッチし、そのまま打つ
自分でドリブルしている状態から普通にシュートでき、かなり遠くからも打てる
宮武さんによると、今スタメンを張っている選手が昔のNBAに出れば完全にオールスター級です。加えて、戦術面でも3ポイントシュートが重視されるようになるなど、全体の変化もあるといいます。
草野さんが戦術のトレンドについて尋ねると、宮武さんは「めちゃくちゃある」と答えました。あるチームが新しいやり方で成功すると他のチームが真似をし、さらに面白いバージョンが出てくるという流れは、どのビジネスとも同じだといいます。
成功
あるチームが新しい選手構成やプレースタイルで成功する
模倣
他のチームがみんなそのやり方を真似し始める
発展
さらに面白いバージョンが生まれ、それがまたうまくいく
草野さんが陸上や水泳の世界新記録に触れると、宮武さんはマラソンの「2時間の壁」を例に挙げました。誰かが壁を越えた瞬間に、越えられる人が次々と出てくるといいます。
それがなんかありえなかったって思ったところからあり得るってなると、そこからどんどんみんなのスキルセットが向上されるかなっていうのを思うので。
宮武さんは、この現象は起業家にも当てはまると話します。例えば今の22歳の起業家と30年前の22歳の起業家では、ベーシックなビジネスのノウハウでレベルが違うはずだといいます。
草野さんが用具やコーチなど環境の変化も関係するのではと問うと、宮武さんはトレーニング方法や機材を挙げました。一時期使用が制限されたナイキのマラソンシューズや、草野さんが挙げた水着のように、ツールや技術も大きく関わっているといいます。
エンタメ型の価値と、深掘り型の需要はどれくらいあるのか?
宮武さんは、テレビのスポーツメディアを批判しているわけではないと念を押しました。今のスポーツメディアにはエンタメとしての大きな価値があり、だからこそアメリカでこれだけ大きな産業になっていると考えています。
エンタメとして価値の高い番組の例がNBA on TNT ── アメリカのケーブル局TNTで放送されてきたNBA中継と解説番組。元選手らによる掛け合いのスタジオ番組が人気ですです。元選手もいる4人のキャストで、インサイトよりも、ふざけ合いやいじり合いから見える親友のような関係性が面白い、パーソナリティードリブンな番組だといいます。
宮武さんの見立てでは、平均的なメディアがなくなる時代でも、NBA on TNTのような強いエンタメ番組は大丈夫かもしれません。一方で、これまで何となく見られていた普通の番組は見られなくなり、そのぶん、ちゃんと分析するニッチな番組の需要が高まると考えています。
草野さんは、バスケ好きのうち分析コンテンツを日常的に見たい人がどれくらいいるのかを尋ねました。宮武さんは、毎日ではないにしても、ポッドキャストなら聞こうという人が少なくとも10%ぐらいはいるのではないかと答えています。
宮武さんによると、ファンの知識のレベル感はさまざまです。全体の流れを語れる人は多く、自分のチームの選手のプレースタイルを語れる人もいます。動画を見て個々のプレーをすぐ言い当てられる、本当にコアな層は1%以下だろうといいます。
宮武さんは、ビジネスでも同じような割合だろうと話します。インサイト系の話を知りたいのはビジネスをしている人の10人に1人ぐらいで、PMF ── プロダクト・マーケット・フィットの略。製品が市場のニーズに合致し、顧客に強く求められている状態を指すスタートアップ用語ですの戦略まで踏み込んだ話を知っているのは1%ほどだろうという見方です。
さらに宮武さんは、ニッチな深掘りポッドキャストをそもそも作れる人が限られていると指摘します。草野さんも、テックを含めあらゆる分野で、ちゃんと知っていて解説できる人は本当に少なく、日本語に限るとさらに少ないと同意しました。
(解説できる人は)先生みたいな感じですか。面白くて分かりやすくてみたいな。そういう先生ってやっぱ出会うのめっちゃ難しいじゃないですか。
試合後のホテルで録るポッドキャスト。アスリートが自ら語り始めた
深い解説ができる人が限られる理由として、宮武さんは「選手じゃないと見えないもの」の多さを挙げます。ロッカールームや練習で何が話されているか、コーチが試合映像を止めながら何を指摘しているかは、記者にも多少しか届かず、基本的には選手とコーチしか知りません。
そうした内側の話をする人たちが、ここ数年で出てき始めました。宮武さんによると、それがアスリート自身によるポッドキャストです。
宮武さんが挙げたのは、2022年のNBAファイナル ── NBAの年間王者を決める決勝シリーズ。東西のカンファレンス王者同士が最大7試合で戦いますの例です。テレビのキャスターがナラティブドリブンな解説をしていた裏で、ゴールデンステート・ウォリアーズ ── サンフランシスコを本拠地とするNBAチーム。2010年代以降、ステフィン・カリーらを擁して複数回優勝していますのドレイモンド・グリーン選手が試合後にホテルに戻り、1人でパソコンを開いてポッドキャストを録り始めたといいます。
グリーン選手のポッドキャストでは、その試合の特定のプレーについての自分の考えや、どう動けと指示したのかなど、すごく細かい部分がハイレベルで語られたそうです。公開されているので誰でも聞けて、その内容がニュースとして報道されることもありました。
テレビのキャスターたちもグリーン選手のポッドキャストにコメントしましたが、その論調は批判的だったといいます。グリーン選手のパフォーマンスが振るわなかったときには「全然パフォーマンスしていないのに、そんな解説をしていいのか」と言われたそうです。
多分本来自分たちがやるべき仕事を取られているっていうところが、実は大きいと思っていて。
宮武さんは、テレビとアスリートのポッドキャストはオーディエンスが違うので両立できると考えています。それでもキャスターから見れば競合の番組にあたる、という見方です。
草野さんが言うように、本人から説明されてしまえば、外側からの物語はいりません。宮武さんは、本人が真実を語っている限り、その言葉そのものが正しいと話します。
宮武さんによると、NBAだけでなくアメフトなどでも選手がポッドキャストを始めています。アスリートの話を聞くと、なぜ今までこの戦術の話が一切されなかったのかと思うことがあり、その答えはメディアが「知らなかった」からだろうといいます。
宮武さんの整理では、選手はメディアに細かい戦術を聞かれないので話す場所がありませんでした。アスリートのポッドキャストによって直接ファンに話せるようになり、それを聞きたいオーディエンスがいたこともわかってきた、ということです。
草野さんは、チームのコーチや仲間から「その話はしないでよ」と言われることはないのかと尋ねました。宮武さんは、そういうことは全然起きると答えています。喧嘩相手が別のポッドキャストで違う意見を話すこともあり、それはそれでエンタメになっているそうです。
ケルシー兄弟からデレク・ジーターへ。アスリートメディアの系譜
アスリートの解説のうまさは人によりますが、話が上手な人やストーリーを組み込める人も多く、何より選手なのでネタを大量に持っている、と宮武さんは話します。
その象徴として宮武さんが紹介したのが、今年のスーパーボウル直前の出来事です。Appleのポッドキャスト総合ランキングで1位を取ったのが、テイラー・スウィフトさんの恋人であるトラビス・ケルシーさんと、兄弟のジェイソン・ケルシーさんの番組でした。この番組は試合の解説に限らず、アメフト全般の話をしているといいます。
アスリートが自らクリエイターになる流れの最初の事例として、宮武さんはデレク・ジーター ── ニューヨーク・ヤンキース一筋で活躍した遊撃手。通算3000本以上の安打を放ち、野球殿堂入りしたレジェンドですさんを挙げました。宮武さん自身もニューヨークでジーターさんのプレーを何度か見たことがあり、チームのレジェンドだと話します。
ジーターさんは引退した3日後に、The Players' Tribuneというスポーツメディアを立ち上げました。宮武さんによると、残念ながら今はあまり調子が良くないものの、当時はアスリートが自分の話を直接ファンに伝えられる画期的なサイトでした。
The Players' Tribuneは記事型のサイトで、インタビューや、選手が自ら書く形の記事が載りました。基本的にはゴーストライターが間に入っていたそうです。メディアの物語の中で選手のコメントをもらう形から、選手ドリブンのメディアへ変えようとした試みでした。
宮武さんは、1年後の2015年にコービー・ブライアントさんがThe Players' Tribuneで引退を宣言したことを挙げます。SNSがまだ今ほど使われていなかった10年前に、アスリートが初めて自分でストーリーテリングできるようになった転換点だったといいます。
The Players' Tribuneの前後に、アスリート発のメディアが次々と生まれました。宮武さんはこの流れを、スポーツメディアのティッピングポイント ── ある変化が小さな積み重ねを経て、一気に広がり始める転換点のことと表現しています。
同じ時期には、引退したばかりの元NFL選手パット・マカフィーさんも自分の番組を始めています。レブロン・ジェームズさんの有名な番組は、黒人の床屋での雑談文化をもとにしたThe Shopです。「ジョーダンとレブロン、どちらがいい選手か」のような床屋のバスケ談義を、少しシリアスにしたものだといいます。
制作インフラを担う「ミドルマン」のメディアスタジオ
宮武さんによると、レブロン・ジェームズさんは誰もが知っていて、話もうまく、ビジネスマンでもあります。しかし、自分の番組を持てないアスリートも多いといいます。
番組を持てない理由は、必ずしも知名度ではなく、制作の仕方がわからないことです。コンテンツはアスリートビジネスとは別のビジネスなので、インフラが足りません。そこで、インフルエンサー向けと同じように、間に入る「ミドルマン」のメディアスタジオが増えているといいます。
例として宮武さんが挙げたのがBlue Wireです。300以上のポッドキャストを運営し、確か1000万ドル以上を調達している制作会社だそうです。スポーツ関連のポッドキャストは今1万以上あり、宮武さんはこれでもまだ多くないと見ています。選手でなくても番組を持てるので、テレビ中心のスポーツメディアにとって競合はさらに増えるといいます。
宮武さんはさらに、リーグ側の変化にも触れました。従来のスポーツリーグは映像の権利を渡すのに厳しかったものの、今はハイライト動画を出しやすくし、コンテンツ会社との提携も進めています。今後は「何秒までなら使ってよい」という形で、クリエイターのポッドキャストやYouTube番組でも試合映像が見られるようになるかもしれない、と予想しています。
草野さんは、すぐに録れて、動画よりも直接伝えられるポッドキャストはスポーツと相性が良さそうだと話しました。宮武さんも「めちゃくちゃ相性いい」と同意し、ロングフォームで話せる点を利点に挙げています。
レブロンとJJ・レディックの「Mind the Game」はなぜ特別なのか?
宮武さんがスポーツ回にしたかった一番の理由が、ここから紹介するポッドキャスト番組です。草野さんの問いかけに、宮武さんは「これからが本題です」と応じました。
出発点は、レブロン・ジェームズさんの問題意識です。宮武さんによると、レブロンさんは今のスポーツメディア、特にテレビが、バスケというゲームのエッセンスや、プレーする喜びと意味合いを伝えていないと考えています。
レブロンさんは日々、ジョーダンとどちらがうまいか、80年代や90年代なら通用しないのではないか、と比べられ続けてきました。メディアがこうした話をするのは、ネタとして面白いからです。
「そこではないです」と。やっぱり「バスケの話をちゃんとしましょう」と。
そこでレブロンさんは、元NBA選手のJJ・レディックさんと新しいポッドキャストを立ち上げました。番組名は『Mind the Game』で、試合について考えよう、という意味合いのタイトルだそうです。2人ともポッドキャストに慣れていて、真剣にバスケを語る番組になっています。
『Mind the Game』で扱うのは、自分が出た試合の分析だけではありません。宮武さんによると、細かいシナリオや戦術、トレンドまで、正直もっと高度な話をしています。
宮武さんは例として、ゴーストスクリーン ── スクリーン(壁役)をかけるふりをして直前で離れ、守備側を混乱させるバスケの戦術プレーという概念を挙げました。ほかにもツーナインやヘッジなどの言葉が当たり前に出てきます。2人は知っている前提で話すため、そのままではファンを置いていってしまうといいます。
草野さんが驚いたのは、バスケ好きの宮武さんでもわからない話があることです。宮武さんは、NBAでは当たり前でも、大学レベルでプレーした経験がないとわからない人が多く、普通の記事には出てこない内容だと説明しました。
『Mind the Game』の工夫は、JJ・レディックさんによる別撮りの解説パートです。エピソードの冒頭5〜15分ほどで、その回に出てくる用語を1つずつ解説します。おそらくNBAの許可を得た試合映像を見せ、絵も描きながら説明したうえで、2人の会話に入る構成です。
宮武さんは、NBA選手の視点、特にレブロン・ジェームズさんの視点はどこからも得られないもので、コアファンには非常に大事だと話します。
『Mind the Game』の数字も紹介されました。YouTubeでの再生数は、第1話が370万回、第2話が210万回、第3話が150万回、第4話と第5話が約100万回です。
宮武さんの推計では、この番組は音声プラットフォームでYouTubeの半分ほど再生されるとみられます。合わせると1エピソードあたり150万回ほどになるだろう、という見立てです。番組はレブロンさんの会社と、自身の人気ポッドキャストを持つJJ・レディックさんの制作会社が共同で手がけています。
ポッドキャストファーストで、テレビへ
宮武さんは、『Mind the Game』のような番組がテレビのナラティブドリブンな解説を完全に置き換えるわけではないと整理しました。見ている層も目的も違い、オーディエンスの規模も違います。
ライトなファン向け。物語やパーソナリティで楽しませる
コアファン向け。選手の視点から戦術や技術を語る
一方で宮武さんは、ナラティブドリブンな領域にも新しいクリエイター層が生まれていると指摘します。従来はテレビで人気になる流れでしたが、最近はポッドキャストで人気を得てからテレビに出る流れが出てきています。
まずテレビに出て、テレビで人気になる
ポッドキャストで人気を得てから、テレビネットワークと提携する
例として挙げられたのが、元は一般の人だったケニー・ビーチャムさんです。2017年からバスケ関連のポッドキャストを続け、今年ESPNと提携しました。ポッドキャストは続けながら、一部の映像をテレビで独占配信し、その後YouTubeにもアップしているといいます。
草野さんが日本でも同じ動きがあるかと尋ねると、宮武さんは今後は特に出てくると思うと答えました。
選手じゃないのにシューズが出る。プライベートコーチという新しいエキスパート
宮武さんは、メディアはニュースや分析以外の方向でも活用できると話します。アスリート以外にも次世代のエキスパートが出てきていて、その1つがNBAでは主流になっているプライベートコーチです。
プライベートコーチは、チームとは別に選手個人が雇い、スキル向上やフィットネスを支えるコーチです。シュートを上達させたい選手が、コンサルのような存在のコーチと半年ほど契約し、週1回ジムで2〜3時間シューティング練習をする、といった使われ方をしています。
宮武さんは6〜7年前から、プライベートコーチがSNSに投稿し始めるのを見てきたといいます。その代表例がドリュー・ハンレンさんです。大学時代はトップレベルのシューターでしたがNBAには行けず、そのスキルを生かしてSNSで徐々に人気を集めました。
ドリュー・ハンレンさんは現在、トップティアのNBA選手とも仕事をしながら、自分のバスケットボールトレーニング会社を運営しています。最近はその会社が水の飲料ブランドと提携し、動画への商品登場や、子ども向け・大人向け・選手向けのトレーニングキャンプでの提供が行われているそうです。
もう1つの事例は、海外でプロ選手としてプレーしていたクリス・マシューズさんです。Instagramのフォロワーは270万人で、シューティングの知見を生かした練習動画を投稿しています。
クリス・マシューズさんは、NBA選手だけでなく、DrakeやBad Bunny、Jamie Foxx、マーク・キューバンさんといったセレブのトレーニングも手がけます。セレブとのセッション自体がコンテンツになるのがポイントです。
ついに、ジョーダンブランドが、彼(クリスさん)のために靴を作ったんですよ。なんで選手じゃないのに靴があるんですよ。
人気の理由について、宮武さんはパーソナリティもあるものの、一番は技術だと答えています。細かい調整や、その人に合わせたシュートフォームを考える力が抜きん出ているといいます。草野さんが「シュート特化のトレーナー」とまとめると、宮武さんは「アメリカはどんどん特化型になる」と応じました。
『ロングテール』は半分正しく、半分間違っていた?
最後に宮武さんは、メディア業界全体の話に戻ります。インターネットでメディアが分裂していく動きは新しいものではなく、それを最もうまく説明したのが、クリス・アンダーソンさんの著書『ロングテール ── 2006年刊行の書籍。ネットでは在庫コストが下がり、売れ筋以外のニッチ商品の総和が大きな市場になるという理論を示しました』だといいます。
宮武さんによると、ロングテールの主張は次のとおりです。デジタル情報は保管コストが非常に低いので、ネット上には無限の棚ができ、消費者は自分の好みに合うテール側を選ぶようになる、というものです。しかもSNS以前に書かれた本なので、SNSによってテールはさらに長くなったと宮武さんは見ています。
そのうえで宮武さんは、ロングテールの話は「半分正しくて半分間違っていた」と評価します。テール、つまり無限のコンテンツが増えたのは事実です。しかしインターネットはアテンションを分裂させただけでなく、同時に集権化もさせた、と宮武さんは考えています。
ロングのテイルがどんどん長くなっていると同時に、どんどんモノカルチャー化してるっていう。
草野さんは、多様な種類というより、似たようなものが大量にあってその中に少し違うものがある印象だと応じました。宮武さんは、全然違うものがあっても、結局みんなのアテンションは特定のものに集まりがちだと続けます。
特にアルゴリズムの世界では、アテンションを取れるものがどんどんレコメンドされます。新しいものは次々に出てきても、消費量で見れば圧倒的にパワーロー ── 一部の上位が全体の大半を占める、極端に偏った分布のこと。べき乗則とも呼ばれます的な偏りが起きる、と宮武さんは説明しました。
無限の棚ができ、消費者は好みに合うニッチなテール側を選ぶようになる
テールは長くなった一方、アルゴリズムでアテンションは特定のものに集中し、モノカルチャー化している
需要は「作り出す」時代へ。コモディティ化の先にあるもの
宮武さんは、パワーローの理解が「平均的なメディアの時代の終わり」に直結すると話します。生き残る道は、極端にスケールするか、極端にニッチへ寄せるかのどちらかだという見方です。
宮武さんによると、勝つのはクオリティとディストリビューションの両方をしっかり見極めた人たちです。ディストリビューションの例として、ニューヨーク・タイムズのゲーム戦略が挙げられました。
さらに宮武さんは、ロイヤリティの高いオーディエンスを持つだけでなく、そもそも需要を作り出さなければならない時代になると考えています。草野さんがその意味を尋ねると、需要がありそうなコンテンツを作るだけでなく、読みたくなる、消費したくなる施策を打つことだと説明しました。
例として挙げられたのが、バービーを手がけるマテルのデマンドクリエーションです。バービーのYouTubeチャンネルや、Instagramでのスタイルチェック企画は、その場で商品を買わせるためではなく、バービーへの需要そのものを高めるための施策だといいます。
宮武さんは、AIによってこの状況はさらに激しくなると見ています。かつてイケてたレストランやコーヒーハウスが至るところに増えると需要が落ちるように、コンテンツも有り余れば価値が下がり、人は次の希少なものを探し始めます。
宮武さんによると、全員ではないにせよ、コモディティ化が進むと、人はよりクラフトや意味合いのあるものを求める傾向があります。
スケールとディストリビューションを武器に戦う
意味合いのある商品をつくり、届け方まで設計する
宮武さんの結論は、完全なコモディティ化で勝負するか、クラフトマンシップと意味合いを持った商品を作るかを選び、そのうえでディストリビューションをどうするかを考えることです。それがメディアに限らず、ビジネス全般で重要な考え方になると話して、今回のメディア特集を締めくくりました。
まとめ
今回のOff Topicは、テレビのナラティブドリブンなスポーツ解説と、アスリートや専門家による深掘り型コンテンツの対比を軸に、スポーツメディアの変化を追いました。その背景には、メディア全体で進むパワーローと二極化があると、宮武さんは見ています。
- テレビのスポーツ解説はマス向けで時間も短く、「より勝ちたかった」のような感情論の説明になりやすい
- ドレイモンド・グリーンさんや『Mind the Game』のように、アスリート自身が戦術や内側の話を直接ファンに語り始めている
- ポッドキャストで人気を得てからテレビと組むクリエイターや、選手ではないのにシューズが出るプライベートコーチなど、新しいエキスパートが台頭している
- インターネットはロングテールを伸ばすと同時にアテンションを集中させ、生き残る道は「極端なスケール」か「極端なニッチ」に分かれつつある
- コンテンツが有り余る時代には、需要そのものを作り出す施策と、クラフトマンシップを伴う商品づくりが鍵になる




