アメリカ人の財布は限界に近づいている?
このエピソードは、ファストフード文化をめぐるシリーズの続きです。前回はファストフードがアメリカのカルチャーやグローバルなサブカルチャーに与えた影響と、マクドナルドの成功を話しました。今回は、スケールしたファストフード店が抱える課題に焦点を移します。
宮武さんはまず、ファストフードが今また人気になっている背景として、アメリカの消費者が使えるお金の流れを確認します。宮武さんの見立てでは、アメリカの消費者の支出は限界を迎えつつあるといいます。
アメリカでは国全体だけでなく消費者個人も記録的な負債レベルにあり、クレジットカードの負債額は1.1トリリオンドルに達しています。利用限度額を使い切った人も多く、支払いの延滞も増えているそうです。
クレジットカードの限度額を使い切る現象は、若い世代ほど起きやすいといいます。宮武さんが紹介したアメリカ政府側の調査の数字は、世代ごとに次のとおりです。
| 世代 | 割合 |
|---|---|
| Z世代 | 約15% |
| ミレニアル世代 | 12% |
| X世代 | 9.6% |
| ベビーブーマー | 5%弱 |
宮武さんによれば、この数字には後払い決済が含まれていないため、実際の負債はさらに多い可能性があります。
コロナ禍の貯金はどこへ消えたのか
ここ2年ほど経済状況は悪化していましたが、アメリカでは「全然大丈夫」と考える人が多かったといいます。宮武さんは、その理由を消費額が下がらなかったことに求めます。
実はアメリカ人は、2020年3月から2021年9月までの18ヶ月間で貯金を大きく増やしていました。政府の資金支援や株式市場の上昇でキャッシュを得た人が多く、仕事を辞める人が相次いだGreat Resignation ── 「大退職時代」と訳される、2021年ごろのアメリカで自発的な離職が急増した現象。コロナ禍をきっかけに働き方を見直す人が増えたことが背景とされますもこの時期に起きています。
2021年8月時点で、アメリカの貯金額は2.1トリリオンドル(約300兆円)まで膨らみ、大人1人あたり約8000ドルになりました。宮武さんは、これを見て「もっと使っていいんだ」と思うのは当然だったと話します。
ところが、その後に金利が上がりインフレが進んでも、人々はコロナ期間中と同じように消費を続けました。その結果、ここ2〜3年で2.1トリリオンドル分の貯金がマイナスに転じ、平均で毎月10兆円ずつ減っていったといいます。
貯金の急増
コロナ禍の支援金や株高で、2021年8月に約300兆円まで膨らむ
消費の継続
金利上昇やインフレの中でも、コロナ期間中と同じペースで使い続ける
貯金のマイナス化
平均で毎月10兆円ずつ減り、過去の収入で今の消費を賄えなくなる
低価格志向へ
これまでのように物を買えず、より安いものに人が寄っていく
一方で宮武さんは、救いになりうる要素も挙げます。70歳以上のアメリカ人は約35トリリオンドル(約5600兆円)、アメリカの資産の25%ほどを持っているといいます。
2018年から2042年にかけて、上の世代からミレニアル世代やZ世代へ約70トリリオンドル、日本円で約1京円が渡るとされています。ただしすぐに渡るお金ではないため、宮武さんは短期的にはアメリカ人の消費額が落ちる可能性があると見ています。
セレブコラボはなぜ差別化にならなくなったのか
消費が落ちる中でも、アメリカでは外食への支出が上がっていて、グロサリー(食料品店)での支出を超えているといいます。ファストフード店はこの流れに合わせて、マクドナルドの5ドルのバリューセットや、ウェンディーズの3ドルの朝食セットを出しています。
宮武さんによれば、こうしたセットは基本的に赤字です。それでも人を引き寄せ、店でさらにお金を使ってもらう仕組みとして使われています。
ただ宮武さんは、今のマクドナルドには1980〜90年代のような雰囲気が作れていないと感じています。今のアメリカでマクドナルドに行く理由は、BTSやパラスPalaceとのコラボのような一時的なものに限られ、常に行く理由がないといいます。
マクドナルドのキャンペーンが成功すると、他社もすぐに真似を始めました。宮武さんは、2020年のケンタッキーとクロックスのコラボ、バーガーキングのセレブ3人とのセット、ジャスティン・ビーバーとティムホートンズ、チャーリー・ディメリオとダンキン、ミーガン・ジー・スタリオンとポパイズのコラボを挙げます。
なんでそのキャンペーン自体がコモディティ化される、ようになった時に、結局そこだけでは優位性作りってすごい作りにくくなる。
キャンペーンで差がつかないなら、次の優位性は店舗にあるのではないか、というのが宮武さんの考えです。多くのファストフード店はオペレーションをスケールさせるために体験の部分を捨ててきたため、そこが今後の差別化ポイントになるといいます。
どのファストフード店も同じ箱に見える理由
草野さんに「どういうところが同じなのか」と聞かれた宮武さんは、アメリカのファストフード店は外観も内装もデザインがとても似ていると答えます。大きな窓、外壁の木材パネル、そこに出す店舗名、少しダークなトーンの店内という組み合わせで、マクドナルドが始めたトレンドだろうと宮武さんは見ています。
(ケンタッキーやマクドナルド、ウェンディーズ、バーガーキングを)全部並べると、なんかほとんど同じような形で、その箱型の感じで、なんかロゴが置いてある場所から、なんかその店舗の雰囲気っていうのが結構似てるんですよ。
昔のマクドナルドは、店舗を探すときに大きな金色のアーチが目印になっていました。今はそのアーチが大きく表示された店舗は少なく、デザインそのものがスケールを軸にしたものになっていると宮武さんは話します。
これと対照的にさらに伸びているのが、インアンドアウトです。インアンドアウトもファストフードですが、店舗数を増やすことはそれほど強調していません。
草野さんは、インアンドアウトが東京で1日だけのポップアップを開くような、少しエクスクルーシブな雰囲気を持っていると指摘します。店舗の数も広げすぎず、グッズが置いてあったり帽子をかぶれたりと、マクドナルドとは店の雰囲気が違うといいます。
宮武さんがインアンドアウトの日本でのポップアップを前日にツイートしたところ、約300万インプレッションがついたそうです。当日は朝一から行列ができて整理券もすぐになくなったと聞き、アメリカでも新店舗が開くと車の列が10時間待ちになることがあると話しています。
インアンドアウトは店舗数が少ないのになぜ強いのか
インアンドアウトのアメリカでの店舗数は420店舗しかありません。ファイブガイズは1800店舗、マクドナルドはアメリカだけで1.3万店舗あります。
それでも1店舗あたりの売上を比べると、インアンドアウトが大きく上回っています。宮武さんが紹介した数字では、他社と1.5倍から3〜4倍ほどの差があるといいます。
| チェーン | アメリカの店舗数 | 1店舗あたり売上 |
|---|---|---|
| インアンドアウト | 420店舗 | 約4.5ミリオンドル |
| マクドナルド | 1.3万店舗 | 2.9ミリオンドル |
| ウェンディーズ | 話題に出ず | 2.1ミリオンドル |
| ファイブガイズ | 1800店舗 | 1.2ミリオンドル |
インアンドアウトは創業時からクオリティを重視してきました。創業者夫婦は毎朝マーケットへ行き、パンや野菜を自ら選んでいたといいます。2010年ごろから3代目が経営していますが、創業時からあまり変わっていないことが魅力になっています。
草野さんは、インアンドアウトはそれほど「ファスト」な感じがしないと話します。宮武さんによれば、インアンドアウトはポテトをゼロから作り、電子レンジや冷凍庫を置かないことで知られていて、普通のレストランよりは早いという位置づけです。
インアンドアウトは従業員のケアにも力を入れています。医療保険を手厚くし、店長の給料は250K(25万ドル)ほどで、店長の平均勤務年数は17年だといいます。
1948年の開業以来、インアンドアウトが新しく開いた店舗は平均で1年に10店舗ほどです。世界一店舗数が多いファストフードとされるサブウェイが、ピーク時に1日7店舗を開いていたのとは大きな差があります。
家族向けから大人向けへ、マクドナルドが失った思い出
宮武さんは、マクドナルドとインアンドアウトの違いの一部は、ターゲット層の変化にあると見ています。もともとファストフードは家族と子ども向けで、子どものうちに捕まえれば一生の客になってくれるという、ディズニーに近い方式を取っていたといいます。
今のアメリカのファストフードは、より大人向けの雰囲気になっています。宮武さんは、子どもが行くよりも大人が食事をする場を作ったチポトレ ── アメリカのメキシカン・ファストカジュアルチェーン「Chipotle Mexican Grill」。ブリトーやボウルを、具材を選んで注文するスタイルで知られていますの影響が大きく、「チポトレ化」が他社にも広がったと話します。
家族と子ども向け。誕生日パーティーや遊び場など、店舗そのものが思い出になる
大人向けでスケール重視。思い出作りは商品・マーケティング・インフルエンサーに委ねる
なんか多分今だと、なんかそもそもどの、どのマクドナルドに行ったかって多分覚えてないんですよ、誰も。
子どもの頃に誕生日パーティーで行ったマクドナルドに遊び場があれば、数年後も覚えているはずだと宮武さんは言います。宮武さんは、マクドナルドが思い出の部分を店舗から商品やマーケティングに移したことを踏まえ、もう一度場所に重きを置くべきだと考えています。
草野さんは、マクドナルドほどの規模で店舗ごとの特色を出すのは難しいのではないかと問いかけます。スイートグリーンのように地域のアーティストに壁画を描いてもらう方法もありますが、それをマクドナルドの規模で行うのは別の話だからです。
宮武さんは、本社がどこまで関わるか、フランチャイズオーナーにどこまで任せるかの問題だと答えます。もともとマクドナルドはそうだったので可能だとしつつ、全店舗を一気に変えるには大きなお金がかかり、メイシーズのような小売店でも苦労しているため、クオリティのブレは承知の上で進めるべきだといいます。
一方で草野さんは、日本のマクドナルドには逆の発想のCMもあったと紹介します。どこでも景色が同じだからこそ、東京で食べるマクドナルドが田舎で食べていた味を思い出させる、という見せ方です。
独立系のサードウェーブ系コーヒーまで似てしまうのはなぜか
店舗のデザインが似通う現象は、ファストフード店だけではありません。宮武さんは、「ヒップ」「イケてる」と呼ばれるコーヒーショップも、どこも似た雰囲気になり、場合によってはメニューまで似てきていると指摘します。
宮武さんが驚いているのは、チェーンではなく独立系の店まで似ていることです。チェーンなら上からの指示で揃うのはわかりますが、独立系では理由が違います。
宮武さんは、InstagramやYouTubeの普及で世界中の店がお互いをフォローできるようになったことが原因だと考えています。アルゴリズムで何がイケているかが決まると、店もファンもそこに寄っていき、自己増殖するトレンドサイクルができるといいます。
お互いが見える
InstagramやYouTubeで、世界中の店のデザインを見られるようになる
アルゴリズムが選ぶ
何がイケているかがアルゴリズムベースで決まる
人気が集中する
ファンがその店に行き、店がさらに人気になる
みんなが相乗り
「これが人気のトレンドだ」と他の店も真似をする
宮武さんは、今までアクセスできなかったデザインのアイデアに触れられること自体は良いことだと認めます。ただ、すべてが似たものになるのは、消費者にとって長期的には良くないかもしれないとも話します。
草野さんに「最近始まったことか」と聞かれると、宮武さんはここ5〜6年ほどの現象だと答えます。昔は平均が低く差が大きすぎただけかもしれず、みんながレベルアップした結果として似たかもしれないため、どちらが良いという話ではなく、単純にモノカルチャー化したというのが宮武さんの見方です。
草野さんは、ウェブデザインやパッケージと違って、店舗のコンセプトや内装はすぐには変えにくく、無難なところに落ち着きがちだと指摘します。宮武さんは、すぐに変えられないからこそ、オンラインより遅れてフィジカルなものもフラット化し、今ようやくそれが目に見えるようになったと応じます。
自分が何か新しいものを仕掛けたとしてもすぐ真似されて。(自分たちが)メディア持ってないから、それが第一人者だったっていうことは言えないみたいなことはありそうですね。
宮武さんは、ファッションと同じように、大手がチェックしているトレンドの先を行く人たちがいて、そのデザインをより早く盗めるようになったと話します。「すごい悪い言い方」と断ったうえでの指摘です。
スターバックスはサードプレイスから遠ざかったのか
コーヒーショップのコモディティ化で一番進んだのは、アメリカのスターバックスだと宮武さんは言います。直近の四半期決算で店舗内売上が下がり、新しいCEOは経済状況のせいだと説明しました。
宮武さんはその説明も一部は正しいとしつつ、創業者のハワード・シュルツはそうではないとLinkedInで批判していたと紹介します。草野さんがポッドキャストにも出ていたと補うと、二人は「まさかもう1回戻らないですよね」と、シュルツの度重なるカムバックを話題にします。
シュルツはLinkedInの投稿で、経営者がもっと緑のエプロンを着て店舗に立ち、店舗の体験を見るべきだと書いていたそうです。宮武さんはここで、過去のOff Topicで取り上げた「スターバックスは実はネオバンクだ」という話につなげます。
スターバックスはアプリとデータでユーザーの行動を把握し、その行動を作り出すことで大きくスケールしました。宮武さんは、そのトレードオフとしてスターバックスがコモディティ化し、最初に知られていたサードプレイスという考え方を少し捨てたのではないかと考えています。
草野さんは、事業を大きくし株価を上げるには店舗と客を増やすのが正解に思えると疑問を投げます。宮武さんは、どういうポジショニングを取りたいか次第だとしたうえで、コモディティ化しすぎると「どこも同じ」になってスイッチングコストが下がると答えます。
宮武さんによれば、スケールすることは摩擦をなくすことですが、どこかで少し摩擦を作りに行く必要があります。店舗に自由度を与えれば「この店に行きたい」という摩擦はコアファンにとって増えますが、サービス自体の摩擦は増えないため、スケールを保ったままコモディティ化を避けられる可能性があるといいます。
草野さんは、日本のマクドナルドやスターバックスは大きくスケールしながらコアなファンも多く、いい意味でコモディティ化していないと感じています。宮武さんは毎月の新商品を日本の強みに挙げ、草野さんは低価格でもクオリティの高い店舗体験と、安くても安心できる場所であることを挙げます。
アメリカのスターバックスでは、昔はあったソファーがなくなり、カップへの手書きの名前もレシートの印刷に変わりました。宮武さんが一番驚いたのは、今年6月にパン系の食事とコーヒーを組み合わせた5〜7ドルのバリューセットが出たことだといいます。
アメリカでは持ち帰りの注文が増え、スターバックスはドライブスルーを大きく導入しました。モバイルオーダーの増加で、椅子が置いていない店舗まであるそうです。
ソファーがあり、カップに名前を手書き。サードプレイスとして知られる
ドライブスルーとモバイルオーダー中心。名前はレシート印刷で、椅子のない店舗もある
草野さんが指摘するように、滞在時間が短く運営コストも抑えられるこのやり方は、お金を稼ぐうえでは一見正しく見えます。宮武さんも、そのうえで体験としては下がっているかもしれないと話し、効率化と体験づくりは同時にやるべきだと答えます。
草野さんは、日本のスターバックスにはお酒を出す店や大型施設もあると挙げ、アメリカにも特殊な店舗があるのかを尋ねます。宮武さんはニューヨークなどにあるものの単純に足りず、同じ型を増やしすぎるとそれもコモディティ化するので、どんなバラエティを作れるかが重要だと話します。
草野さんは5月にサンフランシスコで飲んだスパイシーレモネードを例に挙げ、宮武さんは日本のような季節に合わせた商品づくりがアメリカでは薄いのかもしれないと首をかしげています。
スキースルーに水族館、「普通じゃない」マクドナルドの世界
宮武さんは、その店舗にしかないものは強いと話します。最近建てられたマクドナルドはモノカルチャー化したものばかりですが、古い店舗には独特なものが今も残っているといいます。
たとえばスウェーデンには、スキーをしながら商品を受け取れる唯一の「スキースルー」のマクドナルドがあります。こうした店舗を紹介しているのが、非公式のTwitterアカウント「ノンスタンダードマクドナルドNon-Standard McDonald's」です。
このアカウントが紹介する店舗には、黄色ではなく青緑色のアーチを持つアリゾナ州州名のマクドナルドもあります。フロリダ州オーランドには古いマクドナルドが多く残り、ゲームセンターやピザ、アイスクリームの販売、一時期は水族館まで入った世界最大級のエンタメ型店舗があるそうです。
宮武さんによれば、こうした店舗はもともとオーナーがオリジナリティを出したもので、今は公式に認められているとみられます。オーランドの店舗は2016年ごろにリニューアルされ、ピアノを弾くアニマトロニクス ── 機械仕掛けで動くキャラクターロボットのこと。ディズニーのテーマパークのアトラクションなどで使われ、音声や動きを組み合わせてショーを演じますが置かれていて、食事中にパフォーマンスをしてくれるといいます(今は故障中とのことです)。
ノンスタンダードマクドナルドのアカウントには約15万人のフォロワーがいます。アカウントはキックスターターでフロリダ州の特殊なマクドナルドを撮るドキュメンタリーの資金として50K金額の単位弱を集め、実際に作品を作ったそうです。
宮武さんが見たそのドキュメンタリーには、壁一面に海の絵を描いて店全体を海の中という設定にし、チキンナゲット型の巨大な潜水艦を置いた店舗が登場します。その店では正式に許可を得て『ファインディング・ドリー』を流していたといいます。
なんかそういう店舗があった方が、その思い出作り、その店舗に行く意味っていうのができるので。
宮武さんは、これは単なるネタではないと強調します。クリエイティブな店舗作りはマクドナルド本体でもフランチャイズオーナーでもでき、全米キャンペーンとは別に「この店で誕生日パーティーをやりたい」という気持ちを生めると考えています。
オフラインの体験も「シングルプレイヤー」になっている
草野さんにフランチャイズオーナーにもっと任せるべきかと聞かれ、宮武さんは、マクドナルドの場合はルールを設けたうえでもう少し任せてもよいと答えます。マクドナルドはカルチャー作りやカルチャーへの相乗りには成功したので、次のステップはファンのための居場所を作ることだといいます。
宮武さんによれば、共通のコンテキストを作る方法は2つあります。共通の体験を見たあとで集まるか、同じ体験を同時にするかです。
オンラインでは基本的に前者で、バイラル化した動画を見てコメントやいいねをし合う形になります。宮武さんは、ウェブの体験は結局シングルプレイヤーの体験であり、今はオフラインも同じになっていると指摘します。
キャンペーンを知って一人で店に行き、買って動画を撮ってオンラインに出す。買う体験そのものは一人
みんなで一緒に来る理由や店に行く理由があり、その場で同じ体験を同時にする
宮武さんは、草野さんが前回の収録後に話していた日本のマクドナルドの施策を好例に挙げます。草野さんが説明したのは、オードリーのオールナイトニッポン ── ニッポン放送の深夜ラジオ番組の枠。オードリーの回は、お笑いコンビのオードリーがパーソナリティを務めていますとのコラボで、期間中の深夜にだけ店舗でラジオが流れるという「夜マック」のキャンペーンです。
めちゃくちゃいい施策ですよね。やっぱりその店舗に行く理由があるっていう。
草野さんは、セブンイレブンでスラッシーを決まった大きさの容器なら入れ放題にする日も、共通のイベントになっていると話します。みんながどんな入れ物を持ってきたかを競い合えるからです。
話はアメリカの「なんとかデー」に広がり、宮武さんはパジャマデーを、草野さんは留学中に見た、チャリティーで寄付すると先生にパイを投げられる日を挙げます。宮武さんは、アメリカは毎日がなんとかデーになっていると笑います。
宮武さんは、チポトレがハロウィンに仮装して来店すると無料で食べられる施策をしていた時期があったとも紹介します。仮装するだけですが、それも小さなハードルになり、マス向けでありながらマルチプレイヤー的なキャンペーンはもっと作れるはずだと話します。
アメリカでマクドナルドは「どんな場所」なのか
草野さんは、今のアメリカでマクドナルドという場所がどんなイメージなのかを尋ねます。宮武さんの答えは、「Grab and Go」、つまり行って頼んで帰る場所というものです。
草野さんは、日本のマクドナルドは学生がご飯を食べる場所でもあり、一人でご飯を食べる場所でもあると比べます。宮武さんは、アメリカでは店内で座って食べる感覚があまりないと話します。
なんか、多分なんかすごい失礼な言い方をすると、その、あまりお金持ってない人たちがそこに行って集まってなんか食べるみたいな印象になってる。
宮武さんは、あくまで印象だと断ったうえで、店内にホームレスの人がいることもあると話します。コラボで人気が出たときも、客はドライブスルーで買うことが多く、わざわざ店内に残って食べる人はあまりいないそうです。
草野さんは、ある国のマクドナルドの店内でシャンパングラスを持ち込み、紙ナプキンを胸元に付けて商品をファンシーに食べるギャルの動画を見たと話します。お店は許可していないだろうとしつつ、食べ物ではなく食べ方をアレンジするクリエイティビティを、店舗がもっと促してもよいと感じたそうです。
宮武さんも、ファストフードでそうした楽しみ方をもっとやってもよいと応じます。一方で、マクドナルドの店舗を変えにくい理由として、今いる客層が残ると、店舗を変えてもマクドナルドが理想とする人たちが入ってこない恐れがあるのかもしれないと話します。
場所づくりは「初期のほうがよかった」と言われがち
宮武さんは場所づくりの重要性を、オンラインにも広げて考えます。InstagramやTikTok、Redditもいわば場所であり、街ならシリコンバレー、その中なら特定のコーヒーショップや本屋が場所にあたるといいます。
なんかよくその、なんか場所作りって、なんか初期が良かったってよく言われる気がするんですよね。
「初期Twitterが」「初期シリコンバレーが」という言い方がその例です。宮武さんは、初期は人が多すぎず全員が全員と話せて、ちょっとしたセレンディピティ ── 思いがけない偶然から価値あるものに出会うこと、またその能力。予期しない出会いや発見を指す言葉として使われますがあったからだと考えています。
昔のシリコンバレーでは、偶然すれ違ったのがセルゲイ・ブリン ── Googleの共同創業者の一人。ラリー・ペイジとともにスタンフォード大学在学中にGoogleを立ち上げましただった、映画館で隣にいたのがスティーブ・ジョブズだったという話がよく聞かれます。草野さんが「パイレーツ・オブ・カリビアンを見ていた話」と応じるように、宮武さんは、スケールするほどこうした出来事は起きにくくなると話します。
草野さんは、日本ではクオリティが安定していることが安心感になり、スケールしても行きたくなると話します。アメリカでは大きくなりすぎると小さな店に行こうとなるのか、と草野さんは尋ねます。
宮武さんは、マクドナルドも安定はしているものの「低いレベルの安定」だと答えます。日本のように「アイスコーヒーが美味しくなりました」というリニューアルの広告はアメリカにもありますが、誰も信じていないといいます。
宮武さんの印象では、アメリカのマクドナルドはある程度のクオリティを食べに行く場所ではありません。運転中にたまたま食べたくなったとき、時間がないとき、場合によってはお金がないときに行く場所だという感覚が強いそうです。
スマホ以前、人はどこで偶然出会っていたのか
宮武さんは、日本のマクドナルドやスターバックスにはまだある程度サードプレイス感があるのに対し、アメリカにはないとまとめます。アメリカでは人々が別の場所に移っていて、Soho House ── ロンドン発祥の会員制クラブ。クリエイティブ業界の人々向けに、世界各地でラウンジやホテルを展開していますやZero Bond ── ニューヨークの会員制クラブ。著名人や起業家が集まる場所として知られていますのようなメンバーシップクラブが人気になっているといいます。
宮武さんは、メンバーシップクラブの魅力はセレンディピティと知っている人がいる安心感の組み合わせにあると見ています。そのうえで、スマホや携帯がなかった時代のほうが、場所はサードプレイス化しやすかったと指摘します。
スマホのない時代は、学校の後に一度家に帰ってから友達と会うとき、何時に集合とは決めても誰が来るかはわかりませんでした。そのため、カフェやファストフード店、ゲームセンター、夏ならプールのような、特定の集まる場所があったといいます。
(インターの)学校の敷地内のあの外のバスケコートがあるんですよ。そこにとりあえず行くんですよ。
宮武さんはバスケットコートで、誰が来るかわからないまま、空いている人たちとバスケをしながら話したり遊んだりしていたそうです。たまに違う人に会えることに良さがあったといいます。
草野さんは、外で遊ぶタイプではなかったものの、同じアパートの友達と1階に集まってゲームをすることはあったと振り返ります。さらにヨーロッパのカフェのテラスには常連しか座らないことや、トルコで常連がボードゲームをするだけのカフェを見たことを話します。
宮武さんは、そうした店もテラス席以外には新しい客がいて、常連と新しい人が混ざり合う場になっていると指摘します。そして、その混ざり合いはスマホの登場で大きく減ったはずだといいます。
誰が来るかわからないまま、決まった場所にとりあえず行く。たまに違う人に出会える
事前に何時にどこで会うかを連絡し合う。新しい出会いのチャンスが減る
古い映画館を本屋に変える、新しいサードプレイスの形
新しい場所の設計を考える例として、宮武さんは最近読んだ記事からフィレンツェの事例を紹介します。フィレンツェで一番古い映画館を、本屋と映画館のハイブリッドにした店です。
このフィレンツェの店では、1階の座席をすべてなくして本棚だけを置いています。日中は本屋として、1階で見つけた本を2階の映画館の席で読め、夜には映画の上映も行っているそうです。
宮武さんは、古い教会や映画館をリノベーションしてサードプレイス化する動きが今後出てくるかもしれないと話します。そしてこうした場所の作り方は、マクドナルドを含むファストフード店でも、より考えられるはずだといいます。
草野さんが「オーナーの腕にかかっている」と言うと、宮武さんは本社がどこまで関わるかも大事だと応じます。あえて物件を買ったり短期的なリノベーションをしたりする方法もありうるものの、コストがかかる点が課題です。
宮武さんは今回の狙いを、消費者の使える額が落ちていることに加え、店舗のカルチャー作りがモノカルチャー化し、新しいサードプレイスが必要になっていることを話すことだったとまとめます。シリーズ最終回となる次回は、アメリカで出てきたサードプレイスの候補が、ファストフード店ではない別の飲食の場であるという話になる予定です。
草野さんは、メンバーシップクラブは富裕層のイメージが強いため、一般の人がどんなサードプレイスに行くのかが気になると話して締めくくっています。
まとめ
アメリカのファストフードやコーヒーチェーンは、スケールと効率化を突き詰めた結果、どの店舗も同じ景色になり、行く理由のある「場所」としての力を失いつつあります。二人は、店舗ごとの個性や、みんなで同時に体験できる仕掛けを取り戻すことに、次の差別化の可能性を見ています。
- アメリカの消費者は貯金を使い果たしつつあり、低価格志向の中でファストフード各社はバリューセットやセレブコラボで集客しているが、コラボ自体がコモディティ化している
- インアンドアウトは店舗数を抑えてクオリティと従業員を重視し、1店舗あたりの売上でマクドナルドなどを大きく上回っている
- SNSのアルゴリズムで店舗デザインやトレンドが共有され、独立系のコーヒーショップまで似た姿になるモノカルチャー化が起きている
- アメリカのスターバックスやマクドナルドは効率化でサードプレイス性を失い、宮武さんは店舗に自由度を与えることやマルチプレイヤー的な体験づくりを提案している
- スマホが偶然の出会いを減らした今、古い建物のリノベーションなど、新しいサードプレイスの形が求められている



