Netflixの広告プランは本当にうまくいっているのか
前回のDisney+に続き、今回のOff TopicはNetflixを取り上げます。NetflixもCEO交代がありましたが、宮武さんは、NetflixはDisneyほどCEO交代で方針が変わらないため、交代そのものにはあまり触れないと話します。
宮武さんが代わりに注目するのは、長年動画配信ビジネスにいるNetflixが、競争の激しい環境でどんなポジションを取り、何を考えているかという点です。後半では、そこからAIエンタメメディアの可能性へ話を広げます。
まずNetflixの現状として、登録者数は上がったり、横ばいになったり、少し下がったりしていて、最近は目標値も出さなくなったといいます。新しく始めた広告プランについて、宮武さんは「まだそこまでうまくいってないのが正直なところ」と見ています。
直近では広告プランのユーザーが100万人を突破したという話もあります。ただアメリカだけで見ると、Netflixの登録者のうち広告プランに入っているのは1%ほどで、同じ時期に始めたDisney+の3%ほどを下回ります。
宮武さんは、新規登録者のうち広告プランを選んだ人の割合も紹介しています。アメリカでの予想値ですが、Disney+のほうが広告プランの人気は高いと考えられています。
| 時期 | Netflix | Disney+ |
|---|---|---|
| ローンチ初月 | 約9% | 約20% |
| ローンチ3ヶ月目 | 約19% | 約36% |
登録者全体に占める広告プランの割合は、プラットフォームによって大きく異なります。宮武さんによると、HBO Maxは約2割、ParamountとDiscovery+は40%ちょっと、Huluは57%、NBCUniversalのPeacockは75%です。
一方で宮武さんは、Netflixが広告プランのインフラを半年ほどで全部自社で作った点を評価します。もともとリード・ヘイスティングスさんは広告をやる予定はないと話していましたが、株主からのプレッシャーもあって短期間で形にしたといいます。
Netflixはゲームにも取り組んでいて、宮武さんは30本ほど出していると話します。草野さんはオセロのようなシンプルなゲームや『ストレンジャー・シングス』のゲームまであることに驚いたと話しますが、宮武さんによると大ヒット作はまだなく、ゲーム事業は多少赤字だと考えられています。
赤字だらけのストリーミング各社、なぜNetflixだけ黒字なのか?
宮武さんが、Netflixの現状と今後を見るうえで一番いい数字として挙げるのが利益です。去年末あたりにBloombergが、大手各社の動画配信部門の損益を比較していました。
ちょっとこれからいっぱい数字を読み上げるので、なんとなくトレンドを読み取ってください。
宮武さんが読み上げた数字を並べると、Netflix以外の各社は動画配信部門で毎年赤字を出しています。
| 社名 | 2020年 | 2021年 | 2022年 |
|---|---|---|---|
| Disney(Disney+) | 18億ドルの赤字 | 12億ドルの赤字 | 34億ドルの赤字 |
| Paramount | 言及なし | 4.9億ドルの赤字 | 12億ドルの赤字 |
| Warner | 言及なし | 6.05億ドルの赤字 | 11億ドルの赤字 |
| Comcast | 4.09億ドルの赤字 | 11億ドルの赤字 | 15億ドルの赤字 |
| Netflix | 22億ドルの黒字 | 45億ドルの黒字 | 44億ドルの黒字 |
もう全員赤字だということしか。
他社は配信でユーザーを獲得して別の事業でマネタイズしている面があるため、数字が単純に比べられない部分もあると宮武さんは断っています。それでも、これだけの赤字ならおそらくペイしておらず、ペイしていれば株主に向けて何かしら発表しているはずだと見ています。
Off Topicでは2019〜2020年ごろ、動画配信しかやらない「ピュアメディア」のNetflixは、ビジネスモデルの革新では遅れているのではないかと話していました。宮武さんは、ゲームやグッズの売上はあっても基本はメディア事業で稼ぐNetflixが唯一黒字であることから、ピュアメディアでも成立できることを今のNetflixが示していると振り返ります。
Netflixの戦略は「待つこと」?ブロックバスターとの攻防の始まり
宮武さんは、今のウォール街が期待しているのは登録者数の成長よりも黒字化だと話します。その環境でのNetflixの戦略は、すごくシンプルでつまらないけれどわかりやすい「待つこと」だといいます。
待つっていうのは何を待つんですか?
(競合が)死ぬっていうのは発言がいいのかわからないですけど、そこが停滞していくっていうところを、待つっていうところですね。
宮武さんによると、Netflixはこの「待つ」戦略を過去にも実行しています。会社が危機に陥ったタイミングの一つが2004〜2007年で、ブロックバスター ── かつてアメリカ最大手だったレンタルビデオチェーン。全米に実店舗を展開していましたが、配信時代への移行に乗り遅れて経営破綻しましたと真っ向勝負をしていた時期です。
Off Topicで以前話したNetflix創業物語では、2000年9月にキャッシュが苦しいNetflixがブロックバスターに売却を持ちかけ、ブロックバスターのCEOが笑いをこらえていたという逸話がありました。多くの人はこの話で両社の物語が終わり、その後はNetflixが伸びてブロックバスターが沈んだと考えがちです。
なんかその後もNetflixがどんどん上がって、ブロックバスターが下がったみたいな話をしがちなんですけど、実はそうではなくて。
実際には、実店舗を持つブロックバスターは2004年7月に「ブロックバスターオンライン」を立ち上げ、オンラインでNetflixの手強い相手になりました。ただ当時は店舗がインターネットに接続されておらず、在庫も連動しないまま、オンラインはオンラインだけで運用していたといいます。
ブロックバスターオンラインのローンチ日はNetflixの決算発表の日で、宮武さんは「絶対わざとやってる」と話します。Netflixの株価は大きく下がり、数日後にはAmazonが参入するかもしれないという噂も流れて、さらに下がりました。
Netflixは値下げで応じますが、ブロックバスターはさらにNetflixより50セント安くしました。草野さんはこの応酬を「チキンレース」のようだと表現しています。
ブロックバスターはなぜ勝ちきれなかったのか?
再値下げを検討するNetflixに対し、当時のCFOだったバリー・マッカーシーさん(現在はペロトンのCEO)は、CEOのリード・ヘイスティングスさんに「耐え切りましょう」「ここは待つべきだ」と進言しました。根拠は、社内で作っていた競合の事業モデルの予想です。
マッカーシーさんの読みでは、ブロックバスターオンラインはかなりの赤字で、夏が終わるころには値上げしないと成り立たないはずでした。ブロックバスターはすでに10億ドルの負債を抱えており、株主からの黒字化のプレッシャーも強かったといいます。
実際、ブロックバスターは次の決算でブロックバスターオンラインのマーケティング費用削減を発表し、その瞬間に新規ユーザーが伸びなくなりました。
ただ、2006年にブロックバスターは再び攻勢をかけます。オンラインで予約したDVDを店舗でも受け取れるようにすると、最初の2ヶ月で100万人の新規登録者が入りました。草野さんも「店舗持ってる強みですね」と反応しています。
危機感を持ったNetflixはブロックバスターオンラインの買収を申し出ますが、ブロックバスターは、もう少し待てばもっと高い価格で来るだろうと見送りました。ところがその後ブロックバスターのCEOが退任し、利益改善のために来た新CEOは予算をオンラインから店舗などへ振り向けます。
ヘイスティングスさんは後に、ブロックバスターオンラインのトップに対し「もうチェックメイト状態だった」と話したといいます。宮武さんはその真偽はわからないとしつつ、ブロックバスターが大きな赤字と負債を抱えていたことが結末を分けたと見ています。
敵の内情を知っておくっていう(のが)大事ですね。
宮武さんは、今のストリーミング市場も同じ構図ではないかと話します。ヘイスティングスさんは登録者数が伸びない時期にも「我々黒字化ちゃんとしてるんですよ」と語り、去年11月ごろの決算では、2023年に満期を迎える負債はなく、翌年も4億ドル分しかないと説明していました。
赤字の他社がIPを手放すと、誰が得をするのか?
他社が赤字を止めようにも、競争が激しいためマーケティング費用は止められません。止めた瞬間にユーザーが他社に流れてしまうからです。
宮武さんは、動画配信業界で黒字化する答えは割とシンプルで、自社のIPを他社のプラットフォームにライセンスすることだと話します。かつてNetflixが配信していた『ザ・オフィス』も、Netflixがライセンス料を払っていた作品で、権利元が自社配信のために引き上げたものです。
宮武さんによると、一部のIPが再び外部にライセンスされる動きはすでに起き始めており、Disneyでさえボブ・アイガーさんがそれをやるのではと噂されているといいます。大赤字の他社には買う余力がないため、買い手はNetflixになると見ています。
誰が買うのかっていうと、Netflixが買うんですよね。
しかも、最初に出た大型IPは高く売れても、2本目以降は値段が下がると宮武さんは考えています。例えばDisneyが『スター・ウォーズ』をNetflixにライセンスすれば高額になりますが、その後にWarnerが『ハリー・ポッター』を出しても1本目ほどの価値はつかないかもしれません。
他社の赤字
マーケティング費用を止められず、赤字が続く
IPを外部へ
ライセンスで利益を得ようと検討が進む
先着競争
1本目が高く売れるため、誰が先にやるかの勝負に
Netflixが獲得
いい作品が集まり、ユーザーがNetflixに戻る
草野さんは、最近Netflixで『ハリー・ポッター』が全作見られるようになり、日本の視聴ランキングがハリー・ポッターで埋まっていたと話します。宮武さんは、権利を持つWarnerが赤字だったことがその判断の背景にあると見ています。
なぜNetflixはスポーツ生中継に入らないのか?
スポーツの扱いにも、利益を重視するNetflixの姿勢が表れていると宮武さんは話します。去年は配信サービスとスポーツリーグの提携が相次ぎ、例えばAmazonはNFLの木曜日の配信権を10年契約、年間約10億ドルで得たといいます。
高額の理由は視聴データから明らかです。アメリカで去年最も見られたテレビ放送トップ100のうち、94がスポーツの生中継で、そのうち88がアメフトでした。それ以外にはオリンピック、アカデミー賞、サンクスギビングのパレードなどが入っていたといいます。
それでもNetflixが生中継に入らない理由として、宮武さんはヘイスティングスさんと現CEOのテッド・サランドスさんの言葉を紹介します。
「我々アンチスポーツではないです」と。「利益を作る会社なんです」と。
宮武さんによると、生中継には大きな先払いのコストがかかります。Netflixはもともと離脱率が高くないため、元を取るには新規ユーザーを大量に獲得する必要があり、年間10億ドルを払うのは微妙な判断になるといいます。
スポーツドキュメンタリーが若いファンを呼ぶ理由
Netflixが代わりにスポーツ領域で力を入れているのが、ドキュメンタリーです。アメリカではすでに50本以上のスポーツドキュメンタリーを出しており、2020年のバスケの『ラストダンス』や、シーズン5ほどまで続いているF1のドキュメンタリーが代表例です。
宮武さんは、スポーツリーグ側もこのドキュメンタリーにとても好意的だと話します。ある調査では、アメリカのF1ファンの53%が、Netflixのドキュメンタリーで自分のファン度合いが変わったと答えています。
F1ファンの平均年齢も、2017年の36歳から現在は32歳へ下がりました。宮武さんは、ドキュメンタリーだけの影響ではないかもしれないとしつつ、4歳若くなったのは大きな変化だと話します。
| リーグ | 平均年齢 |
|---|---|
| F1(2017年) | 36歳 |
| F1(現在) | 32歳 |
| NBA | 42歳 |
| NHL | 49歳 |
| NFL | 50歳 |
| MLB | 57歳 |
Netflixの中心はミレニアル世代やZ世代だと考えられるため、若い層にアピールしたいリーグにとってドキュメンタリーは重要だといいます。最近はゴルフやテニスのドキュメンタリーも出ています。
リード・ヘイスティングスはなぜ授賞式に行かないのか
CEO交代について、宮武さんが唯一触れたのがヘイスティングスさんの姿勢です。ヘイスティングスさんは、ゴールデングローブ賞やアカデミー賞、エミー賞に、おそらく1回しか行ったことがないといいます。
Netflix作品は多くノミネートされ、他社では経営陣が出席するケースも多い中、ヘイスティングスさんはあえて行かず、テッド・サランドスさんを行かせていました。
やっぱりリードさんは自分の役割をすごい理解してる人なんで。エンタメ領域の人ではないと。
宮武さんは、業界を理解して関係者と仲良くなれる人に任せることが、Netflixと支援する番組にとって一番いいと理解していた点がすごいと話します。草野さんは、前に出るCEOも肯定したうえで、謙虚な印象を受けたと応じています。
Netflixの最大の敵は本当にYouTubeか?
他社が停滞するのを待つ戦略なら、手強い相手はどこか。宮武さんは、かつてヘイスティングスさんが『フォートナイト』を競合に挙げたようにアテンションの戦いではあるものの、動画領域ではおそらくYouTubeだと話します。
ベネディクト・エヴァンス ── テック業界のアナリスト。毎年、インターネットとテックのトレンドをまとめたプレゼン資料を公開していることで知られていますさんのレポートは、2019〜2022年の各社のコンテンツ予算を比べています。年間でDisneyが約300億ドル、Netflixが約200億ドルと各社伸び続けていますが、Netflix以外は黒字化していません。
そのレポートは次のスライドでYouTubeを加えます。YouTubeが広告収益の55%をクリエイターに払う分をコンテンツ予算と見なすと、Netflixとほぼ同じ規模で、AmazonやAppleより多いといいます。
宮武さんが重要だと強調するのは、両社のリスクがまったく違う点です。
約200億ドルを制作前にほぼ先払い。リターンが返るかはわからない
クリエイターが自ら作り、後から広告収益を分配。リスクを持たずに払っている
宮武さんは、これがUGC ── User Generated Contentの略で、ユーザー自身が作って投稿するコンテンツのこと。YouTubeやTikTokの動画が代表例ですの特性であり、一番いいエコノミクスを抱えているのはYouTubeだろうと話します。
YouTube勝てないですね。ポッドキャスト領域もそうですけど。
宮武さんは、TikTokが禁止されればさらにYouTubeが強くなると話します。MrBeastさんは月に400万ドル以上をコンテンツに使っており、宮武さんはそれを『ゲーム・オブ・スローンズ』級の予算だと見ています。
世界的ヒット作を作れるのは映画とYouTubeのどちらか?
草野さんは、長期的な制作や映画のような作品では、Netflixが強いのではないかと問いかけます。宮武さんは、両方成立するとしたうえで、YouTubeで映画を作る人も今後もっと出てくるし、CGIなど特殊効果専門のYouTuberもいると話します。
ただ宮武さんも、個人クリエイターが先払いできる金額には限りがあると認めています。草野さんは、各国でPRし作品を伝えてくれる人がいる映画や劇場のフォーマットのほうが、今のところ世界的大ヒットにはつながりやすいのではないかと話します。
まあでも、Mr.ビーストのイカゲームの動画も2.5億人ぐらい再生回数があるので。
草野さんが「5年後にその動画を見る人がどれぐらいいるか」と返すと、宮武さんは、他の動画を見る人はいるし、将来は過去の映画をそこまで見なくなるかもしれないと話します。答えは出ないまま、草野さんは「人によって」だとまとめています。
自分が主人公になれるメディアは何を変えるのか
後半はAIの話です。宮武さんは以前Twitterで、NBAアプリのデモ動画を紹介しました。自分や知り合いをスキャンして3Dモデルを作り、NBAのハイライト動画の選手と体ごと入れ替えられる技術です。
まあ、なんで本当に自分がなんかレブロンジェームズみたいなことができるみたいな。
数年前にも、有名な映画のシーンで顔だけを入れ替えられるアプリのRefaceがありました。AI生成技術の流行で、映画の主人公を自分に、他のキャラクターを友達に変えられるのではという話も出ているといいます。
Snapchatもアバターのビットモジ ── Snapchatで使える自分そっくりのアバター。チャットやコミックなどで、自分のキャラクターとして表示できますを使い、自分が主人公で友達が他のキャラクターになるコミックを作っていました。宮武さんは、自分がストーリーに入り込むことで強いつながりを感じられるはずで、フォートナイトなどゲームではすでに普通のことだと話します。
AIで物語は終わらなくなる?エンドレスメディアの可能性
もう1つのコンセプトとして宮武さんが挙げるのが、「エンドレスメディア」、つまり終わりなきメディアです。『フレンズ』は10シーズンほどで終わり、『スター・ウォーズ』にも終わりがありますが、AIを使えば続きを作れるのではないかという発想です。
しかもメインストーリーだけでなく、どのサブキャラクターの話も作れます。マーベルやスター・ウォーズですでに行われているスピンオフが、誰でも、どのIPでもできるようになるという考え方です。
草野さんが原作者の受け止めを気にすると、宮武さんは、そもそもファンフィクション ── 既存の作品のキャラクターや世界観を使って、ファンが独自に書く二次創作の物語がそういう領域だと話し、本家も簡単にできて制作時間の削減にもなると付け加えます。去年スター・ウォーズで一番ヒットしたテレビ番組も、本編9エピソードに出てこないキャラクターの話でした。
個人的には(スター・ウォーズは)終わりがあった方がいいと思います。
宮武さんは、ファンが作る物語がキャノン ── 作り手が正式に公認しているストーリーや設定のこと。公認外の二次創作などと区別するために使われる言葉ですなのかどうかが重要になると話します。ただ、続編やスピンオフが人気の流れを考えれば、こうした発想は出てきておかしくないと見ています。
宮武さんがIPとAIの組み合わせでより需要がありそうだと考えるのは、実在のIPを簡単にバーチャル空間にしたり、カスタマイズしたグッズを誰でも作れたりする方向です。さらに、AIがゼロから新しいIPを作る可能性もあります。
宮武さんは、過去のSNSの進化の回で話した、リアルな友達、プロの友達、アルゴリズムが選ぶ世界中の人々という流れの次に、AIコンテンツが来ると話します。専用の場では、好きなAIキャラクターを何度も出したり、別の動画のキャラクターとコラボさせたりする「ユニバース化」もAIができるのではないかといいます。
AIはシンデレラのような物語を作れるのか?
AIが物語を作るには、ストーリーの伝え方のフレームワークを学ぶデータセットが必要だと宮武さんは話します。ChatGPTも、会話のフレームワークを学ばせるためにOpenAIが専用データを自ら作ったといいます。
宮武さんの今のところの答えは、AIはシンデレラのような物語を作れるというものです。理由の1つは、ストーリーにテンプレートがあることです。アメリカではヒーローズジャーニー ── 神話学者ジョーゼフ・キャンベルが整理した英雄物語の型。旅立ち、試練、帰還といった流れが多くの物語に共通するとされますがよく使われ、ピクサー自身も物語のフレームワークを出しています。
もう1つ宮武さんが面白いと考えるのが、作家カート・ヴォネガットさんの「ストーリーには形がある」という理論です。ヴォネガットさんは、形があるならパソコンに入れられるのではと話していて、宮武さんはAIを予言していたのかもしれないと言います。
この理論では、縦軸に幸運と不運、横軸に物語の始まりから終わりまでの時間を取り、物語の浮き沈みを線で描きます。ヴォネガットさんは8つのパターンを見つけ、ほとんどの物語がそのどれかに当てはまると考えました。
例えば「Boy Meets Girl」型は、良くも悪くもない地点から始まり、好きな人に出会って上がり、別れて下がり、最後に再び結ばれて最初のピークより上で終わります。シンデレラは次のような形になると宮武さんは説明します。
不運な始まり
かなり悪い状況からスタート
魔法使いとの出会い
いろいろなものを与えられ上昇し、王子に出会ってピークに
鐘と靴
鐘が鳴り靴をなくして急降下。ただし出発点よりは上
無限の上昇
しばらく横ばいの後、ずっと幸せに向けて上がり続ける
2016年にはバーモント大学の研究者たちが2000作品以上のフィクションを分析し、6つほどの形があったと報告しています。宮武さんは、こうした形でAIを訓練でき、今後のAIはエンゲージメントだけでなく感情でも学習するだろうと話します。
『マッドメン』の脚本術とAIが変えるゲームの作り方
宮武さんはもう1つ、制作そのものが変わるとも話します。本、ビデオゲーム、映画の作り方はすべて変わると考えられ、すぐに変えられる例として挙げるのがテレビドラマ『マッドメン』の脚本術です。
『マッドメン』は予測不能な展開で知られています。複数のライターが、このエピソードならこう展開すると読めるパターンを毎回5つ出し、それは絶対にやらないと決めているからだといいます。
でもそれってもう今ChatGPTがあれば誰でもできますよね、個人で。
草野さんは、それで面白い作品になるのがすごいと応じます。宮武さんは、人の手とAIを組み合わせたパターンが今後出てくると見ており、読みながら次の章が書かれる本や、プレイヤーの行動や感情でどんどん変わるゲームも作れるのではないかと話します。
SFにはその先例があります。宮武さんは、小説『エンダーのゲーム』で主人公が遊ぶ、人の感情を読み取って変化する「マインドゲーム」や、アニメ『リック・アンド・モーティ』に出てくる、行動次第で人生が変わるシミュレーションゲームを挙げます。
草野さんは、『ハリー・ポッター』に登場する若き日のヴォルデモートであるトム・リドルの日記のように、書き込むと返事が来て物語に入り込める体験もGPTでできそうだと話します。
それって全部シングルプレイヤーなんですよね。これのマルチプレイヤー版ができたらすごいなって思うので。
宮武さんは、ストーリーを全部書かないことになるため開発者の中には嫌がる人もいるとしつつ、オープンワールドのゲームとはとても相性がいいと見ています。
自分が主人公になると、キャラクターへの愛着は消えるのか?
宮武さんがAIメディアの話をしたかった理由は、人間とIPの関係性がどう変わるのかが気になっているからだといいます。自分が主人公になり、友達が他のキャラクターになれるなら、IPのキャラクターへの愛着は失われるのかという問いです。
ルーク・スカイウォーカーがとか、ハン・ソロが好きな人っていうのが、それが自分だったり自分の友達だったりすると、愛着ってキャラクターに湧かないんじゃないかっていう。
そもそも自分に当てはめたいかっていう欲求、みんなどう思ってるのか知りたいです。
宮武さんは、コンテンツによると答えます。こうした物語は既存の人気IPではなく、ゼロからのIPで「顔がない」キャラクターとして出てくると考えられ、VRのほうが向いているかもしれないといいます。
宮武さんの見立てでは、主人公である自分には愛着が湧かなくても、支えてくれるサブキャラクターや物語全体の流れ、フォートナイトのように変化する環境に愛着が湧く可能性があります。ゲームでも、自分が主人公の場合は自分自身に愛着は湧かないからです。
さらに宮武さんが懸念するのは、AIが一人ひとりに合わせたコンテンツを作ると、宮武さんと草野さんと草野さんの知り合いが見るものが全部違ってしまう点です。IPの強さは共有されたコミュニティにあるため、そもそもIPは存在するのかという問いが生まれます。
宮武さんは、これはインターネットによってカルチャーが分散し、カルチャーアイコンが生まれにくくなった流れの続きだと見ています。昔はテレビ番組も4つほどしかなく、学校や職場ではそれを話すしかありませんでした。
草野さんが、スーパーボウルのリアーナのような例もあると返すと、宮武さんは瞬間的にはそういうものも出てくるが、今後は人気が落ちてもおかしくないと話します。そのうえで、だからこそ強いIPや昔のIPに一層愛着を持つ人も出てくるかもしれないと見ています。
パーソナライズ疲れとユニバース化の先に何があるのか
草野さんは、パーソナライズされたニュースや情報は興味のあることばかりでも、多すぎて見るのをやめてしまうと話します。Netflixの「後で見る」リストや積読がたまる問題も同じで、摂取できるコンテンツの量は限られているといいます。
ある程度ちょっとランダム性があったり、なんかこう自分で探しに行くっていう、あの機会が欲しいみたいなのも多分人間的にあるのかなと思って。
宮武さんは、自分から見に行く行動として、友達と一緒に見るウォッチパーティーのようなものの需要が増えるかもしれないと話します。今はそれほど盛り上がっていないものの、パーソナライズが進むと話し合えなくなるため、同じものを一斉に見る流れが生まれる可能性があるといいます。
友達の間だけで同じコンテンツが流れる仕組みや、Dream SMP ── 人気YouTuberらが運営したMinecraftのサーバー企画。参加者の配信が物語としてつながり、ファンも世界観づくりに関わりましたのようにファンが参加してユニバースに貢献するインタラクティブなコンテンツも考えられます。宮武さんは「ソーシャル×AIエンタメ」にヒントがあると話します。
一方で草野さんは、ユニバースの考え方は商業的で、個人的には疲れてしまうと率直に話します。AI生成も、企業がユーザー体験を良くして儲けようとしているのではと感じる面があり、クリエイターが表現したいものが評価され広がっていくほうがいいと考えています。
宮武さんは、ユニバース化は難しい問題だとしつつ、お金的には儲かると話します。マーベルの直近の映画は評価がそこまで高くなくても、そのユニバースの作品を見たい人はたくさんいるといいます。
宮武さんの見立てでは、受け身でエンタメを見たいマスにはAIコンテンツがかなりフィットし、短期的にはTikTokで出しても人間と同じくらいのエンゲージメントが取れる可能性があります。ただ、受け身でない人たちが強く嫌がる場面も出てくると考えています。
だから多分思った以上にAIコンテンツと分からなくなる時代っていうのは絶対来るので。
宮武さんは最後に、エコノミクスで優れたNetflixに対し、UGCのYouTubeにはまだ答えがなく、UGCの未来はAIにあると振り返ります。人間とAIの区別がつかない時代に、人とIPの関係性がどう変わるのかが今後重要になると締めくくっています。
まとめ
今回のOff Topicでは、赤字が続くストリーミング市場で唯一黒字のNetflixが、ブロックバスターとの攻防と同じく「待つ」戦略を取っていることが語られました。後半では、AIがエンドレスメディアやパーソナライズを通じて、人とIPの関係を変えうることが議論されています。
- Bloombergの比較では、大手の動画配信部門で黒字なのはNetflixだけで、ピュアメディアでも成立することが示されています
- 2004〜2006年のブロックバスターとの攻防では、競合の赤字と負債を読んで「待った」ことがNetflixを救ったと宮武さんは紹介します
- 赤字の他社がIPをライセンスに出せば、その買い手はNetflixになるというのが宮武さんの見立てです
- YouTubeはNetflix並みのコンテンツ予算をリスクなしで払っており、最も良いエコノミクスを持つと考えられています
- AIで物語が無限にパーソナライズされると、共有されたコミュニティに支えられたIPの意味が揺らぐ可能性があります


