月5000万人に届くHubSpotの「メディア部門」とは?
ジョナサン・ハントさんは、HubSpotでメディア部門を統括しています。HubSpotは、マーケティングや営業、データ、カスタマーサポートなどを通じて、26万社以上の成長を支えるCRM ── 顧客関係管理(Customer Relationship Management)の略。顧客情報や商談、やり取りの履歴を一元管理し、営業やマーケティングに生かす仕組みやツールを指しますです。
ハントさんの言う「メディア」とは、HubSpotのコンテンツ制作部門のことです。毎月、長尺とショートの動画、ポッドキャスト、ニュースレター、クリエイターとの協業、ブログ記事などを数百本規模で制作しているといいます。
このコンテンツ群で、HubSpotはチャネル全体で毎月およそ5000万人にリーチし、そのうち数万人をHubSpotの見込み客(リード)に転換しています。
ハントさんによると、HubSpotのコンテンツは製品マーケティングではありません。マーケティング、営業、起業について、人が実際に読みたい・観たい・聴きたいと思える娯楽性と学びのある内容をつくり、その結果として登録などの行動につなげる考え方です。
コンテンツ
マーケティングや営業、起業について、読みたくなる娯楽性と学びのある内容をつくる
信頼と認知
月およそ5000万人にチャネルを横断して届ける
リード化
そのうち数万人が見込み客としてHubSpotに登録する
The Hustleはなぜ買収されたのか
宮武さんは、HubSpotが買収する前から約5年、ビジネス・テック系ニュースレター「The Hustle」を購読していると明かします。ハントさんは現在、The Hustleの責任者も務めています。
The Hustle買収の理由について、ハントさんは、顧客層にとって「自社で保有するメディア」や「人を軸にしたメディア」が、情報源として選ばれるようになっていたことを挙げます。伝統的なメディア企業と大きく変わらない構図ですが、テック企業やSaaS企業はそうした発想をしていなかったといいます。
そこでHubSpotは、メディアを借りたり、周辺に広告を買ったりし続けるのではなく、自分たちで保有できないかと考えました。The Hustleを足がかりにメディア商品を増やし、今では異なるICP ── 理想の顧客像(Ideal Customer Profile)の略。自社にとって最も価値の高い顧客企業や人物の条件を定義したものですに向けた、The Hustleのようなメディアのネットワークを持っています。
一般の人から見ると、The HustleはHubSpotと直接つながっているようには見えません。それをどう正当化していて、実際にコンバージョンにつながっているんですか?
この問いに対し、ハントさんは「意図的にそうしている」と答えます。人が一番求めていないのは、これ以上のマーケティングコンテンツだからです。
ハントさんによれば、The Hustleは起業家や個人事業主に向けた興味深い内容を、少し不遜で、書き手の声が立った語り口で届けています。友人に勧めたくなり、毎日開きたくなる「粘着性」があることで、購読が続いているといいます。
インプレッションの数より「質」を見るのはなぜか?
宮武さんは、多チャネル展開の目的はインプレッションの量なのか、何を指標にしているのかと尋ねます。
ハントさんの答えは、まずWebサイトへの依存から脱することでした。検索流入もソーシャル流入も落ちており、Webサイト運営者でいるのは難しい時代だといいます。HubSpotは3年以上前から、顧客がCRM選びやマーケティングの流行を調べに行く場所へ分散することに投資してきました。
その結果、HubSpotはYouTube、ポッドキャスト、クリエイター、ニュースレター、LinkedInなどに展開しています。ハントさんは、この分散が今のマーケターやクリエイターにとって最大のニーズの1つであり、HubSpotの「ループマーケティング」の手法でも重要な段階だと位置づけます。
宮武さんは、消費者向けブランドが「Roomies」のようなコンテンツシリーズをつくる動きに触れ、B2Bソフトウェアでも同じことが起きるかと聞きます。ハントさんは「起きなければならない」と答えました。
ハントさんがメディア資産を持つ利点として挙げるのは、毎月インプレッションを買わずに済み、オーディエンスとの関係を自社で持てることです。そのチャネルに何度でも再アプローチできることが、The Hustle買収とメディアネットワーク拡大の大きな理由でした。
大量のインプレッションを生み、それを広告で収益化する
購買意欲の高い、質の良いインプレッションを集め、顧客化につなげる
質の高いインプレッションの見極め方について、ハントさんは、企画段階からデータを使うと説明します。制作は人が主導しつつ、データと洞察に基づいて「適切な読者に見られ、反応される」設計にしているといいます。その結果、意欲が高いだけでなく、リードから有望顧客になる比率もかなり高いそうです。
AIで誰もが同じ記事を量産する時代、どう差別化するか
宮武さんは、AIによって検索流入が減り、他人のコンテンツをコピーすることも容易になったと指摘します。そのうえで、The HustleやHubSpotがどうコンテンツづくりを考えているのかを尋ねました。
ハントさんは、AIのおかげで効率が上がり、リソースの制約で手が届かなかった創作の機会も開けたと認めます。一方で、AIによって、読者に提供する価値をより研ぎ澄まさざるを得なくなったといいます。
ハントさんの見立てでは、誰もが同じ手法を使い、同じAIエージェントでその日のニュースを集めてメールにしているため、どれも同じに見え、同じに聞こえます。だからこそ独自性が必要で、HubSpotは編集戦略を見直したと話します。
The Hustleで好きだったのが、ゲータレードの歴史についての大きな記事です。最新ニュースをただ伝えるのではなく、いろいろなものを結びつけている。(だから)簡単には真似できないですよね。
ハントさんは、独自の調査や思考、創造性が制作に込められており、出典も示しているため、AIには再現が非常に難しいと応じます。The Hustleの記事は読んでいる最中に学んでいる感覚がなくても、実際には学びがあり、それが高いコンバージョン率につながっているといいます。
テキストのブログから動画へ、なぜ広げたのか?
HubSpotは現在、YouTubeチャンネルを10個運営しています。宮武さんが「一度に立ち上げた」と言うと、ハントさんは「一度にではなく、非常に計画的に進めた」と訂正しました。
宮武さんは大学生の頃からHubSpotのマーケティングブログを読んでいたといいます。テキスト中心だったHubSpotが音声や動画へ広げた理由として、ハントさんは2つの潮流を挙げます。
1つ目は、読者が企業ブログではなく、実在する人間の声を聞きたがっていることです。ポッドキャストとYouTubeは、人や個性が前に出る形式だからこそ選んだといいます。
2つ目は、動画がほぼすべてのプラットフォームの「通貨」になったことです。LinkedInのショート動画強化、Instagram、TikTok、YouTube、自社メディアのプレーヤーなどを挙げ、1本の動画への投資を多くの場で使い回せる規模の経済があると説明します。宮武さんの「核は動画で、それをテキストなどに変えられる」という整理に、ハントさんは同意しました。
ショート動画について、ハントさんは今やHubSpotで最も視聴される形式の1つだと話します。iPhoneとCapCut ── スマートフォンやPCで使える無料の動画編集アプリ。TikTokを運営するByteDance系の企業が提供しており、ショート動画の編集に広く使われていますが使えれば十分で、参入障壁が低いことも利点です。
ショート動画
LinkedInなどのアルゴリズムで優遇され、多くの人に届く
長尺動画への入口
YouTubeの長尺コンテンツの存在を知ってもらう
チャンネル登録
視聴者を購読者や長尺動画の視聴者へ育てる
企業動画はすぐスワイプされがちだという宮武さんの問いに、ハントさんはB2B企業らしく聞こえないようにすることを勧めます。ブランド上の制約はあっても、誰もが同じことをしているなかで目立つには、計算されたやり方で外す必要があるといいます。
ハントさんはそれを、チーズをかけたブロッコリーにたとえます。食べやすく、それでいて栄養はちゃんと取れているという意味です。加えて、すでに読者と関係を築いたクリエイターと組むこと、そして責任ある形でAIを活用することも勧めました。AIは評判が悪い面もありますが、最初から最後まで人が主導していれば、制作と配信の機会が大きく広がるといいます。
新聞記者とSubstackのあいだで、HubSpotはどこに立つ?
宮武さんは、ニューヨーク・タイムズのような記者を抱える組織と、Substack ── 個人の書き手が有料ニュースレターを発行できるプラットフォーム。独立したジャーナリストが自分の名前で読者を集め、購読料で収益を得る場として広がりましたで自分のブランドを築く個人記者という両極を挙げ、HubSpotはその間にいるのかと尋ねます。
ハントさんは、かつては記者が持ち上げられ、クリエイターは見下されていたものの、今は立場が逆転しつつあると話します。Substackで大きな収益を上げる人も増えているからです。
HubSpotはその中間にいるとハントさんは言います。Business InsiderやAxios、The Onion、Voxなどから来た編集人材を抱えるメディアネットワークを運営しつつ、クリエイターとも組み、自社用とクリエイター自身のチャネル用の両方でコンテンツをつくっています。
協業の形は単純なスポンサーシップから買収までさまざまです。昨年はAI系ニュースレターのMindStreamを買収しました。読者の忠誠度が高く、メールを超えて伸びる余地があり、HubSpotのメディア制作でAIが手薄な領域だったことが決め手だったといいます。
個人のSubstackの書き手は、ファクトチェックのようなインフラを持っていません。(HubSpotは)インフラを提供しながら、クリエイターに自由も与える。両方のいいとこ取りですよね。
ハントさんはこれに同意し、個人事業主は孤独になりがちで、自分を売り込み続けるのも難しいと語ります。HubSpotは1つのブランドとして完全な創作の自由を与え、クリエイターが持たない配信と制作のリソースを提供するため、互いに利点があるといいます。
Webサイトの役割とAEO、「ロボットのために書く」とは
検索流入が落ちるなか、Webサイトは残るのかという宮武さんの問いに、ハントさんは「なくならない」と答えます。YouTubeやSubstack、Instagramと違い、Webサイトではユーザー体験を自分でコントロールでき、人を送り返して行動してもらう本拠地が必要だからです。ただ、その重要性は数年前ほどではなく、再び分散型の世界に向かっているといいます。
分散先の1つがLLMそのものです。HubSpotはInboundでAEO ── Answer Engine Optimizationの略。ChatGPTなどのAIが回答を生成するときに、自社の情報が参照・引用されるよう最適化する取り組みを指しますについて語りました。
ハントさんはまず、AEOは「まだ無法地帯」であり、AEOの専門家を名乗る人はおそらく専門家ではないと話します。誰もがリアルタイムで一緒に学んでいる段階だということです。
主に人間の読者に向けて書く
主にロボットに向けて書く。ロボットは客観的で構造化されたデータを好む
HubSpotは社内に実験チームを立ち上げ、仮説を検証しています。うまくいかないものは切り、うまくいくものは手法に取り込み、顧客のAEO支援にも生かしているといいます。
人向けとAI向けでWebが2層になるのかという宮武さんの問いに、ハントさんは「そうならないでほしい」と答えます。作業が重複するうえ、AEO向けのコンテンツも誰かが読む前提で、人に理解できるものにすべきだからです。それでも現状は、人には見せず、LLMには見てもらう領域にコンテンツを置き、ChatGPTやClaudeでの引用数に影響を与える手法も受け入れる必要があると話します。
AIが今は主にテキストを見ているという点について、ハントさんは、LLM経由の流入は検索流入に比べてまだ小さいと指摘します。だからSEOや動画、静止画をやめるべきではなく、すべて続ける必要があるといいます。いずれ動画を中心としたマルチモーダルなコンテンツが、LLMでも積極的にインデックスされると見ています。プラットフォームが動画を優遇するのは高いCPM ── 広告1000回表示あたりの単価(Cost Per Mille)。数値が高いほど、同じ表示回数でも広告収益が大きくなりますで収益化できるからで、LLMも同じ方向に向かうはずだという理由です。
Webサイトの収益化について、ハントさんはビジネスモデル次第だと答えます。注目を広告で収益化するモデルなら、YouTubeやポッドキャストでの販売、クリエイターとの協業に軸足を移すことになります。HubSpotのような需要創出型なら、流入が減っても質が上がっており、AI経由の流入はSEO経由の3倍の価値があるといいます。
「平均的なメディア」の時代が終わったあとに何が残る?
宮武さんは、インターネットが「平均的なメディア」の時代を終わらせたと切り出します。かつてサンフランシスコやボストン、東京の地方紙は、地理的に制約される一方で守られてもいました。町に1紙しかなければ、誰も外に行かなかったからです。
地方紙は地理的に縛られる一方、町で唯一の新聞として守られていた
どこからでも情報が手に入り、読者は平均的な情報すら求めなくなった
競争が激しく、見つけてもらうことも難しくなった今、宮武さんは、まず良いコンテンツで信頼と認知を得て、その上で商品を売る「コンテンツ中心のビジネス」が必要だと考えています。HubSpotはインバウンドマーケティングでその手法を築いてきた企業です。
ハントさんはこれに対し、HubSpotで長く使われてきた言葉を紹介します。それが「価値を引き出す前に、価値を与えよ」です。コンテンツ事業を始めてすぐにリード化や購入を求めても長続きしない、という意味だといいます。
HubSpotが重視しているのは、真似できない価値をつくることと、かつてないほど信頼を求める人々の感覚に応えることです。ハントさんは、この2つがAIで均質化したコンテンツの世界を突破すると話します。誰もが同じ手法を使うなかで、エンダッシュ(ダッシュ記号)が文法上の「サンドバッグ」になる時代が来るとは思わなかったと冗談を交えつつ、独自性がなければ生き残れないと語りました。
宮武さんは、HubSpot共同創業者のダーメッシュさんがLinkedInで積極的に発信しているのも意図的だと指摘し、企業ではなく人が前に出る流れは続くのかと尋ねます。ハントさんは、人中心の流れは続き、クリエイターの影響力はかつてないほど大きいと答えます。Z世代がなりたい職業の上位にクリエイターが来ることを例に、クリエイターはマイケル・ジョーダンやマーク・ザッカーバーグのような憧れの存在になったと話しました。配信と発見の力学がクリエイター有利に完全に反転したというのが、ハントさんの見立てです。
ループマーケティングは自社で試した手法
この1年で一番わくわくしたことを聞かれ、ハントさんは「陳腐な答えに聞こえるかもしれない」と前置きして、ループマーケティングを挙げました。ある日思いついた新しい名前ではなく、HubSpotが自らを実験台にして長く取り組み、顧客と話してきた手法だといいます。
ハントさんは、その積み重ねが、26万7000社の顧客が自社と同じインフラや資金がなくても実践できる手法になったことを喜んでいます。Webに依存した流入から分散し、新しいチャネルやクリエイター、専門家に力を入れて成果を上げてきたことが、顧客にとっての機会にもなると話します。
(HubSpotが)Loopを発表しましたが、最初の顧客は自分たちなんですよね。自分たちで使っている。
ハントさんは、「実証されていないけど信じて」と顧客に言うわけにはいかないので、自分たちが最初の顧客になるしかなかったと笑いながら答えました。宮武さんは、日本でもHubSpotが伸びていることに触れ、インタビューを締めくくりました。
まとめ
ハントさんの話を通して見えてくるのは、AIで同じようなコンテンツがあふれるほど、真似できない価値と人への信頼が効いてくるという構図です。HubSpotはメディアを保有し、チャネルを分散し、クリエイターと組むことで、その考えを自ら実践しています。
- HubSpotは製品宣伝ではなく、読みたくなるコンテンツで信頼を得てからリードにつなげている
- The Hustle買収は、メディアを借りるのではなく保有し、オーディエンスとの関係を自社で持つための判断だった
- 動画は多くのプラットフォームの「通貨」であり、ショート動画は長尺動画やチャンネル登録への入口になる
- AEOはまだ手探りの段階で、SEOや動画をやめず、実験を重ねながら取り組む必要がある
- 「価値を引き出す前に、価値を与えよ」という考えが、AIで均質化した時代の差別化の軸になる




