ゲスト回のはじまり、コマちゃん登場
番組冒頭、恒例の挨拶からゲスト紹介へと進みます。前回の神谷ご夫妻からバトンを受け取ったコマ井さんが登場します。
皆さん、今日も走ってますか?日本語はカタコト、走りはガチのサニーです。
こんにちは、リッツです。台日RunChatへようこそ。この番組は台湾人のサニーと日本人のリッツがマラソンをゆるく語るポッドキャストです。よろしくお願いします。
さて、今日はゲスト回です。前回のマラソン夫婦、神谷ご夫妻からバトン指名を受け取った浅井ランナーズのコマ井さんです。
サニーの白目はガチ。私の減量もガチのコマ井です。
いや、あのやだな。
白目のサニーってなんだ?何だろう、気になるな。
俺ね、実は二人で勝手にコマちゃんって呼んでます。
コマちゃんでお願いします。
コマちゃんでいいですか?ありがとうございます。事前にコマちゃんからエピソードのネタをいくつかもらってるんですけど、面白そうなキーワードが三つあります。チャーシューからの二十キロ減。あとはノーパン事件。あと最後、親子でオリンピック。
ちょっとノーパン事件はちょっとBPOかな。なんか引っかかるような気がするな。
チャーシュー時代とラン歴の始まり
リッツさんが走り始めたきっかけを尋ねると、コマ井さんの原体験が語られます。始まりは母親の存在でした。
まず最初にラン歴について伺っていきたいんですけど、コマちゃん、そもそも走り始めたきっかけについて教えてください。
ラン歴はですね、ちょうど十年ぐらい前かな。私の母親がちょうど十年前ぐらい、六十七歳ぐらいで初めてフルマラソンを走って。それがホノルルマラソン。
それを見て聞いて、あ、俺でもいけるっしょみたいな。失礼だけど。当時自分が三十八歳。ノリでその東京マラソンにエントリーしたんですよね、2017年。そしたら当たっちゃって。
発表がたしか七月ぐらいかな。まあ三ヶ月前から仕込み始めたけど、何もわからない状態で、とりあえず走ろうと。一キロも走れない。デブだから。そう、当時の体重が八十九キロ。
いいのか。
だから多分ね、九十キロいけたんじゃないかなって。よく見栄を張って、百七十センチありますよみたいな。その逆。
最初の答えを見た時、九十じゃないのかなって。俺はあえての八十九だと。
そこは読んでるでしょ。
マイマイが肉まんなら、俺はもうチャーシュー。対抗してチャーシューの状態。もうこれは酷かったよね。
夏のチャーシュー。
初レースでサブファイブ、そして沼へ
一キロも走れなかった状態から始まった初マラソン。その結果が、コマ井さんをマラソン沼へと引き込みます。
もう完走した瞬間は、タイムが四時間五十三分五十八秒。サブファイブ。
チャーシュー感からのサブファイブは。
もう二度と走りたくないと思って。でもその開放感がすごくて。せっかく走ってきたんだったら、やっぱりもうちょっと走りたいなとか、ちょっと目覚めた瞬間。
沼の始まりですよね。
マラソン沼の。しかも終わった後に、自分と同じ大会の人のタイムを見て、あの人が何分何秒とかって気にしちゃう。
自分の体型が変わってきたっていうところで、これが脱チャーシュー感。
さすがに五キロ十キロ走ってくると、チャーシューもビーフジャーキーになっちゃってる。
ビーフジャーキー本当に。もう干からびてます。
310切りのPB、サブ3の扉が見えた東京マラソン
2017年から続くラン歴の中で積み上げてきたPBについて話が進みます。到達したのは、サブ3が見える3時間9分でした。
コンスタントにレース出て、コロナの時はさすがに出れなかったけど、だいたい今20レースぐらいフルは走ってきたかなっていう経歴です。
その中でのPBでいうとどうなんでしょうか。
3時間9分21秒。なかなか微妙な、もうちょっと頑張れよってところもあるかもしれないけど。
310切っていうのがもうサブスリーは見えて、近い近い。ちょっとね、扉が見えたかな。でもその扉が遠いような。
この後出てくる練習の話も来るけど、ほんと神谷さんと自分が一番サブスリーに近い存在。あの葛西の中で、嫁を差し置いて。
その3時間9分はいつやったんですか?
2026年の東京マラソン。それまではなかなかタイムが伸び悩んでて。サブ3.5をしたのが確か2021年か22年。
この辺のランナーさんすごい多いと思ってて。サブ4を達成して、次3.5狙おう。で、3.5達成して、そこからサブスリーの壁が遠すぎて結構ぶち当たる人が多いんじゃないかなって。
私もその一人で、3時間20分がなかなか切れなくて。練習法も全然違うんですよ、サブスリーには。この東京マラソンで出した310切りっていうのは、やっぱり練習を大きく変えたからかなと思います。
東京マラソン、仲間の存在とゾンビ区間
リッツさんが具体的に何を変えたのかを尋ねると、練習量とともに「仲間の存在」が語られます。コマ井さんの東京マラソン本番の追走劇が始まります。
ちなみに具体的には何を変えたんですか?
やっぱり練習量っていうのが一番大きなところ。さらにはこの東京マラソンの日っていうのは、やっぱり仲間の存在。これはすごく大きなものだったのかなと思います。
自分もすごく弱気になって。スタート前にちょうどリッツが3.5のペーサーでいて。俺が見えて、「あー」って声かけられなくて。でもかっこいいみたいな。
他の葛西ランナーズのメンバー、神谷さんもいたし、ゆかさんもいたし、サニーもいたし。すごく心の支えになったかな。
自分が飛ばし始めたのは、だいたいあの銀座4丁目のライン。
ゾンビ3人の区間ですね。
だいたい3時間10分で切るなら、キロあたり4分30秒以内。それまでかかっていたのは4分35とか、かなりビハインドだった。
銀座に入った時にペースアップして、4分15から4分25ぐらい。そこから37キロぐらいまではそのラップを刻む。
すげえ。すげえな。
白目のサニーとの遭遇、仲間と競り合うラスト
37キロ地点、コマ井さんは「見たことのある人」に遭遇します。ここで冒頭の「白目のサニー」の伏線が回収されます。
すごい見たことある人が走ってた。ほんと白目を剥いて必死のサニー。後ろから「サニーいくよ」みたいな。言ったけど、「あー」みたいな感じで。
ちょうど田町から折り返して、東京タワーが見えるぐらいでサニーがいて。そこから自分のラップも落ち始める。決してサニーのせいじゃない。もう俺は体の限界で。
その後40キロぐらいで次に見つけたのがよっちさん。よっちさんもすごく苦しんでるから、「よっちさん、行きますよ」みたいな声かけ。
最後の42キロのプレート、丸の内の直線で見かけたのがユカさん。ユカさんもかなりしんどそうで。「ユカさん行くよ」って抜かそうとしたら、もうBダッシュ。
最後に。
オールスポーツの写真見たら二人とも顎が上がって。前後ろでしっかり力残ってて。いいやり合いでした。でもユカさんは勝ったって言われて。
ユカさんの負けず嫌いは本当に習うべきだと。なんか清々しい負けず嫌いみたいな。キラキラした負けず嫌い。
月400キロの練習と20キロ減量の秘密
後半タイムを上げてPBを達成したコマ井さん。その裏側にある練習内容を、リッツさんが掘り下げます。
そんなPBを達成するための練習はどんなことをやってますか?
私の練習内容としては、今シーズンは四月から毎月400キロ。もう狂信者ですから、基本。週六日。オフはマイマイと一緒で月曜日。
火水金は10キロ15キロぐらい。木曜日は葛西練、インターバルだったり。土日は20キロ以上、これもスロージョグみたいな感じです。
えー土日20キロ一本ずつみたいな感じですか?
20キロ一本ずつもあるし、15キロ25キロとか、30キロ10キロとか。だいたい20・20を走りたいなと。
昨年は月300キロずっと絶やさず走ったけど、さらに上を目指そうというのがあって。距離を伸ばさなきゃいけないなと。400走ろうっていうこだわりはありました。
300キロだから3時間9分。それを上目指すなら400キロじゃない。わかりやすい。
50前になってきて回復のスピードが遅くなったかなって感じつつも、300キロ走った時よりも今400キロ走った時のほうが回復力はやっぱり早くなった。ダメージ与え続けると回復力が上がるんですよ。
神谷さんの「出待ち」と20キロ減量
コマ井さんが絶やさないという木曜日の葛西練。そこに参加するまでには、神谷さんとの意外なエピソードがありました。
絶対に絶やさないのが木曜日の葛西練。去年の四月からずっと。神谷さんに誘われて。自分はちょっと心がチキンなんで。
外見はチャーシューなのに心が別の動物。神谷さんが誘い続けて、「行きます、行きます」みたいな。ずっと「行く行く詐欺」みたいな感じで行ってなかった。
初めて行った時も、敷地の中には入れず。フェンス越しにこっそり「いいな」みたいな。「でも怖いな」みたいな。
せっかくここまで来たら最後神谷さんに挨拶しよう。走らないのに出待ちして「こんにちは」みたいな。そしたら「なんで入ってくるんだよ、出待ちしてたの?」って。
来いよみたいな。逆に叱られた。
神谷さんと週末も走ることがあって。それによって、かなり体重が減った。当時はチャーシューで89、90かもしれない。ちょうどこの3月ではもう68ぐらい。ちょうど20キロ。
1キロ落とせば、よくざっくり3分タイムが縮まる。だから20キロ落とせば1時間縮まる。5時間手前から3時間10分だから、実際2時間弱ぐらいタイムも縮まってるわけですけど。
マイベストシューズはアディオスプロ4
話題はシューズへ。コマ井さんが選ぶ勝負シューズには、明確なこだわりがありました。
マイベストシューズはアディオスプロ4です。3じゃありません。あのふにゃふにゃしたのが嫌いな人。3じゃありません。
今までやっぱり30キロ以降、足が持たなかったことが多かったけど、このシューズにかけて35キロ以降もしっかり足がもつ。そんなシューズです。
この怖いステマ動画。35キロ入ったことないけど。
テンポを守ったら35キロ以降にご褒美があります。ちゃんと使用説明書を読んで。
それまではメタスピードエッジパリを履いてたんだけど、ちょっと自分には合わなかったかな。耐久性がプロ4はすごく良くて。
あとはアルファフライ2。これも初めてサブ3.5をしたシューズ。ハーフぐらいだったら押し切れるけど、フルはしんどかった。結局アディオスプロ4に行き着いた。
軽いですね。あとはジョグシューズはどんなの履いてます?
ジョグシューズはナイキのボメロプラス。あとエボエセル。この2つですね。
いつの回か忘れたけど、黒のボストン13、買っちゃった。かっこいいなと思ってポチっちゃって。
すげえ。宣伝効果。良かった、効果がありました。
まとめ
89キロの「チャーシュー」から始まったコマ井さんのランニング人生は、母親のホノルルマラソン完走がきっかけでした。20キロの減量と月400キロの練習量、そして葛西ランナーズの仲間の存在が、サブ3が見える3時間9分のPBへとつながっています。東京マラソンでは仲間を追い抜きながら後半タイムを上げていく追走劇が語られ、掛け合いの中に本気の奮闘がにじむゲスト回でした。
- 母親のフルマラソン完走が、38歳で東京マラソンに挑戦するきっかけになった
- 月300キロから400キロへ距離を伸ばし、20キロの減量でサブ3が見えた
- 体重を1キロ落とせばざっくり3分縮まるという実感がタイムに直結した
- 葛西練の仲間の存在が、弱気になった本番を支える大きな力になった
