阪急の株主総会がニュースになる理由
話は、阪急の株主総会が毎年ニュースになるという意外な事実から始まります。
正式な会社名は阪急阪神ホールディングスです。つまり阪神タイガースもこのグループに含まれています。
ニュースになるのは、株主総会の最後にある質疑応答の場面です。
もうお決まりなんで、これ。「監督を代えろ」だとか、「外国人選手がどう」だとか。もう阪神ファンの人たちが球団運営に一言物申す場になってるんですね。
グループには宝塚歌劇団や甲子園球場もあり、それらへの要望も毎年の名物になっていると話されています。
小林一三とはどんな人物か
ここから、阪急を作った小林一三の話に入ります。
渋沢栄一や松下幸之助と同じく、今から百年ほど前に活躍した実業家です。ただ、意外と知られていないと言います。
阪急百貨店、宝塚歌劇、東宝、プロ野球球団など、幅広い事業を手がけました。
はりまさんは、この人物には自分なりの勝ち筋があり、それをいろいろな事業で再現していったと見ています。
「多売あっての薄利」という発想
注目したポイントは薄利多売です。現代では「値下げ競争をするな」と否定的に語られがちな手法です。
忙しいのに儲からないみたいな現象に陥りやすいんかなって。一個当たりの利益が小さいんで、たくさん売らないと目標の利益に届かない。だから在庫のバランスとか、競合とのリスクがある。
一方で、小林一三のやり方は少し違うと解説されます。
まず大衆が利用できる価格にし、それを多くの人が繰り返し利用する。さらに鉄道や住宅、劇場といった事業が相互に連携している、という点がポイントです。
薄利多売というか、正確にはまず多売があっての薄利っていうような形なんですよね。多売できて、これぐらい利益欲しいからここまで下げれるなっていう、そろばんをパチパチとはじくと、おのずとお求めやすい価格になる。
小さな店で薄利多売をするのは悪手だが、多売できる前提があればそれを覆せる、と整理されています。
富裕層の体験を「大衆化」する
小林一三は、もともと一部の人だけが使うものを大衆に広げてきたと言います。
たとえばクラシック音楽のコンサートホールも、もとは宮廷お抱えの楽団による限られた場でした。それを幅広い人が楽しめる形にしたのがコンサートホールの始まりだと語られます。
すでに市場があるものに、後から「使いやすい形」で入る。結果的に安く提供できた、というわけです。
僕らアイデア出す時って逆をやりがちなんですよね。みんながやってるもののアップグレードを考えちゃう。でも、一部の人しか体験できなかったものを民衆化する、こっちの方が再現性高いなって今思いながら聞いてました。
やーまんさんは具体例として乗馬を挙げます。場所や技術、インストラクターなど条件が揃わないと体験しにくいものだからです。
さらに、サウナやプロジェクションマッピングを使った体験にも話が広がります。運転手付きの送迎サービスが月数万円で使える例も紹介され、既存の需要に落とし込むほうが面白いのではという方向で盛り上がります。
みんながやっているものを改良する。新しい需要を作る必要があり、難しい場合が多い。
一部の人しか体験できなかったものを、安く手軽な形に落とし込む。すでに需要があり再現性が高いとされる。
鉄道から街をまるごと創る事業構造
阪急はもともと鉄道からスタートしました。大阪から箕面方面へ路線を作るプロジェクトでしたが、当時その周辺には何もなかったと言います。
何もない場所に鉄道を作っても人は乗りません。そこで、整地して家を建てられることに着目します。
鉄道と住宅をセットで売り、そこに住む家族のために娯楽施設を作る。動物園やプールなどが続けて生まれていきました。
なんかシムシティやんそれ。家が建ってきて人口も増えてきたら警察署作っとくかとか言って、警察署建てて病院建ててみたいな。
やーまんさんはこれを、ドラッカーの言う「顧客の創造」ではないかと指摘します。
お客さんは探すもんじゃなくて、自分でクリエイトするっていう。そこに人間を呼んできて、家建てて、スーパー建てて、そうすると映画流行るでしょっていう。
鉄道というベースの上に、金になりそうな事業を次々と置いていく。沿線に人が住むという条件が揃うことで、百貨店や野球チーム、映画館がパズルのようにはまっていったと解説されます。
鉄道
大阪から箕面方面へ路線を敷く
住宅
沿線を整地し、鉄道とセットで家を売る
娯楽
住む家族のために動物園やプールなどを作る
商業・娯楽の拡大
沿線人口を土台に百貨店・野球・映画館へ広げる
この規模になると、利益が小さくても対象が何万人、何百万人になるため成り立つと語られます。逆に言えば、薄利多売は条件が揃わないと難しいということです。
阪急百貨店も、オープン当時は「安い」が売り文句でした。梅田がターミナルで大量に人が来るため広告費を抑えられ、その分安くできたと説明されています。ただし今では高級なイメージが定着しています。
入り口商品で、もう利益は薄いけど、しっかりアクセスを稼いでくれる商品があって、その次のシナリオでこれとセットでこれもいるよねみたいなんで、こっちで利益取るみたいな。お店のフロー全体のシナリオができてたら全然いい。
阪急百貨店にも、安くて美味しいカレーライスを目当てに人が集まる大食堂があったと紹介されます。飲食店の「1杯目が安いドリンク」と同じ構図です。
阪急沿線はなぜ「上品」と言われるのか
阪急には上品なイメージがあります。やーまんさんは、沿線の土地が高いことを理由に挙げます。
ただ、小林一三が残していたのは別の説でした。
宝塚歌劇団は宝塚音楽学校を出た人だけが入れます。狭き門で、スターになれなかった人たちがその周辺に住むと言います。
バレエを長年やってきた背筋のピンとした行儀のいい人たちが、たくさんその一帯に放たれる。その結果、上品になるっていう説を小林一三さんが唱えてて。
本当かと思う話ですが、二人とも「何パーセントかはあるかもしれない」と受け止めています。
阪急電車そのものも、マルーン色の車体や木目調の内装、天然の毛を使ったシートなど、豪華な作りだと語られます。日本の電車の椅子がふかふかで温かいことに、中国から来たメンバーが驚いたというエピソードも紹介されました。
ライバル阪急と阪神が統合した舞台裏
最後に、阪急阪神ホールディングスが生まれた経緯が語られます。
阪急と阪神はどちらも梅田から神戸を結び、もともとバチバチのライバル関係でした。先に電車があったのは阪神の方だと言います。
統合のきっかけは村上ファンドでした。阪神の株を大量に買い、最大四十パーセントほど持っていたとされます。
阪神タイガースの上場などを求められ、身売り先を探す展開になったと言います。最初に持ちかけた京阪との話がなくなり、最終的にライバルだった阪急に吸収される形になりました。
仕方なくライバルの阪急に吸収するっていうことで。大阪では大事件になってたらしいですね。
話は現代の中小企業M&Aにも広がり、年間五千件ほどあるという数字も紹介されました。
そしてこの回のために、はりまさんは池田市にある小林一三記念館を訪れたと明かします。三十七度の猛暑の中、坂道を十分ほど歩いた末にたどり着いたと言います。館内は涼しく、来館者は自分一人だったそうです。訪れるなら阪急で京都へ、と締めくくられました。
まとめ
小林一三のビジネスは、単なる薄利多売ではなく、鉄道を軸に住宅や娯楽を連鎖させ、多売できる前提の上で価格を下げる「多売あっての薄利」でした。一部の人の体験を大衆に広げるという発想は、現代でも再現性の高い切り口として語られています。
- 阪急の強みは「多売あっての薄利」という順番の発想にある
- 一部の人だけの体験を大衆化するほうが、アップグレードより再現性が高いとされる
- 鉄道・住宅・娯楽を連携させ、街ごと創ることで顧客そのものを創り出した
- 沿線の「上品」イメージには、宝塚音楽学校出身者が周辺に住む説も語られている
- 阪急と阪神の統合は、村上ファンドをきっかけとした激動の経緯があった
