関口さんは何屋なのか、不動産を軸にした企画という仕事
初のゲスト回に登場したのは、株式会社GREENINGのCEO関口正人さんです。今年53歳になり、会社は途中で作り変えながらも、通算で17〜18年ほど経つと話されています。
関口さんはもともと不動産の仕事をしてきた人です。大学卒業後に大手の不動産会社に入り、その後、小さな不動産のベンチャーへ移り、15年ほど携わってきました。
そこでコーポラティブハウスという変わった住宅系の仕事などを経験し、35歳で自分の会社を立ち上げたそうです。
やっていることはホテルやレストランなど多岐にわたるため、一言では説明しづらいと関口さんは言います。それでも軸にあるのは「不動産」だと繰り返し話されています。
不動産といってもいろいろあって、作る人もいれば貸す人もいる。その中で僕らがやってるのは「企画」という仕事です。不動産の企画、つまり不動産の価値作りなんです。
価値をつくるために、いいデザインをしたり、ホテルをやったり、食を手がけたりする。その入り口が不動産企画だと整理されています。
ホテルにレストラン、GREENINGが手がける施設
最近はホテルづくりが多いそうです。下北沢の「MUSTARD HOTEL」、鎌倉・由比ヶ浜の「BIRD HOTEL」、静岡県沼津市の「沼津倶楽部」などを挙げています。
沼津倶楽部はミシュランを持っていると話されています。さらに名古屋で新しいホテルが7月9日にオープンする予定だとも紹介されました。
レストランも数多く手がけており、今は20店舗ほどあるといいます。今あるもので一番古いのは鎌倉の「GARDEN HOUSE」で、その前身にはタブロイドという施設や「オーバーオール」というビストロがあったそうです。
今、20店舗ぐらいかな。一個のブランドでいくつもお店があるっていうタイプはガーデンハウスで、後は全部バラバラですね。
代官山のログロードにある「GARDEN HOUSE Crafts」というベーカリーや、シラス食堂なども展開しています。奥渋谷エリアには「チャウチャウ」「ペス」「ヘンダーソン」の3軒があるそうです。
さらに今後は、新しく建てるビルの1階に店舗を作ろうと考えていると話されています。ただし工事費やスケジュールの都合で、実現は2年後ぐらいになるかもしれないとのことです。
レストランで切ると飲食の会社に見え、ホテルで切るとホテルの会社に見える。けれど実際のビジネスの根っこは違うと関口さんは言います。
柔らかい言葉でいくと街づくり、もうちょっと違う言い方をするとカルチャーを作る。でも実際のビジネスの話は、不動産の価値を上げる。だから不動産業なんです。
ここでようやく、冒頭の「不動産を軸にしている」という自己紹介の意味がつながります。
下北沢にあるホテル
鎌倉・由比ヶ浜にあるホテル
静岡県沼津市にあり、ミシュランを持つ宿泊施設
鎌倉発。今ある中で最も古いレストランブランド
代官山ログロードにあるベーカリー
種市さんと関口さんは、なぜ仲がいいのか
話題は二人の出会いへ移ります。きっかけは海、サーフィンでした。
種市さんによれば、東京から通うサーフポイントは千葉や茨城が中心になり、波のいい場所で入っているうちに、同じような顔ぶれと自然に顔見知りになっていくといいます。
海だと裸で入ってるから、何やってる人かもわかんないでしょ。海でどうもみたいな感じでやってて、ある時たまたま東京で会って「あれ、海で会ったよね」みたいな。
そこから互いの仕事を知り、種市さんはアパレル、関口さんは不動産と話すうちに、出身も近いことがわかって距離が縮まっていったそうです。
鹿島の別荘プロジェクトと「ヴィラ前」
関口さんは、20年ほど前に茨城の鹿島でシェア型の別荘をつくるプロジェクトに関わっていたと振り返ります。
当時勤めていた会社の社長もサーファーで、土地の安い鹿島に目をつけたそうです。ここで関口さんは、不動産の価値についての持論を語ります。
日本って海だろうが山だろうが、くくって田舎なんですよ。不動産の価値は田舎は安くて都会は高い。だけどサーフィンをやってると、いい波が立つところっていう違う価値基準ができてくる。
波のいい場所が必ずしも土地の高い場所ではありません。だからこそサーファーにとっては別の価値が見えてくる、という発想です。
特に海から一列目のオーシャンフロントは、住んだり食べたりするだけで見え方が変わると関口さんは言います。目の前に海以外のものが入ってこないからです。
その考えから、社長と関口さん、先輩の3人が言い出しっぺとなり、土地を買って別荘を建てました。今から25年ほど前のことです。
一口300万〜400万円のシェア型で、「即海に入れて、上がればシャワーを浴びられ、星を見ながら酒が飲める。300万は安すぎる」と当時は自信満々だったそうです。今でいう「NOT A HOTEL」や「SANU」のような発想だったと振り返ります。
ところが、蓋を開けてみると一つも売れなかったといいます。
入り口はみんな「いいじゃんいいじゃん」って言うんだけど、いざ300万ですってクロージングしようとすると、「これ一泊換算すると」「周りのホテルは一泊5千円だから」って世知辛い計算する人がほとんどで。あれ?って。
それでも、真っ黒でスタイリッシュな建物は目立ちました。建築家の千葉学さんが設計したその別荘は、何もない田舎の風景の中で強い存在感を放っていたそうです。
やがてサーファーの間では、その建物の前を「ヴィラ前」というポイント名で呼ぶ人が増えていきました。名前も何もない場所が、ちょっとした有名な場所になったのです。
一口300万〜400万円のシェア型別荘として販売。関係者は「安すぎる」と自信満々だった
一泊換算で比べられ一つも売れず失敗。一方で建物自体が「ヴィラ前」と呼ばれる名所になった
芸能人が集うたまり場から、GARDEN HOUSEの仕事へ
別荘には次第に人が集まるようになります。個人の別荘で名前もないのに、感度の高い人たちが「なんだあそこは」と手づてで訪れるようになったそうです。
当時、雑誌『LEON』の岸田編集長が入り浸っていて、その取り巻きが集まってきたといいます。木村拓哉さんや森泉さんなども訪れ、サーフィンを始めた芸能人のたまり場のようになっていったそうです。
そのつながりの中には、種市さんが前職のホテル「CLASKA」をきっかけに知り合った人たちもいました。関口さんと種市さんは、そうしたわちゃわちゃした場で知り合ったのです。同い年で、種市さんは当時ビームスで働いていました。
仕事らしい仕事は一度もしていないと関口さんは笑いますが、数少ない例外もあります。GARDEN HOUSE鎌倉を作るとき、ユニフォームのディレクションを種市さんに頼んだそうです。
俺はもう散々「ノーザンカリフォルニアだ」って言ってるのに、わざとフラダンスのアロハを着てきたりとか。
肩書きのない出会いと、業界を飛び越える面白さ
二人のつながりは、サーフィンにとどまりません。種市さんが関口さんにスノーボードを教えたエピソードも披露されます。
最初は関口さんに温泉旅行だと誘われ、着いてみたらゲレンデだったといいます。道具はすべてレンタルで、種市さんは転びまくって「二度とやるか」と思ったそうです。
横におじいちゃんみたいな人がぴゅーって滑ってるの。こっちはサーファーで一応やってるわけじゃん。なんでこんな人たちが滑れて、俺が滑れないわけないって思って。
その悔しさから練習し、種市さんもスノーボードにハマっていきました。趣味が重なり、その先の知り合いにまたつながっていく。そうした積み重ねが今に至っています。
ここで小畑さんは、自分の実感を語ります。金融やITの世界で15年ほど働き、そこには多くの知り合いがいる一方、サーフィンやアウトドアはあくまで趣味だったといいます。
距離の遠い場所にいる二人と一緒にいられるのは、海を介してだと小畑さんは話します。SNSを日々使っていても、そこから飛び出さなければ知り得なかった出会いだといいます。
種市さんも、SNSで知り合うことが増えた今だからこそ、海で会うような出会いの面白さがあると応じます。
たまにはね、飛び越えて海行ったり山行ったりすることで新たな出会いがある。しかも別に狙ってないところがいいんだよね。
まとめ
初のゲスト回は、関口正人さんの「不動産の価値をカルチャーでつくる」という仕事観と、種市さんとの海での出会いが重なり合う回でした。肩書きのない場所で始まった関係が、20年を経て今も続いていることが印象的です。
- 関口さんの仕事の軸は不動産。ホテルやレストランはすべて不動産の価値を上げるための手段だと語られています。
- サーフィンをやると「いい波が立つ場所」という、土地の値段とは別の価値基準が生まれると関口さんは話します。
- 鹿島のシェア型別荘は販売として失敗したものの、「ヴィラ前」という名所になり、人が集まる場になりました。
- 種市さんと関口さんは海で肩書きなしに出会い、後に仕事でもつながっていきました。
- SNS全盛の今だからこそ、海や山で狙わずに生まれるリアルな出会いに価値があると三人は語り合っています。
