大学のサーフィン仲間が営む、サボテン専門店へ
今回はゲスト回です。訪ねたのは東京・巣鴨にある「鶴仙園」。サボテンと多肉植物の専門店です。
小畑さんはこのお店を知らなかったそうですが、種市さんの紹介で楽しみに来たと話します。
鶴仙園はもともと植物屋というくくりの一つで、その中でサボテンと多肉に特化した店です。
今はブランド的にもなってるけど、元々はサボテン屋っていう植物屋さんっていうくくりだよね。特殊なものを扱ってるっていうか、サボテンと多肉に特化してるお店っていうイメージですね。
種市さんと靏岡さんは、大学の同級生でサーフィン仲間だったといいます。
種市さんが千葉・一宮の靏岡さんの家に泊まりに行くと、横に大きなビニールハウスがあったそうです。
何これ?つって。これサボテンで。とにかくサーフィンにじゃあ行こうみたいなので盛り上がって行ってるから、そんなこと別に気にしないじゃん。
楽しくサーフィンをした後、泊まる代わりに待っていたのがサボテンの世話でした。
40度を超えるハウスの中で、水やりと鉢の植え替えをやらされ続けたと振り返ります。
サボテンの水やりと鉢植えを替えさせられて。泊まる代わりにね。それをずっとやらされ続けてっていう。
2人はもともと法学部の同級生でもあり、サーフィンとサボテンが縁の始まりだったと語ります。
昭和5年創業、戦災を越えて紡いだ100年
鶴仙園の創業は昭和5年、西暦でいうと1930年です。靏岡さんの祖父・銀之助さんが縁日でサボテンを一つ買ったことがきっかけだったといいます。
銀之助さんが趣味を講じて、縁日とかでこうサボテンって売ってるじゃないですか。それをなんか一つ買ったみたいで、そこからなんかサボテン屋を始めて。
祖父はもともと紙問屋のせがれでしたが、家業をやめてサボテン屋になったそうです。
当時から輸入株が入ってきており、世界中のサボテンと多肉植物を扱い始めました。
創業は千住でしたが、空襲でなくなってしまいます。その後、上野で再開し、田端を経て、最終的に今の場所へ移ってきました。
店の主軸だった池袋西武の屋上は、改修に伴いヨドバシカメラへと変わりました。今はヨドバシカメラと契約し直して営業を続けています。
現在は本店と池袋店の2店舗体制です。池袋店は年中無休で手軽に行けるため、そちらが主軸になっています。
本店は靏岡さんたちが顧客を案内できる日に絞り、月に2、3回ほど開ける形だといいます。
初任給並みの高級品だった時代
今でこそ身近になったサボテンですが、戦前から戦後間もない頃は、まったく違う位置づけだったといいます。
昔は何かお店というか、まあそういうちょっとマニアックな世界なので、本当にサボテンの値段がサラリーマンの初任給ぐらいの値段なので。
種市さんは「だんだん高くなったのかと思っていた」と話しますが、実際は逆でした。かつては非常に高価な嗜好品だったのです。
つまり当時のサボテンは、限られた旦那衆が楽しむ高級品でした。祖父はそこに商売の可能性を見たのかもしれません。
ブームの裏にあった、口コミと信頼
種市さんはしばらく靏岡さんと距離を置いていましたが、あるとき「3代目」として反響のある記事に出ているのを見かけ、驚いたといいます。
さらにInstagramで再びつながると、セレクトショップのバイヤーやディレクターから思わぬ反応があったそうです。
逆にセレクトショップのバイヤーとかディレクターが、えっ、あの鶴仙園の靏岡さんとお知り合いなんですか?みたいな。ものすごい言われて。
ファッションや古着、釣りなど、ディテールにこだわる人たちの間でサボテンや多肉植物が広がっていました。
この広がりは狙ったものではなく、自然に生まれたと靏岡さんは話します。
ネイバーフッドの滝沢さんとかも知り合って、そのお客様がやってて、トップダウンで末広がりになってくるものがやっぱり一番大きいですよね。
靏岡さんが始めた頃は、ダイレクトメールや電話でしか宣伝できませんでした。そこから独学でホームページを作り、今はインスタなども使えるようになったといいます。
種市さんは旅先の古着屋でもサボテンを見かけ、店主が鶴仙園で買っていた、というつながりに何度も出会ったと語ります。
多肉植物とサボテンの本当の関係
種市さんが長年ふわっと気になっていたのが、サボテンと多肉植物の違いです。
靏岡さんによると、大きなくくりとして多肉植物があり、その中の一つがサボテン科だといいます。
サボテンと多肉植物の違いって、一番わかりやすく言うと何なんだろう。
本来は多肉植物という大きなくくりの中にサボテン科があります。鶴仙園はサボテンがメインだったため「サボテンと多肉植物」と分けて呼んできましたが、サボテンも多肉植物の仲間です。
種市さんは「魚とマグロの関係みたいなもの?」と例えます。多肉植物が「魚」、サボテンはその中の一種、という整理です。
大きなくくり。サボテン科やユーフォルビア属など、いろいろな科に分かれる
多肉植物の中にあるサボテン科。トゲのある株のイメージが一般的
会長の代はサボテンが多かったものの、靏岡さんの代になって多肉植物の扱いが広がったといいます。
いいものを丁寧に売る、江戸っ子の商売
長く続いている秘訣を聞くと、靏岡さんはシンプルに答えます。
長く続けてる秘訣は商品を丁寧に売る。クオリティの高いものだけをお店に並べるっていうのをモットーに続けてるけど、やっぱりこのサボテン愛っていうのがお客様に伝わるようには接客したり商品を並べたりはしてますけど。
種市さんは、ブームで見せ方を派手にする店が増えた時期にも、鶴仙園は姿勢を変えなかったと振り返ります。
鶴仙園はインテリアとしてではなく、育ててもらいたいという思いで植物を売っているといいます。
うちの会長なんて部屋の中で飼うなら売らねえっていう。植物サボテンが可哀想だから嫌だっていう。
この姿勢を種市さんは「江戸っ子」「江戸の多肉植物屋」と表現します。いい加減な扱いをするなら売らない、という美学です。
素人からベランダ組まで、広がる客層
客層は、詳しい人と素人がおよそ半々だといいます。新しいお客さんも増えているそうです。
靏岡さんは、置きたい場所を聞いたうえで、光が当たらない食卓の上などは無理だときちんと説明します。
詳しい層には、ベランダの一角を植物だらけにしている「ベランダ組」も多いといいます。
多くの人は「人と違う植物がやりたい」という気持ちから入り、やがてコレクション性にはまっていくそうです。
この品種を育ててみない、見たいって思って、一つ買うとどんどん植物の顔って言うんですけど、その顔違いでどんどんどんどん集めていく。沼にもう足を片足入れちゃうんですよね。
一方で、さんざん水やりをさせられてきた種市さんは、自分では育てないと笑います。仕事として植物に向き合っているからだといいます。
まとめ
鶴仙園は昭和5年に縁日の一鉢から始まり、戦災や店舗移転を越えて約100年続いてきたサボテン・多肉植物の専門店です。ブームに流されず、いいものを丁寧に売るという江戸っ子の商売の軸が、口コミと信頼を広げてきました。
- 鶴仙園は昭和5年(1930年)創業、あと数年で老舗の目安とされる100年を迎える
- かつてサボテンは初任給並みの高級品で、旦那衆が楽しむ嗜好品だった
- 本来は多肉植物が大きなくくりで、サボテンはその中のサボテン科にあたる
- クオリティの高いものだけを丁寧に売る姿勢が、著名人や愛好家からの信頼につながっている
- 植物は「育ててもらいたい」という思いで売られ、いい加減な扱いは断る美学がある
