角度を変えて聞く「葉山の生活」
藤井さんのゲスト回も3回目になりました。ここまで洋服の話が続いてきましたが、この回は少し角度を変えます。
切り口を作ったのは、移住に迷い続けているMCの小畑翔悟さんです。
いろいろ聞きたいこともあるんですけど、ちょっと角度を変えて、僕、葉山の生活がめちゃくちゃ気になってて。僕自身も引っ越したいな、でもちょっと遠いな、どうしようかなって、ずっと思ってるんですよ。
藤井さんはもともと深沢のマンションに住んでいました。種市暁さんから見ると、葉山への移住は突然に見えたようです。
その前、深沢に住んでたのよ。割と突然に見えたんだよね、こっちは。葉山になんか引っ越すみたいな。
移住のきっかけになった、いくつかのモヤモヤ
移住の背景には、いくつかの出来事が重なっていました。まず、当時よく遊びに行っていたロサンゼルスの存在です。
藤井さんは、毎シーズンのテーマを決めるために海外へ行く生活を続けていました。ベルリンやイスタンブールなどをテーマにする恒例行事だったといいます。
ただ、それに少し飽きを感じ始めていました。国が主体になり、テーマが服とうまく噛み合わなくなってきたと話されています。
そこで浮かんだのが、よく訪れていた葉山でした。第三京浜を使えば深沢から四、五十分ほど。犬と子どもを連れてよく行っていた場所です。
もうひとつのきっかけが、長女の受験でした。当時、娘さんは小学五年生。中学受験をめぐって家の中がぐちゃぐちゃになりかけていたそうです。
受験って何でするの?って言ったら、やっぱみんなするから、って。しなくていいんじゃね?みたいな。それって田舎だったら受験とかないんじゃないの?って。
当時、藤井さんは四十四歳。毎晩東京で飲み、朝五時に帰る生活だったといいます。
娘には「おはよう」って「ただいま」みたいなことがあって。とにかくコミュニケーションを、先輩たち、いろんなコネクションを作ってやってた時があって。別に嫌じゃなかったんですけど。
その生活が嫌だったわけではありません。ただ、家族の人生を考える時期でもあり、少しずつ「変えないと」という気持ちが芽生えていたようです。
32歳で買った深沢のマンションと「東京なら買え」という考え
葉山の話の途中で、深沢のマンションの話になりました。藤井さんはこれを三十二歳で購入しています。
もともと住んでいた目黒の外人住宅がカーペット敷きで、長女が喘息になったのがきっかけでした。フローリングの物件を探していたところ、たまたま広告が入ってきたそうです。
三十二ぐらいで買って。それもリーマンショックの時で安く買えたんですけど。会社が優秀だって、銀行に言われました。
藤井さんはサラリーマンとしての実感から、若い社員にも「東京に住むなら買った方がいい」と伝えているといいます。信用があれば買えるからだと話されています。
結果として、八年から十年ほど住んだあとに売却し、その分がほぼ家賃として返ってきた形になったそうです。売却分が次の頭金にもなりました。
葉山を選んだ理由と「外車が多くてパチンコ屋がない町」
郊外の選択肢はいろいろあるなかで、藤井さんは初めから葉山に絞っていたといいます。決め手のひとつが物件の広さでした。
見つけた物件は金額はほどほどで、面積が深沢の四倍になりました。家具が好きで、深沢の家には置ききれなくなっていたことも後押しになったそうです。
家族はみんな気に入りましたが、東京に通うのは自分だけです。そこは散々考えたといいます。
毎日旅行してると思えばいいか、みたいな。LAに行ってると思えばいいか、みたいな。
藤井さんが挙げた葉山の印象は、少し独特でした。外車が多く、周りの噂を気にしない空気があること。そして、パチンコ屋がないことです。
噂を気にしない街と、あとパチンコ屋がないのがいいんです。
もうひとつ、藤井さんはサーフィンをしません。むしろサーファーが少し苦手だといいます。鎌倉に比べて波が荒く、サーフィンには向かない葉山は、その点でも合っていたようです。
毎日、車で東京へ。走行距離2万5000kmの通勤
移住後の藤井さんは、いまも毎日、車で東京へ通っています。小畑さんが具体的に時間を聞いていきました。
めっちゃ具体的に聞いていいですか?何時ぐらいに出てくるんですか?
仕事は十一時が基本のため、九時に出れば必ず着くといいます。混むのは目黒通りだけ。片道は一時間から一時間半ほどです。
逗子付近では、有料の百円道路が渋滞回避に効いているそうです。夏場の午前中は東京から来る車で反対車線が混むだけで、東京へ向かう側は空いていると話されています。
移動中はポッドキャストを聴いたり、ハンズフリーで打ち合わせをしたりしています。藤井さんは、一人になれる時間そのものを前向きにとらえていました。
一人の一時間って意外とないんですよ。僕、二時間ですけど。
ただし、車の走行距離は一気に増えました。一年で二万五千キロ、一日およそ百二十キロ走る計算です。いろいろな車に乗るので、買いかどうかの相談にも乗れるとのことでした。
運動なし、夜7時以降は食べない。40歳の頃より体調がいい
話題は暮らしの中身へ移ります。トレイルを走る記事を見ていた小畑さんが、もともと運動をしていたのか尋ねました。
走ったこともないし、駒沢公園でも走ったこともない。全然。僕、スポーツそんな、サーフィンもやろうとしてたけどできなかったし。
ジムにも通っておらず、トレーニングも続かないといいます。それでも体型は変わっていません。理由は食事のルーティンにありました。
食べ物は本当きちっとしてますね。7時には食べるとか、夜は絶対食べないとか。お菓子も食べないですね。
葉山では、走って一色海岸まで行き、そのまま海に飛び込む夏があります。裏山は犬と一緒に登ります。自然と体を動かす暮らしになったようです。
夏は走って一色まで行って、そのまま入っちゃうんですよ。で、また乾くじゃないですか。海の家通ったら知り合いいたら、ちょっと呼んで、みたいな。
さらに、奥さんが漢方を勉強するようになり、家族で薬を飲まなくなったといいます。風邪をひいても飲まないそうです。
こうした暮らしの積み重ねで、体調は明確に良くなったと話されています。
「ちょうどいい距離感」というスケールの話
移住後、飲みの誘いは自然と減っていきました。ただ、四十五歳くらいまでは始発で帰るような無理も試していたそうです。
引っ越した当初は始発で帰ったりとか、いろいろやってみて。四十五ぐらいまでは「帰れねえな」って品川で待ってみたいなのはやってたんですけど、もうやってないですね。
藤井さんは、東京で遊ぶ人を否定しません。自分はもともとワチャワチャするタイプではなく、頑張ってやっていた面もあったと振り返ります。
種市さんは、この距離感をロサンゼルスに重ねました。ダウンタウンからマリブまでおよそ一時間という感覚です。
別に、LAのダウンタウンからマリブぐらいまで1時間ぐらいですよね。そういう距離、そういうスケールで見てる、ってことですね。
近ければいいとは限りません。むしろ移動時間が切り替えやアイデアの源になることもあると話されています。
結果として、この回は藤井さんへのインタビューであると同時に、小畑さんの「移住したい願望」を細かく聞く相談会にもなりました。
まとめ
藤井さんの葉山移住は、長女の受験への違和感と、毎晩飲み歩く東京の暮らしへのモヤモヤが重なって生まれた選択でした。無理に生活を変えるのではなく、車での通勤、犬との散歩、夜7時以降は食べない食事のルーティンなど、自分に合うリズムを少しずつ選び取った暮らしが語られています。
- 移住のきっかけは、長女の中学受験への違和感と、毎晩飲み歩く生活へのモヤモヤだった
- 葉山を選んだ理由は、物件の広さ、噂を気にしない空気、パチンコ屋がないことなど
- 毎日車で東京へ通い、走行距離は年2万5000km。移動時間は一人で考える時間になっている
- 運動はほぼしないが、夜7時以降は食べない食事管理と犬の散歩、漢方で体調は40歳の頃より良い
- 近さがすべてではなく、移動という距離が切り替えやアイデアの源になるという考え方
