初めての個展はプロサーファーのカフェで
アーティストとしての宮坂さんに話が向かい、小畑さんは「一発目の個展をどこでやったの?」と尋ねます。
答えは、千葉・一宮のカフェ兼ギャラリー「アトランティックコーヒースタンド」でした。オーナーは、プロサーファーの「ヨッシーさん」です。
宮坂さんとヨッシーさんの縁は古く、小学生の頃にさかのぼります。バリに一緒に行けるツアーに三姉妹で参加し、アテンドやレッスンをしてもらったのが始まりでした。
以来、海やカフェで顔を合わせるたびに「いつも見てるよ、応援してるよ」と声をかけてくれる存在だったといいます。
宮坂さんがなかなか勝てなかったプロの試合で、久々に二位になったとき。早朝の海で会ったヨッシーさんは、こう声をかけてくれました。
舞ちゃんおめでとうって言ってくれて、すごい、うるうるしちゃって。ずっと前から知ってくれてたし、応援してくれてたし、その方が見てくれてるっていう嬉しさがすごく嬉しくて。
その嬉しさから「報告しに行こう」と思うようになり、初めての個展もヨッシーさんの店でやりたいと自然に決まっていきました。
不安で食事もできなかった10日間を支えたもの
個展にはインスタでの告知に加え、地元の方がフラッと訪れる形の、両方の来場者がいたといいます。
なかでも宮坂さんの心に残ったのは、ヨッシーさんの動きでした。案内のデザイン画像を送っただけなのに、カフェに行くとそれがプリントアウトされ、さらに他の店にも置かれていたのです。
カフェ行ったらそれがプリントアウトされてあって、違うお店にもそれを置いてくれてて。ヨッシーさんがすごい宣伝してくれてたんですよ、その周りのお店とかに。もうそれがすごいじんわりきちゃって。
それでも、初めての個展は不安でしかなかったといいます。10日間の会期中、ご飯も食べられないほどの緊張と不安が続きました。
その不安は「人が来るか」よりも、もっと個人的なものでした。
私が描いた絵を見てくれるのかっていう不安でしたね。興味があるのかなみたいな。もう本当に不安でしかなかった。
そんな宮坂さんを支えたのは、経験のある人たちの言葉でした。「もっと宣伝していい」「見に来てほしいという気持ちを伝えることも大事」と教えられたのです。
それってすごい迷惑じゃないかなとか思ってたけど、そんなことを思う前に自分から声をかけてみようって思わせてくれるような、初めての個展でした。
20年前のサーフアートムーブメントと重ねて
話を受けて、種市さんはBEAMS時代に目撃したサーフアートのムーブメントを振り返ります。
サーフィンやスケートボードに関わるアーティストの個展が盛り上がり、代表的な存在としてトーマス・キャンベルさんの名前を挙げます。カリフォルニアではそのムーブメントがとても大きかったといいます。
種市さんは、女性でサーファーでアーティストという存在は自分もそう多くは知らないとしたうえで、宮坂さんの立ち位置を面白いと語ります。
20年ほど前には、海外から来たスケーターやサーファーが原宿や青山などでエキシビションを開き、それを人々が回って楽しむムーブメントがあったといいます。
なんとなく今それを思い出して。日本でもね、一宮のところでいろいろやってみたりとかも面白いだろうし、なんかなってったらいいんじゃないのかなというか。
師匠と仰ぐアーティストと、一宮という土地
宮坂さんは、一宮で初めて出会ったアーティスト、江口真由香さんを「師匠」と呼びます。会社名は「珍獣使い」です。
最初からこの人はぶっ飛んでる人だなと思ったし、でもこの人が作り上げる作品がどれも情熱的だし、私もこんな表現ができる人になりたいなって思える。
江口さんは、宮坂さんが初めての個展で不安だったときに助言をくれた人でもあります。その言葉は、今もいろいろな個展のたびに心にとどめている大切なものだといいます。
一宮には、サーフィンをしながらアートを描く人も含め、たくさんのアーティストがいるといいます。
宮坂さん自身は千葉市の出身で、一宮生まれではありません。ただ、最近出会う人は移住してきた人が多く、サーファーもいれば、サーフィンをしていない移住者もいるそうです。
みんな言うのは、引っ越してきてよかったって言ってます。環境的にも。
サーフィンしたい場所で個展を開くというスタイル
キャンバスに絵の具をのせるようになったのは、ここ四、五年のこと。アーティスト宮坂麻衣子として活動しているのは、あの初めての個展以降だといいます。
個展のスタイルは独特です。同じ場所で繰り返すのは面白くないと考え、「サーフィンしたいと思える場所」で開くのです。
去年は種子島、高知、福島など、各地を回りました。まさにアートとサーフィンがつながっている部分です。
開催地へのアプローチは、すべて自分から。その土地に住むサーファーの知り合いに「ここで個展をやりたい、お手伝いお願いできますか」と連絡するといいます。
ここで種市さんは、サーフィンを通じたつながりの本質を語ります。
勘違いしちゃいけないのが、サーフボード持ってサーフィンやってるからって仲良くなれるわけじゃないから。波に入って波長を合わせて、上手い下手でもなくて、そこで認めてもらうっていう。
宮坂さんも、自分だけが波長を合わせていても、周りは「あの人ばかり波に乗って」と思うかもしれない、と応じます。
一方で、いいサーフィンには人を惹きつける力もあります。宮坂さんは「見てほしいと思いながらサーフィンしている」と話します。波がいいからこそ、乗せたい波は乗せたくなるのだといいます。
北海道の海で見つけた、絵と波を往復する暮らし
個展の頻度は、年に五回ほど。ただし、あらかじめ決めているわけではありません。
絵を描きたくない時期もあり、選ぶ絵の具の色味もそのときで変わります。描きたいと思ったタイミングで個展をやろうと決めるといいます。
一番最初の個展のテーマは、なんと「個展」そのものでした。
わかんないから、個展って言ってました。いいんですかね?わかんないけど、でもそれが私です。
そして、最も絵が描けるのは北海道の海でサーフィンをしているときだといいます。駐車場から波が見える環境で、絵と海を往復するのです。
波チェックしながら、もうちょっと潮待った方が楽しそうだなっていう時に、じゃあ絵描こうかなって。絵の具を乾かしてる間に海に入って上がってきて、下地塗れてるから次トップ描こうかなみたいな感じで。
この暮らしぶりを、種市さんは自分たちの休日と対比します。せかせか駐車場に止めて急いで波をチェックする姿とは、まるで違うと。
絵の具の乾く時間で海に入り、上がってきたら次の層を描く。そんな往復のなかから、宮坂さんの作品は生まれています。
試合は考えすぎず、行きたい海へ
個展とは別に、プロツアーの大会もあります。ただ、日本のツアーはスケジュールが確定するのが遅く、一ヶ月前に決まることもあるといいます。
だからこそ宮坂さんは、あまり考えすぎないようにしているそうです。
わからないから、逆にあんまり考えないようにして、自分が行きたい海に行ってお邪魔させてもらって、絵描いて、試合があったんだっていう感じで、気疲れしないように。
仮のスケジュールから空いている期間を見つけ、「ここ行けるかな」と海を選ぶ。そんな柔軟な組み立て方をしています。
次の個展は、初めての場所であるアトランティックコーヒースタンドで、5月16日から24日まで開催予定とのこと。会期後には海に入ると宣言していました。
まとめ
初めての個展で食事もできないほど不安だった宮坂さんを支えたのは、ヨッシーさんや師匠・江口真由香さんをはじめとする一宮のコミュニティでした。サーフィンしたい場所で個展を開き、北海道の海では絵と波を往復する。その暮らしぶりから、彼女の表現の芯が見えてきます。
- 初めての個展は、縁の深いプロサーファーのカフェ「アトランティックコーヒースタンド」で開かれた
- 不安だらけの10日間を、地元コミュニティと師匠・江口真由香さんの言葉が支えた
- 個展は「サーフィンしたい場所」で開き、種子島や高知など各地を自分からアプローチして回っている
- 最も絵が描けるのは北海道の海で、絵の具を乾かす間に波に入る往復の暮らしがある
- 次回の個展は5月16日から24日まで、原点である一宮のアトランティックコーヒースタンドで開催予定
