ゲストは共同創業者の市薗さん
この回は特別編です。小畑さんが代表を務めるDecentierについて、共同創業者である市薗さんをゲストに迎えて話が進みます。
聞き手の種市さんは、そもそも会社をどう立ち上げたのか、詳しく聞いたことがなかったと切り出します。
いや、どういう形で立ち上げてとか、あんまり詳しく聞いたこと、よく考えたらなかったなと思って。
会社ができたのは2023年2月。収録時点で2年半ほど経ったタイミングです。
種市さんは、慶應を出て安定した道を歩めるところから、あえて独立へ向かう小畑さんのマインドに興味を持っていました。
昭和世代からしてみると、もうそこ入ったらこれ安定してもう決まりじゃんみたいな、そういう感じのところから独立したわけでしょ。
核融合を学んだシステムエンジニア
まず市薗さんが自己紹介します。経歴的にはシステムエンジニアで、新卒でシステムを作る仕事から始めたと話します。
ただ、大学は「パソコンの大学」ではなく物理工学。大学院では核融合を研究していました。
僕は物理工学で、核融合の研究をしてました。
きっかけは中学生の時。父親が買ってきたパソコンに触れたことでした。
親父がパソコンを買ってきて、コンピューターに触れる機会があって。当時すごい面白くて、コンピューターに関する学校に行きたいなと思って。
その後、山口県宇部市の高専に進みます。高専は5年制で、機械、電気、情報工学を満遍なく学ぶ学校でした。
市薗さんはさらに上位課程で7年間学び、大学卒と同じ資格を取得。その後、九州大学の大学院へ進み、核融合を研究しました。
航空システムからコンサル、そしてブロックチェーンとの出会い
新卒で入ったのは国内のソフトウェアメーカー。担当は航空業界で、空港のスタッフが使うシステムを主に手がけていました。
成田空港や羽田の国際線ターミナルなど、実際の現場にシステムを導入する仕事だったと話します。
その後、もっと上流の仕事をしたいと考え、国内のコンサルティングファームへ転職します。
そのシステムを作るよりも、その上流の仕事をしたいなと思って、国内のコンサルティングファームの方に転職をして。
コンサルではクライアント企業の課題を手伝う立場で、市薗さんはIT寄りのプロジェクトを担当しました。
具体例のひとつが、訪日外国人需要を見込んだ機械翻訳サービスです。オリンピックを前に翻訳の需要が高まる中、クライアントの技術を仕立て直し、多くの人が使えるサービスにして展開していました。
そしてコンサル時代に、ブロックチェーンと暗号資産に出会います。証券会社や金融領域の顧客から「これを使って何かできないか」という相談が寄せられていました。
きっかけは偶然でした。本屋で立ち読みしたThe Economistにブロックチェーンの記事があり、外観を知っていたことからプロジェクトに参加することになったのです。
偶然その本屋で立ち読みしたThe Economistという雑誌にブロックチェーンのことが書いてあって、なんとなく外観は知ってたので、社内で「これ知ってる人いない?」って言われて、プロジェクトに入ることになって。
bitFlyer、NOT A HOTELを経て独立へ
当時はまだ情報も国内に少なく、本もほとんどない時期。専業でやっている場所に行かないとわからないと考え、bitFlyerへ転職します。
面接では、先に入社していた小畑さんが面接官の一人でした。会社の4〜5人と面接をしたと話します。
bitFlyerには5年弱在籍。その後、これも小畑さんが先に移っていたNOT A HOTELへ。ブロックチェーン技術を使ったプロダクトを手がけるという話に面白さを感じてジョインしました。
NOT A HOTELではメンバーシップを立ち上げ、それがかなり売れたところで一区切り。サービスがローンチされ運用に入る節目のタイミングでした。
独立を意識したのは、bitFlyerの後半あたりから。今後のキャリアをどうするかをずっと考えていたと振り返ります。
今後のキャリアどうしようかなっていうのは、ビットフライヤーの最後、後半とかはすごく考えていて。
市薗さんはbitFlyerの加納さんやNOT A HOTELの浜田さんなど、すごい人たちから学ぶ環境に恵まれ、自分もチャレンジしたいという思いが率直にあったと話します。
どちらが誘ったのかは、なんとなく流れだったと言います。3人ともほぼ同じ時期にbitFlyerなどで働いていた仲間でした。
「今だな」という感覚と、技術の波の見極め方
独立の背景には、共通認識としての「今だな」という感覚がありました。ブロックチェーン、いわゆるWeb3の領域に対する手応えです。
ただし種市さんは疑問を投げます。出会ったのは10年前なのに、会社を立ち上げたのは一昨年。なぜこのタイミングなのか。
市薗さんは、ブロックチェーンやWeb3と一括りにされる領域には、実は多くのテーマがあると説明します。
チェーン自体を作る人、その上でサービスを作る人、使いやすくするツールを作る人などが混在しているといいます。そのうえで、3人の共通認識として「今だな」という感覚があったと語られます。
ここで小畑さんが、新しい技術が浸透していく仕組みを説明します。AIも同じで、「すごい」となって「使えないじゃん」となる、これを繰り返すのだといいます。
すげえってなって、やっぱ使えないじゃんってあって、あ、でもやっぱすげえってなって、やっぱ使えない。これ繰り返すんですね。だけど遠くから見ると右肩上がりなんですよ。
盛り上がるバブルの時間と、幻滅期を何度も繰り返す。bitFlyer時代から長くいる3人は、その周期を何度も見てきました。
だからこそ「これはさすがに来るな」という感覚が持てたのだと小畑さんは話します。これは感覚的なものかもしれない、とも付け加えます。
Decentierはどんな会社を目指すのか
事業について、Decentierはコンサルと事業の両方をやっており、売上はほぼコンサルがメインだと小畑さんは明かします。
一方で、自分たちでカルチャーを作りたいという思いから、デジタル会員権サービスSlapsなどにも取り組んでいます。市薗さんもニーズは感じていると話します。
いろいろ会話してる中で、そのコンセプトであったり、持っている課題感に対して、なんかこう解決できるものを提供できそうだなっていう感覚はあるので、今後一定伸びていく可能性はあるかなと。
ここで種市さんは、タイミングの早い遅いに話を広げます。良いものでも早すぎて使い物にならなかったり、10年後にブレイクしたりする、と洋服の例を挙げます。
小畑さんは、10年後の未来を予想するのは簡単でも、それが1年後か5年後かを当てるのが難しいのだと応じます。
十年後の未来って予想は簡単なんですよ。だけど、それが一年後に来るのか五年後に来るのか、予想が難しいと思う。早すぎても全然ダメだし、遅すぎてもダメだし。
この話に、種市さんはBEAMS時代の設楽社長の言葉を重ねます。完全なイノベーターにならなくていい、2番手ぐらいのバランスでいく、という考え方です。
とはいえ、お金にならなくてもとがったものをたまに入れることが、会社の魅力になっていたと種市さんは振り返ります。小畑さんは、Decentierもそういう会社になれたら面白いと応じます。
独立して2年、これからのビジョン
2年経って独立してよかったか。小畑さんは率直に良かったと答えます。
やりたいことがやれていて、自分たちで意思決定もできている。もちろん過程もあるので、バランスを取りながら今はすごく楽しくやっていると話します。
自分たちがやりたいことがまずやれてるっていう意味では、割と好き勝手やらせていただいて、自分たちで意思決定もできているので、その点ではすごいやりがいはできていると思ってます。
会社のビジョンについて、小畑さんはDecentierはいわゆるスタートアップ企業ではないと語ります。最速で会社を大きくすることを目指してはいないのです。
他人の資本をガンガン入れて株で調達し、スケールを目指すスタイルは今は取っていません。自分たちの自由度があって好きなことをやりたい、というコンセプトで作った会社だからです。
ただし、この先Slapsの展開次第では、株式での調達なども含めて検討するフェーズが来るかもしれないと付け加えます。メリットとデメリットを考えながら進めていく姿勢です。
まとめ
核融合の研究者からシステムエンジニア、コンサル、そしてブロックチェーンへ。市薗さんのキャリアと、小畑さんたちが独立を決めた背景には、技術の波を何度も見てきた者ならではの「今だな」という感覚がありました。自由度を大切にしながら、面白い未来に賭ける2人の考え方がにじむ回です。
- Decentierは2023年2月設立の共同創業で、収録時点で2年半ほど経過している
- 新しい技術はバブルと幻滅期を繰り返しながら、長期では右肩上がりに浸透していく
- 10年後の未来は予想しやすいが、1年後か5年後かというタイミングの見極めが難しい
- Decentierはスケール最優先のスタートアップではなく、自由度と好きなことを軸に据えている
- 今後はSlapsの展開次第で、資金調達を含めた検討フェーズが来る可能性もある
