リスナーから届いた「日本のお肉は食べられない」という問い
この日のお便りコーナーでは、noteの記事「乳牛を卒業した牛はどこへ行くのか」に寄せられた、ユキさんからの質問が読み上げられました。
命を預かる大変さは伝わる一方で、牛が死ぬ時の苦しみや恐怖、それを和らげる方法に触れられていないのではないか、という指摘です。
日本の動物福祉の現状や、屠畜場で働いていた教え子の話を踏まえても、日本にそこまで配慮した屠殺場があるとは思えません。イギリスでは鹿を苦痛なく一発で確実に殺すことが法律で定められています。その鹿はありがたくいただきます。でも、日本のお肉は一切食べられません。
一方で、質問はやみくもな批判ではないとも書かれていました。安心して食べられるお肉があるなら日本に戻りたい、正直に書ける人だからこそ聞いてみたい、という言葉で締めくくられています。
川上さんは前日の配信では自分の感情を伝えたと振り返り、今回は世界各国の現状や歴史、学術論文をまとめて事実として伝えると話しています。
なのでここには感情とか、こう思うとかああ思うっていう、その個人的な見解みたいなのはちょっと外してありますので、ぜひ皆さんも聞いていただいて、思ったことをまたコメントで教えていただけたら嬉しいなと思います。
安全と動物福祉は別の問題である
川上さんはまず、この日の結論を先に示しました。
食品として安全であることと、動物の最期における恐怖や苦痛をどの程度減らせるかは、同じ問題ではないという整理です。
食肉の安全性は、衛生管理や屠畜検査、病気や異常の排除によって担保されます。
一方で動物福祉は、動物が生きている間、輸送される間、屠畜される場面で、不必要な苦痛や恐怖、ストレスをどれだけ減らせているかという問題だと説明されました。
そのうえで川上さんは、日本は食肉衛生の制度は整っている一方、動物福祉の見える化や消費者への情報提供にはまだ課題がある、と前提を置いています。
日本の制度はどうなっているのか
続いて、日本の制度が確認されていきます。
日本には屠畜場法があり、牛や豚などを食用にする場合、屠畜場で処理され屠畜検査を受ける必要があります。
屠畜検査では、獣医師である検査員が生体検査や解体前後の検査を行い、食用に適さないものを排除します。この制度はまず食品衛生と食肉の安全確保を目的として整備されてきたものです。
動物福祉については別の法律や指針で扱われています。動物愛護管理法環境省が所管する法律で、動物を殺す場合はできる限り苦痛を与えない方法によることを求めています。では、殺さなければならない場合にできる限り苦痛を与えない方法によるべきとされています。
農林水産省もアニマルウェルフェアに関する技術的指針を出しており、令和五年七月には乳用牛や肉用牛、豚、鶏、馬、輸送、農場内での安楽死に関する指針が公表されています。
ただし川上さんは、制度があることと、それが現場で実行され社会に見える形になっていることは同じではないと強調します。
農水省は令和六年度に指針の取り組み状況を本格調査し、令和七年六月に結果を公表しました。日本でも実態把握と目標設定の段階に入った一方、まだ達成度を確認しながら進めている段階とも言えます。
アニマルウェルフェアと五つの自由
ここで、アニマルウェルフェアという言葉の意味が整理されます。
日本では動物福祉と訳されますが、動物を人間のように扱うことでも、畜産を否定する言葉でもないと説明されました。
経済動物、産業動物ですね。牛とか馬とか、そういう家畜と言われているものと、皆さんが飼われているペット、これは動物福祉がちょっと違いますので、ここを一緒にしないでほしいなと思いますね。
基本は、動物ができるだけ苦痛や恐怖やストレスを少なく、健康に生きられる状態を目指す考え方です。よく使われる整理として「五つの自由」があります。
川上さんは、これらが酪農現場の日々の管理とかなり重なると話します。水や餌、暑さ寒さ対策、牛床、足の痛み、乳房炎の早期発見、人の扱いなどです。
こうした管理は牛の状態だけでなく、乳量や繁殖性、疾病率、事故率、作業者の安全にも影響します。つまり動物福祉は経営と切り離せない、というのがこの回の見立てです。
ヨーロッパとの国際比較
次に、日本とヨーロッパの比較が語られます。
EUには屠畜場の動物保護に関する規則があり、避けられる痛みや苦痛、恐怖を防ぐことを基本に、保定やスタンギング、作業者の訓練、設備管理などが規定されています。
さらにイギリスでは、屠畜場での監視カメラの設置が制度化されています。
イングランドでは、生きた動物がいる荷下ろしや待機、スタンギング、放血などの場所にカメラを設置し、映像を保存して検査官が確認できる仕組みがあります。
映像は九十日間保存され、動物福祉基準の確認に使われます。川上さんはこれを日本との大きな違いとして挙げました。
屠畜検査や衛生監視はあるが、屠畜時の動物福祉の監視・記録・消費者への説明の見える化は進みにくい
規則で苦痛や恐怖の低減を明文化し、監視カメラなど見える化の仕組みが発達
ただし川上さんは、海外が完全で日本がすべて遅れているという話ではないと釘を刺します。
イギリスやEUにも動物福祉違反や制度運用上の問題はあります。制度があることと完全に守られていることは別です。
欧州では動物福祉を制度・監視・認証・消費者情報と結びつける仕組みが発達してきた一方、日本は食の安全を中心に発展し、近年その上に動物福祉の指針や調査が整備されてきた、と整理されました。
消費者の理解と支払い意思
次に、消費者の理解に関する国内研究が紹介されます。
日本畜産学会報に掲載された2020年の論文では、25歳以上65歳未満の女性400名を対象に、アニマルウェルフェアの知識が牛肉の購買意識に与える影響が調べられました。
情報を提示した後は、牛肉購入時に飼育のされ方を重視する傾向が有意に高まったと報告されています。
ここから川上さんは、消費者に関心がないとは言い切れず、むしろ情報が届いていない可能性があると指摘します。知らなければ選択肢にならない、というわけです。
一方で注意も添えられました。アンケートで「買う」と答えることと、店頭で高い商品を継続して選ぶことは同じではありません。
だからこそ、情報提供や認証、表示を、流通と価格還元につなげる仕組みが必要だと話されています。
生産者と消費者がそれぞれできること
続いて、屠畜場で働く人の位置づけにも触れられます。食肉を消費する社会である以上、誰かがその工程を担っているという前提です。
川上さんは、屠畜場で働く人を一方的に責めるのではなく、制度や設備、教育、監視、人員配置、労働環境を含めて考える必要があると話します。個人の善意だけでなく、仕組みとして動物福祉を担保することが重要だという立場です。
そのうえで、酪農家自身にできることが整理されました。屠畜場内の作業は直接変えられないものの、出荷前までの管理には責任があるという考え方です。
牛の健康状態の把握、痛みや疾病を長引かせないこと、歩行困難な牛を無理に動かさないこと、輸送に耐えられるかの判断、獣医師との相談などが挙げられました。
さらに、落ち着いたハンドリングや滑りにくい床づくりなど、輸送前後のストレスを減らす管理も動物福祉の一部だと語られています。
加えて、飼養管理や疾病対策をどう行っているかを説明できる範囲で発信することも、生産者の重要な行動だとされました。
消費者が不安を持つ理由の一つは情報が不足していることです。情報がなければ疑問は残り、疑問が残れば不信につながっていくんじゃないかなと。
消費者側にできることとしては、五つが挙げられました。安全性と動物福祉を分けて考えること、生産者や販売者に質問すること、表示や認証を見ること、食品ロスを減らすこと、そして極端な対立にしないことです。
川上さんは、畜産を続ける側と福祉を求める側が対立すると議論が進みにくいと指摘し、改善できる部分を具体的に特定することが行動につながると話しました。
コメントへの回答とこの回のまとめ
最後に、ユキさんへの回答が整理されます。
「日本のお肉は安心して食べられない」という意見は、個人の選択として尊重されるべきだと川上さんは述べます。日本のものが嫌ならヨーロッパのお肉を選ぶのも自由だという立場です。
ただし社会全体の議論としては、食肉の安全性、動物福祉の水準、情報公開の程度、支払い意思、価格還元を分けて整理する必要があると話します。
日本には食肉衛生の制度があります。動物福祉に関する法律や指針もあります。一方で国際比較をすると、屠畜時の動物福祉の監視・記録・見える化については改善の余地があります。この認識が現時点で最もバランスの取れた整理だと思います。
そのうえで川上さんは、リスナーへのお願いを三つ挙げました。牛乳やお肉を買うときに産地や生産者情報を見てみること、疑問があれば生産者に質問すること、そして買ったものを無駄にしないことです。
食品ロスについては、せっかく福祉に配慮しても捨てられては元も子もない、しっかり食べて価値を見出し、また買うという循環をつくりたいと語られました。
なお、配信の終盤では「QRコードで情報を確認できたらいい」というコメントに対し、個体識別番号牛の一頭ごとに割り振られる番号で、インターネットで検索すると生産地などの情報を確認できる仕組みです。がその一つになりうると答えています。
まとめ
川上さんは感情的な反論ではなく、制度・研究・国際比較を分けて整理し、日本の食肉は衛生面の制度が整う一方、屠畜時の動物福祉の見える化には改善の余地があると結論づけました。大きな制度はすぐ変わらなくても、消費者の質問や選択、生産者の記録と発信が積み重なれば、流通や制度は少しずつ変わると話しています。
- 食品としての安全性と、動物の最期の苦痛を減らす動物福祉は別の問題として考える必要がある。
- 日本は食肉衛生の制度を中心に発展し、動物福祉の指針や調査は近年整備が進んでいる段階。
- EUやイギリスでは監視カメラなど、屠畜時の動物福祉を見える化する仕組みが発達している。
- 国内研究では認知度は低い一方、情報提供によって飼育のされ方を重視する傾向が高まる。
- 必要なのは批判ではなく、情報提供・記録表示・認証・価格還元・食品ロス削減をつなげること。
