リスナーからの質問と今日のテーマ
今回はYouTubeネームのメイプルさんから届いた質問がテーマです。以前紹介したオランダの水上酪農場が来年閉鎖されるという内容でした。
以前の配信で紹介されていたオランダの水上酪農場が来年閉鎖されるそうです。湾岸エリアの再開発による借地期限や、行政との環境規制認証を巡るトラブルが重なったためらしいのですが、何が難しかったのかわかりやすく解説してほしいです。
この牧場は、街から出た食品廃棄物を牛に食べさせ、牛乳や肉を作って街の人に還元するという新しい取り組みで、酪農業界のSNSでも話題になっていたと話されています。
これね、本当に自分も見てて、うわ、面白いことやり始めたなというのがあって、興味は持ってたんですけど。
川上さんは、これを役所が悪いといった単純な話にはしたくないと前置きします。今回考えてほしいのは、技術的にできることと、社会の中で何十年も続けられることは別問題だという点だと語られています。
フローティングファームとは何だったのか
舞台はオランダのロッテルダム。港の中に作られた「フローティングファーム」という牧場です。名前の通り、本当に水に浮いている農場でした。
2019年に本格稼働し、世界初の本格的な水上酪農施設として注目されました。当初は32頭、閉鎖報道の時点では28頭のマースラインアイセルという乳肉兼用品種が飼われていたと説明されています。
ただ牛舎を水に浮かべただけではありません。搾乳ロボット、自動給餌機、糞尿回収ロボット、太陽光発電、雨水利用、そして都市の食品副産物を牛に食べてもらう仕組みまで徹底していました。
これはサーキュラーエコノミー資源を使い捨てず循環させて再利用する経済の仕組み。廃棄物を減らし、副産物を別の用途に活かすことを重視する考え方です。、つまり循環型経済を牧場で実験するものでした。
餌には地元のビール工場から出るビールかすや、スポーツ施設から出る草などが使われ、飼料のおよそ80%をロッテルダム周辺から調達していたと紹介されています。
都市の副産物
ビール工場の麦芽かすや食品加工副産物、施設から出る草を集める
牛が食べる
集めた副産物を水上の牛の飼料として利用する
牛乳・肉を生産
搾乳ロボットなどで牛乳や肉を作る
近くの住民へ
生産物を都市の住民へ販売して還元する
なぜ牛を水の上に浮かべたのか
そもそもなぜ牛を水の上に浮かべたのか。土地がないから変わったことをした、というだけの話ではありません。
発想のきっかけは、2012年にアメリカ東海岸を襲ったハリケーンサンディでした。創業者のピーター・ファン・ウィンガーデンさんは当時ニューヨークにいて、物流網が止まると大都市でも短期間で生鮮食品の供給が脆弱になることを経験したと説明されています。
そこで生まれた問いが「食料を全部遠くから運んでくる都市は本当に強いのか」というものでした。
だったら都市の近くで作る。土地がないなら水面を使う。洪水が来たら水位と一緒に施設も上下する。都市の副産物を牛に食べてもらい、その牛乳を近くの住民へ売る。かなり論理的な考えで作られた牧場だったと話されています。
川上牧場自身も都市酪農をやっており、消費地が近いことは生産者にとって強みになると語られています。
閉鎖に至った3つの理由
ここからが本題です。川上さんは、牧場そのものが成立しなかったというより、複数の社会実装上の条件が同時に詰まってしまったという理解が一番近いと整理します。特に大きいのは3つです。
1つ目は、牛舎の床の問題です。この牧場にはアンモニア排出などを抑える特殊な低排出型の床が使われていました。
ところが使用するうちに床が膨らみ、牛がつまずく危険が出たり、糞尿回収ロボットが動きにくくなりました。そこで運営側は1年半から2年前に新しいドイツ製の低排出の床へ交換します。
問題は、この床がオランダ国内で必要とされる認証を持っていなかったことです。運営側は排出量は基準内に収まっていると主張し、行政側は制度上認証された設備でなければならないという立場でした。
報道では、環境保護局DCMRから制裁手続きの対象となり、繰り返し違反と判断されれば合計2万4000ユーロ規模、日本円で550万〜600万円ほどの罰金リスクがあると運営側が説明しています。
川上さんは、外部の人間が行政が間違っているとも牧場がルールを破ったとも簡単には断定できないと釘を刺します。ここに、イノベーションとレギュレーションの衝突があると語られています。
2つ目は、あと数年しか使えない施設へ再投資する意味が薄かったことです。
もしあと30年そこで酪農できるなら、床を交換する判断もありえます。しかしフローティングファームは、もともと港で永久に営業できる農場ではありませんでした。
市の許可は2028年2月1日まで、別の契約では2029年6月末という日付も報じられており、遅くとも2028年から2029年頃には現在地での継続が難しいと理解するのが安全だと話されています。
つまり、数万ユーロかけて床をもう一度交換するより、1〜2年で移転する可能性が高いなら、牛を他へ移して次の事業を考える判断も理解できる、というわけです。
これは日本の酪農家にも似た判断があります。設備が壊れたとき、あと何年この牛舎を使うのか、この設備は回収できるのかを全部考える。技術の問題と経営の問題は切り離せません。
3つ目は、都市そのものが変わっていたことです。始まった当初のメルウェハーフェン周辺は湾岸工業地域で、未来型の実験をする余地がありました。
ところが再開発が進み、住宅が増えて人が住み始めると、牛の鳴き声や餌の搬入、糞尿の臭い、トラックといった農業では普通のものが、住宅地では問題になりえます。
湾岸当局も、フローティングファームはもともと10年間の一時的な実証利用として認められたもので、長期的に工業の港へ残すことは適切ではないという趣旨を説明しています。
動物福祉が理由だったのか、そして失敗だったのか
質問にもあったアニマルウェルフェアの点も整理されます。フローティングファームには以前から、牛を水上の人工構造物で飼うのは自然なのかという批判がありました。
ただし、今回の閉鎖を動物福祉上の問題が認められたためと説明するのは正確ではないと話されています。運営側も現在その説明を否定しており、報じられている中心は床の認証制裁と期限付きの立地条件です。
当時の施設には陸地側へ出られる仕組みもあり、牛が自由に移動できると報じられていました。水上だから虐待でもなく、最新設備だからウェルフェアが完璧でもない、と語られています。
では、この牧場は失敗だったのか。川上さんは単純に失敗とは呼ばない方がいいと言います。
7年間実際に牛を飼い、牛乳を搾って商品として販売し、都市の食品副産物を飼料に使い、ロボットを動かし、世界中から見学者を受け入れました。Proof of Concept新しいアイデアや技術が実際に成り立つかを試し、実現可能性を証明すること。日本語では概念実証と呼ばれます。としてかなり多くを実証したと評価されています。
未来の酪農に本当に必要なもの
この事例から一番学べるのは、未来の酪農を作るなら牛舎だけ設計していてはいけない、ということだと話されています。
たとえば地下や都市、宇宙で酪農をしようとしたとき、技術者は換気も餌作りも水の循環もロボット作業もできると言うかもしれません。でも、それだけでは牧場は成立しません。
必要なのは技術だけではなく、規制、経済性、動物福祉、都市計画、そして社会的受容まで全部だと整理されています。
だからこそ、フローティングファームの一番の功績は牛乳ではなかったかもしれないと語られます。水上で何リットル搾ったかだけ見れば小さな牧場です。
でも、都市の真ん中に家畜を戻したら何が起こるのかを7年間やってみた結果、技術、法律、住民、土地、環境、動物福祉、経済性の摩擦が全部見えてきました。研究は成功したときだけでなく、どこで失敗するかがわかることにも価値があると話されています。
質問への答えは一言でこうまとめられました。
技術的に牛は飼え、牛乳も搾れ、循環の仕組みも動きました。でも法律や認証、土地利用、都市の成長、社会の価値観が変わっていく。未来の農業を作るには、その牛舎が30年、50年存在できる制度まで一緒に設計する必要があると締めくくられています。
最後に川上さんは、これは水上酪農だけの話ではないと語ります。新規就農でも、最初は応援されても、糞尿の処理や草刈りが追いつかないとすぐ言われる。川上牧場も例外ではないと言います。
こんなにいろいろ、小学校や保育園、植林活動をやって、いろんな発信活動をやって、頭をペコペコ下げ、綺麗に牛舎をやったとしても、めっちゃ言われるんですから。
だからこそ、社会に理解してもらえる牧場になるために努力しないと意味がない、牛乳を搾るだけではいけない、とこれから酪農を志す人へ向けて話されています。
まとめ
世界初の水上牧場フローティングファームを止めたのは、牛を水に浮かべる技術ではなく、床の認証、期限付きの立地、変わりゆく都市という社会側の条件でした。未来の酪農を考えるとは、牛舎だけでなく、それが長く存在できる制度と社会的受容まで設計することだと語られた回です。
- フローティングファームはロッテルダムの港に作られた世界初の本格的な水上酪農施設で、都市の副産物を牛に食べさせる循環型の実験だった
- 閉鎖の主因は、床の認証を巡る行政との対立、あと数年しか使えない立地条件、再開発で変わる都市環境の3つが重なったこと
- 動物福祉は議論はあったが、閉鎖の中心的な理由ではないと運営側も説明している
- 7年間の実証は失敗ではなく、都市に家畜を戻すと何が摩擦になるかを可視化した価値ある実験だった
- 未来の酪農に必要なのは技術だけでなく、規制・経済性・動物福祉・都市計画・社会的受容まで含めた設計である
