リスナーからの質問「牛乳は餌で差別化できないの?」
今日の配信は、TikTokに届いた質問への回答からスタートします。質問をくれたのは、TikTokネームのお豆腐さん。
卵だとヨード卵・光とか、他と差別化した卵がありますが、牛乳ではあまり見ない気がします。牛乳だと餌を工夫しても差別化は難しいんでしょうか?
この問いに、川上さんはまず結論から答えます。
牛乳も餌や牛の品種、飼養方法などによって差別化することはできるんです。ただし、卵と牛乳では商品になるまでの流通構造がかなり違う。
ポイントは、特色のある牛乳を作れるかどうかと、その特色を残したまま消費者まで届けられるかどうかは、別の問題だということです。
なぜ卵は差別化しやすいのか
スーパーの卵売り場を見ると、普通の卵、餌にこだわった卵、平飼い卵、栄養成分を特徴にした卵など、いろんな商品が並んでいますよね。
川上さんが重要だと指摘するのは、鶏が産んだ卵は「1個の卵」として存在している、という点です。
たとえばA農場で生産された卵を、A農場のブランドとして選別・包装して販売する。これはイメージしやすいですよね。ところが、牛乳は少し事情が違ってきます。
毎日搾るしかない「生乳」の特殊性
牛乳の流通を考えるとき、まず知っておきたいのが生乳の特殊性です。
牛は毎日お乳を出します。そして生乳は腐敗しやすく、基本的には毎日搾らなければならない液体です。今日は安いから倉庫に置いて来月売ろう、といったことが簡単にはできません。
だから日本では、酪農家一戸一戸が乳業メーカーと個別に交渉するより、地域の生乳をまとめて集め、まとめて販売するしくみが発達してきました。
農林水産省の資料では、指定団体経由の販売シェアは95%以上とされています。ただし直近ではこの数字は少し下がってきているとのことです。
このしくみが必要な理由を、川上さんは例え話で説明します。
川上牧場だけで今日は800kg出ました、隣の牧場は1500L、別の牧場は700Lですと、それぞれ毎日乳業メーカーへ持っていったら、物流は大変です。
さらに、牛乳の需要は毎日一定ではありません。学校給食の有無や気温、連休などで動きます。でも牛は「来週から学校が休みだからお乳を減らそう」なんてことはできません。
だから地域単位で搾って集めて販売し、需要と供給を調整する。特に交通の便が悪い地域からも安定的に搾乳できるよう、集送乳調整金という制度も設けられています。
液体だから混ざる。差別化を難しくする壁
ここで川上さんは、このしくみがあるからこそ差別化が難しくなる、という話に入ります。
たとえば川上牧場が特別な餌で特徴のある牛乳を作ったとします。飼料設計を変え、特色ある牛を飼い、乳成分に特徴が出たとしても——その生乳を他の牧場の生乳と一緒に乳業工場へ運んだらどうなるでしょう。
つまり、牧場で差を作ることと、商品として差を残すことの間に、もう一段階あるということ。これが卵との大きな違いです。
インサイダーかアウトサイダーか、の二択ではない
酪農業界では、指定団体に出荷せず独自ルートで販売する生産者を「アウトサイダー」と呼ぶことがあります。
たしかに独自ルートを持てば独自ブランドは設計しやすくなります。でも、自社ブランド牛乳を作りたいなら必ずアウトサイダーにならなければいけない、というわけではないんです。ここは制度が変わったところだと川上さんは言います。
農林水産省の資料には、指定団体へ委託販売している酪農家でも、6次産業化として自ら牛乳・乳製品を製造販売できると明記されています。一部の生乳だけを自ら加工販売したり、特色ある生乳を小規模乳業者へ直接販売したりするしくみも示されています。
制度改正によって、指定事業者を経由しなくても補給金を受けられるしくみも整備され、出荷先を選びやすい方向に変わってきています。だからインサイダーかアウトサイダーかの二択だけではないんですね。
「特色ある生乳」という制度上の道
さらに面白いのは、農林水産省の資料に「特色ある生乳」という言葉がはっきり出てくることです。
例として挙げられているのが、ノンGMO飼料やオーガニック飼料を食べた牛の生乳、ジャージー種の生乳など。他と差別化でき、同じ用途の生乳より高い価格で販売できるものとされています。
そして、指定団体へ全量委託していても、特色ある生乳を他と区別してプレミアム乳価で販売委託するしくみがあります。
では、何が問題になるのか。川上さんは、別に搾る物流コスト、必要な生乳量、乳業メーカー側の設備、市場規模といった現実的な条件を挙げます。
少ない量のために工場を動かしたり、パッキングしたり、包装も変えたり、集乳ルートも変えたりしないといけない。そのコストが見合いますか、というところが現実的なところですね。
もう一つ重要なのが、酪農家単独ではなく乳業メーカーと一緒に商品を作る方法です。特定地域の生乳だけ集める、飼料条件を統一する、乳業メーカーが別ラインで処理してブランド化する。こうすれば指定団体のしくみを使いながら特色ある商品も作れます。
だから実際には「酪農家が特徴を作る」「集乳で分ける」「乳業メーカーが商品化する」の3つをつなげる必要がある。卵より販売のプレイヤーが多い、ということです。
餌で牛乳の栄養は変えられるのか
質問にあった「餌で差別化」について、生物学的な面からも説明が入ります。答えは、変えられるものもあるけれど、何でも自由自在に変えられるわけではない、というものです。
乳牛は食べたものをルーメン(第一胃)の微生物で発酵させて栄養を吸収します。人間が食べたものがそのまま母乳へ移るような単純な構造ではありません。
一方で、比較的変えやすいのが乳脂肪の脂肪酸組成です。餌の脂肪源や放牧などによって、牛乳中の脂肪酸プロフィールは変化します。
ただし、不飽和脂肪酸の一部はルーメン微生物によって水素添加(バイオハイドロジェネーション)を受けます。餌に入れた脂質がそのままお乳に出るわけではない。ここが鶏と牛の大きな違いです。
酪農では、牛に何を食べさせるかではなく、ルーメンで何が起こるかまで設計しなければならない。ここが面白くもあり難しいところです。
卵と牛乳、差別化のプロセスを整理する
ここで川上さんは、卵と牛乳の差別化のプロセスを並べて整理します。
餌を工夫し、その餌を食べた鶏が卵を産む。産んだ卵を選別してブランドとして包装・販売する。個体の商品性を残しやすい。
餌を工夫し、牛が牛乳を生産。他農場の生乳と分離を維持したまま集め、別ルートで運び、乳業工場で別々に殺菌・充填してブランドとして販売する。
つまり牛乳の場合、生産段階で差を作るだけでは足りません。その差を、牧場から牛乳パックまで混ぜずに分離して運ぶしくみが必要になるんです。
差別化の難しさは新しいビジネスの余白?
この質問を考えて、川上さんは逆にこう思ったと言います。牛乳の差別化が難しいこと自体が、新しいビジネスの余白なんじゃないか、と。
これまでは牧場名や地域、ジャージー種などの品種、低温殺菌で差別化することが多かったですよね。でも今後はもっと細かく、餌、脂肪酸組成、環境負荷、アニマルウェルフェア、遺伝的特徴などを組み合わせた商品設計が出てくる可能性があります。
ゲノムや餌のデータ、乳成分分析が安くなれば、「この牧場の牛乳」から「この生産システムだから生まれた牛乳」へと、ブランドの考え方が変わるかもしれません。
そして川上さんが一番難しいと強調するのは、作ることではありません。
誰が別に集乳し、別タンクで受け、殺菌し、充填するのか。高くなった価格を誰が払い、その違いを消費者が価値として感じるのか。ここまで成立して初めて商品になる、というわけです。
川上牧場がブランド化に踏み切れない理由
配信の終盤では、川上さん自身が「ブランド牛や6次産業化はしないんですか?」とよく聞かれることに触れます。
うちは小さな牧場で、6次産業化には手間もかかる。しかも生産は止められず、毎日搾った牛乳をすべて売っていくことが大事。だから営業に熱量を出しづらいんだと、正直に語ります。
牛を飼うことにはすごい熱量。何時間かけても本当に楽しいなと思うんですけど、営業はなかなか嫌いですね。
一方で、海外の事例には憧れがあるようです。酪農家が搾った牛乳を、地域の自動販売機のようなお店のタンクに入れ、住民がガラス瓶に入れて持ち帰れるしくみ。日本でもやりたいけれど、指定団体制度があるため簡単ではないと話します。
消費者の声が一番大きいのが一番大事ですから、ここをなんとかしていきたいなと思っています。
まとめ
卵と牛乳の差別化の違いは、餌のこだわりだけの話ではなく、液体である生乳をどう集め、どう届けるかという流通構造の話でした。牛乳も差別化はできる。ただ、その価値を最後まで混ぜずに届けるしくみをどう作るかが、これからの酪農の面白い課題なんですね。
- 牛乳も餌や品種で差別化できるが、卵とは商品になるまでの流通構造が大きく違う
- 生乳は毎日搾るしかない液体で、地域でまとめて集める指定団体のしくみが発達してきた
- 液体ゆえに混ざるため、牧場で作った差を商品まで残すには分離して運ぶ一段階が必要
- 制度上は指定団体に委託しながらでも「特色ある生乳」をプレミアム乳価で売る道がある
- 一番難しいのは牛乳を変えることより、その違いを消費者まで届けるしくみを変えること
