リスナーからの質問「牛のゲップは言うほど悪なの?」
今回のお便りは、配信アプリ「ポポポ」のポポポネーム・観心さんから届きました。
牛さんのゲップは言うほど悪なのでしょうか?そんなに温暖化に影響あるのでしょうか?世界中の牛さんのゲップはどのくらいの排出量になるのでしょうか?
牛のゲップが温暖化の原因になっている、というのはニュースやSNSでもよく見かける話ですよね。
ただ川上さんは、酪農をやっている立場から、そこには「牛を減らしたい」「牛を悪者にしたい」という力が働いているように感じると話します。
一部分だけを切り取ると、誤解しやすいんじゃないかなと思ったりします。
そこで今回は、牛がなぜメタンを出すのか、世界でどれくらい出しているのか、そしてその炭素はそもそもどこから来たのか、というところまで含めて考えていきます。
そもそも牛はなぜメタンを出すのか
まず結論から。川上さんは、牛のメタンは無視できない、でも牛が一方的に大気へ炭素を追加していると考えるのも正解ではない、と最初に伝えます。
牛には人間にはない大きな発酵槽、ルーメン牛などの反芻動物がもつ第一胃。たくさんの微生物が暮らしていて、草の繊維を発酵・分解して栄養にする働きをもつがあります。この第一胃にはたくさんの微生物が暮らしています。
人間は草を食べてもセルロースなどをうまく利用できませんが、牛はルーメンの微生物の力を借りて、人間が食べられない繊維から栄養を得られます。
つまり牛は、人間がそのままでは食べにくい植物資源を、牛肉や牛乳という高品質な食品に変えられる動物なんですね。
ただ、このすごい仕組みには副産物があります。微生物が餌を発酵させる過程で水素などが生じ、それを使うメタン生成古細菌によってメタンが作られます。
そしてその大部分は牛の口から出ます。だから「牛のおなら問題」と言われることもありますが、主役はおならよりゲップなんです。
世界で牛はどれくらいメタンを出しているのか
質問にあった「世界中ではどのくらい?」という部分です。
IPCC気候変動に関する政府間パネル。世界中の科学的な研究をまとめ、気候変動の評価報告書を発表している国際的な組織の第6次評価報告書では、家畜の消化管内発酵と糞尿管理によるメタン排出量は、2008年から2017年の平均で年間約109テラグラムとされています。
1テラグラムが100万トンなので、年間約1億900万トンのメタンにあたり、その約90パーセントを消化管内発酵、つまりゲップが占めます。
ただし注意したいのは、これが牛だけの数字ではないこと。牛、水牛、羊、山羊などの反芻家畜を含む数字です。
FAO国連食糧農業機関。食料と農業に関する国際的な取り組みや、家畜と環境に関するデータ・評価モデルの整備を行っているの別の整理では、家畜由来の消化管内発酵や糞尿管理などは、世界の人為起源メタン排出の約32パーセントを占めるとされています。
なので「牛のゲップなんて少ないから関係ない」とは言えません。世界規模で見ると、明確に重要な排出源になっているんですね。
では、なぜCO2ではなくメタンが問題なのか。メタンは大気中に存在する期間はCO2より短いのですが、温室効果の強い気体なんです。
だからメタン削減は、比較的短い時間軸で温暖化の進行を抑えるうえで重要だと考えられています。
そのメタンの炭素はどこから来たのか
ここまで聞くと「やっぱり牛は環境に悪いじゃないか」と思いますよね。でも、もう一段階掘ってみます。
牛がゲップとして出すメタンは化学式でCH4、つまり炭素Cが含まれています。その炭素はどこから来たのでしょうか。
突然お腹の中で炭素が生まれたわけではなく、元をたどれば牛が食べた飼料です。牧草や飼料用トウモロコシですね。
植物は畑で育つとき、太陽のエネルギーで光合成をして、大気中からCO2を取り込み、その炭素で葉や茎、根などをつくります。
その植物を牛が食べ、ルーメンで発酵し、炭素の一部がメタンになって大気へ戻る。そして大気中で酸化されて最終的にCO2になり、また植物へ。
この炭素の循環の中に牛はいます。これがバイオジェニックカーボンサイクル大気中のCO2が植物・動物を経てまた大気へ戻る、比較的短い期間でめぐる生物由来の炭素の循環のことという考え方です。
大気中のCO2
植物が光合成で取り込む
牧草・飼料
植物が炭素で葉や茎などをつくる
牛が食べる
ルーメンで発酵する
メタンとして排出
大気中で酸化されCO2に戻る
「だったら畑がCO2を吸っているからプラスマイナスゼロじゃないの?」と思うかもしれません。川上さんが今日いちばん間違えてほしくないのがここです。
植物が光合成でCO2を取り込むのは確かですが、これは通常の作物生産に含まれる短期的な生物炭素循環です。
牧草が成長中に100のCO2を取り込んだから、牛の温室効果ガスから100をそのまま引けばいいという計算にはなりません。
なぜなら、餌をつくる過程そのものにも別の温室効果ガスの排出があるからです。
循環しているから相殺、とはいかない理由
餌づくりには、トラクターの燃料、化学肥料の製造、畑への窒素肥料や堆肥、収穫や乾燥・貯蔵、加工、輸送と、さまざまな工程があります。
さらに窒素を土壌に投入すると、亜酸化窒素N2Oとも呼ばれる温室効果ガス。土壌に窒素肥料や堆肥を入れたときなどに発生し、CO2よりも強い温室効果をもつという非常に強力な温室効果ガスも発生します。
FAOの家畜環境評価モデル「gleam」でも、飼料生産について肥料や農薬の製造、耕起、栽培管理、収穫、貯蔵のエネルギーに伴うCO2、肥料や堆肥からのN2Oなどを評価しています。
だから「牧草がCO2を吸っているから牛のメタンは問題ない」という説明は、科学的には不十分なんですね。
では化石燃料のCO2と牛のメタンは同じなのか。これも少し違います。
石炭や石油、天然ガスは地下に長期間蓄えられていた炭素で、それを掘り出して燃やすと、貯蔵されていた炭素を現在の炭素循環へ追加することになります。
一方、牛のメタンの炭素の多くは、大気中のCO2から植物を経て牛へという比較的短い生物学的循環を通っています。
地下に長期間蓄えられていた炭素を掘り出して燃やし、現在の炭素循環へ追加する
大気中のCO2から植物を経て牛へという、比較的短い生物学的循環を通っている
ただし、ここでも大事なのは「循環している=温暖化への影響がない」ではない、ということです。
牛がメタンを出せば、大気中にある間は温室効果があります。世界の家畜頭数が増えれば、総メタン排出量が増え、大気中のメタン濃度を押し上げる要因になります。
実際IPCCは、家畜由来のメタンが1990年代の約87テラグラムから2008〜2017年平均の約109テラグラムへ増えた主な理由として、世界の家畜頭数の増加を挙げています。
農場というシステム全体で見る
そこで今は、牛の口から出たメタンだけでなく、ライフサイクル全体を見る考え方が使われています。
FAOのgleamでは、飼料生産、飼料輸送、牛の消化管内発酵、糞尿管理、エネルギー利用、生産後の工程まで、サプライチェーン全体をLCAライフサイクルアセスメント。原料の生産から廃棄まで、製品や活動の一連の流れ全体で環境への影響を評価する方法の考え方で評価しています。
さらに今のgleamでは、放牧管理の改善などによる土壌炭素貯留の変化も評価対象にできます。
つまり「牛のゲップが何キロ」だけでも、「牧草がCO2を吸ったから大丈夫」だけでも評価できない。農場というシステム全体で考える必要があるんですね。
酪農家に何が改善できるのか
環境対策というと「牛を減らしてください」という話だけに聞こえがちですが、実際には改善できるところがたくさんあります。
餌の質の改善、メタン削減効果が科学的に確認された添加物の利用、健康管理や繁殖成績の改善、育種、糞尿の適切な管理、飼料生産の効率化、土壌管理の改善などです。
ここが現場から見ると面白いところで、酪農家は環境問題が話題になる前から、同じ餌でどう多くの牛乳をつくるか、どう牛を病気にさせないか、繁殖成績をどう良くするか、をずっと考えてきました。
それは経営や牛の健康のためですが、結果として資源を効率よく牛乳へ変えることは、牛乳1キロあたりの環境負荷を下げる方向とも重なります。
環境対策と酪農経営は、必ずしも敵同士ではないと思います。
ただし「牛乳1キロあたり」だけでもダメだと川上さんは言います。
たとえば牛1頭からたくさん搾れるようになって1キロあたりのメタンが減っても、世界全体で頭数や総生産量が大きく増えれば、総排出量は増える可能性があるからです。
だから酪農家が見るべき数字は、牛1頭あたり、牛乳1キロあたり、そして牧場や地域、世界全体の総排出量。1つだけではありません。
「牛は善か悪か」から離れて考える
最後に「牛のゲップは悪なのか」という質問に戻ります。川上さんは、ゲップそのものに善悪をつける必要はない、と話します。
メタンは牛の正常な生理現象として発生しています。ただ、人間が大量の反芻家畜を飼っている以上、その総量が気候に与える影響は無視できない。これは事実として受け止める必要があります。
一方で「牛はメタンを出すから環境に悪い」だけで終わらせると、植物や飼料生産、土壌、糞尿、人間が食べられない繊維資源の利用、牛乳やお肉への変換という大きなシステムが見えなくなります。
代わりに「人間は牛という動物を使った食料生産システムを、どこまで環境負荷の小さいものに設計できるのか」と考えてみる。川上さんは、これがこれからの酪農の研究としてものすごく面白いところだと言います。
さらに今は品種改良が大きく進み、メタン排出量の少ない牛がどんどん作られていて、餌の研究も進んでいます。
牛が悪者になるというより、牛がいないと温暖化を下げられないみたいなところまでなってくると、面白いんじゃないかなって個人的には思っています。
川上牧場でも、地域資源で使える餌を活用して地域の方に牛乳を飲んでもらうという酪農の根本を大切にしながら、品種改良にも積極的に取り組んでいるそうです。
まとめ
牛のゲップから出るメタンは、世界規模で見れば無視できない温室効果ガスです。でも同時に、その炭素の多くは大気のCO2を植物が取り込み、それを牛が食べたもの。循環しているとはいえ影響がゼロではなく、畑がCO2を吸うから相殺されるわけでもありません。だからこそ、システム全体で考えることが大切なんですね。
- 牛のメタンは世界で年間約1億900万トン規模。牛だけでなく反芻家畜全体を含む数字で、人為起源メタンの約32パーセントを占める
- 牛のメタンの炭素は、大気中のCO2から植物を経て牛へという生物由来の炭素循環の中にある
- 循環していても温暖化への影響はゼロではなく、餌づくりの燃料・肥料・N2Oなども含めて評価する必要がある
- 「牛を減らすか今まで通りか」の二択ではなく、同じ食料をどこまで環境負荷を小さく循環させられるかを考えることが大切
- 品種改良や餌の研究が進み、川上さんは「牛がいないと温暖化を下げられない」と言える未来にも期待している
