リスナーから届いた「品種改良と遺伝子組み換え」の質問
今回のお便りコーナーには、メルマガ経由でリスナーのコルトマルテスさんから長文の質問が届きました。
質問の要点は、果物や野菜、家畜の品種改良は当たり前に受け入れられているのに、なぜ遺伝子組み換え作物には強い拒否反応が出るのか、という疑問です。
コルトマルテスさんは、品種改良でも原形が残っていないかもしれないのに、そこはあまり意識されないのではないかと指摘しています。
品種改良は受け入れている人がとても多いと思っています。でも、遺伝子組み換え作物には拒否反応が強い方が多いイメージです。不思議ですね。今後の牛の交配による変化や、遺伝子組み換えに望まれることなどを伺えれば嬉しいです。
質問には、牛はまだ遺伝子組み換えには至っていないらしいこと、鶏では羽が生えない品種や胸肉が大きく取れる改良が進んでいるらしいことも書かれていました。
「牛の遺伝改良が一番好き」と語る酪農家
川上さんは自分の専門を「牛乳を搾ること」としつつ、酪農の中でも品種改良や遺伝改良が一番好きだと打ち明けます。
搾乳なんてしたくない。牛の交配だけ考えていたい。この牛にこの牛をかけたら、めっちゃ優秀な牛が生まれるんだろうなとか、そういうのばっかり考えていきたい。それが一番面白いんです。
種をつけて生まれた子牛が優秀で、ゲノム検査でもいい結果が出たときの嬉しさが、酪農を続ける原動力になっていると話されています。
一方で、品種改良や遺伝子組み換え、ゲノム編集といった話題は難しく、スーパーで「遺伝子組み換えでない」と表示されたものを見ると安全性が高そうに感じてしまう、と生活者側の感覚にも触れています。
品種改良と遺伝子組み換えは何が違うのか
川上さんはまず、いま食べている農作物のほとんどが、野生の姿とは全く違うものだと説明します。
例としてトウモロコシの原種テオシントを挙げ、真っ黒でゴツゴツした、芋かと思うような姿だと紹介します。
昔のバナナには大きな種がたくさん入っていたこと、キャベツやブロッコリー、白菜、カリフラワーが同じ野菜から選抜されてきたことも例に挙げられました。
つまり、人間は何千年も前から品種改良を続けてきた、というのが前提です。
そのうえで、品種改良と遺伝子組み換えの違いを整理します。
もともとその生物が持つ遺伝子の中から、人間が望ましいものを選んで増やしていく方法
別の生物が持つ遺伝子を導入する技術。例えば害虫に強い細菌の遺伝子を植物に入れることができる
牛の場合の品種改良は、乳量が多い牛が生まれたら、その子牛を増やして乳量を高めていくというように、選抜を積み重ねてきたものだと説明されています。
拒否反応は「自然か人工か」という感情?
川上さんは、遺伝子組み換えへの拒否反応について、科学的な危険性の議論よりも感情の部分が大きいのではないかという研究があると紹介します。
品種改良は長い歴史があって慣れている一方、遺伝子組み換えは新しく、見えにくく、難しいから不安になる。それはある意味で人間らしい反応だと話します。
ただし、安全性に疑問を持つこと自体は悪いことではなく、科学者も企業も検証を続ける必要があると付け加えます。
遺伝子組み換えだから危険と決めつけることも、逆に絶対安全だから疑問を持つなというのも、どちらも少し極端かもしれません。
牛の遺伝改良の今と、ゲノム編集という新技術
現在、日本で飼育されている乳牛や和牛は、基本的に遺伝子組み換えの牛ではありません。
酪農家がやっているのは遺伝改良で、乳量や長生き、病気への強さ、暑さへの強さ、繁殖成績などを見て牛を選んで交配していきます。
川上牧場でも、乳量だけでなく、乳房、足の強さ、繁殖性、健康性、そして長く牛舎に居続ける長命性まで見ていると話されています。
さらに、世界の酪農では重点が移りつつあると指摘します。
たくさん牛乳を出す牛を重視
健康で長生きする牛や、少ない餌で多くの牛乳を出す飼料効率の良い牛を重視
将来の技術としては、ゲノム編集も挙げられました。外部の遺伝子を入れるのではなく、もともと持っている遺伝子をピンポイントで修正する技術です。
研究されているのは、乳房炎に強い牛や暑さに強い牛、角が生えない牛などです。実現すれば抗生物質の使用を減らしたり、牛の苦痛や温暖化への負荷を減らせる可能性があると語られています。
技術に善悪はない。何のために使うのか
川上さんは、技術そのものに善悪はないという立場を示します。包丁で美味しい料理も作れるし、人を傷つけることもできる。道具は使い方次第だ、というたとえです。
人が楽をするためだけなのか、動物の幸せや環境負荷の軽減、未来の食糧問題の解決につながるのか。そこを議論することが大切だと話します。
そして、品種改良は受け入れられ遺伝子組み換えには抵抗がある、その違いを考えること自体が、食や科学を考える良い入り口かもしれないとまとめています。
日本の「豊かさ」と食糧をめぐる問い
川上さんは最後に、生産性を下げることの意味を考えてほしいと問いかけます。
日本がいつでもどこでも食べ物を買える背景には、別の国から作物を輸入している事情があると指摘します。
本来その国の子供たちや貧困で困っている人が食べられるものを、日本が豊かさゆえにお金を払って輸入している面がある、という見方です。
そのうえで、品種改良や遺伝子組み換えをやめろと言って生産性を下げることは、その人たちが食べられるものを奪うことにもつながるのではないか、と自身の考えを述べます。
品種改良をやめろとか遺伝子組み換えをやめろと言って生産性を下げるというのは、その子たちが食べれるものを奪っているという考え方もできると思うんですよね。
だからこそ川上さんは、最新技術はどんどん使っていってほしい方だと話します。ただし、これは正解の押し付けではなく、リスナーにもぜひ考えてコメントで教えてほしいと呼びかけています。
配信中には「改良型が好き」「遺伝改良が進んだ方が美味しい」というコメントも届き、今の美味しい食べ物は品種改良の賜物であり、先人たちの積み重ねの上にあると振り返っていました。
まとめ
品種改良は歴史が長く受け入れられ、遺伝子組み換えには拒否反応が出やすい。その違いには感情の面もあると整理しつつ、川上さんは技術の善悪ではなく「何のために使うのか」を議論することの大切さを語りました。牛の遺伝改良の現場から、食と科学、そして世界の食糧について考えるきっかけを投げかける回でした。
- 農作物や家畜の多くはすでに品種改良されたもので、野生の姿とは大きく異なる
- 品種改良は生物が持つ遺伝子から選抜する方法、遺伝子組み換えは別の生物の遺伝子を導入する技術という違いがある
- 日本の乳牛や和牛は遺伝子組み換えではなく、健康や長生き、飼料効率を重視した遺伝改良が進んでいる
- 技術そのものに善悪はなく、動物の幸せや食糧問題の解決につながる使い方かどうかが問われる
- 生産性を下げることは、食糧を必要とする他国の人々への影響にもつながりうるという視点が示された
