そもそも種付けって何?人工授精と自然交配
この日のテーマは「種付け」。川上牧場でおこなっている人工授精から話が始まりました。
人工授精は、保存してある精液を牛に種付けする方法です。世界でも日本でも、これが主流なんだそう。
一方で、人工授精ではなく自然交配をしている牧場も、日本には普通にあると川上さんは話します。北海道や栃木県、昔は島根でもやっていたところがあったそうです。
ただし自然交配は、牛が動き回れる牛舎じゃないとできません。フリーストール牛をつながず、自由に歩き回れるようにした牛舎の飼育方式。牛が寝る場所(ストール)が並んでいる。やフリーバーン牛を放し飼いにして、敷料を敷いた広いスペースで自由に過ごさせる牛舎方式。のような、牛がパカパカ歩けるところが条件になります。
保存してある精液を、器具で子宮の奥まで届ける。世界の約90%が採用する主流の方法。
雄牛を雌牛の群れに入れて交配させる。動き回れる牛舎が必要で、リスクも伴う。
発情を見つける難しさ
人工授精でカギになるのが「発情の発見」です。発情を見つけないと種付けのタイミングがわからないんですね。
つなぎ牛舎なら牛はいつも同じ位置にいますが、フリーストールだと牛がバラバラ。だから搾乳の前後などに、牛の行動を観察して発情の兆候を見つける時間が必要になります。
研修生が「ここで発情してる牛はいつもムーって鳴いてる」と言うと、川上さんは「必ずそうとは限らない」と返します。群れの強弱や餌の状態でも変わってくるからです。
つまり、発情を見つけられるかは人の技術しだい。ここに大きな落とし穴があると川上さんは言います。
Aさんはすごいベテランで発情がすごく発見できるんですけど、Aさんがお休みのとき、Bさん、Cさんだとなかなか発見できませんとか。
Aさんが仕事を辞めてしまって、Bさん、Cさんが残ったときに、ガクンと発情発見率が落ちてしまう、みたいなことが起こります。
自然交配に潜むリスク
自然交配では、雄牛を1頭つないでおくか、和牛の小さな子牛を使うのが多いそうです。乳牛と和牛をかけあわせたF1ホルスタインなどの乳牛と黒毛和牛をかけあわせた交雑種の子牛。肉用として育てられることが多い。を作るためですね。
なぜホルスタイン同士で自然交配しないのか。同じ父牛からすべての雌に交配すると、血が近くなりすぎてしまうからです。
近すぎる血、つまり近交係数血縁の近さを示す数値。高くなるほど遺伝的な多様性が減り、病気などのリスクが上がるとされる。が高くなると、病気などのリスクが出てきます。
さらに自然交配は「生付け」になるため、病気が移るリスクもあります。たとえば牛の白血病は血液感染などで起こることがあり、雄牛が全頭に種付けすると一気に広がってしまう危険があるんですね。
体の大きさの差で雌牛が怪我をしたり、雄牛が拒否して事故になることもあるそうです。
雄牛は基本1頭。同じ群れに2頭入れると縄張り争いで本当に危ないそうです。
牛って縄張り争いあるんですか。
あります。ハーレムって言って、自分の家族カテゴリーみたいなのを作ろうとするので。
マウンティングとスタンディングで発情を読む
研修生が前から不思議に思っていたことを聞きます。雌牛なのに、ほかの雌牛に乗りかかるのはなぜか、という疑問です。
雌牛って雄牛に乗られる側ですよね。なんで乗ってくるんですか?
それは「乗駕(じょうが)行動」と呼ばれる発情の兆候です。牛の上に乗りかかるのが「マウンティング」、乗られてもじっとしているのが「スタンディング」。マウンティングは発情の前半、スタンディングは排卵直前に見られます。この違いから、種付けに適したタイミング(適期)がわかります。
昔は牛の背中に人が跳び箱のように乗ってみて、じっとしていたら発情、と確認する人もいたそうです。ただ、これはかなり危険。
そういう人たちが怪我するから危ない。マジで危ないからやめてほしいけど。
なお、育成牛舎の若い牛がマウンティングしているのは、必ずしも発情とは限りません。群れの中で「私の方が強い」とリーダーを主張するためのこともあり、ケースバイケースなんだそう。
ちなみに未経産の子牛でも、3ヶ月ごろから卵巣が動き始めると言われています。発情が表に出るのは6ヶ月や8ヶ月ごろから。この性成熟の早さは、ホルスタインの優れた特徴でもあるそうです。
受胎率を左右するのは技術か、餌か
研修生が核心を突きます。妊娠する確率は、人工授精と自然交配で変わるのか。
熟練者がおこなう人工授精のほうが、受胎率は高いと言われているそうです。理由は精液を届ける場所にあります。
自然交配
膣に精液が出されるため、精子が頸管から子宮まで自力で泳いでいく必要がある。
人工授精
器具で頸管の奥、子宮まで直接届けられる。生きた精子を確実に送り込める。
結果
熟練者の人工授精のほうが受胎率が高いとされる。
ただし、技術以上に大事なのが「発情がちゃんと出るか」。ここに餌が深く関わってきます。
タンパクやエネルギーが足りないと、発情が弱くなったり、牛が鳴かなくなったりするそうです。
人間のトップアスリートが痩せすぎて生理が止まることがありますが、それと同じ。牛も体が痩せると繁殖に影響が出ます。
牛のエネルギーの使われ方には順番があります。まず健康、次に乳量、そして最後に繁殖。繁殖は一番あとまわしなんですね。
川上牧場が人工授精を選ぶ理由と、子牛盗難の話
川上牧場はもともとずっと人工授精だそうです。理由は、繁殖管理へのこだわりにあります。
そのメス牛に合ったオス牛を選んで、狙った子牛を産ませようっていう、品種改良をどんどんしようっていうのがうちの飼い方なので。
自然交配だと種を選べません。優秀な雄牛を買ってくるとなると、そのコストも大きくなります。精液は1本1万円ほどするものも普通にあるそうです。
話は「盗まれたらやばい」という研修生の一言から、子牛の盗難という別の話題へ広がります。
川上さんによると、海外には子牛や子豚を食べる文化があり、実際に「子牛を売ってくれ」とやってきた人もいたそうです。外から見えるので、目についてしまうんですね。
テレビのニュースでも、子牛が盗まれて食べられていた事例があったと川上さんは話します。島根県内での被害は聞かないものの、県外ではあるそうです。
まとめ
今回は牛の種付けをテーマに、人工授精と自然交配の違いを研修生と一緒に学びました。技術も大事だけど、根っこにあるのはやっぱり牛の健康と餌なんですね。
- 人工授精は精液を子宮の奥まで届けられるため、熟練者がやると受胎率が高いとされる
- 自然交配は血が近くなる・病気が移る・事故が起きるといったリスクがある
- マウンティングとスタンディングを見分けることで、種付けの適期がわかる
- 牛のエネルギーは健康・乳量・繁殖の順で使われ、餌が足りないと発情が弱くなる
- 川上牧場は狙った子牛を産ませる品種改良のため、人工授精を選んでいる
