リスナーからの質問と「牛なき世界」
今回のテーマは、配信アプリのリスナーから寄せられた1通の質問から始まりました。
最近、映画「牛なき世界」を見ました。内容はプロパガンダに利用されている「牛は地球に悪だ」という観点から発展したものでしたが、これは海外の事例だけでした。日本において牛がいなくなると、どのような事象が起こると思いますか?
川上さんはこの「牛なき世界」を、北海道での研修会で視聴したそうです。動物医薬品や添加剤を扱う会社がセミナーや勉強会を開き、その場でしか見られない限定的な映画とのこと。作中では海外の事例が中心で、日本の状況にはあまり触れられていなかったため、改めて自身で調べ、個人的な意見も交えて答えていきます。
短期的には生活は変わらない?
川上さんはまず結論から切り出しました。少し意外に思えるものです。
短期的には、日本から酪農が大きく減っても、多くの消費者の生活はそれほど変わらない可能性があります。
その理由は、日本がすでに乳製品を海外から多く輸入しているからです。チーズやバター、脱脂粉乳などは海外産も多く、日本の食卓はすでに海外の酪農に支えられている部分があります。もし国内生産が減っても、輸入を増やしていけば、スーパーから牛乳や乳製品がすぐに消えるわけではない、というわけです。
経済の視点だけで見れば、牛乳などの農産物は海外から買い、日本は自動車や半導体といった工業製品を輸出すればよいという考え方もあります。日本が農産物を買う代わりに、工業製品を買ってもらう。こうした貿易のつながりは「国際分業」という考え方では合理的だとも言えます。
実は海外に支えられている日本の酪農
さらに川上さんは、日本の酪農そのものが海外に深く依存している事実を指摘します。国産だと思われがちですが、実態は世界とつながって成り立っている産業だというのです。
乳牛が食べる飼料も、機械や設備も、それらを動かす燃料やエネルギーも、多くを輸入に頼っています。さらに肥料や、品種改良に使う牛の精液(種)まで海外から輸入している状況です。
なぜ「全部輸入」ではダメなのか
「それなら全部輸入でいいじゃないか」という声もあるでしょう。しかし川上さんは、ここが難しいところだと言います。輸入は平和な世界では非常に便利ですが、歴史を見ると、パンデミックや戦争、干ばつ、物流の停止、エネルギー危機といった出来事は何度も起きているからです。
実際、2020年以降の世界情勢でも、物流費や穀物価格は大きく変動しました。もし輸入が止まれば、牛乳だけでなく食料全体の供給が不安定になります。こうしたリスクへの備えが「食料安全保障」という考え方だと川上さんは説明します。
輸入は非常に便利で合理的。安価で安定した供給が期待できる。
物流停止・戦争・干ばつなどで輸入が止まると、食料全体の供給が不安定に。
牛乳を出すだけではない牛の価値
ここで川上さんは、別の視点を持ち出します。もし牛の価値を「牛乳を出す動物」「肉になる動物」だけで考えるなら、日本で酪農を続ける意味は年々難しくなるかもしれない、というのです。人口は減り、牛乳の消費量も大きく増えていない。酪農家も減っている。この状況では、生産するだけでは厳しい時代が続くと見ています。
しかし、牛は本当に牛乳だけの存在なのでしょうか。川上さんは、牛乳や肉以外にもさまざまな価値があると指摘します。
牛の牧草を作ることで、牧草地の景観や耕作放棄地が維持される。
子どもたちが命について学ぶ、酪農の体験の場になる。
牛糞堆肥が地域の農作物を支え、資源が循環する。
再生可能エネルギーとして、地域観光や教育にもつながる。
こうした価値まで含めると、牛は単なる「牛乳を出す工場」ではなく、地域の資源そのものになる、と川上さんは語ります。
時代とともに変わってきた牛の役割
実は牛の価値は、昔から何度も変わってきたと川上さんは言います。現代では「牛乳と肉を出すもの」という価値観が一般的かもしれませんが、歴史をたどると役割はまったく違いました。
つまり牛は、歴史の中で人間社会が必要とする役割を変えながら生き残ってきた動物だというわけです。川上さんは、今まさに「牛の価値が変わっていく時代」に入っているのではないかと考えています。
次の百年では、また新しい価値を持つ存在になるかもしれません。
配信の最後には、酪農家としての率直な危機感も語られました。国内で需要と供給のバランスをめぐってゴタゴタしている間に、海外ではITやAIを組み合わせて合理化した、より安価で安全・安心な乳製品が作られている。それを日本へ輸出したいという国も出てきており、このままでは日本は世界市場で負けていくのではないか、と見ています。牛乳をどんどん搾って経営を回すやり方は、限界に近づいてきているのかもしれません。
まとめ
今回の質問は「牛がいなくなったらどうなるか」でしたが、川上さんが最後に投げかけたのは、より本質的な問いでした。それは「これから牛にどんな価値を求める社会になるのか」ということです。
牛は昔から時代に合わせて役割を変えてきました。役牛から、堆肥、薬、そして牛乳や肉へ。次の百年では、環境・地域・教育・エネルギーといった、また新しい価値を持つ存在になるのかもしれません。皆さんは、これからの時代に牛にどんな役割が必要だと思うでしょうか。番組では、酪農業界の人も含めた意見を募集しています。
- 短期的には国内酪農が減っても、輸入で補えるため消費者の生活はすぐには変わらない可能性がある。
- 日本の酪農は飼料・機械・燃料・肥料・牛の種まで海外に依存しており、完全な国産ではない。
- 輸入は平時は便利だが、戦争・災害・物流停止などのリスクに備える「食料安全保障」の視点が欠かせない。
- 牛乳や肉以外にも、景観維持・教育・資源循環・エネルギーなど、牛には多くの価値がある。
- 牛は役牛・堆肥・薬など、時代ごとに役割を変えてきた。これから求められる価値を考えることが重要。
