牛も糖尿病になる?という素朴な疑問
今回の質問はTikTokのハチさんから寄せられました。「牛も糖尿病になったりしますか?人間と同じように生活習慣病にかかったりしますか?」という、酪農家にとってもうれしい素朴な疑問です。
牛も糖尿病になったりしますか?人間と同じように生活習慣病にかかったりしますか?同じ病気があれば教えてください。
川上さんによれば、牛も暑さで餌を食べにくくなったり、分娩の前後で体力を落としたりします。そうした不調とうまく付き合いながら、病気にかからず健康的に育てることで、おいしい牛乳ができているといいます。牛に人間と同じ「生活習慣病」があるかどうかは少し事情が違いますが、乳牛特有の病気があり、それが人間の病気とどうリンクするのかを解説していきます。
結論から言いますと、牛にも糖尿病はあります。ただし、人間とはかなり事情が違います。
なぜ牛は糖尿病になりにくいのか
人間の糖尿病というと、多くの人が思い浮かべるのは食べ過ぎ・運動不足・肥満といった生活習慣が原因となる2型糖尿病生活習慣が主な原因となる糖尿病。インスリンの働きが悪くなったり分泌が不足したりして、血糖値が高い状態が続く。日本の糖尿病患者の大半を占める。です。牛も一日中寝て食べてを繰り返しており、一見すると生活習慣病になりそうに思えます。
しかし、酪農で飼われている牛は、人間のような生活習慣病としての糖尿病は非常に稀だといいます。牛でみられる糖尿病は遺伝疾患や先天性のものが多く、獣医学の教科書でも「糖尿病は牛では稀な疾患」とされているそうです。
その理由は牛のお腹の仕組みにあります。牛は反芻動物で、人間のようにご飯やパンの糖をそのまま吸収するわけではありません。デンプン質や糖分を食べても、まず第一胃(ルーメン牛の4つある胃のうち最も大きい第一胃。無数の微生物が住み、餌を発酵させて栄養に変える発酵タンクのような役割を持つ。)の中で微生物が発酵させ、糖のほとんどが酢酸・プロピオン酸・酪酸といった揮発性脂肪酸に変わります。その中でもプロピオン酸から肝臓でブドウ糖を作っているのです。
餌の糖・デンプン
口から入る
ルーメンで微生物が発酵
糖のほとんどが酢酸・プロピオン酸・酪酸へ変化
肝臓でブドウ糖を合成
プロピオン酸をもとに血糖を作る
つまり、牛は人間と血糖値のコントロールの仕組みそのものが違うということです。だからこそ、人間のような糖尿病は起こりにくいのです。
牛ならではの代謝病「ケトーシス」と「乳熱」
では、牛に代謝の病気がないのかというと、そんなことはありません。むしろ牛には牛特有の代謝病があります。その代表がケトーシスです。
ケトーシスは特に分娩後によく起こります。子牛を産むと母牛は一気に大量のお乳を作り始めますが、食べる量がまだ追いつかず、体力も落ちている状態です。お乳のために大量のエネルギーが必要なのに、餌の量が追いつかない。すると牛は自分の体脂肪を分解してお乳を作ろうとします。その結果、ケトン体脂肪を分解してエネルギーにする過程で作られる物質。人間でも空腹時や糖質不足のときに増える。二日酔いのときなどにも増えることがある。が増えすぎてしまい、食欲が落ちたり乳量が減ったり、重症になると神経症状まで起こります。
母は強しですよ。体脂肪を使ってでもお乳を作ろうとするんです。
もう一つ有名なのが乳熱、いわゆる低カルシウム血症です。分娩後、牛乳にはカルシウムが多く含まれるため、牛は血液中のカルシウムを牛乳へ大量に送ろうとします。その結果、血液中のカルシウムが急激に不足し、立てなくなってしまう牛がいます。これも人間にはほとんどない、乳牛ならではの病気です。
| 病名 | 起こるタイミング | 主な原因 |
|---|---|---|
| ケトーシス | 分娩後 | 乳生産のエネルギー不足で体脂肪を分解、ケトン体が増加 |
| 乳熱(低カルシウム血症) | 分娩後 | 牛乳へカルシウムを送りすぎて血中カルシウムが不足 |
人間と共通する病気はあるのか
では、人間と共通する病気はあるのでしょうか。これはあります。例えば脂肪肝です。ただし、原因が人間とは正反対だという点が興味深いところです。
肥満が原因でなることが多い
分娩直後、乳を出すためのエネルギー不足で脂肪が肝臓に蓄積してなることが多い
このほかにも、関節炎・肺炎・胃潰瘍・腎臓病・心臓病・感染症・がん・白血病など、人間と共通する病気は牛にもあります。ただし、発症する原因や頻度は人間とはかなり違ってきます。
ここで面白いのは、牛の研究が人間の医療に役立っている点です。牛のエネルギー代謝や脂肪肝の研究が、人間の糖尿病や脂肪肝の研究の参考になることがあります。逆に、人間の医療で使われる血糖値の測定器を牛の治療に利用することもあります。牛がケトーシスになっていないかを調べるために、牛のおしっこを取って測ったりするそうです。獣医学と医学は、お互いに学び合っている分野なのです。
牛乳は牛の健康診断書
番組ではここでクイズが出されました。「人間が健康診断で気にする数値といえば血糖値やコレステロール。では酪農家が毎月一番気にしている数字は何でしょう?」というものです。
答えは、乳量だけでなく乳脂肪率・乳タンパク率・乳糖・MUNMilk Urea Nitrogen(乳中尿素窒素)。牛乳に含まれる尿素窒素の量で、牛のタンパク質やエネルギーの栄養バランスを知る指標になる。・体細胞数・BHBβヒドロキシ酪酸。血液や乳に含まれるケトン体の一種で、ケトーシスの指標として用いられる。など、牛乳から牛の健康状態をかなり詳しく見ることができる、というものでした。
牛乳はもともと血液から作られているため、牛乳を調べることで簡易の血液検査のような役割を果たすといいます。その最たるものが牛群検定乳牛の乳量や乳成分などを定期的に測定・記録し、飼養管理や繁殖・改良に役立てる制度。文字起こしでは「牛糞検定」と聞こえるが牛群検定を指す。で、川上牧場もこれを活用している酪農家の一つです。
川上さんは、この牛群検定を題材にしたKindle書籍「酪農ミステリー 遺伝改良と飼料設計編」(第2弾)を発売しており、牛乳の簡易検査から牛のさまざまなことを知る面白さを紹介しています。さらに、この書籍のデータを取り込んだChatGPTのカスタムAI「FarmEcho AI」も概要欄のリンクから試すことができ、質問すればAIが答えてくれるとのことです。
牛さんは食べた餌をどれだけ牛乳に変えるかを突き詰めた生き物。もうトップアスリートですから。
リスナーからは「猫も糖尿病になり、糖コントロールのカリカリも売っている」「食事は全く違うのに人間の生活習慣病に似た病気が多い」といったコメントも寄せられました。川上さんは、家畜やペットは人間の生活に合わせて暮らすため、人間と密接に関わる動物ほど似た病気が出やすいこと、また極端な近親交配などの品種改良を重ねると病気が増える傾向があることにも触れていました。
まとめ
人間も牛も同じ哺乳類ですが、体の仕組みはかなり違います。牛は反芻動物ならではの消化・代謝の仕組みを持つため、人間のような生活習慣病としての糖尿病にはなりにくい。その代わり、乳を作るために牛ならではの代謝病があります。
酪農家は毎日牛乳を搾るだけでなく、ケトーシスや乳熱といった病気を予防しながら牛の健康を管理しています。そして牛乳は、牛の健康状態を映す「診断書」でもあります。次に牛乳を飲むときは、一生懸命お乳を作る牛の姿を少し思い浮かべてみると、いつもよりおいしく感じられるかもしれません。
- 牛にも糖尿病はあるが、人間のような生活習慣病としての糖尿病は非常に稀。多くは遺伝・先天性のもの。
- 牛は反芻動物で、ルーメンの微生物が餌を発酵させ、プロピオン酸から肝臓でブドウ糖を作る。血糖コントロールの仕組みが人間と異なる。
- 牛特有の代謝病として、分娩後に起こるケトーシスと乳熱(低カルシウム血症)がある。
- 脂肪肝は人間と共通するが、人間は肥満、牛は乳生産のエネルギー不足が原因と正反対。
- 牛乳は血液から作られるため、成分を調べることで牛の健康状態がわかる「健康診断書」でもある。
