牛は虫歯にならない?カギは唾液の量
今回、研修生さんが選んだ疑問は「牛の口と歯と舌」について。最初の質問はシンプルに「牛は虫歯になりますか?」でした。
川上さんによると、虫歯になるのは糖分の多い食生活で虫歯菌が増えるから。牛は草が主食で、そもそも糖分の多いものを食べないので、虫歯にはなりにくいそうです。
虫歯って糖分からなるんですか?
増殖する原因になるのと、人間と草食動物の圧倒的な違いは唾液の量なんです。1日に200Lとか出しちゃうから。
この大量の唾液は、反芻のときに口を動かすことで出るもの。お腹のなかのルーメン牛の第一胃のこと。微生物が草の繊維を分解・発酵させる大きな胃で、牛の消化の中心になる。の微生物のpHを安定させる役割があります。
唾液がずっと口のなかにあることで、虫歯菌が繁殖しにくくなるというわけですね。
研修生さんは、以前飼っていた犬は一度も歯磨きしなくても口臭も歯石もなかったのに、今の子は口が臭くなりやすいと、個体差の話を持ち出します。牛にもそういう差はあるのか、という問いです。
川上さんは、虫歯で重症になったり餌を食べなくなったりという症状は見たことも聞いたこともないと話します。ただし配合飼料や穀類が多い和牛は、なりやすいとは言われているそうです。
28本の歯と、犬歯がない口のつくり
牛の歯は平らな臼歯が多く、人間の奥歯と同じような形。犬歯はありません。
何本あるんですか?
人間と同じ28本。歯の数は一緒です。
ただし前歯がないのが特徴。「前がなくて、ここについてる」と、上あごの前歯がない独特のつくりに研修生さんも興味津々です。
牧場の匂いの話にも脱線します。牧場の匂いはうんちではなく、牧草やサイレージ牧草などを密閉して乳酸発酵させた保存飼料。アンモニアなどの独特な匂いがある。牛の冬場の主要な餌になる。の匂いが多いのだそうです。
60〜80cmある牛の舌の使い方
続いて話は舌へ。牛タンとしておなじみですが、喉の奥あたりまであり、長さは60〜80cmほどもあります。
ザラザラした表面で草を丸めて絡め取り、くるくると丸めて、下の前歯でちぎるように食べていきます。
一方、ヤギや羊は前歯を使い、首も動かして根っこごとガツガツ食べるのだそう。ここで研修生さんが鋭い疑問を投げかけます。
ヤギとかも同じ草食動物で前歯があるのに、なんで牛は前歯がない?
牛は前歯がない方法を選んだんでしょうね。
同じ反芻動物でも胃袋の数が違い、消化の形もそれぞれ。進化の過程でどこかで分岐したのだろう、という話に落ち着きます。
前歯がなく、60〜80cmの舌で草を絡め取り、下の前歯でちぎって食べる
前歯を使い、首も動かして根っこごとガツガツ食べる
反芻の正体は「オエ」だった
研修生さんが前から不思議だったのが反芻の仕組み。第一胃まで入ったものが、どうやって口に戻ってくるのか。
1回入れたものをなんで返すんですか?
草って本当に栄養がないし消化もしにくいから、それを上手に消化するために、微生物を使って生きる術を進化の中で身につけたんです。
戻す仕組みそのものは、実は人間が吐くのと同じ「オエ」なのだとか。なかには反芻が下手な牛もいて、内容物がそのまま地面に落ちてしまうこともあるそうです。
吐いてるやつあるんですよ。くっせえよ。マジでくさいですよ。
反芻には個体ごとの個性もあり、搾乳が終わって牛が一斉に寝始める時間帯によく見られるとのこと。
噛む回数と乳量の切っても切れない関係
ここから話は、噛む回数と乳量の関係へと深まっていきます。
搾乳牛のなかでも泌乳乳を分泌すること。乳量が多い高泌乳牛ほど、消化のスピードが速く回転数が上がる。が多い牛は、消化スピードが速くなるぶん反芻数が減っていくそうです。
噛む回数が少ないと消化・吸収率が悪くなりますが、傾向としては餌をたくさん食べる牛ほど乳量が多くなります。
乳量が1日100kgにもなる高泌乳牛は、2〜3倍の乳を出すためにほぼ1日中食べ続けています。ただし反芻の時間が減るとルーメンアシドーシス第一胃の内容物が酸性に傾きすぎて起こる消化器の不調。反芻不足や穀類の摂りすぎで起きやすく、放置すると肺炎などにつながることもある。という病気になりやすくなります。
乳量が多い牛はリスクも抱えている?
病気になっても乳を出し続けてしまうため、体調を崩すリスクも高くなります。多ければ多いほど餌のコントロールがシビアになる、というのが川上さんの見立てです。
噛む回数はコントロールできる
では、噛む回数は酪農家がコントロールできるのでしょうか。答えは「できる」でした。
使うのは切断長餌にする草を刻む長さのこと。長ければよく噛む必要があり、短くすると噛む回数が減る。。ただ、細かくしすぎると噛まなくなり、唾液が減って逆にルーメンアシドーシスになりやすくなります。
そこで、アルカリ性の重曹をTMR混合飼料(Total Mixed Ration)。牧草や配合飼料などを混ぜ合わせた「混ぜご飯」のような餌で、栄養バランスを一括で調整できる。に混ぜて調整したり、第一胃で分解されずに大腸で吸収されるようバイパスさせる餌を使ったりと、細かい工夫が重ねられます。
乳量が多くなるほど、この調整はどんどんシビアになっていくそうです。
お腹が大きいフレームが大きい方がいいっていうのは、それだけ餌が食べれて、メニューの中で選択肢が増えるからなんです。
反芻の時間をつくることも酪農家の仕事
餌をあげることと同じくらい大事なのが、反芻の時間を確保すること。休む時間をつくってあげないと、乳量も伸びないと川上さんは言います。
1日3回搾乳などで動線がうまく組めていないと、餌を食べてベッドで反芻する間もなく次の搾乳が来てしまい、体調を崩す原因になります。
牛が反芻する時間は1日16時間ほど必要とされています。機械音や人に押されるなど、休みたいのに休めない状況が続くと、反芻量も減ってしまうそうです。
川上さんは、餌をやる時間を毎日ルーティンで決め、なるべく牛舎のなかにいないようにしているとのこと。搾乳が1時間ほどで終わっても、知らない人が来て牛が立つだけで乳量は減ってしまうそうです。
搾乳師さんが来られない月があるようなイレギュラーにも備えておく必要がある、という現場のリアルも語られました。
下あごの「ケツアゴ」で締めくくり
最後は、研修生さんお気に入りの、牛の下あごのプニプニした膨らみの話題に。
私ここプニプニめっちゃ好きなんですけど。
名前を尋ねる研修生さんに、川上さんが返したのは意外な一言でした。
牛はもう全部ケツアゴだっていう情報しか。下から見てもらったら全部ケツってますから。
下から見ると牛はみんなケツアゴ、というオチで、牛の口をめぐる勉強会は和やかに幕を閉じました。
まとめ
牛の虫歯という素朴な疑問から始まり、口・歯・舌のつくり、反芻の仕組み、そして乳量と健康のバランスまで、牛の口ひとつでこれだけ酪農の奥深さが見えてくる回でした。餌をあげるだけでなく、反芻させる時間をつくることまでが酪農家の仕事なんですね。
- 牛は草が主食で唾液を1日200Lも出すため、虫歯にはなりにくい
- 歯の数は人間と同じ28本だが前歯と犬歯がなく、平らな臼歯が中心
- 反芻は「オエ」と同じ仕組みで、草を微生物で消化するための進化
- 乳量が多い牛ほど反芻が減り、餌のコントロールがシビアになる
- 餌やりと同じくらい、1日16時間ほどの反芻・休息の時間づくりが大切
