リスナーから届いた「もっと広く」という疑問
この日のお便りは、YouTubeネームのナベルミさんから。先週の「動物のストレスサインは現場でどう判断しているのか」という配信への感想と質問でした。
まずは、AIやセンサーが当たり前になった今でも見えないものがある、という感想が寄せられます。
人間も牛さんもストレス動作は似ていますね。今、当たり前のAIでは把握できないこともある。川上さんは自分の目で確認されているんでしょうね
そして本題の質問がこちらです。
いつも思いますが、なぜ狭い場所で暮らしているのかなと感じます。もう少し広いスペースで牛さんたちを育てられないのでしょうか?そしたらストレスも幾分減少するのでは?素人考えですみません
川上さんはこの問いを「率直で誠実な疑問」と受け止めます。こういう問いこそがアニマルウェルフェアの出発点だ、と話されています。
広い=牧歌的、というイメージの落とし穴
「広いところで酪農」といえば、北海道のような広大な土地で牛がのんびり草を食べる、そんな牧歌的なイメージがありますよね。
でも、牛にとって広ければいいとは限らない、というのが川上さんの答えです。人にたとえて、こんなふうに話します。
狭いお部屋で、自分の手の届く範囲にお菓子があって、飲み物があって、漫画があって、ゲームがあって、目の前でNETFLIXやAmazonプライムが見られる。そういうのが好きな人もいるじゃないですか
かといって、雄大な広いところ、東京ドームで一人のところが好きな人もいるじゃないですか
つまり、快適さの感じ方は人それぞれ。牛もまた、ケースバイケースだというわけです。
ストレスサインは「行動の変化」で見る
そもそも牛のストレスは、どこで判断しているのでしょうか。川上さんは、数値よりも行動の変化を一番重視すると言います。
こうした「昨日までとは違う小さなズレ」を、毎日牛を見ている人間の目で拾っていくのだそうです。
AIやセンサーも有効ですが、今の技術でも「なぜそうなったか」までは読み切れません。だから最終判断は必ず人がします。
センサーで「この牛の行動量が減ってますよ」みたいなエラーが出たりするんですけど、見ても、なんでそうなったかっていうのは観察してないとわからない
広ければ減る、は半分正解で半分は誤解
「もっと広ければストレスが減るのでは」という問いについて、川上さんは半分正解で半分は誤解だと整理します。
たしかに過密な環境、逃げ場がない、寝床が汚れている、といった状態は確実にストレスになります。でも、広すぎればいいというわけでもないんですね。
牛はもともと群れで行動し、その中で序列を作り、落ち着ける定位置を持つ動物です。
だから、必要以上に広くて構造が整理されていない空間では、強い牛が弱い牛を追い回したり、逃げ続けて逆に消耗したり、餌や水場にたどり着けないことも実際に起こります。
大事なのは広さそのものではなく、行動の自由度が確保されているかどうか。川上さんはそのポイントをこう挙げます。
これらは面積の大小だけでは決まらない、というわけです。
見た目ではなく「牛の状態」で測る
外から見ると「狭そうでかわいそう」と感じる場面もあると思います。でもアニマルウェルフェアは、人間の感情ではなく動物の状態で判断するもの、と川上さんは言います。
これらを総合して判断していくのだそうです。
そして川上さんは、質問の最後にあった「素人考えですみません」という一言に、こう返します。
現場に疑問を持つこと、本当にこれでいいのかと考えることは、酪農を良くする力になります
行動学で決まっている「適度な広さ」
動物福祉は世界的な基準で決まっていて、海外では牛の行動学の研究が日本よりも進んでいます。どれくらいの広さが一番生産性がよく、牛にストレスがないかも、すでに確立されているそうです。
たとえばフリーストールで飼う牛の場合、川上さんは必要な広さの目安をこう挙げています。
横3メーター、縦3メーター、10平方メートルの大きさが牛には必要です。それ以上大きくなってくると、生産性が落ちてきます
牛舎も広ければいいわけではありません。休息場所と餌場・水場までの距離が遠いと、牛が食べに行くのを諦めたり、水場に行くのを諦めたりして、飲みたい時に飲めない、食べたい時に食べられないことが起こるからです。
経産牛・初産牛・乾乳牛それぞれに適した広さ、通路幅、ベッドの大きさも確立されていて、酪農機器メーカーはこうした基準を考慮して設備を作っているのだそうです。
広ければ広いほど牛にやさしい
行動学や土地・環境に合わせた適度な広さがよい
消費者が「こう思うんだけどな」と感じることと、現場の実際が違うことはあります。でも現場は、行動学や土地・環境に合わせて、どうすれば牛をより良い環境で育てられるかを考えているんですね。
まとめ
今回は「牛のストレスは広さだけで決まるのか」というテーマでした。広ければやさしい、という直感はわかりやすいですが、現場が見ているのは面積ではなく牛の行動と状態でした。
- 牛のストレスは数値より「行動の変化」で判断し、最終的には人の目で見る
- 過密は確実にストレスだが、広すぎても強い牛が弱い牛を追い回すなどの問題が起こる
- 大事なのは頭数密度・逃げ場・安心して休める場所など「行動の自由度」
- アニマルウェルフェアは人間の感情ではなく牛の状態で判断する
- 行動学では牛ごとに適した広さが確立されており、広ければいいわけではない
