リスナーからの質問と、川上さんが冷めた出産シーンの記憶
今回のお便りは、ポポポネームのコルトマルテさんから届いた質問です。
牧場や酪農シーンのあるドラマや映画などで、描写が事実と違うなと思うことはありますか?公式などが適当だと気持ちが冷めるという方がいました。方言なども。
川上さんには、この質問で思い出す経験があるそうです。大学生の頃、好きな女優さんが出ていた酪農現場のドラマを見ていたときのことです。
そこには牛の出産シーンがありました。現実の出産は血も出るし、見る人によってはグロテスクな場面です。
ところがドラマでは、みんなで牛を引っ張って出てきた子牛が、なぜかすでにきれいだったと言います。
出てきた子牛がもう綺麗な子牛で、多分あの哺乳して二週間ぐらいかな、生まれてすぐではない子牛が映って、よかった、元気でよかったみたいな感じで、すごい感動的な演出があって、それはちょっと冷めたなっていう経験があるんです。
この経験も踏まえながら、川上さんは現場目線で答えていきます。
結論、ずれはある。それでも仕方がない理由
川上さんの結論はシンプルです。ずれはある、けれどある程度は仕方がない、というものです。
でもこれ単純に間違ってるという話ではなく、なぜずれるのか、そしてどこがリアルとの境界線なのか、ここがすごく面白い話なんです。
理由は明快で、ドラマは物語だからです。
一番大きい違和感として挙げられたのが、時間の流れです。現実の酪農は、地味で、繰り返しが多く、長期戦だと川上さんは話します。
たとえば子牛が生まれてから、大きくなり、種付けをして、初めての出産を迎えるまでには二年かかります。
一方でドラマは、話数も放送時間も決まっています。その中で表現しなければならないため、病気の牛がすぐ治ったり、傾いた経営がすぐ立て直ったりと、すべてが短縮されてしまうのです。
子牛が生まれてから初産まで約二年。地味で繰り返しが多く長期戦
話数と放送時間の枠内で描くため、病気の回復も経営の立て直しも短縮される
それでも、これをやらなければ話が成立しないと川上さんは理解を示しています。
綺麗すぎる牧場と、消えてしまう現場の重み
もう一つ挙げられたのが「綺麗すぎる牧場問題」です。
ドラマの牧場は牧歌的で、牛はのびのびとし、牛舎はピカピカ。匂いもゼロで描かれがちだと言います。
しかし本当の現場の臭さは、そこではないと川上さんは語ります。
ぐちゃぐちゃに腐ったサイレージを開けた時とか、子宮脱で牛の子宮がベロって出た時に戻す時とか、そんなのがいっぱいあるんですよ。泥作業とか、うんこを頭からかぶるみたいなところもあったりします。
ドラマではこうしたリアルな重みが消えてしまいます。ただ、全部をリアルにすると視聴者が離れてしまうため、このバランスは難しいだろうと川上さんは考えています。
人間関係についても同じことが言えます。実際の酪農は黙々とコツコツ積み上げる仕事で、牛も静かなものだと言います。
一方でドラマには、衝突や対立、涙の決断が描かれます。エンタメとしての演出であるがゆえに、現場目線ではつい冷めてしまう部分でもあるのです。
方言がずれるのにも理由がある
質問にあった方言のズレについても、川上さんは理由があると話します。ガチの方言にすると、伝わらないのです。
川上さん自身、鳥取県から島根県に来て、年配の方の方言はまるで外国語のようだったと振り返ります。
年配の方の方言なんて本当に外国語ですよ。出雲弁で検索してもらったら、本当に一回聞いてみてもらいたい。北海道に酪農研修に行ったので、北海道の方言もすごいですね。
こうした強い地域差があるため、ドラマではなんとなくそれっぽい、標準語寄りの方言になります。全国放送である以上、これも仕方がないことだと受け止めています。
それでも取り上げてくれること自体がありがたい
では全部がダメなのかというと、そうではありません。酪農を取り上げてくれること自体に価値があると川上さんは言います。
ドラマを見て興味を持ち、現場に入ってくる人が実際にいるからです。牧場体験に行ったり、農業高校や農業大学校へ進学したりするきっかけになることもあります。
現場の人間としての本音として、川上さんは違和感もツッコミもあると認めます。それでも、地味で注目されにくい酪農が取り上げられること自体をありがたいと感じています。
そのうえで、ずれてほしくない核心があると語ります。それは、生き物を飼っているということです。
牛は家族でもあり、経済動物でもあります。この両方を背負っている存在なので、生まれて、病気になって、時には死んでしまうという、これが全部現場ではあります。ここをちゃんと書いてくれる作品は、多少ずれてても信頼できます。
一番大事なのは、リアルを知りたくなった人が次に何を見るか、そのステップだと川上さんは話します。研修生募集やスキマバイトのタイミーなど、体験の入り口も用意されています。
荒川弘作品と、酪農のリアルを描く漫画の力
ドラマや映画に加えて、川上さんは酪農関係者による漫画にも触れます。代表格として挙げたのが、荒川弘先生の作品です。
川上さんは、荒川先生の作品は生き物が死んでしまうことなど、現場のリアルを上手に描写していると評価します。生き物を描くのがとても上手いとのことです。
僕は家に銀の匙全巻ありますし、百姓貴族も全巻ありますし、子供もYouTube見たりしてるんで、ぜひ皆さん、銀の匙から入っていただけるといいんじゃないかなと思います。
なお、ライブのコメントを受けて、人間の出産もリアルには描けないという話にも及びました。川上さんは産婦人科医のドラマ「コウノドリ」に触れ、感動する作品だと語っています。
まとめ
ドラマや映画で描かれる酪農は、時間の流れや環境、人間関係の面で現実とずれる部分があります。それでも川上さんは、物語として成立させるために必要なことであり、酪農への興味の入り口としての価値はとても大きいと話します。
- 現実の酪農は長期戦で地味だが、ドラマは限られた尺で描くため時間や展開が短縮される
- 綺麗すぎる牧場やドラマチックな人間関係は演出であり、現場の重みは消えやすい
- 方言も、伝わりやすさのために標準語寄りに整えられることが多い
- ずれはあっても、酪農を取り上げてくれること自体が現場にとってはありがたい
- 生き物を飼う命の重さを描く作品は、多少ずれていても信頼できると川上さんは考えている
