農業高校での出前授業と、この配信のねらい
収録日は2月3日。川上さんは圃場に堆肥を運ぶダンプの中で、この日の授業について話し始めます。
地元の農業高校1年生に向けて、島根県の若手酪農家5人が集まり、「酪農ってこういう仕事ですよ」とPRする授業に参加したそうです。
授業の流れはシンプル。まず5人がそれぞれ自分の牧場を紹介し、その後40人ほどの1年生が5グループに分かれ、各酪農家に質疑応答していく形です。
この配信では、川上さんの牧場紹介と、高校生からの質問に答える様子が、スマホのボイスレコーダー越しにそのまま流れます。
「牛乳、飲んできた?」から始まる授業
授業の冒頭、川上さんは高校生に問いかけます。「今日、朝に牛乳を飲んできた人?」。手はあまり上がりません。
続けて「最近、黒毛和牛を食べた人?」と聞くと、手を挙げたのは先生だけ。牛乳もお肉も、口にする人が少ないのが現実だと突きつけます。
牛乳、そしてお肉、黒毛和牛を食べる方が少ないっていうのが現実ですね。
そのうえで、畜産・酪農関係の仕事に進みたい人に手を挙げてもらいます。少ないながらも、何人かの手が上がりました。
川上さんはここで釘を刺します。たとえ美味しい牛乳やお肉を作る強い思いがあっても、食べてもらえない、消費者がどんどん減っているという現実がある、と。
でもそれじゃあ夢ないので、みんなの夢があるようにしていきたいなと思っております。
酪農業界を「歩いて飛行機に勝とうとしている」たとえ
授業のテーマのひとつはAI。「AIを触ったことがある人?」と聞くと、何人かの手が上がります。
実はこの日のスライドも、川上さんがAIに「農業高校1年生向けに話したい内容のスライドを作って」と頼み、1分で作らせたものだと明かします。
川上さんは、酪農業界が抱える「古臭い」「閉鎖的」というイメージに切り込みます。スマホやLINEがあるのに、いまだにFAXや電話を使っている、と。
そこで飛び出すのが、印象的なたとえです。
今みんなが東京に旅行に行こうと思ったら飛行機に乗るじゃないですか。だけど酪農業界は、みんなで一生懸命歩いていけば、飛行機に負けることはないって言ってるのが畜産酪農業界ですね。
LINEで友達に予定を聞けば一瞬だけど、畜産酪農業界はお手紙を出します。みんなで頑張れば手紙より早く着くんじゃないかって頑張ってるのが、今の業界ですね。
このイメージを変えたい。それが川上さんの授業を貫くメッセージです。
錬金術師のように、地域のゴミを牛乳に変える
川上牧場は、ハイテクな機械を導入する「スマート農業」ではなく、誰でも使えるAIや、60年の歴史を持つ牛群検定のデータを活用しているのが特徴です。
川上さんは自らを「錬金術師」にたとえます。鉄を金に変えようとした錬金術師のように、捨てられているゴミを、牛を使ってお金や価値に変えているというわけです。
川上牧場は都市近郊酪農で、自社の畑を持たず、餌はすべて購入飼料。土地の広さに縛られず、牛の管理に集中できる選択肢だと説明します。
使っているのは、地元の醤油粕や酒粕、広島から届くダメになったもやしを加工したもの、そして神戸川の河川敷の草などです。
河川敷の草は、税金で燃やせば5000円かかるところを、牛が食べればお肉や牛乳に変わり、税金の負担も下げているといいます。
地域の副産物・廃棄物
醤油粕、酒粕、ダメになったもやし、河川敷の草など
牛が食べる
購入飼料と組み合わせて牛に与える
牛乳・お肉に変わる
地域の人が飲む牛乳や食べるお肉になり、廃棄コストも下げる
SNS、タイミー、NFT、ゲノム。酪農の新しい打ち手
川上牧場は毎日の音声配信をはじめ、TikTok・Instagram・YouTubeなどで発信し、県外や海外にもコミュニティが広がっているそうです。
一人で牛と向き合うのではなく、いろんな人に関わってもらい、「川上牧場の牛乳が飲みたい」という関係性をつくる酪農をめざしています。
隙間バイトの「タイミー」も活用。1時間だけ来て牛を世話して帰る、といったことができ、これまでに400人以上が牧場で仕事をしたといいます。
NFTの技術も取り入れています。AIで作ったデジタルアートを販売し、その費用を地元の子ども食堂やスポーツ少年団への牛乳寄付にあてる活動です。
さらにゲノム分析で牛を品種改良。少ない餌でも小さい牛でも、食べた以上に牛乳が出るような改良や、ホルスタインに黒毛和牛の受精卵を移植する取り組みを進めています。
高校生からの質問。購入飼料、ゲノム、牛の魅力
牧場紹介のあとは、高校生からの質疑応答です。まず出たのは「購入飼料だけで苦労しなかったか」という質問でした。
川上さんは、捨てられるようなものを引き取るので、ただや安く手に入る餌もあると答えます。アメリカやカナダから買うのではなく、地元から買う購入飼料だと補足しました。
白い金でミルクって書いてあるけど、なんでミルクを白い金と読むの?
牛乳を売ることで利益を得て生活しているから。AIに入れた表現がそのまま出てきたもので、わかりやすく言えば「お金」という意味です。
ゲノム分析についての質問には、生まれて1か月の子牛でも、どれだけ牛乳が出るか、どんなお肉になるかが8割ほどわかると説明します。
その情報をもとに、母牛の欠点を補う雄牛を選ぶか、長所を伸ばす交配をするか。そこを考えるのが面白いと語ります。
「牛の魅力は?」という問いには、世界中で飼われていて正解がないこと、そして現代の技術でも牛の胃の中がまだ解明されていないことを挙げます。
草を食べて、胃袋の中で微生物が増殖して、その増殖した微生物を牛が食べるっていう行為自体が、なんでそうなってるのかまだ分かってないんですよ。
牛のお腹の中は空気のない嫌気性の状態で、開けて調べても再現できない。これだけ技術が発展しても、わからない部分があることが面白いと話しました。
「作っても飲まれない」という、一番の悩み
質疑応答のなかで、川上さんが何度も口にしたのが「作っても飲まれない」つらさでした。
今も牛乳は飲まれず、余った牛乳は脱脂粉乳やバターに加工され、コロナ禍と同じくらい在庫が溜まっているといいます。
牛乳をそのまま飲んでもらえれば利益になりますが、加工品にすると加工費を酪農家が負担するため、手取りが減ってしまうそうです。
めっちゃ美味しい牛乳を作って、めっちゃいい牛を作っても、飲まれない、食べられないっていう、今の現状がきついですね。
コロナ禍では餌代が倍になり、廃業を考えたほど。牛乳の値段は上がらず、消費も落ち込み、本当に厳しかったと振り返ります。
だからこそ川上さんは、AIやSNS、データという新しい武器で価値観を変え、酪農の未来を高校生と一緒につくっていきたいと、授業を締めくくりました。
今高校生だけど、大学に行ったらAIを使うのが当たり前だよっていう状況になっているので、先駆けて使っているような感じですね。
まとめ
川上牧場の出前授業は、酪農の厳しい現実と新しい可能性を、飾らずに高校生へ伝える時間でした。地域のゴミを牛乳に変え、AIやデータで牛を見つめ、SNSで人とつながる。その先に、川上さんは「飲まれない」現実を変える道を探しています。
- 酪農は「臭い・古臭い」イメージが残るが、AIやデータで大きく変わりつつある
- 川上牧場は都市近郊酪農で、地域の副産物を活かした購入飼料と品種改良でコストを下げている
- SNS発信やタイミー、NFTなど、酪農に人を巻き込む新しい仕組みに挑戦している
- 最大の課題は「美味しく作っても飲まれない・食べられない」という消費の減少
- 新しいテクノロジーで価値観を変え、酪農の未来を若い世代とつくることを呼びかけている
